TS転生してまさかのサブヒロインに。 作:まさきたま(サンキューカッス)
「とまぁ、こんな話じゃな。どうだ、人族。貴様の期待に応えれたかは知らんが、我が裏切られたと言ったのはそういう事だ。我が国を滅ぼしたのは、妻の仇を討った結果にすぎんのだ。」
「・・・。」
重い。何というか空気が、ただ重い。
実は、奴の話を聞くまでこの魔族を半信半疑くらいに思っていたけど。
流石に目を見れば分かる、彼の過ごしてきた切なくも永い悠久の時間が、嘘なんかじゃないって事くらい。
何て言うか、凄いな。この暇なおじさん。
ここまで愚直に、誰かを愛せるなんて本当に凄い。ルートも、いつしか涙ぐんでる。ここまで来ると羨ましさというか、妬ましさすら湧いてきてしまった。
だって、疑問を感じたのだ。
果たしてアルトはここまで、オレを想ってくれるのだろうか。オレが殺されたとして、200年もの間想い続けてくれるだろうか。正直なところ、奴はオレの体目当てにしか見えないでも無い。
「ごめんなさい。何というか、興味本位で聞いて良い話じゃ有りませんでした。」
「いや、全く構わんぞ。何せ他者に最愛の妻を自慢をすることが、我の1番楽しみな時間なのだ。ここまで話を聞いたからには、今から夜明けまでずっと我が妻の自慢話に付き合って貰うぞ。」
そう言ってバルトリフは、嬉しそうに目の皺を寄せ、穏やかに微笑んでいた。本当に、妻が好きなんだなバルトリフは。会ってから一番無邪気な顔で、彼は妻の思い出話を始めようとしていた。今まで警戒していたのが馬鹿に思えてくる程、優しい顔だ。
・・・よし。どうせなら、貴重な話の礼も兼ねて、ちょっと彼に良い思いをして貰おうか。
「なあ、魔族バルトリフさんよ、聞いてくれ。ここに居るルートには、ある特技が有ってだな。」
「むむ? 何だいきなり。今からいよいよ、我が妻との出会いの話なのだが?」
「良いから聞けオッサン。つまりだな・・・?」
「良いんだけどね。いや、あんな話されたらそりゃ協力するけどね・・・。」
「おお、おお─────」
ルートに生き写しの妻。女装が趣味のルート。この2つの事実を重ね合わせ、オレは天啓を得た。
つまり、バルトリフの奥さんが残したと言う衣服をルートに着て貰えば、ここに居る皆が笑顔になれる優しい世界と言うことだ。オレはやはり天才だな。
「フィオ、何でだろうか。無性に君を殴りたい。」
「ん? 今はその衣服を着てるんだからキャラを壊すなよ。もっと清楚な感じに振る舞って、そのままオッサンとイメージプレイでもしてろ。」
「良し分かった。フィオ、覚えてろ。」
わ、めっちゃルートが怖い顔している。折角二百年振りの奥さん(のそっくりさん)なのに勿体ない。もっと心の奥からレイネさんとやらになりきってやれよ。
「レイネ、レイネ────、すまなかった、我は、レイネ────」
一方バルトリフはと言うと、完全に壊れていた。何というか、今のルートは
皺が寄った目を大きく見開いたまま、
「すまん、すまん人族。我は正気なのだ。だが、1度で構わん。1度だけ、我を────“とうさん”と。そう、呼んでくれないか・・・。」
それは、きっとレイネのバルトリフに対する、呼び名だったのだろうか。その嘆願を受け、ルートは困ったような顔をしつつ、静かに目を閉じた。
「・・・とうさん。」
「あ、ああ。レイネ、我は────」
バルトリフは、ルートの呟く様な呼び掛けを受け、ふらりと彼の前へと立ち上がる。
200年振りの、妻との擬似的な再会。バルトリフは、如何なる心境なのだろうか。彼は、手を震わせながら、ソロリソロリとルートを抱き締めようとして────
「・・・一体、何時までクヨクヨしてる気だ! こんの唐変木が!」
目をつり上げたルートに、思いっきり引っ叩かれたのだった。
────え?
