TS転生してまさかのサブヒロインに。 作:まさきたま(サンキューカッス)
「なぁ、アルト。その、もう一日くらいこっちに居ないか?」
偉大な男の旅立ちから、一夜明けて。朝日が照り付け目を覚ました俺に、話しかける少女の声がする。まどろみながらも寝ボケた眼を開くと、そこには柔らかい頬を俺の肩に預けてにこやかに微笑む、柔らかな金髪を寝癖で乱した、愛すべき
おかしいな。俺は昨夜、村長殿の家を借りて寝たが、彼女は自分の家で寝ると言ってフィーユさんと一緒に帰ったはずだ。
「おはよう、フィオ。どうして、ここに居るんだ?」
「・・・ここに居ちゃダメか?」
少し不安そうに、上目遣いに彼女は俺を見上げ。
「無論、そんなことは無いぞ。」
俺の返答を聞くや否や、フィオは花が咲いたかの如く満面の笑顔になり、ゆっくりとこちらへ体重を預けてきた。じんわりと暖かい、フィオの体温を胸で感じる。
「なぁ、アルト。その、何だ。この前のデート、流れたから、今日ずっと一緒に居て欲しい・・・。」
「任せろ。」
そんないじらしい彼女の雰囲気にのまれ思わず即答してしまったが、コボルトの戦後処理とか大丈夫だろうか。バーディはあまり働かないだろうし、ルートに大きな負担をかけてしまうかもしれない。
だが、である。今のフィオの態度は、どう考えても妙だ。何というか、目がトロンとして、ボディタッチが激しい、普段の彼女はここまでベタベタと近づいてきてくれない。
・・・やはり、今のフィオは親が死んでしまって寂しいのだろう。うん、ルートには悪いけれど、やっぱり今はフィオを優先しよう。心が弱っている時に支えてこそ、恋人だ。
「そっか、今日はずっと一緒かぁ。」
俺は、彼女を優しく抱きしめ返すと。彼女は、小さくそう呟いて、嬉しそうに微笑んだのだった。
「・・・うわぁ。本当にアルト君のとこに行ってたのアンタ。」
「悪いかよフィーユ姉。」
「いや、まぁ。うん、ごめんなさいねアルト君、ウチの馬鹿がいきなり乗り込んで。」
「いえ、昨日の今日です、まだ気持ちの整理がついていないのでしょう。フィオも、貴女も。何なら今胸に抱えている事、俺に話してみませんか? 俺で良ければ、受け止めますよ。」
「ありがと、でも私は大丈夫。もう、一昨日に十分とあの人と話して、一応感情に折り合いは付けてるから。それに私はフィオの母親だよ。子供に情けないところなんか見せられますかっての。」
・・・母親?
「・・・え。え、あ、若いですね・・・。」
「そいつはどうも。」
フィオの姉じゃなかったのか、この人。そうか、村長の奥さんだもんな。そう言えば、ミクアルの里では親であろうと姉呼びする風習があるんだったっけ? 全員が対等な家族である、そんな文化だったか。
穏やかに微笑むフィーユさんを、思わずマジマジと見つめてしまう。・・・若い、フィオと数歳しか離れているように見えない。
「・・・おい。何、フィーユ姉に色目使ってんのお前。」
見つめ合う事、数秒。ぎゅー、俺の肩にくっついて離れようとしないフィオが、背中から強く俺を抱きしめた。柔らかく慎ましい何かが、俺の背にむにゅりと押し付けられ、フィオの吐息が俺のうなじを湿らせる。
・・・いかん、落ち着け。変な感覚になるんじゃない、まだ朝だぞ。
「あらまぁ。・・・これはこれで面白いわね、後でからかってやろ。ふふ、フィオもやっぱり女の子かぁ。」
「からかいたいなら好きにしろ、今オレはこうしていたいんだ。」
「うんうん、これは重症ね。」
それにしても、やっぱりおかしい。フィオが、何というか、いつも以上に甘えん坊と言うか、キャラが壊れているというか。
これも気が弱っている証拠だろう、親の死と言うのはやはり耐え難い感傷を与えるものだ。フィオが心の支えを求めて俺に甘えて来てくれるというなら、恋人として、いや彼女を愛する男として、全身全霊を以て応えるのみ。
「その、さ。今日はオレが案内するからさ、里を見て回ろうぜアルト。」
「分かった。よろしく頼む、フィオ。」
「うん、いってらっしゃい。今日も泊まるんでしょう? 食事は用意しておくから、夕方には戻ってらっしゃい。」
クスクスと、様子が変なフィオを面白そうに眺めるフィーユさんに手を振られ、俺とフィオは朝日が昇るミクアルの里を散歩することにしたのだった。
