TS転生してまさかのサブヒロインに。   作:まさきたま(サンキューカッス)

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「巫女。」

「違う、無実だ・・・。ヤってないんだ、本当なんだ・・・。」

 

 

 朝の衝撃映像の後、オレ達と目が合った筈のメイドは、何もなかったかのように宿にあるオレ達の荷を整理し、黙々と馬車へと積み込んでいる。どう対応して良いか判断に迷ったオレとルートは小声で話し合って、出来るだけ普段の態度のまま接する方針で行こうと結論付けた。つまり、「そっとしておこう」である。

 

 少し生暖かい目で二人を眺めながらオレとルートは再び馬車に乗り、ミクアルの里を目指し旅を続ける。意外にも、一人のどんよりとした男を除き、馬車の中は昨日同様に和気あいあいとしていた。

 

 まるで、昨夜に何もなかったかの様だ。自然、つられてオレとルートも普段の様に話し始めた。いや、オレは少しだけテンションが高めではあったけど。

 

 どうやら久々の里帰りに、オレも少々浮かれているらしい。いつも以上に激しい身振りを交えながら、際どい冗談を飛ばしてルートに怒られたりクリハさんに苦笑されたりと楽しい旅路だった。

 

 半日ほど馬車に揺られ、やがて、青々とした木々が広がり、草の香りが胸いっぱいに広がった。つまり、ミクアルの里が近づいてきている。

 

 

「いや、その、マジで。いや、マジで俺ヤってないって。だって、ほら、記憶にないもん。」

「っと、ここらで車は置いて馬だけ連れて行こうぜ。これ以上は道が細くて車が邪魔になるだけだ。」

「了解しました、フィオ様。」

 

 

 ついに、人用に整地された道が無くなり、長く険しい獣道に差し掛かった。驚くべき事に、ミクアルの里は入り口が断崖絶壁とか言う昭和の漫画みたいな場所なのだ。この細道を超えると、目の前に崖がそびえ立っており、看板がぼつんと刺さっている。

 

“崖の上にある我らがミクアルの里を目指す旅人よ。里の住人にとっては、この崖は緩やかな坂道に他ならない。この坂道を越えられぬ者に、里に入る資格無し。”

 

 そしてこの看板を真に受けた馬鹿が、しばしば数日がかりで崖を登ってくる。・・・実は、普通に抜け道があって、里の住人は皆そっちを使っているのだけれど。

 

 因みにこの看板が出来た時の里の住人は、出入りの際いちいち崖を越えてたらしい。昔の奴等は馬鹿じゃねぇの。オレ、こんな崖1回たりとも登り切る事なんか出来んぞ。

 

「ん。あの崖は無視だ、こっちに来てくれ。」

「分かった。・・・成る程、やっと君の言う抜け道とやらを把握できたよ。かなり分かりづらいな、案内が僕一人だと少し迷った可能性がある。フィオ、君が居てよかった。」

「・・・一応、結構高度に隠蔽されてるから、入り口教えただけで把握されちゃ困るんだが。」

 

 ・・・ルートが異常と諦めるべきか、里の隠蔽技術が未熟だと悔しがるべきか。オレも結構関わったんだけどな、この道の隠蔽。

 

 さて、崖を目前にしてオレ達一行は道を脇にそれ、見難い所に有る小さな洞窟をオレの案内で進んでいく。この洞窟の抜けた先に、里の住人が裏道を作っているのだ。

 

 

「え? 人生の墓場? ウッソだろ、オレが貧乳の女の責任取らなきゃダメなの? ウッソぉ?」

「・・・そっか、ミクアルの里って、こんな所に有るんだ。」

 

 

 ルートは、何やら感慨深そうに洞窟を見渡していた。ここはまだミクアルの里とは言い難いのだが。見たとこルートは、ミクアルの里に深い思い入れがあるらしい。何か、個人的な因縁でもあるのだろうか。

 

「ん、ここ登るぞ。あの岩陰の後ろが里の裏に通じてるんだ。」

「ありがとう、フィオ。これでいよいよ、僕達はミクアルの里に入れるんだね。」

「あああ・・・。チ〇コ抜き差ししただけで結納とか罪が重すぎる・・・。減刑を、減刑を。」

 

 洞窟を歩くこと30分。やっとオレ達は洞窟の出口へと辿り着いた。

 

