TS転生してまさかのサブヒロインに。   作:まさきたま(サンキューカッス)

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ストーリー上どうしても必要なので、数話シリアス展開に入ります。


「死出。」

 男が泣いていいのは、親が死んだ時だけだと、前世ではそう教わった。

 

 女に生まれた今世は、たとえ男に泣かされても、一応は言い訳が出来るだろう。

 

 しかし涙にも、色々な種類がある。

 

 悲しい時の涙。悔しい時の涙。眠たい時の涙。嬉しい時の涙。

 

 オレが今、流している涙は一体、どの涙なのだろうか。

 

 空は昏く、夜は深く。闇に解けゆく、父の肌。訣別の時は、いつだって突然にやってくる。

 

 季節外れの時雨が、オレの頬を伝い水滴となって、泣いていることを誤魔化してくれているけれど。

 

 オレの目は紅く腫れ、口からは嗚咽が漏れ、感情の高ぶりが止まらない。ああ、そうか。オレの、この涙は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────この日、オレは。再びこの人外魔境ミクアルの里へ、1人舞い戻っていた。

 

「おお、来たかフィオ。悪かったな、王都へ帰ったばかりだというのに。」

「全くだぜ村長(ボス)。」

 

 流星の巫女を捜しに此処を訪れたのは、つい4日前のことだったか。あの時はただ無駄足に終わったが、今回は此処に来た意味はありそうだ。

 

「ボス、それでどうなんだ今の状況。」

「ん? 見ての通りだぞ、そうとしか言えん。」

「ふぅん。」

 

 オレが昨日受け取った、王都に届いた故郷からの手紙には、一言。“里の危機”とだけ書き留められていた。事情も分からぬままに遮二無二馬を飛ばしてきたオレを出迎えたのは、自宅のベッドで情けなく横たわる村長(ボス)の姿だった。

 

 

「フィオ!! お願い、お願いだから早く何とかしてあげて! 見ていられない、こんな・・・。」

 

 

 そんな無様な村長(ボス)を囲む、フィーユ姉の擦れた涙声。その他村長(ボス)の愛人達の、罵声じみた叫び。

 

 成る程、確かにこれは、紛れもなく里の危機だろう。

 

 だが、しかし。

 

 

 

 

 

 

 目を離したのは、僅か数日間。

 

 自分のベッドに仰向けに寝かされた村長は、既に息絶え絶えといった様子だった。頬は削げ落ち、目はくぼみ、数日の間に随分とやせ細っていた。

 

 そして、何よりも。村長の皮膚が、体幹が、顔が。ことごとく赤黒く腫れあがり、血が滲み、熟れた果実の様に溶けている。異臭が漂い、乱れたボスの呼吸音が、村長の家の居間に木霊している。

 

 

 ────このまま放っておけば、死。

 

 

「何をボっとしている、フィオ!! 村長(おとう)様がこんな状況なんだぞ、早く治せ、お前じゃないと────」

「なぁ、ローシャさん。司祭も、先に診てくれたんだろ。なんて言ってた?」

「あのロリコンじゃ治せないからお前を呼んだんだっつの! 良いから早く、これ以上見てられない!」

 

 やっぱりな。オレと同様に、高いレベルで回復魔術を収めている司祭も、村長の容体には匙を投げたようだ。そりゃそうだ、コレはそういうモノだ。

 

「皆、静かにしてくれ。なぁフィオ、俺の体は、もうダメか?」

 

 取り乱し喚いている女性陣とは対照的に。ボスは、既に自身の状況を悟っているようだった。

 

「・・・ああ、駄目だな。こりゃ流石にどうしようもない。余命はもって3日だな。」

「ふざけんな!! フィオ、あんた死神殺しとか言われて調子乗ってるくせに!! なんで肝心な時に役に立たねんだ!」

 