これで少しは、フィオの気が紛れると良いのだが。
「な、何してんのフィオ。」
「あん? アルトにぶら下がってるんだが。」
朝から俺の背に引っ付いて離れる気配のないフィオを背負って、俺達は彼女の指さすままに里をのんびりと散歩していた。フィオが鼻歌交じりに機嫌よく首を揺らしていた、その時である。
ひょっこりと、小柄な黒髪の少女が通りかかり声をかけて来た。・・・この娘は確か、あの老人のもう一人の娘さんだったっけ? という事は、フィオの妹さんか? また、勝負を挑まれたりするのだろうか。
「・・・。あんた、暇? 強いんだよね、私と勝負しろ。」
ふむ、案の定。この里の文化なのだろう、目が合うと挨拶をするかの如く手合わせを要求されるのだ。俺としても、彼らの様な猛者と手合わせできる機会は貴重なので非常にありがたい。
「ああ、構わんぞ。フィオ、少し離れてくれるか?」
「やだ。」
・・・だが、今日はフィオが離れてくれない様だ。
「ね、ねぇー、フィオ? 邪魔なんだけど、そんな男とベタベタしないで欲しいんだけど?」
「うっさい。・・・今は離れたくないんだ。」
これは弱ったな、今の状態のフィオを無理に引きはがすなんて選択肢を俺は持ち合わせていない。今日は彼女の為に尽くす日と決めたし、勝負を断ろう。
「だ、そうだ。すまないな、少女よ。また挑んできて欲しい。」
「・・・駄目。ここでアンタをぶっ殺す事は確定してるし、逃がさないし。」
「・・・すまんが、フィオに危険が及びそうな状態で手合わせを受ける気は無い。」
「なーにカッコつけてんだ、フェミニスト気取りか? 良いから闘え、ビビってんじゃないぞ優男が。フィオ、良いから早く離れて。ソイツ殺せない────」
だが、目の前の少女は諦める気配がない。弱ったな、どうす────
「メル。その、なんだ。・・・空気読めよ。」
聞いた事が無い、低く不機嫌なフィオの声。
それだけじゃない。フィオが喋ったその瞬間、背後から凄く禍々しい気を感じたような、冷気が湧き出たような、世界が滅びるような、そんな恐ろしい幻覚が見えた。思わずビクリとして振り返ったが、俺の背にはとろけた表情のフィオが居るだけである。
・・・今のは、何だったんだ?
「違、いや、わたっ・・・。う、うう、畜生覚えてろ、この糞剣士!! ち●こなんてこの世から一本残らず消え去ればいいんだ!! うあああああん!!」
メルと呼ばれた少女は、なぜか男の象徴に対する恨み節を高らかに、涙をこぼしながら逃走した。彼女に何があったのだろう。
「なぁ、アルト。次は川辺に行こう、川辺。こっちの方向な。」
「・・・良いのか、さっきの娘。」
「少し礼儀知らずに育っちゃったみたいなんだよなぁ、アイツ。良い薬になるだろ。」
「ふむ、そんなものか。」
フィオがそう言うなら、そうなのだろう。 尋常でない殺意のこもった眼で俺の股間を眺めていたあの少女を少しだけ気に掛けながら、俺はフィオの指さすままに、可愛いお姫様を背に乗せて幸せに里を行脚するのだった。
────この世には凄い奴がいる。
「・・・アルト、と言ったかい君。フィオと手を繋いで、どこへいくんだい?」
川辺沿いにある、小さな家を通りかかったその時に、声が聞こえた。
振り向いた先には昨夜の飲み会で剣を交えた、宴会奉行の男。最終的にパンツ1枚で首を地面に埋もれさせ窒息しかけていた、正真正銘の天才芸人。
その男が、今。
「・・・助けて、欲しいのか?」
「必要ない、俺の事は放っておいてくれ。それより、フィオの話だ。」
「いや、その。本当に助けなくて良いのか?」
とある住宅の壁から、首だけ生えていた。
「心配ない、この家は俺の家だ。」
「自分の家だからといって、壁から首を出す理由にはならんと思うが。」
「高速で飛翔するロリコンに跳ね飛ばされて、たまたまスッポリ嵌まっただけだ。この程度、自力で抜け出せる。」
「そうか。」
本人がそう言うのであれば、仕方あるまい。
「それよりだ。俺は昨日お前に敗れた、当然このまま男らしく身を引く覚悟はある。だが、貴様に大事な幼馴染を任せるに足るか、一つ話をしておきたいんだ。少し時間を貰いたい。」
「む、構わんぞ。・・・なら、やはりお前を壁から抜いてやった方が良いのでは? この程度の壁、切り倒すのは訳ないぞ。」
