TS転生してまさかのサブヒロインに。 作:まさきたま(サンキューカッス)
「随分と遅い帰りだな、お二人さん。どっこでシケ込んでやがったか?」
「アホな事を言うなバーディ。・・・悪いが、今はそんな冗談に付き合ってやれる気分じゃないんだ。実は今、愛の素晴らしさって奴を噛み締めているのさオレは。」
老いた魔族に出会い、とても心の温まる体験をしたオレ達が宿へ帰ると。へべれけに酔ってメイドを侍らせている人間の屑がいきなり下世話な冗談を飛ばしてきやがった。せっかくの晴れやかな気分が台無しである。
「くだらねぇ男だな、お前は。バーディもオレみたいにもう少し高尚な精神で生きていくべきだ。ああ、愛って素晴らしいなぁ。」
「おいルート。コイツ、何か悪いものでも食べたのか? フィオはいつだってクレイジーな生き様してやがったが、今日のコイツは輪をかけて気が狂ってやがる。」
「いや、フィオはいつも通りだと思うよ。何というか、僕達はまぁ、凄い体験をしたものでね。バーディ、君達は何をしていたんだい?」
「ん? クリハに巨乳のメイドの娘の情報を根掘り葉掘り聞いていただけだが。」
バーディもどうやらいつも通りの様だ。こんな美人と2人きりだって言うのに、何やってんだこの馬鹿は。心なしか、クリハさんがしょげている様に見える。この糞野郎・・・。
「貧乳の何が駄目なんだ? 良いじゃねぇか。女の胸の体脂肪率が高かろうが低かろうが。」
「そうだけどよ、こればっかは好みの問題だからな。生理的に駄目なんだわ、貧乳は。トラウマもあるし。」
バーディはこんな感じで、頑として胸のない女性に興味を示そうとしない。もっともオレとしては、興味を示されても困るので安心ポイントなんだが。嗚呼、クリハさんが不憫でならない。
「貧乳にトラウマねぇ・・・。どうせこっぴどく振られたとかそんなんだろ?」
「・・・。その程度ならよかったんだがな。まぁ、アレだ。触れられたくない過去って奴なんだ、そっとしておいてくれ。」
「いやに気になる言い方するなオイ。アレだ。好きだった貧乳の女の子の前でパンツずらされてトラウマになったとか?」
或いは好きな女の子の前で貧乳な娘にパンツでも脱がされたか。いずれにせよ、コイツ自身の
「いやさ、ストーカーされてたんだよ。村の根暗な貧乳女に。」
「ストーカー? それはあれか? お前にしか見えない女の子にか?」
「ちげぇよ! 幻覚だった方が遥かにマシだよ! ・・・お前に分かるか、独り暮らしの筈のオレの家にいつの間にか料理が二人分並んでて、背後からお兄ちゃんと声をかけられたときの恐怖が!?」
「・・・うお、マジなのソレ。」
「マジだよ! 子供の頃にさ、熱で死にかけてた村の娘に薬草探し出して持っていってやったら・・・。次の日からずっと視線感じてさ。どうやら惚れられ・・・、いや取り憑かれちまったみたいでな。ああ、思い出すだけで当時の恐怖が・・・。」
「バーディ様は、そのような恐ろしい目に遭われていたんですか? お可哀そうに、まったく気付いておりませんでした。」
「ああ、しまいには村中で視線を感じるようになってだな、恐怖とストレスで気が狂う寸前だった。魔王軍の襲撃のドサクサで、ソイツとはうまく散りじりになったが、ヤツが恐ろしくていまだに故郷の村に顔を出せん。村長とか世話になったし、また会いたいのだが・・・。」
「あー、なら誰かに伝言だけでも頼むか、手紙とかを送るかだな。世話になったのに音信不通はマズいだろうよ。」
「・・・アイツに俺の生存が知られたら、また奴の影に怯える生活になる。それだけは、絶対に、絶対────、いや、もうこの話はやめよう。酒が不味くなるぜ。」
「ええ、そうしましょうバーディ様。嫌なことは皆、お忘れになられる方が良いです。」
そう言って、クリハさんが笑顔でバーディにお酌をしていた。愚痴を聞いて貰って、あんなに優しくして貰ってるのにクリハさんに興味を示さないとはバーディは頭の大事なところがイカれてるんじゃないか?