 後は目の前の2メートル程の巨大な岩をよじ登り、岩壁の間の小さな横穴を潜るだけだ。横穴の大きさは、大柄なバーディでも四つん這いになれば潜れる程度の隙間である。

 

 オレ達は一息に岩を登り、その横穴へと辿り着く。さて、あとはこの小さな抜け道を抜ければよい。

 

「よし、ついてこい。」

 

 すかさずオレが先頭になり、最初に横穴を潜り進む。後ろから3人が追従してくる形にするのだ。

 

 ミクアルの里は色々と人族にとって重要な拠点なので、割と警戒網が強固である。オレが暮らしていた頃と変わらなければ、この裏道を抜けたところに一人か二人、見張りが居るはず。その見張りが短絡的な奴なら、里の住人以外が現れた瞬間に攻撃されかねない。

 

 オレが先頭になるのが、無難だろう。

 

 

「了解だフィオ、僕達もここを潜れば、────っ、い、良いんだね?」

「ボサボサするなルート、早くついてこい。」

「いや、待てよ? 子供さえ出来てなけりゃ、別に責任とる必要なくないか? だよな、俺はまだ未婚で突き進めるよな。」 

「ほほう、成る程。ではルート様の次は私が入りましょうか。バーディ様には、辺りを警戒して頂いて最後尾をお願い致します。」

 

 

 オレは後ろ手で“こっち来い”とハンドサインすると、なにやら妙に慌てたルートがメイドに横穴へ押し込まれている所だった。どうしたのだろうか。

 

「ルート、どした?」

「う、何でも無い。フィオ、良いから早く進んでくれ。」

 

 少し歯切れの悪いルートが気になりつつ、オレはさっさと小さな横穴を潜り進む事にした。少し離れて、ルートがモゾモゾとついてきている。

 

 なんでそんなに距離を離して────はっ!?

 

 

「ルート貴様! パンツだな、オレのパンツ見えてるな!?」

 

 

 ああなんて事だ、迂闊だった。

 

 

「う、悪い。でもさ、でも不可抗力だったんだよ! 次に僕が入らなかったとして、結局クリハか君のどちらかは後ろに男性が続くことになるし、その。」

「うるさい、不覚、このフィオ一生の不覚!」

 

 オレは思わず地面に突っ伏する。たまにこういうポカをやってしまう癖を、早いところ治さないと。

 

 嗚呼────。

 

「先頭をクリハさんにしたら、オレが生でパンツ覗けたのに────!」

「・・・は?」

「ぬう、合法的に四つん這いメイドさんの尻を思う様視姦する絶好のチャンスがぁ。ちくしょぉぉぉ。」

「え、フィオ、ストップ。待って、悔しがって顔を地面に擦りつけるのをやめてくれ。その体勢だと、君の下着がより見えてしまう。」

「あー? 好きなだけ見ろよオレのパンツくらい、金なんて取らねぇよ。クッソォ、萎えるなぁ。」

「あぁ・・・。良いじゃねぇか、1発ヤるくらい。責任なんて取ってられねぇよ。クソ、萎えるわぁ。」

 

 

 自分の頭の回転の鈍さを心底後悔しながら。オレは微妙に初々しい反応を示すルートをからかいつつ、モゾモゾと横穴を抜けたのだった。

 

 オレは別にパンツどころか、どこかのエロ勇者みたいに凝視するような真似をしないなら、全裸見られたって特に気にならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、横穴を抜けると、辺り一面に広がる岩盤がオレ達を出迎える。里を覆う岩場は、そのまま城壁のような役目をはたしているのだ。この、岩場に四方を囲まれた、森の中の高台にある小さな集落こそ、我が故郷「ミクアルの里」である。

 

 久々に里に戻ったオレは、抜け道の周囲を軽く見渡してみる。今日の見張りはどこかな? 

 

 ・・・おっと、やっぱり居るな。岩盤に腰掛ける、野暮ったい服の少女。うん、懐かしい顔だ。

 

 パタンと手に持った本を閉じ、ジトーっとした目で此方を見ている馴染み深いその少女に、オレは大きく手を振った。

 

「久しぶりだなメル!! おっぱいデカくなったかー?」

「頼むから帰ってくれド変態。」

 

 うん、相変わらずの毒舌。見張り番として入り口に居たのは、里でオレが可愛がっていた妹のメルだった。不機嫌そうな釣り目に、小柄な体躯に腰までかかったポニーテールを靡かせ、彼女はオレ達に近付いてくる。

 

