TS転生してまさかのサブヒロインに。   作:まさきたま(サンキューカッス)

32 / 61
「魔境?」

「フィオ、貴様には呆れ果てたぞ。流星の秘術を継承していく意義を、何故貴様は理解していないのだ。」

 

 

 村長。その男は、筋肉達磨の2mはあろうかと言う大男で、今は老いて髪は薄くなっているが、その顎髭は轟々と気ままに伸ばし放題になっている。ミクアルの里を統べる、この里の権力者だ。

 

 太古は里の長は族長と呼ばれ、ミクアルの一族を統べるものとされていた。だが今は、ミクアルの一族と移民が半々くらいの割合になっている。里の血が濃くなり過ぎた事が1つ、自らをより高めるため、里の外から猛者を受け入れる様になった事が1つ。里はどんどん拡大し、村と呼べる規模にまで発展した。

 

 やがて、族長と呼ばれていた里の統治者は、村を統べる存在として村長と呼び名を変え、また昔の一族のみで里を形成していた名残で、村の民は皆家族であると言う風習のみが現在まで残っている。

 

 村長が死ぬと、次の代は前村長に指名されていた者がその任を引き継ぐ。ただし指名は絶対的なモノでは無く、村長としての能力を示せないと判断された時は、里の人間による投票などで選び直されることもあったという。ミクアルの村長は、人族にとっても重要な立ち位置で有るため、その選定は慎重に行われるのだ。

 

 

「せっかく里に戻って来たのだ。今一度、秘術について学び直して貰わねばな。よし、継承の祠に来い、今夜一晩みっちり貴様の根性を叩き直してやる。」

 

 

 そして、この男が村長に選ばれた理由は、ただ一つ。里の危機を単独で対処し得るその圧倒的な戦闘力である。幼い頃この男に連れられ四方へと飛び回ったオレもその腕は良く知っていた。

 

 何故、オレは幼き日よりこの男に連れまわされていたのか? 

 

 実はオレが齢10にも満たぬうちから、回復魔術のセンスに溢れ里一番の魔術の使い手と評されて、次期村長に指名されてしまい英才教育を受けていたのだ。この男があっさり死ぬとは思えないが、名指しで次期村長を言い渡されたオレは、万一の時は里に戻り皆を纏める長として行動せねばならない。

 

 オレ程度が、この里を纏めきれる気がしないけれど。結婚まで行ったら、アルトに上手い事押し付けてやろう。

 

 そんな風に現実逃避していたオレに、村長は容赦なく雷を落とす。

 

 

 

 

「返事はどうした!!」

「・・・うぷ。気持ち悪い。」

 

 

 

 怒鳴られ、ついその男を直視してしまった。

 

 汗を光らせ、生々しく漲る、村長(ボス)の鋼の肉体。声を張り上げ、オレを射殺すように睨むその男の衣装は、紅白に彩られ、男性が着る想定では無かったのか丈が膝までしか届かない、フリフリの巫女服だった。

 

 その異様に丈の短い巫女服を着た、筋骨隆々のマッチョがオレを正論で罵倒し言葉で殴ってくる。当然、何も頭に入ってこない。目の前の光景の破壊力で、頭がどうにかなりそうだ。

 

 

「よし、復習だ。まず! このように力をためて・・・ふぬぅぅぅぅぅ!!」

 

 

 巫女服の変態が、うなり声を上げ全身の筋肉が盛り上がっていく。と、同時にオレの目が死んでいくのが分かる。

 

 そうだ、思い出した。オレが流星の巫女について何も覚えてなかった理由はこれだ。

 

 

 パァン!!