 4日前。美味しい夕食を振舞ってくれた、村長の愛人の1人のローシャが、オレをなじりながら眉を吊り上げて詰め寄ってくる。目に大粒の涙を浮かべ、髪を振り乱しながらオレの頸を締めあげる。

 

「やめて、ローシャ!! ねぇ、フィオ。本当に、駄目なの? どうしようもないの?」

「無い。だって、こりゃさ。」

 

 オレは、目の前のローシャから黙って目を逸らした。

 

 ・・・オレは今の村長の、体が醜く腐り落ちていくこの病態を知っていた。いや、正確にはこれは病ではないのだ。

 

 要は、細胞の分裂機能の限界がきたという話だ。少しづつ失われた染色体の塩基が、ついにエラーを起こしタンパクの再構成が不可能になるまで摩耗したこの状態を、

 

 

 

 オレ達人間は、寿命と呼んでいるのだから。

 

 

 

 人間の、いや生物の全ての細胞は。分裂する事により数が増え、多様な臓器を形成するに至る。だが、分裂を繰り返すたび、染色体に刻まれた遺伝情報は少しづつ失われ、いずれその分裂能は失われてしまう。これが、細胞そのものの寿命である。

 

 そして回復魔術は、何もないところに肉体を形成する魔術ではない。あくまで、自己治癒能力を促進し患者の体に働きかけ「体細胞の分裂を急激に促進し」治療を行っている魔法だ。本来は修復できない様な、神経細胞であったり心臓であったりをも再生するこの魔術は、「細胞に定められた分裂できる回数」を消費して行使されている。

 

 命の危機を救い、どんな欠損が有ろうと強引に身体を再構築できる回復魔術の最大の欠点。この魔法は患者の寿命を少し、縮めてしまうのだ。

 

 本来ならば、細胞の寿命は150年を優に超えている。細胞の寿命より先に、身体か脳かどこかにエラーが起きて死ぬのが普通の生き方だ。

 

 だけど、若い頃より戦場で生き抜き、年老いてなお戦場から離れなかったボスは。その身をもって弱きを守り、結果として何度も何度も傷つき、そして何度も何度も回復魔法に頼ったのだろう。

 

 その結果。まだ、初老の身だというのに。彼の全身の細胞は、もはや再生することを忘れてしまったのだ。

 

 

「・・・それで? オレはココで村長襲名か? まさか命が惜しくて、オレに助けてくれって理由でココに呼びつけた訳じゃねぇんだろ、ボス。」

「アホ、お前さんいま国の最大戦力じゃろ。無辜の民を守るために存在する我らが里が、国の防衛の要を村長としてこの里に縛ったら本末転倒だろう。司祭殿に暫く村長代理を頼むつもりだ。お前さんは自分のやるべきことをやった後、この里に戻ってこい。」

「だったら何で呼んだ。オレは暇な身じゃねぇんだぞ?」

「フィオ!! お前な、自分の父親の────」

「ローシャ、静かに。・・・すまん、本当にスマン。かなりの数の魔族が、西の自治区を襲撃しておるのだ。俺はもう動けん、だから未来の村の長たるお前が、鎮圧して来い。」

 

 ボスは、そう言って少し咳き込んだ。肺も、結構キてるらしい。

 

「あいよ、それが用事だな。分かった、村の闘える奴を集めてくる。オレの雄姿と戦果を武勇伝としてたっぷり聞かせてやるから、ちょいと死ぬの待ってろボス。」

「ああ、楽しみだな。頼むぞフィオ。」

 

 奴はそう言って、口からタラリと血を垂らし、弱々しく笑った。オレはそんな村長を一瞥だけした後、黙って片手をあげて応え、部屋を後にする。

 

 

 ・・・なんて冷たい奴だ。誰かのそんな呟きが、背後の部屋から聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィオ、村長はどうだった?」

「ああ、もう死ぬなありゃ。そんな事より、襲われてる西の自治区行くぞ。闘える奴は準備して里の裏口前に集合な。」

「あいよ。」

 