「・・・4人いるのか。そこの変態(アホ)が連れてきたと言うことは、お前ら敵では無く客なんだな? よし、まずは名前と性別とここに来た目的と、最後にそこの痴女との関係性を述べてくれ。里に入っていいか審査してやる。」

「・・・前は審査とか無かったよなメル。良いから早く村長(ボス)呼んできてくれよ。」

「黙れ、人の形をしたカス。各自、先程の問いに答えてくれ。」

 

 メルは、何というか相変わらずだった。見た目も美しく成長してるし胸だって膨らんでいそうなのに、中身はまったく変わっていない。最後に見た時は確か、メルが10歳の頃だったか? そろそろ礼儀と言う単語を知っても良いと思うんだがなぁ。 

 

「フィオ、君は彼女に何をしたんだ? 毛虫の如く嫌われているじゃないか。」

「馬鹿言え、オレとメルはラブラブだぜ。なぁ、メル?」

「鳥肌立つからおぞましい事を言うな変態。こら、お前らもとっとと名乗れ!」

 

 この妙にオレへの当たりが強い少女は、オレより二つ下の妹だ。まぁ、妹と言っても異母妹であるけれど。

 

 オレやメルの父親である村長(ボス)は、妻が複数人いる絶倫オヤジだ。とはいえ、オレは別に村長を父と呼ぶ気はない。

 

 ミクアルの里では、夫婦単位ではなく里丸ごとを家族とみなす文化があるからだ。だから、この里の人間は皆兄妹扱い、そして村長が所謂家長の立ち位置に居る。

 

 だから、オレを生んだ本来なら母親に当たる人間も、オレは姉さんと呼んでいる。村長(ボス)だけが、その役職で呼ばれているのだ。

 

「・・・えっと。僕はルート、性別は男で、此処には流星の巫女の情報を聞きに来た。」

「流星の巫女の話だと? おかしいだろ、ならば何故フィオに聞かない?」

「オレ? 殆どその話忘れちまっててさ。あはは────」

「何も覚えてねぇよ・・・。忘れたなんてチャチなもんじゃねぇ、ヤッた事実なんて存在してねぇよぉ。」

 

 一瞬の油断が、命取りだった。

 

 目で追えぬ疾さの、えぐり込むようなこぶしの軌跡。この技は、まごう事なく前世で言うコークスクリューブロー。

 

 岩場に鈍い音が鳴り響き、オレは目を見開いて、打ち抜かれた腹を押さえ無言でうずくまった。

 

「はぁ、事情は分かった。このポンコツのせいでここまで足を運ぶ羽目になったんだな?」

「え、ええ。流星の巫女は現在失踪していると伺っています。彼女の所在の捜索が、僕達の目的です。」

「・・・ふぅん、あっそ。因みに何で巫女が女性と思ったの?」

「はい?」

 

 腹が、やばい。冷や汗がダラダラ出てる。メルの奴、流石にやりすぎだろ。集中できなくて回復魔法が使えん。

 

「先代も、先々代も男だよ、流星の巫女。初代が女の人だったからその名前で今まで来てるだけで、里で最も魔力の素養に優れた者が選ばれ、流星を操るその秘術を継承していくんだ。彼女の血は、既にこの里に混ざりきっているからね。」

「そ、そうだったんですか。成る程、では今代の巫女も男性だったり?」

「・・・いや、今代は女性だ。おいフィオ? お前さ、10歳の誕生日を覚えているか?」

 

 メルが何かを言っている。

 

 何だ、話しかけるならいきなり鳩尾を穿つような真似すんなよ。メルは戦士職になったとは聞いたけど、オレより年下の女の子の出す物理攻撃力じゃないぞコレ。

 

 えっと、何の話だっけ?

 

「あー、オレの10歳の誕生日? ああ、なんか派手なお祭りしてたっけ。オレの生誕祭だけあって、妙に盛大だったなあの歳だけ。」

「ふん!!」

「痛い!!」

 

 メルの二発目のボディブローにより、オレの体はくの字にへし折れ、再び地面を舐めた。じんわりと目に涙が浮かんでくる。

 

 ・・・さっきから何なの!? メル、昔から毒舌だったけどこんなに暴力的じゃなかったじゃん。何? 今日は機嫌悪い日なの? マジで吐きそうなんだけど。

 