 

 村長の汗でぬれた凄まじい腹筋が、目の前に現れる。

 

 村長(ボス)の鍛え上げられた凄まじい肉厚により、フリフリした巫女服が大きくはだけ、腰回りの紐が弾け飛んだのだ。嗚呼、また姉さんが巫女服を縫い直さないといけない。

 

「この、ようにぃぃぃ!! 高ぶる魔力をぉぉぉ!! 一身に集めてぇぇぇぇ!!」

「やめろ・・・、やめてくれよ・・・」

 

 そして穢れた股間のふくらみが、オレの顔の前でぶら下がり、ぷるぷると揺れる。

 

 そう。ついに、腰紐を失った袴がずり落ち、オレの胴より太い太腿と少し汚れた赤いふんどしが露わとなったのだ。アルトに褒められた、オレの自慢の碧い目が、どす黒く濁って腐り落ちそうだ。

 

「全身でぇぇぇぇぇ!! 祈りをささげるのだぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 ビリビリ。

 

 

 ・・・全裸。

 

 そんなオレの気持ちを知ってか知らずか。村長の全身の筋肉はどんどんビルドアップし、やがて唯一村長(ボス)が身に纏っていた赤いふんどしすら裂けてしまった。一糸まとわぬ姿になった初老のマッチョが、目の前で大きく手を掲げ、片足を曲げグリコのようなポーズを取った。

 

 

「これぞぉ!! 代々伝わる神聖なる儀式ぃぃぃ!! 即ち、流星の祈りだぁぁぁぁぁぁ!!」

「・・・ヒグッ。・・・ヒグッ。・・・もうやだあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 意識が、遠のいていく。

 

 

 やがて、頭でぷつんと嫌な音がなり、オレの脳がシャットダウンする。人体の防御本能が、目の前の景色(じごく)を認識し、記憶することを拒絶したのだろう。

 

 その直後、オレは眠るようにこてんと横に倒れ、泡を吹いて気を失ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィオの奴、随分疲れていたようだな。講義を始めてすぐに寝落ちしよったわい。こりゃ、明日も補習じゃな。」

「・・・。良いから服、着てください。」

 

 

 

 おかしい。

 

 僕の、もう一人の目指した先。その背中を追い続け、今の僕を形作ったヒーロー。幼い日の、憧憬の果て。

 

 その人(ヒーロー)は、何故か巫女服を装備し現れフィオを人気のない祠に連行したかと思うと。次は全裸となり、気を失ったフィオを抱きかかえ祠から出てきたのだ。

 

 この人、この短時間でフィオに一体何した!?

 

「・・・。」

 

 フィオを散々に罵倒していた、メルと言う少女は顔を真っ赤にして手で覆っている。意外にも初心な反応だ、少しだけ安心した。ミクアルの里はフィオやこの老人のようなキチ・・・エキセントリックな人物ばかりではないらしい。

 

「おお、これは失敬。メル、我が家にこのお三方を案内しておいてくれ。ワシもすぐに着替えて向かおう。」

「・・・はぃ。」

 

 彼女は顔を赤らめたまま、くいくいと僕の服の袖をつまんで引っ張った。ついてこいと言いたい様だ。

 

 ガハハと全裸で腕を組み笑う男から目を伏せ、僕は彼女について歩き出した。これ以上、僕の幻想を壊されたくなかった。

 

 世界はいつだって、こんな筈じゃ無かったって事でいっぱいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまないな、お前ら。村長(ボス)の奴、客人になんてモノを見せるんだ・・・。」

 

 そう言ってため息を吐く、フィオを背負った小柄な少女。彼女に追従し、やがて一際大きな屋敷を僕達は視認した。庭には全裸のマッチョの石像が気持ち悪いポーズを取っている。間違いなく、先程のお爺さんの家だろう。

 

「メル様。確認なのですが、本当にあのお方が、このミクアルの里を束ねる長なのでしょうか? ならば我々は少々、この里に対する認識を改めた方がいいかもしれません。」

「待って止めて。違うから、アイツとフィオがぶっちぎりで頭が狂ってるだけで、ここはのどかで平凡な里だから。」

 

 流石のクリハさんも、半目になって呆れている。無理もない、彼女のような常識人からしたらこの里はきっと人外魔境にしか見えないのだろう。

 

 かくいう僕も、本音を言うとこの里に対し不信感でいっぱいになっている。

 

 あの二人だけがおかしい、そう納得しようとし、

 

 

 

 ────高速で飛行する何かが、僕の頬をかすめた。

 

 

 

「幼女は、いねぇかぁぁぁぁ!!」

「消えろ。」

 

 一閃。

 

