TS転生してまさかのサブヒロインに。   作:まさきたま(サンキューカッス)

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「魔本。」

・・・あの浮気者。

 

 それは、休日の昼下がり。アジトの居間でのんびりと横になりゴロゴロ転がっていたオレは、凄まじく暇だった。

 

 

 

 事の始まりは、昨夜の早朝。急患がでたと朝一に貴族屋敷へ呼び出されたオレは、特に急でも重症でもなかったデブ貴族の腰痛を無言で治療して、寝惚け眼を擦りながらアジトへと戻っていた。

 

 その帰り道である、浮気者(アルト)が巨乳パブに行ったその帰り道にたまたま遭遇したのは。予想外の事態に混乱したオレは、アルトに思わず色々と文句を言ってしまった。自分の事ながら、かなり面倒臭い事を言っていた気がする。

 

 そして、今日。ヤツは機嫌取りのつもりか、オレをデートへ誘い少し高めの店に連れて行ってくれる予定だった。まぁ、そこまで言うならついて行ってやらんでもない、とひそかに楽しみにしていたのだが。

 

 ・・・今朝、魔王軍の邪悪なコボルトの群れが北の街付近で確認されたとかで、アルトは朝一番に遠征に行ってしまった。当然デートは延期、人命優先である。

 

 しかも、オレはアルトについて行けずクソ貴族の腰痛管理の為にお留守番ときた。おかしいだろ、もう治したっつの。いつまた痛くなるか分からないって、アホかこの国。

 

 まぁ、コボルトの群れ程度なら確かにアルト1人で何とかなるだろう。オレがついて行ったところで、護衛対象が増えるだけアルトが不利になる可能性すらある。でも、魔族が出たなら貴族の腰痛管理よりそっちに向かうべきじゃないのか、勇者パーティって。一応、今回の遠征にはバーディとルートもついて行ったみたいだしそんなに心配はしていないけど、モヤモヤする。

 

 4人娘に絡もうにも、今日は彼女達と兵士達の合同訓練の日。皆出掛けてしまって、今アジトにはオレ1人しかいない。寂しい。

 

 オレは合同訓練に行かなくていいのかって? 回復術師の合同訓練は別の日にやってるから良いのだ。

 

 回復術師だけ何故別の日にやるのか。その理由は今日の軍属ヒーラー達が、合同訓練で出た怪我人を治療するため駆り出されていて忙しいからだ。合同訓練で出た怪我人の治療は、軍属のヒーラーにとって貴重な実践経験となるので、迂闊にオレが出張って治して回ると逆に迷惑な顔をされてしまう。最初にそれをやって、次からは新人の回復術師に任せてやって欲しいと注意されてしまった。

 

 つまり、今日のオレはひたすら暇だった。アルトとデートのつもりだったから何の予定もいれていない。日も高いし、やらしい店にも行けない。アジトで、せっかくの休日を無為にゴロゴロするだけに留まっている。

 

 何か、良い娯楽は無いかね。

 

 そう考え、アジトの居間を見渡すと、さりげなく置かれた小さな本棚に目が行った。ふむ、読書。暇つぶしには、悪くないかも知れない。

 

 見たところ20冊前後はあり、本棚の下2列ほどは本で埋まっている。今まで気に留めたこともなかったが、どんな本が置いてあるのだろう。ユリィなんかがよく本を読んでいたが、ココにあるのはユリィの本なのだろうか。

 

 何気なく一冊、手に取ってみる。赤いハードカバーの一冊だ。

 

「聖書・友誼の章」

 

 そう表紙には書かれており、協会の紋章がペタンと判されていた。

 

 成る程、これは宗教書か。暇つぶしに読むにしても、眠くなるだけになりそうだ。小説とか、冒険記録とかそう言った書物はないかな。どうせなら、読んでいて楽しいものが良い。

 

 少し汚れた、あまり硬くなさそうなカバーの本を手に取る。

 

「本格黒魔術論・基本は物理に有り」

 

 ・・・これは、レイの本だろうか。魔術も物理法則と関わりが深い、と言う理論書の様だ。オレは攻撃魔法はあまり得意ではないけれど、雷とか火とか操るには物理知識が必要という事か。むむ、少し興味あるな、これは机に置いておこう。他に良いのが無ければ読むとしよう。

 

 隣の本は、随分と薄いな。何だろうか?