「は? お、おいルート何やってる!?」
「とうさんお前さ、元々魔族の方が遙かに寿命長いことは分かってただろ!? 確かに不意打ちで死んじゃって悪かったけど、何年引き摺ってんだこのお馬鹿!」
「レ、レ、レイネ? 嘘だ────。レイネ、なのか。」
「あん? よく見ろ、私はレイネじゃないぞ。つか私はとっくに死んでるっつうの!」
何が起きた。ルートが、突然人が変わったみたいに魔族バルトリフを説教し始めたでは無いか。
「な、な、な。何で、お前は、レイネなんだな? 我は、お前に、もっと────」
「違います、ホラ、似てるけど別人。OK? てかこの子男の子だろ。」
「あ、ああ、レイネ、レイネ、我はお前を! 守れる筈だったのに、守る事も出来ただろうに、あの時、あの時! すまん、すまん、すまん────!!」
「・・・謝んなくていいから黙って聞け、とうさん。良いか? あのさ、頼むからそろそろ、私を忘れて生きてくれ。十分、もう十分あんたの気持ちは伝わってるから。」
ルートが、普段の彼とは違う、全く別の喋り方でバルトリフを諭している。
これは、何だ。まさかルートがレイネになった? それともルートにレイネが乗り移った?
そんな筈はない。だって、200年も前に死んだ人物だぞ。アンデットと化したとして、自我なんて残っている訳が無い。
つまり、考えられる答えは1つ。
きっとこれは、ルートの演技なのだろう。レイネの物真似をして、バルトリフを元気付けようとするルートの企みなのか。
・・・待て、だとしてもレイネと言う少女の性格をルートが知りうる術など無い。本当に、何が起きているんだ?
いや、ウチの頭脳担当の彼ならば、脳内でシミュレーションしてレイネの性格を擬似的に再現出来たのかもしれない。現状、そうとしか考えられない。
何にせよ、バルトリフはルートを
「ほ、ほら見てくれレイネ。これは、お前と湖畔に行った時の思い出の絵で───」
「ああ、良く描けているな。私も楽しかった。」
「この詩は、お前へ想いを告げたときの、その言葉を元にして書いてだな、」
「聞いた聞いた、何度も聞かされたよ。作詞作曲に精魂込めたのは伝わったが、何も毎晩歌うことはないだろうに。」
ルートは、彼の言葉に頷きながら子供をあやすかのようにバルトリフの頸を撫でた。さながら、愛しい恋人の様に。
・・・おかしい。とても、演技には、見えないぞ────?
「でもさ、私はもうこの世界に居ないんだ。だからとうさんもさ、私と決別する時が来たんだよ。」
「だが、我は。」
「だがも、しかしも、要らない。どうか頷いてくれ、とうさん。」
レイネを演じるルートは、先程叩いたバルトリフの頬を、優しく、穏やかな表情で擦っていた。
つう、と。ルートの頬に一筋の雫が滴り落ちる。
普段の冷静な表情を大きく崩し、真っ赤に腫らした目に大粒の涙を浮かべながら。
ルートは満面の笑顔で、バルトリフを腕一杯に抱き締めたのだった。
「────今まで私を愛してくれて、ありがとう。とうさん。」
それは、純粋な感謝の表出。
バルトリフは、ルートのその言葉に。崩れるように膝をつき、しっかりとルートを抱き締め返しながら。
涙でグシャグシャになった口元を振るわせ嗚咽をもらしながら、何度も何度も、大きく頷いたのだった。
魔族の慟哭が、久し振りに屋敷に木霊する。しかし、その声色は、決して悲嘆なものでは無く。
永い時間、生きる歩みを止めて呆然と立ち尽くしていたバルトリフが、やっと前へと足を進める為の決別の咆哮だった。
「ルート、やっぱりお前は凄いわ。」
バルトリフとルートの抱擁後。時が止まったかのように暫く二人は抱き合っていたが、やがて、バルトリフはそっと立ち上がり赤い目を拭った。
ルートの顔を優しく布で拭いた後、ゆっくりとルートの背から腕を放し、湿った声で「こっちこそ、ありがとう」と一言だけ告げたのだった。
結局、その日バルトリフはオレ達の記憶を消したりせず、そのまま手を振って帰してくれた。もう、この屋敷に住み続ける事には拘らないのだとか。ルートの言葉で、しっかり過去と決別出来たらしい。
屋敷を出てバルトリフと別れる頃には、随分と吹っ切れた顔をしていた。背負い続けてきた重荷から、ようやく解放されたかの様だった。
そう、ルートは、たった1人でバルトリフを救ってしまったのだ。