 何の前触れも無く突然飛んできた「何か」を彼女は反射的とも言える反応で痛打する。飛んできたソレは、断末魔の声を上げながら岩にめり込み、土砂に埋もれ視界から消えた。

 

 

「・・・。今の、何です?」 

「恐らく魔王軍です。ここまで1人で攻めてくるなんて、度胸有る魔族ですね」

「いや、人に見えましたけど。厳かな修道服を着ていたように見えましたけど。」

「きっと信仰心のある魔族です。」

 

 

 嘘だ。絶対この里の危険人物か何かだ。メルの目が濁って、突然敬語になったのがその証拠だ。

 

 ・・・違うよね。まさか、ミクアルに滞在していると言う、王国の司祭様じゃないよね。さっきのはただの修道服を着た変態で良いんだよね。

 

 

「・・・ここは村長の家だし、中にさえいれば安全は確保されると思う。大丈夫、里の兄弟たちには私からしっかり言い聞かせておくし。」

「・・・外を出歩くのはまずいの?」

「お前は・・・ルートと言ったか? その、なんだ。別に散歩したいなら止めないが、何が起こっても自己責任で頼む。」

「ここは危険地域か何か?」

 

 せっかくの機会なので、ミクアルの里を見て回るつもりだったけど。この里を散歩するだけで、何故か危険が伴うらしい。

 

「バーディ、そろそろ正気に戻ってくれたまえ。君が来てくれたら、大抵の事態には対応できるから。」

「・・・その戦士、強いの? さっきからブツブツと最低な事しか言ってないけど。」

「ああ。人間性は置いておいて、彼は僕達のパーティの頼れる前衛職さ。」

「ふぅん。だったら後で手合わせでもしてみるかな。フィオのパーティメンバーがどれ程のモノか知っときたいし。良いよ、そんなに出歩きたいなら私が案内したげる。勝手に歩き回られて死なれても困るし。」

「死の可能性まで有るのか。何だこの里。」

 

 

 僕が今まで憧れて、そして成長した後に。1人でお礼に来ようと決めていたミクアルの里。

 

 その実態は、深い闇に包まれた魔界のような場所らしい。

 

 僕はまた一つ、大人になった気がした。

 

 

 

 

 

 

 気を失ったフィオはメルがベッドに寝かせ、何とか正気に戻ったバーディと僕とクリハの3人は、メルの案内の元ミクアルの里を見て回る事になった。

 

 この里は一見すると、確かにメルの言う通りのどかで平和な場所だ。道は石でしっかりと舗装され、排水機構などこの世界にしては先進的な設備が整っている。

 

 風に揺れる風車の、脇に備わった風見鶏の音が心地良い。里の中央を横切る河川は補強され日本の土手のようになっていた。前世を思い出す様な里の風景に、少し切なくなってくる。良い場所だ、ここは。

 

 ただ唯一、問題があるとすれば。

 

 

「はい! はい!! はいはいはいぃ!!」

「舐めるな小僧ぉ!!! ワシの魔偽裂殴打を受けてみろぉ!!」

 

 

 道端で決闘が行われ、やんややんやと楽しそうに野次馬が酒を飲んでいたり。

 

 

「うふふ、お医者さんごっこー!」

「やめろ、それはアイツだから出来た遊びでお前が真似しちゃ・・・ぎゃあああ!!」

 

 

 幼女が年の近い男の子の腸を素手でぶちまけた挙句、駆けつけてきた大人にこずかれて涙目になっていたり。

 

 

 

 

 

「・・・のどか?」

「うん。うん、これで、いつもよりのどかなんだ・・・。」

「えぇ・・・?」

 

 

 成る程。こんな場所で育ったら、フィオがエキセントリックに成長するのも無理はない。彼女生来の人間性に問題があるのではなく、成長過程における環境要因が彼女の性格をあんなに歪めてしまったのだろう。

 

 フィオも被害者なのかもしれない。

 