 

「ひと夏の淫夢・男色勇者編~アルト×バーディ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひょ?」

 

 ・・・変な声が出た。まって、何これ。

 

 ひと夏の淫夢・男色勇者編~アルト×バーディ~。その、気色悪すぎる表紙には、微妙に美化されたバーディらしき男と、顔の輪郭が狂った現実よりブサいアルトらしい男が二人、全裸で抱き合っている絵が書いてあった。

 

 嫌な予感がしつつも。オレは好奇心に負け、恐る恐るオレはその魔本を開く。開いてしまう。

 

 そこに描かれていたのは、快感に満ちた表情のバーディがアルトに跨って回転しており、アルトは不敵に笑いながら腕を組みバーディを腰で回していた。その、あまりに禍々しいイラストはオレの嘔吐中枢をヘッドショットで粉砕し、オレは沸き上がる胃酸を堪え洗面所に駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・今アルトが帰ってきたらどうしよ、口がゲロ臭くてキス出来ないじゃねーか。」 

 

 何とか洗面所までリバースを食い止めたオレは、綺麗に便所に吐瀉物をぶちまけ、口をゆすぎ胃酸の酸っぱい味を忘れるべく水をガブガブ飲んでいた。おなか、タプタプ。

 

 なんだあの恐ろしい本。誰だ、誰の所有物だ。いや、そもそもアレって売られてるのか? 妙に薄かったし、ひょっとして手作りじゃないのか? と言うかこんな危険物、共用スペースの本棚に置くなバカ。

 

 この本の持ち主を暴いて、説教せねば気が済まない。オレは突如襲い掛かってきた”びぃえるショック”から立ち直りつつ、所有者が誰か特定するため再びあの魔本に立ち向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅむ・・・。」

 

 取り合えず、読破に成功。女性の身に生まれたし、“ホモが嫌いな女子はいない”と聞いた事が有るから頑張って受け入れてみようとしたが、残念ながらオレにはBLの素養は無かったようだ。なんとかイラストを直視できるまでに耐性はついたが、やはり見ていて心地よいものではない。オレに前世の男の記憶が有るのも原因かもしれない。

 

 だが、読破して分かった事が有る。これは、市販品ではない。

 

 市販品の本は魔法による印刷が行われる。水魔法の応用であり、手作業ではないため水の勢いが強く、次のページにインクが滲まない様に印刷品は紙が分厚いのだ。

 

 だが、この本は薄い。ページが少ないだけでなく、紙自体も薄いのだ。恐らくは、手書きの逸品。

 

 

 

 ・・・あの4人の中で、同人活動しそうな奴は誰だろう。マーミャ? ユリィ?

 

 レイはこういうのに興味は無さそう・・・と言うか男好きだって宣言してるしな。リンはまだ子供だし。有るとしたらマーミャかユリィだろうな。

 

 何にせよ、これでうまく弱みを握れたら、それをたてにムフフな事を要求できるかもしれない。ユリィだったら最高だな、背徳感とか、あのデカいおっぱいとか。俄然やる気が・・・。

 

 ・・・。

 

 お、おお? 何だ、今の感じ。胸のサイズとか今までそんなに気にした事は無かったが、前の一件のせいか凄くユリィの乳にイラっときた。

 

 ま、まさか、このフィオが。凡弱なテンプレ貧乳キャラの如き反応をしてしまっただと・・・!?

 

 マズい、このままじゃマジでヒロイン堕ちしてしまう。落ち着け、オレはアルトがどうしてもって言うから付き合ってる感じなんだ。オレから好き好き光線出すのは違うだろ。

 

 ────アルトはきっと、自分を好いてくれる女の子なんか辟易してるだろうし。これでオレに興味持ってくれなくなったらどうする・・・、って違う。

 

 何だ今の思考回路、怖!?  落ち着け、オレはアルトに仕方なく付き合ってやってるってスタンスを忘れるな。オレが、アルトより上の立場。うん、オッケー。

 

 さて、気持ちをキッチリ整理したし。そろそろ捜査開始と行きますか、手始めは────

 

 

 

 

 

 取り敢えず容疑者の有力候補、ユリィの部屋に侵入(はい)ると、何時もの通りキッチリ整頓されて小綺麗な部屋に、小さな飲みかけのマグカップが放置されていた。コレ、ユリィの口付け済みだろうか。・・・ゴクリ。