「結構だ、このまま話をすれば良かろう。立ち話で悪いが、お前も時間をそんなに取られない方が良いだろう?」
「お前がそれでいいなら、俺は何も言わんが。」
本当にフィオに気が有ったらしいこの男は、俺と真剣な話をしたいらしい。だが、壁から顔だけ生やした今の状況では、どんな話をしてもネタにしかならないぞ。
「その前に、フィオ。その、お前の気持ちを、最後に聞いておきたい。俺の、何が駄目だったんだ?」
「・・・言っていいのか? 家の外壁に真顔で生えてる、今のお前の状況にだ。誰も違和感を感じないと言う、その天性のネタキャラな所じゃないか。」
「ぐ、好き好んでこんな星の下に生まれた訳じゃないのだが。だが、それもまた俺だ、受け入れよう。デートの邪魔して悪かったな、フィオ。」
「そう思うなら今の状況で真顔のまま話しかけてくるなよ。面白いんだよ畜生、既にデートの空気台無しじゃねーか。」
まったくその通りだ。狙ってやってるんじゃないかと、疑わずにはいられない。
「おい、アルトとやら。お前は、フィオが好きなんだな? どれくらい好きか、俺に話してみろ。」
「よし、任せろ。・・・フィオの碧い瞳は、ライトブルーに輝く母なる大海原をも見劣らせ────」
「待って、その歌止めて。本当に止めて。背筋がむず痒くなる。」
「むぅ。」
せっかくリクエストが有ったというのに、フィオは俺の歌があまり好きではないのかすぐさま口を塞いできた。
せっかくの渾身のラブソングも、愛を唄う本人に気に入ってもらえないなら意味はない。本格的に、誰かに音楽を習うべきだろうか。
「いや、少しだけだが良く伝わったよ、アルト。お前の気持ちは、本物なんだな。」
「おお、伝わったか。分かってくれて何よりだ。」
「なんで分かり合ってるんだコイツら・・・。」
歌いだしだけだが、彼にはあの歌に込めたハートが伝わったようだ。という事はつまり、こいつもまたフィオの魅力に気付いていたという事。この男のフィオを想う気持ちもまた、本物なのだろう。
「案外にか弱いフィオを支える仕事は、オレにはもう出来ない様だ。いや、元々俺の役目では無かったというべきかな。心底悔しいけど、お前に任せるとするよ。」
「ああ、承った。何時だって俺はフィオの隣に居て、全力で支える事をお前に誓おう。これで、満足してくれるか。」
「ああ、後は俺の気持ちの問題だけだ。吹っ切って見せるさ。」
そう言って、涙をこらえ必死で笑顔を作ろうと口をゆがめるその男の顔は、やはり壁から生えている。どうにも、シリアスになりきれない。
「もう既に、アルトにはすっごく支えられちまってるけどな。ごめん、今日は色々と甘えて。」
「気にするな、むしろ役得だった。むしろ、もっと遠慮せず甘えてきて欲しい。」
「ありがと。」
フィオは、そんな面妖なラントの姿に動揺することなく、俺の方へと向き直った。そして、何か言いたそうにオレを見上げている。
うん、聞こう。俺はそんな彼女に向き合って、無言で話を促した。
「その、さ。聞いてくれるか。」
彼女の瞳が、静かに揺らめき、ジッと俺の顔を覗き込む。それに小さく首肯し、俺はフィオの言葉を待つ。
「オレはさ、もう甘えちゃ居られない立場なんだ。今は司祭が取り仕切ってくれるらしいけど、魔王との闘いが終わったら俺がこの里の長だ。」
「らしいな。流石はフィオ、その年で皆に信頼されているとは。」
「重てぇよな。オレはさ、あの男の歩んだ道をそのまま引き継ぐ事の意味を、全く分かってなかったよ。この里を継ぐってのは、つまりは今まで通り目の前の人間を助け続ければ良いと、そう思ってた。」
そう、呟いたフィオの顔は、酷く寂しげだった。
「フィーユ姉も。このラントも、メルも、司祭も、この里の皆が全てオレの肩に乗ってるんだ。皆、オレが引っ張るべき存在になっちゃったんだ。」
「・・・フィオ。」
「アルト、お前はスゲえよ。何時だって先頭に立って、オレ達パーティを引っ張り続けてる。お前にも出来るんだから、オレだって出来るって、そう思ってた。」
不意に、彼女の肩が震える。何かに怯えるような、そんな顔のフィオは、更に俺の胸に身を寄せてきて。
彼女の小さな心音が、とくんとくんと脈打つのが分かる。
「怖いんだ。怖かったんだ。オレのせいで誰かが死んじゃうなんて、耐えられない。でも、
