TS転生してまさかのサブヒロインに。   作:まさきたま(サンキューカッス)

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「天丼。」

「あれま。帰ってたのかいフィオ。」

 

 懐かしい、声がする。

 

 オレが踏みしめた地面のその向かいには、何年も前から殆ど変わらないままの姿の母親(フィーユ)が、当たり前の様に笑いかけていた。

 

 

 

 

 ミクアルの里に到着後、いつの間にか気を失っていたらしいオレは、何かを悟った顔のルートに叩き起こされた。

 

 その理由はと言うと、負傷した馬鹿どもの蘇生の為。この里は、オレが居た頃と何も変わらない様で安心した(あきれた)

 

 

 

 

 ・・・だが。ルートに叩き起こされたのはむしろ好都合で、オレには何としても、今日中に会っておきたい人がいた。オレの生みの親であるフィーユ姉さんだ。

 

 一言挨拶した後、村長(ボス)の家に宿泊することになった3人と別れ、独り彼女の家へ向かう。

 

 ・・・因みに、オレがいつから気を失っていたかの記憶はない。頭を打ったのかと色々検査したが、特に問題はなかった。きっと貧血か何かだったのだろうか。気にしないでおこう。

 

 ────久しぶりの、我が家。風の味も、路傍の色彩も、記憶のままに広がっていく。

 

 生まれ育った場所と言うのは、やはり特別な思い入れが沸くらしい。得も言えぬ感傷に身を包まれ、心が寂寥感にささくれ立つ。ああ、早くフィーユに会いたい。

 

 昼間見た時メルの奴は、今夜オレと一緒に泊まりたそうだったけど。結局、彼女は嫌なことがあったらしく、オレが意識を失っているウチに走り去ってしまったと聞いた。きっとそのまま気まずくてオレに会いに来られないのだろう。

 

 ・・・ホント意地っ張りだな、昔からオレにべったりだった癖に。仕方ない、明日たっぷり愛でてやろう。

 

 でも。今日はフィーユと二人きりで、久々に孝行してやりたかった。

 

 

 ガキの頃に何度も通った砂利道を、ガキの頃の様に石を蹴飛ばしながら、少しばかりセンチメンタルな気分になり闊歩していく。道すがら、知己に話しかけられ、老けた兄弟たちに驚きながら、笑顔で別れる。

 

 

 

 その家は、里の中心から外れた場所にぽつんと立っていた。

 

 

 元々オレが居た時も、フィーユと二人でこの家に暮らしていた。ここはあまり大きな家ではなく、大きな寝室が一つと、水回りやキッチンと言った最低限の設備が備え付けられているだけの、実に質素な家だった。家具だって殆ど最低限で無骨なモノしか置いていない。部屋の真ん中にぽつんとある、赤いベッドだけがこの家唯一の彩りなのだ。

 

 とても、この里の権力者である村長の愛人(つま)が住むような家ではない。他の愛人さんは、もっといい暮らしをしていたというのに。

 

 

 

 その、我が家の玄関付近には機嫌の良さそうなフィーユが掃き掃除をしており、遠くに居たのにあっさりとオレに気付いて手を振ってくれた。こっそりと隠れて脅かしてやろうというオレの企みは、どうやら不発の様だ。

 

 オレとよく似た髪型で、オレと同じく小柄な体格の姉さんは。地味なローブを揺らし、ぱたぱたと金髪を靡かせ、胸へ両手を当てゆっくり歩み寄って来た。

 

 

「ただいま、姉さん。」

「あいよ、おかえり。・・・なんだい、早く上がっておいで。」

 

 

 そうオレに微笑む彼女は、記憶と何も変わらなかった。もう、40歳に近い筈なのにオレと姉妹としか見えぬ程に、若々しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さん。なんだ、なかなか顔を出せなくて悪かったな。」

「ガキんちょがそんなこと気にしなくて良いの。あんたが好き勝手やってパーティの人に迷惑かけてないか、それだけが心配だよ私は。」

「・・・そんな訳ないだろ? オレは常に清廉潔白に生きている、この里の希望だぜ。」

 