「なぁ、フィオ。この里でお前以上に魔力の扱いがうまい奴、居るか?」

「馬鹿言え。このオレは、人外のはびこるこのミクアルにおいても随一の回復魔術の使い手でだな!」

「おう。それが認められて、10歳の時に継承式やったよな。」

「・・・継承式?」

 

 うーん。そう言えばそんなこと有ったような? なんかおぼろげに記憶が戻って来たような。

 

 

 

 

 

 

 ────────あ。

 

 

 

 

 

 

「さっきから、何を仰られているのでしょうかメル様。王宮といたしましては、一刻も早く巫女様の捜索に取り掛かりたいので里に入れていただけるとありがたいのですが。」

「クリハ。大丈夫、心配しなくてよさそうだ。そっか成る程成る程。その可能性は考えてなかったな。」

「ルート様? それは一体どういう・・・」

 

 うっはぁ。思い出してしまった。そーだ、そーだった。

 

 

 

 

 

 

「あー、皆すまん。今代の流星の巫女って、確かオレだったっけ。」

「フィオォォォォ!! そこに正座しろ、この大馬鹿! 君は、君と言うヤツはどうしてそんな重要な事を!」

 

 本日2発目。男の娘の渾身の拳骨を貰い、その場で手ひどく説教される事になったのだった。

 

 ・・・成る程。そりゃ、メルの奴も怒るわ。

 

 

 

 

「だってさ・・・。流星魔法、何年も修行して身に着けるもんじゃなくて2,3日でさっと教わっただけだもん。何年も前にサクっと習っただけなのに覚えてるわけねーよ。」

「普通は覚えてるぞ無能。さんざん村長(ボス)に教えられたよな? 流星の巫女の重要性について。」

「だって巫女服着て授業するんだぜあのオッサン。記憶に残すことを脳が拒否したに違いない。」

「・・・いや、一応継承式の正装だから。村長(ボス)も好きで着ていた訳じゃ────」

「スゲェノリノリだったぞあの糞オヤジ。」

「いやまぁ、そこは同情するけどさ。」

 

 

 メルの冷たい視線が少し同情的なものに変わった。オレは結構適当人間で、今回みたいなデカいポカやらかすけれど、村長は真面目な変人だから本人の意思通りに変な事をしでかすのだ。あんなのが何でモテてるのかよく分からない。

 

 ミクアルの里特有の、強い奴=モテるという風習。村長は戦闘力と言う面ではこの里でぶっちぎりだ。オレ達のパーティと戦うことになっても、多分バーディやマーミャ辺りなら互角以上に戦えるだろう。アルトとタイマンだと分が悪そうだが、搦手を使えばなんとか勝てるだろうし。

 

 だからって禿で髭モジャの筋肉達磨がモテモテなこの里はどう考えてもおかしいけど。

 

 

「・・・王宮へ、流星の巫女様が失踪したと王宮には連絡があったのですが。」

「あー。2週間前、確かオレとアルトが魔王軍から逃げてた時に2日ほど失踪してたからじゃないか? ソレを聞いた里に居る誰かさんが、オレを心配するあまり即座に王宮に捜索するよう提訴したんだろう。」

「馬鹿馬鹿しい話だ、本当に。この二日間、完全な無駄足じゃないか・・・。」

 

 ルートは随分疲れた顔をしている。確かに皆に悪い事したな、今回は。何かしら埋め合わせ考えないといけないだろう。

 

「・・・ウチの馬鹿が悪かったな。お前ら一応、村長に会っていくか? せっかく来たんだし、今日は遅いから泊まってくだろ。」

「あ、そうだね。よろしくお願いするよ、えーと、メルさんと言ったかな。どうか取り次いでいただきたい。」

「だな、オレもフィーユ姉さんに顔出さないと。まぁ、流星の巫女は見つかったし任務達成だな! めでたしめでたしだ!」

「申し訳ありませんが、フィオ様には報奨金を渡さないよう報告いたしますので。」

「何だと!?」

 

 そんな殺生な!?

 

「・・・報奨金貰う気だったのか、君は。今回の依頼は、僕も褒賞金は辞退します。こんなの流石に受け取れない。」

「・・・金。そうか慰謝料、か。それで済ませる手もあるのか。うん、結婚しないで済むなら・・・。」

 

 

 そんなこんなで。今回の依頼は思いかけず終了となり、オレは雷を落とされる覚悟を決めながら村長(ボス)の元へと向かうのだった。

 

 気が重いぜ。




次回更新日は8月14日の17時です。

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