 

 いや、じゃなくて。オレが探すべきは、筆記用具だ。あの本の著者は恐らく、インクと羽ペン、紙等を纏めて置いているはず。そんなデカイ物なら、部屋に入れば分かるだろう。

 

 わざわざ本棚に自作の本を置くような奴だ。いちいち筆記用具を隠したりしてない筈。

 

 

 

 部屋の入口のドア付近から動かずにグルリと部屋を見渡したが、ユリィの部家には特に怪しいモノは見当たらない。あの本の著者はユリィでは無いのか、それとも何処かに隠しているのか。流石に家探しまではする気は無い。先に他の容疑者の捜査をしよう。

 

 そう考え、ユリィの部屋の扉を閉めようとしたその時。ふと目が行ってしまったベッドの下と言うベタすぎてスルーしてた場所に、オレは謎の箱を発見してしまう。

 

 ・・・どうしようか、コレ。開けちゃっていいのか? ユリィのプライバシーを守ってやるか? 

 

 ────バレなきゃ大丈夫だよな。ココで逃げちゃ捜査の意味が無い。よし、開けちゃおう。

 

 

 

 

 

 

 中に入っていたのは、際どい下着。何時だったか、アルトは完全にスルーしてたけど誕生日祝いの席でユリィが身に着けてたモノだ。変な形の下着が修道服から浮いていてドン引きしたのを覚えている。こんなモノまだ持ってたのかユリィ・・・。

 

 静かに、箱を閉じて再びベットの下へ滑らせる。

 

 

 よし、この部屋には怪しいモノは無かった。

 

 

 

 その後、捜索を続け他の3人の部屋も軽く探ったものの、特に怪しいものは見当たらなかった。強いて言うなら、リンの部屋に入った瞬間目の前に短剣が飛んできて死にかけたくらいだ。

 

 

 仕方ない、今夜4人が帰ってきた後に問い詰めるとしよう。流石にアルトたちは今夜帰っては来ないだろうし、キッチリこんなもん読まされたことに対して文句をいわにゃ気がすまん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ふむ、ふむ。バーディが受けか、成る程。確かに奴は受けで光るキャラクターだな。」

「妙な納得してんじゃねーよレイ!! ていうかお前じゃないんだな本当に!」

「無論だ。私はこういうのに理解が有るだけで好んではいない。竿を穴に出し入れする方が好みだ。」

「本当かよ・・・。」

 

 4人が帰宅後。飯の前に集まって、パーティ会議にて問い詰めたところ、この本の著者は名乗り出て来なかった。犯人は爆発物(薄い本)を自ら本棚に置いた癖に、作者バレするのは嫌らしい。

 

「・・・気持ち悪いし、この絵。何なの?」

「リンは見ちゃいかん、教育に悪い。はぁ、誰だこんなバカなモノを・・・。」

「え、ええ。怪しからんです。本当に、これは尊・・・素晴ら・・・怪しからんです。」

「ユリィ? 君も本当に違うんだよね? 凄い鼻息荒いけど。」

「いえ、その、こんな世界が有ったとは、知らなかったですし、その、素晴らしいです。」

「せめて、言い繕ってくれユリィ。」

 

 ・・・ユリィはかなり適性がある模様。でも、この反応は著者と言うより読者の反応だな。まだ犯人とは言い切れない。

 

「と言うか、何故アルトとバーディが男色として書かれているのだ?」

「さぁな。と言うかフィオ、お前こそ実は真犯人じゃないのか? こんな卑猥なモノを私らに見せて興奮してるんじゃないか?」

「レイ? 馬鹿にすんじゃねーぞ、オレのセクハラはもっと直接的にやるんだよ、こんな風に。」

「あひゃ!! フィオさん、何を!」

 

 無言でBL本に没頭し始めたユリィに、突っ込みを兼ねて尻を撫でてみる。

 

「成る程、一理あるな。疑って悪かったフィオ。」

「気にするな。さりげなくユリィの尻を撫でれて役得だったよ。」

「さりげなくないです!!」

 

 セクハラされた修道女の可愛い抗議を無視し、いよいよ本題に移る。

 