 母親(フィーユ)はオレのそんな強がりを聞き、頭を押さえやれやれと首を振った。まるで、全て見透かされてるみたいだ。

 

「それより姉さんこそさ。ちゃんと村長に面倒見て貰ってるのか? あんまり人が来た形跡ないぞこの家。」

「私は良いの。あの人だって、若い娘が良いみたいだしね。オバさんはひっそり暮らしていく、それでいいの。」

「いや、何というかなぁ。姉さんはもう少し積極的に行っても良いと思うが。なんであんなの選んだのか、そこだけが疑問だけど。」

「村長の事? ふふ、昔はね、カッコよかったのよあの人も。質実剛健、腕白だけどいざという時は頼れる年上のお兄さん、て感じ。私の幼い頃からの憧れの人でね、何人かいる恋人の一人だったとしても、彼が私に振り向いてくれた時は嬉しかったなぁ。今しか知らないフィオには想像し辛いでしょうけど。」

「・・・いや知らないけど。だったらさ、もう少し自己主張をさ。」

 

 フィーユは気風が良い、やや童顔の美人だ。彼女の体格は、今のオレをやや成長させた程度で止まってしまっている。お世辞にもグラマラスだとは言えない、貧相なボディだ。しかし、彼女は人を元気にさせるというか、話していて心地よいというか、そう言った不思議な独特の安心感を持っている。

 

 だが、そのハキハキとした雰囲気とは裏腹に、フィーユはなかなかに恋愛下手らしい。オレが幼い頃はいつも、寂しそうにボスが誰かと歩いているのを見ている、そんな印象だった。オレはその様を、いつもヤキモキとして見ていたからよく覚えている。

 

 フィーユだけないがしろにされている訳じゃないとは思うけど、少し彼女は自分から身を引きすぎだと思うのだ。遠慮しすぎて損をしている、そんな気がする。

 

「私の事はどうだっていいの。あんた、何で帰って来たのさ。」

「ああ、それはだな・・・」

 

 

 そう問われ、オレはここまで来ることになった経緯をフィーユにざっと話した。流星の巫女であったことを忘れていたくだりで、流石のフィーユも呆れた顔になる。仕方ないだろう、忘れていたんだから。慌ててそう言い訳したら、ふふ、と苦笑されてしまった。

 

 話を聞くとどうやら、オレのうっかりはフィーユ譲りらしい。ちゃんとメモを取る癖を付けなさい、きっとまた何かやらかすから。そう頭を撫でられ、優しく叱られて。何も言い返す事が出来ず、オレは素直に頷いた。オレは彼女に、逆らえないのだ。

 

 

「それで、アンタは相変わらず女の子の尻追っかけてる訳? 別に止めやしないけどさ、ちゃんと男の人も追いかけるんだよ? 女の子同士じゃ孫は出来ないんだからね。」

「・・・えっと。」

 

 突然に、話はオレの恋愛話へと移り、思わず言葉に詰まってしまう。これはフィーユにとって、何気ない雑談のつもりなのだろう。現に、オレが男と付き合ってるなどとは微塵も考えていないようだ。最後にフィーユにあてた手紙にも、”女の子への出会いに飢えている”とか書いてたしな。

 

 ・・・さて、どうしよう。アルトの事は、きちんと報告しないといけないだろうか。一応、フィーユはこの世界で唯一の肉親と言っても過言ではないし。

 

 村長はどうしたって? なんかアイツ、性格がぶっ飛んでるし、身体の臭いがキツいからあまり肉親と思いたくない。

 

 ・・・さて。

 

「その、だな。今、オレさ、そういう人が居てだな・・・?」

「ほほん? 男? 女?」

「・・・男。」

「マジで!?」

 

 とりあえず、彼氏報告。俄然元気になったフィーユは、燦々と目を輝せ身を乗り出してきた。うう、やっぱそういう反応だよな。娘の恋バナなんて、良い酒の肴だよな。

 