「すまんなメイドちゃん。ああ、酒が美味い。」
「今の勇者様方のお屋敷は我ら王宮のメイド隊が徹底して管理しております。我ら以外の者が侵入した形跡等有れば即座にお知らせ致しますので、どうかご安心ください。」
「頼むぜクリハ。まぁ流石のアイツも厳重に警備されてるアジトに忍び込めるとは思ってないけどな。」
ずずい、とクリハさんの注いだ酒を飲み干すと、赤い顔でだらしなく頬を緩めたバーディは、ぐぅぐぅと寝息を立て始めてしまった。すかさずクリハさんは椅子へもたれ掛かるバーディを抱きとめ、ふわりとバーディを抱きかかえる。流石は王宮のメイドさん、身体強化魔法まで使えるのか。
・・・なんだかなぁ。好き放題に酒飲んだ挙句、自分より一回りは小さい娘に愚痴り、介抱され、意識を失い運ばれるこの男を見ると凄く情けなくなってきた。何でオレはこの男の友人やってるのだろう。至高の愛を見た直後にこんな人間の屑を拝まされるなんて、どんな拷問だ。
カツカツと、再び足音が聞こえクリハさんが部屋に戻ってきた。
「バーディ様はベッドにお連れいたしました。フィオ様、ルート様も一献いかがでしょうか? 酒類に限らず、果汁飲料やミルク等もご用意できますが。」
「・・・ごめんなクリハさん。あんなのの相手をさせてしまって。」
「いえ。非常に心地よい時間でしたよ。お二方がこのままお休みになられるなら、机を片付けさせていただきますが。」
「・・・。なぁクリハさん、ちょっとオレとも酒に付き合ってくれや。さっきの体験をさ、誰かに話しちまいたくてしょうがないんだわ。」
「駄目だよフィオ、アレはあんまり言いふらす事じゃないだろ。あの男はそっとしておいてあげなよ。」
先程の体験を、ベラベラとオレは酒の肴にするつもりだったがルートはあまりいい顔をしない。確かにそうなんだけどな、でもこう、喋りたくて仕方ないんだよなぁ。
「やめた方がいいかな? うーん、本当に良い話だったんだがなぁ。」
「うん、やめておく方がいいよ。あの切なくも暖かい物語は、僕らだけの胸にしまっておこう。」
「何でしょう、ルート様までそう仰られるという事は、本当に何か壮大な事でもあったでしょうか。少し気になってきたのですが。」
クリハさんも少し興味を持ってしまったようだ。だが、ルートの言うことも至極もっとも。
そうだよなぁ、魔族と敵対してる王国の、王宮勤めのメイドさんに潜伏する魔族の話は出来ないよなぁ。
「いや、すまんクリハさん、何でもないんだ。この晴れやかな気持ちを共有出来ないのは非常に残念だが、どうか忘れてくれ。」
「うん、クリハには悪いけど、あの凄まじい感動は人に伝えて聞かすモノでは無いと思う。勿体ないけれど、僕達だけで話を留めておく方が良いのさ。」
「これは新手の苛めか何かなのでしょうか。いえまぁ、立場を弁えておりますし私から詮索は致しませんが。」
そう口では納得しつつも、少し不満げな顔になったクリハさんが可愛い。
「まぁまぁ、許してくれよ。そうだクリハさん、手頃なワインを持ってきてくれ。今はなんだか一杯やりたい気分なんだ、飲もうぜルート。」
「うん、いいよ。クリハも一緒に飲もうか、もう仕事モードはやめていいよ。君とも友人として酒を酌み交わしてみたかったのさ。」
「・・・はぁ。そう仰られるなら、ご相伴にあずかりましょう。王宮からの持ち出し品で味が良いものがございますので少々お待ちくださいませ。」
すっ、と一礼するとクリハさんはどこからともなくワインボトルを取り出して、机に手早くグラスを並べた。流石、本職のメイドは動きにキレがある。
救済された魔族の想いを肴に、オレ達3人は杯を交わして盛り上がった。ルートなんかは先程の体験を思い返したらしく、静かに泣き出していた。意外とコイツ涙もろいんだな。
だが、流石に疲れていたのだろうか、オレもルートも3人で飲み始めて間もなくウトウトと眠くなってしまい、結局1時間も経たぬうちにクリハさんに支えられ、オレは
また明日も捜索の仕事があるし、早めに寝るのに越したことは無いのだが。
おかしいな。オレ、こんなに酒に弱かったかなぁ?