「・・・そうか。」
「だからさ、オレ、頑張るから。でもさ、ずっとずっと気を張ってるのは、どうしようも無くしんどいからさ。」
きゅう、と。
肩にしがみつくフィオの、その力が強くなる。
「ごめん、ごめんなアルト。お前にだけは、甘えても良いか?」
「言った筈だ、役得だったと。お前の隣に居る時より、俺に幸せな時間なんて無い。」
そんな、どうしようも無く愛おしい彼女を、出来るだけ優しく安心させるように、俺は両手で抱き締めた。
「忘れるな、何時だってお前の隣には俺がいる。」
「・・・うん。」
「ねぇ、俺のこと見えてる? ねぇ、ねぇって。」
・・・この場所では、どう頑張っても甘い空気が作れないな。場所を変えよう。
「アルト、あっちに行こう。大崖の宿り小屋、って場所があるんだ。」
「分かった。」
フィオも同じ気持ちだったようで、その喋りかけてくる面妖な壁から俺達は距離を取る。変な空気になってしまったが、此処から離れればまた甘い雰囲気に戻れるだろう。
「あ、行っちゃうんだ。いや、良いんだけどね、あのさ。自分で断っておいてなんだけど、思った以上に綺麗に嵌ってるみたいで壁から抜けれないわコレ。ゴメン、やっぱりちょっとだけこの壁斬ってくれない? ねぇ、ちょっと。聞こえてる? ねぇ、ねぇって。」
無言で、足早に、俺達はその場を疾く歩き去る。うん、俺には何も聞こえない。
「ちょっとー?」
うるせぇ。
フィオの示した方向に行くと、崖の前にそびえたつボロく小さな小屋が目に入った。小屋の周りは岩に囲まれており、ぱっと見では人目に付きにくい。そして、その古ぼけた小屋の中には6畳ほどのスペースがあり、中に小さな寝床が用意されている。小屋の後ろには、大自然が一望できる断崖絶壁。
・・・ふむ。ここって、どういう場所なんだ?
「その、さ。ここ、この里での、逢引きスポットの1つでさ。ほら、良い眺めだろ?」
「ああ、成る程。確かに崖下の森や平野が一望できる、素晴らしい景色だ。」
「・・・そんで、人気もないんだ。一応、入り口んとこに立て札があってな。それを立てとくと、他の村民は立ち入り禁止。二人だけの空間の出来上がりって寸法だ。」
する、と衣擦れの音がした。フィオは片手でするりとローブの前紐をほどき、彼女の細い右肩が露わとなる。
「フィ、フィオ?」
「・・・なぁ。その、今日は何でもしていいから。」
そう言って、彼女は服をはだけたままに、俺の方を切なそうに眺めている。まて、いきなり彼女は何故、えっと。
「まだ日が高いけどさ、ああ、駄目だわ。ああ、そっか、これが人を好きになるって奴なんだな。」
ゆっくりと、頬を真っ赤にした彼女は、俺に向かって歩き出す。一歩一歩、ぼぅとしていて足取りは確かに、なまめかしく吐息を吐きながら。
「なぁ、アルト。変なこと言うけど、いいか?」
「お、おう。何だフィオ。」
「お前にさ・・・。使ってほしい、お前のモノになりたい、このカラダ好きにして欲しい。」
・・・俺の前で、フィオは発情していた。紛れもなく、どうしようもないほどに倒錯していた。
「ぁ、はぁ。なぁ、アルト、キス、駄目か。」
流石にこの状況では、俺の鋼鉄の理性が吹っ飛んだのも仕方が無いと、そう思う。
ジェニファーさんに言われた通り、暫く致すつもりはなかったのだが。フィオから誘われ、こうもお膳立てされてしまった状況で断るのはフィオを傷つけるだけ。
いや、本音を言うと、昨日村長殿に教わった秘奥を試したくてウズウズしてはいた。必死で自分の欲望を押さえ、平静を保っていたが。
「なぁ、フィオ。何でもしていいんだな?」
「え、その。・・・うん。良いよ。」
「よし。なら今日のはすんごいからな、気合入れておけ。」
「わ、その。え、いつもより凄いの? え、アレより上があるの?」
「あるさ。空を翔けよう、フィオ。」
その日。
小柄な女性が相手の時に使える、究極の奥義「大天空」が早くもその姿を現す。
俺が亜音速で足を動かし、その結果発生した上昇気流の様な上へのベクトルにより、俺とフィオは空に舞う。
まるで無重力。まるで宇宙。せっかく小屋があるのに、俺とフィオはその小屋の上でプカプカ浮きながら、存分に行為を楽しむのだった。
次回更新日は、9月25日17時です。