「一応言っとくぞ! だ、誰にも言うなよ里の連中には!」

「分かってる分かってるって。よし、全て話せ。なになに、ひょっとしてもう結婚済? 何時から? ちゃんと手紙に書けよな! そっか、もう完全にラントの奴は脈無しか! あっはっはっは!」

 

 フィーユはそれはそれは嬉しそうに、オレを抱きしめ笑っていた。ぐぐぐ、何だこの芯から湧いてくる異様な羞恥心は。

 

「わー、ストップ、話を聞け! 奴とはまだ付き合って2週間くらいだっての!」

「おお、つまりホヤホヤか!! 一番、恋愛してて甘酸っぱい時期か! 良いなー。聞かせて聞かせて、その代わり困ってること有るなら何でも相談に乗ったげるから。」

「フィーユは、そっち方面は消極的過ぎてアテにならん。」

「ぐっ・・・。」

 

 幼児にヤキモキされるレベルの恋愛音痴に、どんなアドバイスが出来るというのか。

 

「オレにこんな舐めた口利かれたくないなら、もっとアピって来いって。ぶっちゃけ姉さんはまだ若いから。むしろ幼いのレベルだから。」

「うっさい、アンタに言われたくない。・・・はぁ、それが出来たら良いのにねぇ。ま、そのうち分かるわ、あんたもさ。」

 

 母娘の、数年ぶりの夜は。他愛のなく、人外魔境のミクアルに似つかわしくない穏やかでありふれたモノだった。アルトとの話を根掘り葉掘り突っつかれ、オレは生まれて初めてガールズトークらしい事をした気がする。とりあえず女の子二人で話せば何でもガールズトーク、では無かったんだな。

 

 それにしても。久しぶりに会えたフィーユの笑顔が見れて、良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うーん。

 

 僕は、今、何をしている? ここは・・・、空?

 

 そう。ふと気がつけば僕は、澄み切った空を自由気ままに飛び回っていた。背に羽でも生えたかのように、変幻自在に虚空を疾走し、風を切り尽くし、雄たけびを上げる。今の僕はまるで、スーパーマンの様だ。

 

 そうか、成る程。これは夢なのだろう。

 

 背に轟音を轟かせながら、僕は燕の様に地面すれすれを滑空する。目の前にいくつもの家や木々が並んでいるが、すいすいと当たり前のように避け、躱し、廻り、そして進む。

 

 気持ちが良い。本当に空を自在に飛び回れるのなら、きっとこんな景色が見られるのだろう。景色が凄まじい速度で、僕の背後に吹っ飛ぶ。やがて僕は、一つの目標を見つけた。

 

 あそこだ。あそこに行けば、目的は達成される。

 

 そう思うだけではぁはぁと息が荒くなり、抑えきれぬ興奮で僕の口元がゆがむ。・・・ん、興奮? はて、僕は何を興奮しているのだろう。

 

 近づく。近づく。より鮮明に、目標物が視認される。

 

 少女だ。フィオより小柄でまだ幼い、ポニーテールの少女だ。そう、僕の目標は昨日、哀れにもバーディの尻に散ったメルだ。

 

 メルを目がけ、ロケットの様に加速していく。危ない、このままではぶつかる。今の僕は、凄まじいスピードなのだ。なんとかして避けないと、彼女に大怪我を負わせてしまう。

 

 そう考え、なんとか僕が進路を変えようとした時には。僕の飛行速度はさらに加速し、もはや一筋の矢のように直進していた。

 

 メルとの距離は、わずか数メートル。僕の判断が、遅かった。いや、状況の把握が、遅かった。

 

 嗚呼、ぶつかる。彼女は、きっと大怪我を負ってしまう。せめてメルに一言警告しようと僕は口を開き、大声で叫んだ。

 

「幼女は、いねぇかぁぁぁぁ!!」

「消えろ。」

 

 僕は、一体何を叫んでいるんだ。・・・これは、この景色は、まさか。

 

 直後、こめかみに凄まじい衝撃が走り。滑空しながらにバランスを崩し、意識を失ってしまった僕は。目の前の障害物を避けきれず、何かに激突し、パラパラと土砂に埋もれ目の前が真っ暗になった。

 

 この景色は、まさか。司祭・・・様・・・の・・・?