翌日。
「・・・神よ。」
オレが目を覚ますと、隣にはすやすやと寝息を立てるルートが居るではないか。嗚呼、諸行無常。まさに八難辛苦、絶体絶命、百花繚乱。
────思い出せ。記憶の糸を辿れ、狼狽えるな、昨夜のオレは何をしていた!?
うん、大丈夫だよな。そう、昨夜は確か飲みすぎて、それで眠くなってきて・・・? よし、ルートとヤった記憶はない。大丈夫、大丈夫。
で、でも待て。酔い潰れる程酒が入ってるし、前後不覚で記憶が残ってないだけかもしれない。念のため、確かめておいて方が良いよな、身体。
寝起きの回らない頭で、考え得る最悪の事態を想定しつつ。オレは覚悟を決め、ズボンに手を伸ばし下半身を露わにした。ちょっと恥ずかしいが、事実確認は重要なのだ。
「う、うーん・・・。」
その、まさに最悪と言えるそのタイミングで。オレが躊躇いつつも一気にパンツをずらし下ろしたその瞬間に、ルートの奴がパッチリ目を覚ましてしまった。
・・・向こうも寝起きで、ぼんやりとしていたルートと、相対する。そして、だんだんとルートの目は焦点が合ってゆき、奴の顔はカァァッと赤く染まっていく。
マズイ。言い訳を早く考えねば。この状況、オレはただの痴女じゃないか。いや、まて違う、取り繕った言い訳なんて必要ない。
だって、別にオレは悪い事をしていた訳じゃないんだ。正直に事情を話せばいい、それでルートはきっと納得してくれる筈だ。
オレもテンパっていたのだろう。そんなこんなと色々頭で考えている間に、完全に覚醒してしまったルートから先に声をかけられてしまった。
「・・・おはよう、フィオ。君は僕のズボンをずらして、何をする気だったんだい?」
「お、起きたかルート。すまん、悪いがお前の処女膜見せてくれ。昨日、性欲爆発したオレがうっかりヤってないかの確認なんだ。」
「僕に処女膜が有ってたまるか!!」
朝っぱらから男の娘のパンツをずらしていたオレは、勢い良く拳骨を落とされ悶える羽目になったのだった。
「・・・そもそも。なんでフィオが男部屋で寝てるのさ?」
「知らねえよ、昨日は確かクリハさんが運んでくれたまま爆睡した筈だし。クリハさん、ひょっとしてお前を女の子認定してるんじゃないか?」
「そんな訳ないだろう、どうせフィオが寝ぼけて男部屋に入ってきたんだろ。」
ヒリヒリと痛む頭を押さえながら、オレはルートと宿の部屋を出る。バーディとクリハさんを探すためだ。特に、クリハさんは昨夜の俺達の状況を理解してるはず、ルートと同じ部屋で寝ていたことの説明もしてくれるだろう。
「全く、男女が一つ屋根の下なんてパーティの風紀が乱れるぜ。・・・と、悪い。間違えた、オレは女の子だったか。じゃあ問題ないな。」
「いや、合ってるよ。僕とフィオは男女で合ってるよ。何で頑なに僕を男に分類しようとしないんだ君は。」
朝からズボンをずらされて機嫌が悪いルートを尻目に、オレはオレ達が借りたもう一つの部屋の扉に手をかける。
「開けるぞルート。昨日バーディの言ってた男部屋はこっちだったよな、つまり女部屋で寝ていた自称男のルートの方こそやばい奴だってことだ。」
「う、本当だね。おかしいな、僕は昨夜起きた記憶もないんだが・・・。」
そう、腑に落ちない顔で返事をするルート。昨日、果たして何があったのだろうか、オレ達はそれを知るために扉を開けて。
全裸でベッドインしている、美女と野獣を目視し。
そっと、部屋の扉を閉めたのだった。
次回更新日は8月11日の17時です