「で、だ。誰だと思う?」

「断定は出来んが・・・。フィオ、私に意見が有る、聞け。この本の内容だが、アルトが妙にサディスティックに描かれていないか?」

「・・・それが何だよ。」

「くく、考えるがいい。こういったモノは筆者本人の願望が現れる、だろう? つまり、この本の作者はアルトにドSで合ってほしい人物、即ちマゾッ気の強い奴だ。」

「おお、成る程!」

 

 凄いな、言われてみればその通りだ。話の内容から、著者の性格を分析するとは流石はレイ。

 

「さらに、微妙にバーディが美化されている。つまり、バーディとの関係がさほど悪くない人物だ。アルトがメインなのに、脇役バーディまでわざわざ美化して書く必要はないからな。」

「ふむふむ。」

「バーディは巨乳とフィオには優しい。逆に私やリンへの当たりは強い。そう、この本の作者は恐らくバーディと良好な関係が築けている巨乳!」

「なんと!」

「最後に、この本に描かれたアルトの剣を見てくれ。これを見て何か変と思わないか、マーミャ。」

「む? ・・・なんだコレ、バランスが無茶苦茶だ。魔石も無いし、重心が先端過ぎて使い物にならないな。」

「そう、この剣は正直他のオブジェクトと比べデッサンが甘い。と言うか、武器に対する理解の甘い奴が書いた剣だという印象を受ける。つまり、この作者は後衛職の人間・・・!!」

「・・・はっ!! ってことは!」

 

 すげぇ、すげぇよレイは! 本を読んだだけで、一瞬で犯人を特定しちまった!

 

「ユリィ!! 巨乳で、マゾっぽくて、後衛職の人間はお前だけだ!!」

「・・・え?」

「ユリィが書いた本だったのか!! 幾ら誰かに読んで欲しいとはいえ、流石にこの本を居間に置くのはどうかと思うぜ。」

「あ、いや、私じゃ・・・。」

「・・・気持ち悪。変態雌豚修道女。」

「ち、違います!! 誤解です、冤罪です、再度調査を要求します!!」

「・・・ユリィ、君は比較的まともだと思っていたんだが。残念だ。」

「誤解ですってばぁぁぁぁ!!」

 

 

 こうして、この難事件は名探偵レイの活躍で幕引きとなった。真犯人のユリィは、泣きながらBL本を抱えて私室に戻り、閉じこもってしまった。うむ、そこでしっかりと反省したまえ。

 

 

 ────その日の夜。アジトのユリィの部屋からは深夜まで「すん、すん。」とすすり泣く声が聞こえ、深夜を過ぎてからは「フヒッ・・・フヒヒ・・・」と不気味な笑い声が響いたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 

「クリハさん、どうかしたか?」

 

 朝っぱらから別の貴族の腹痛で今度は王宮に呼び出されたオレは、猫目の可愛いメイドさんに廊下で壁ドンされていた。やだ、キュンと来る。

 

「一生のお願いが有ります、フィオ様。どうか、その、うっかり、貴女方のアジトの居間に置いてきてしまった私の本を、誰にも見られずに回収してきて頂きたいのです。」

「・・・え。」

 

 ・・・クリハは、話を続けた。昨夜、定期の掃除にアジトに来た際に、とある貴族のわがままに振り回され昨夜から寝られず働き詰めだったクリハは半分寝惚けていた。

 

 そしてついウッカリ、自分の鞄から落としてしまったであろう本を、そうと気付かずアジトの居間に並べて帰ってきてしまったのだとか。

 

 その本とは、即ちオレの想像したとおりの魔本だった。

 

「ク、ク、クリハさん。その、そっちの趣味、ある人なの?」

「ち、違います。その、私もそんなに興味が有ったわけでは無いのですが!」

 

 オレの問いに対し、ふっ、とクリハさんは俯いた。やがて彼女の目は濁り、悲哀に満ちた表情となって話を続けた。

 

「私なりに、受け入れて、消化していこうと。そう、決意したんです。」

「駄目だ、クリハさん。そんなモノ消化しちゃダメだ。」

 

 

 ミクアルの里の残した爪痕は、未だ彼女に色濃く残っているようだった。今度、もっとしっかりメンタルケアしておこう。

 

 ・・・あ。後で、ユリィにも謝っておかないとな。




次回更新は9月8日です。

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