 

 

 

 

 

 

 

「ルート様。」

 

 ────朝。僕は誰かに揺すられて目を覚ました。なんだかよく覚えていないが、凄まじい夢を見た気がする。

 

 窓を背に立つその人物に、朝日がその人物を照らしつける。逆光で顔が暗い影となり、寝惚けた僕の眼では彼女に声をかけられるまで、誰に揺すられているのか分からなかった。

 

 

「おはようございます、ルート様。そろそろ、御起床されることをオススメ致します。」

「・・・クリハか、おはよう。」

 

 そうか、もう朝か。

 

 

 

 昨夜、僕達はフィオを除いた3人が、村長の家に泊めていただくことになった。

 

 彼の家は広く、何部屋も用意されていた。なんと、この家にはご老人の愛人全員分の個室が有るそうだ。そこには、部屋の主の私物だの、村長の好みの服だのが置いてあるそうな。

 

 だが、用意された部屋は基本的に彼女達が家に来たときのみ使われる。普段は空き部屋になっており、僕達はそこに泊めて貰った。

 

 見知らぬ女性の部屋に泊めて貰うのは少々気が進まなかったけれど、どうやら僕らの泊まった部屋は「お客さんに使って貰っても良いよ」と言う部屋主の許可が貰えている部屋らしい。遠慮せず使ってよいと、老人は笑った。

 

 僕が貸して貰った部屋は、随分と質素で飾り気のない部屋だった。真ん中にぽつんと赤い色のベッドが置いてある、ただそれだけだ。こんな部屋だからこそ、この部屋の主は使用を許可してくれたのかもしれない。

 

 きっと、とても奥ゆかしい人が使っている部屋なのだろう。

 

 

 

「申し訳ありませんルート様。バーディ様がどちらにいらっしゃるか、ご存じ有りませんか?」

「バーディ? 昨夜彼の寝ていた部屋なら覚えているけれど、案内しようか?」

「いえ、バーディ様の部屋は覚えております。先程ルート様と同じ様に起こしに伺ったのですが、既にバーディ様は部屋にはいらっしゃいませんでしたので。」

「ああ成る程。なら、庭で槍を振っているか、訓練がてら道端で喧嘩しているかのどちらかだろう。自己の鍛錬に手を抜かない男だからね。」

「まぁ・・・。左様でしたか。」

 

 

 今日のバーディは、珍しくも早起きらしい。僕の言った通りに、実際に鍛錬してくれていればいいのだが。内心ではナンパか鍛錬か半々の確率だろうなぁ、と僕は寝ぼけた頭で予想していた。

 

 

「では、私達2人で村長様にご挨拶に伺いますか。」

「一宿一飯の恩義だね。うん、僕等からお礼を言いに行くのが筋だろう。バーディも連れて行きたかったが、いないなら仕方ない。」

 

 実際、村長は僕等を割と普通に持てなしてくれたし、部屋まで借りることが出来た。彼の少々アレな人柄は兎も角、礼には礼を尽くすべきだろう。

 

 

「村長さん、失礼します。今、お時間はありますか?」

 

 トントントントン。

 

 小さく4回戸を叩き、返事を待つ。間もなく、

 

「入って構わんよ。」

 

 軽やかな老人の声が聞こえた。どうやら今朝の彼は、機嫌が良いらしい。

 

 僕は、その言葉を受け扉を開き、

 

 

 

 

 

 

 全裸で、シクシクと体育座りをして泣いているバーディと。

 

 彼に肩を回しゲハゲハ笑っている同じく全裸の村長を瞳に映し。

 

 そのまま無言で扉を閉めたのだった。




次回更新日は8月27日の17時です。

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