 村長の家から出てきたオレに、ラントが声をかけて来た。今から闘えるメンツを呼び集めようと思っていたのだが、既にぞろぞろとオレの周りには武装した里の兄妹が集ってきていた。どうやら、話は通っているらしい。

 

 戦争が、始まると。

 

 ・・・今回は、いつもとは勝手が違う。何せオレがリーダーとなり、彼らを指揮し魔物共と戦うのだ。

 

 そういや誰かに追従し戦闘をサポートすることは多かったけど、自分で指揮を執って魔王軍と闘うのは初めてだったか? まぁ、アルトやボスがやってたことを思い出してやりゃあ良い話だ。

 

 ・・・フィーユやローシャさん、少し怒っていたな。村長を蔑ろにした様に見えるオレの態度が、とても薄情な奴に見えたのだろうか。

 

 でも村長は、絶対に求めてなんかいなかった。オレの涙なんて。

 

 彼が求めていたのは、安心。死んだ後、ミクアルの里を継いだオレが、十全に戦果を上げられるかと言う不安を、サッパリ拭い去ること。それ以上に、オレが奴に示せる孝行を知らない。

 

「集まってるぞ、フィオ。全員に声かけたし、今闘える連中はこれで全部だ。」 

「サンキュー、ラント。ようし、お前らよーく聞け!」

 

 集まったのは、数十人と言ったところか。幼い頃より見知ったミクアルの里の戦士達が、オレをグルリと囲み立つ。オレの様な若い小娘が指揮を執るというのに、誰も不満そうな人間はいない。良かった、一応はオレの実力も信頼されているらしい。

 

「3日だ。3日程度なら、あのハゲもしぶとく生きてやがる筈だ。奴が臨終するまでに、戦果を上げるぞ!」

 

 オレは叫ぶ。この、今回の戦闘の目的を。

 

「闘って、勝つのは当然だ。オレ達は人族の最終防衛ライン、ミクアルの戦士なんだから! 今回のオレ達の目標は、その強さを偉大なる戦士に示すこと!」

 

 そう、これはオレなりの供養だ。

 

「今日にいたるまでその身を以て闘い抜いた、痩せこけた軍神(ボス)に! オレ達はやれる、心配要らないから往生しろと、言葉じゃ無く実力で示す。それが、ミクアル流の香典だ!」

 

 

 

 奴は、一人で闘うことを好んだ。

 

 村民を率いて戦う時、常に最前線に立ち、常に一人で突撃し続けた。

 

 それは、決して味方を信用していなかったからではなく、仲間が背中を守り続けてくれると信じての突進であり。彼の戦闘技法が十全に生かされるのは、周囲に味方がいない状況での大乱戦であったからに他ならない。

 

 そんな彼の勇敢な後姿は、多くのミクアルの戦士達の目標であった。

 

 

 

 

「これより葬式の準備に行くぞ、野郎ども! 指揮は、今代の勇者にして次期村長、”死神殺し”のフィオが執る! 死人が笑って逝ける、そんな式にしてやろうじゃないか。」

 

 どうしようもなく自由奔放で、ワルガキがそのまま歳食ったかのような男だったが。

 

「オレ達の英雄の、新たな旅立ちだ! 絶対に、絶対に成功させるぞ!」

 

 変な臭いするし、馴れ馴れしいし、面倒だから出来れば長時間相手したくない、そんな男だけれど。この村の誰もが、彼を父と崇めその背中を追った。

 

 ヤツは紛れもなく偉大な男だ。それはここに居る皆の、共通認識だから。

 

 

 

 ────うおおおおおぉぉぉぉっっ!!!

 

 

 

 オレの、青臭い演説に反応するかのごとく沸き上がった戦士達の咆哮は、ミクアルの大地を大きく揺らした。

 




シリアス展開は苦手なので、4日ほどあけさせてください。
次回更新は9月12日の17時です。

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