「なぁ、メルさんとやら。この里では、女とヤったら責任取らなきゃ不味いの?」

「うっさい、死ね。私はまだその辺良く知らない年頃だっつの。でも、外でそれが常識ならばそうだと思うぞ。この里は色々非常識らしいから。」

「ん? 色事を良く知らない割には、随分と正確な回答だなお嬢ちゃん。さてはムッツリだな? けしからんな、このエロ幼女め。」

「おいルートさん、こいつやっぱり人として最低じゃないのか? 私は今この男と会話したことを、心底後悔してるんだが。」

「人間性は置いておいておく、と言っただろう。あのフィオと一緒に色街に行くような男だぞ、バーディは。人としてはフィオ並に歪んでいる男さ。」

「・・・は? え、え、え!? フィ、姉ちゃんと、色街!! はぁぁ!!?」

 

 あ、しまった。言い方が悪かったか、メルに誤解を与えてしまったかもしれない。

 

「妙な誤解すんなよ、メル。俺とフィオとはそういう仲じゃないからな?」

「じゃ、じゃあなんで姉ちゃんとそんなとこ行ってるんだよ!!」

「あー、ただの遊び? とにかくフィオとは何ともないから安心しろや。」

 

 すかさずバーディが、誤解を訂正すべく割って入って来たけど。おい、その言い方だと・・・。

 

 

 

「・・・ス。」

「あん?」

 

 

「ぶっ殺ス!!」

「のわぁ!! いきなり何するんだ、この幼女が! 胸デカくして出直せ、お前は結構見込みありそ────」

「姉ちゃんを返せ!! この●●●!!!」

「うーわ、ブチ切れてやがる。よっ、ほっと、やるじゃねぇか。結構動きが早いな、胸が膨らむ前のガキにしちゃ。」

 

 ・・・どうやら、彼女は案外フィオに懐いていたようだ。顔を真っ赤に上気させ、バーディを射殺さんばかりに睨んでいる。フィオに対する口が悪いのも、照れ隠しだったのだろうか?

 

「お、珍しいな。おーい皆、メルの奴が見かけない顔と喧嘩してるぜ!」

「マジじゃねーか。ホラホラ、張った張った!」

 

 そして、がやがやと人が集まってくる。目の前で突如勃発した殺し合いを、誰も止めようとはしない。この程度の喧嘩は日常茶飯事なのだろうか。

 

「うう、遊びだ!? 姉ちゃんはな、ああ見えて繊細で乙女なところあるんだぞ!! 男っぽいからって、そんな、そんなふざけた扱いを────!!」

「ほほう。フィオの乙女っぽいところだと? そんなモンが本当にあるなら是非知りたいぜ、言ってみろよ嬢ちゃん。」

「本当だっつの!! アレは確かラント兄が姉ちゃんに告った時にだなぁ!!」

「止めろぉぉぉ!! メル、その話は忘れろと何度も言った────モガモガ!!」

「うるせぇ、ラントは黙ってろ!! よし良いぞメル! 続けろ!!」

 

 

 嗚呼、まさに阿鼻叫喚。

 

 

 哀れにも、ラントと言う村の青年の初恋話はメルとバーディの喧嘩の流れ弾で包みなく暴露され、ついでに人生初の告白に対し随分と乙女らしい反応を吹聴されたフィオが微妙な被害をこうむっただけでこの喧嘩は終わった。

 

 

 

 ・・・フィオにも、顔を赤くして人を避けるなんて常識的な感性が備わっていたとは。しかもそんな反応をラント少年に見せて期待させておいて、いざ返答フェイズでバッサリ振るなんて鬼か。

 

 ふむ。たがしかし、今度フィオが女装を強要して来た時に、良いカウンターになりそうな話だ。一応、覚えておくとしよう。

 

 

 

 この、バーディとメルの喧嘩は暫く続き、やがて息を切らせ地面に倒れ込んだメルの顔に、バーディが高笑いしながら尻を向け屁をぶっかけるという非人道的侵略行為をもって終結した。

 

 そのあまりに無残な結末に、僕はバーディへ個人的な制裁を加えておくことを決意するのだった。

 

 




※注意 次回の更新について
皆様にお詫びを申し上げます。
私生活の多忙が続き、次話のストックが完全に消失いたしましたので、申し訳ありませんがお盆休みを頂きたく思います。
次回更新日は1週間後の8月21日の17時となります。それまでにはなんとしても書き上げますので、しばしお待ちいただけると幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。