「僕は何もしていないけれどね。」
「馬鹿言え。お前が心の奥からレイネを演じきったからこそ、バルトリフに届いたんだろうよ。」
ルートがどうしてレイネの人となりを掴んだのかは分からないけれど。バルトリフは間違いなく、あの時ルートをレイネと思い込んでいた。それ程までに、完成度が高かったのだろう。
バルトリフを救ったのは間違いなく、ルートの筈だ。
「僕の、風読みだとか星読みは精霊を介して行っている。知ってるだろう?」
「ん? まぁ、そりゃあ。ソレが何だ?」
「精霊化していたんだよ。彼女。」
「・・・え?」
ところが、そのルートが話した内容は、オレの予想を遙かに超える奇跡だった。
「精霊って言うのは、人から変化して生まれるようなモノでは無い。本来はね。」
「まあ、だって精霊って、自然の中で勝手に生まれるんだろ?」
「違う。精霊は、どうやら死んだ人の魂の一部が合わさり形成されるらしい。だから当然、精霊は死んだ人々の性格に影響をモロに受ける。飢饉の起こった地方で生まれた精霊は悲観的な性格になるし、栄華を極めた街で産まれた精霊は意地悪く人を見下したような性格になるのだとか。」
「ほーん。つってもよ、ここら辺は人っ子1人居なかった筈だ。バルトリフのオッサンがこの屋敷でオンオン泣き続けたせいで、しばらくの間人族は寄りつかなかったって────」
そう。ルートの言うことが事実ならここで精霊が産まれるはずが無い。魔族のオッサンが1人で200年近く過ごし続けたこの地に、人族はいな──
・・・まさか。
「もしも。本来は、沢山の人族の魂から産まれる精霊が。たった1人の人族の、その深すぎる感情により産まれたとしたら?」
「────嘘だろ、オイ。レイネさんって娘は200年も前に死んでるのに、それは。」
「居たんだよ、彼女。魂となり、肉体を持たないまま。泣き続けたバルトリフを置いて行く訳にいかなかったレイネは、200年もの間、決して気付かれず、聞こえないのも承知の上で、彼の傍らに立って慰め続けてたんだ。」
強い感情を持って魂だけとなった人族は、いずれ自分を見失い、アンデットとなり果てる。強い感情を持っていなければ、魂は霧散し即座に消えてしまう。
なのに、レイネと言う少女は。正気を保ちながら、延々魂のみとなって200年もの間存在し続け、たった1人で精霊へと昇華したのだ。
「僕はあの時、屋敷の中に居た精霊に気付いてね。何か言いたそうだったから、そのまま僕の躰を少し貸してあげた。つまり正真正銘、あれはレイネの言葉だしレイネの行動だ。バルトリフだってそれが分かったはずさ。彼がレイネ本人かどうかを判断出来ないわけが無い。僕がしたのは、躰を貸しただけ。彼を救ったのは、誰が何と言おうと、レイネなんだ。」
「何とまぁ、壮大な・・・。」
「凄い話だよね、本当に。ずっと200年もの間、自分を孤独だと思っていたバルトリフは、今まで200年もの間ずっと最愛の恋人と二人きりで過ごせていたという事を知ったのさ。そりゃ、救われるに決まってる。」
「・・・愛が凄いのは、お互い様だったって話か。」
魔族と恋をしたレイネと言う女性もまた、バルトリフに負けぬほどに深く
そして、ずっと待っていたのだろう。いつかルートのような、精霊と会話できる人間が迷い込んでくるその時を。
「彼女に躰を譲った時、様々な感情、記憶、想いと言ったレイネの全てが流れ込んできた。そこに有るのはただただ、純粋な愛だったよ。人同士ですらあそこまで愛し合う事は難しいと言うのに、人と魔族の異種族カップルの方が仲睦まじく有り続けただなんて皮肉なもんだ。」
「何というか、なぁ。いい話だな、本当スゲェや。」
ミクアルの里に行くついでに寄っただけの街だって言うのに、凄い体験をしてしまったもんだ。帰って二人に自慢してやろう。
・・・こんな話、信じてくれるか分からんけどな。実際に見て、実際に聞かないとこの何とも言えぬ感動が分からないだろうし。
「ただなぁ。よく分からない記憶もちょくちょくあるんだ、思い出す度に気持ちが悪くなる様な。」
「あん? 何だ、二人がヤってる場面でも見ちまったのか? この助平。」
「違うよ! そんな記憶わざわざ読んだりしないよ!」
「じゃあ何だってんだ?」
気持ちが悪くなるよく分からない記憶、ね。まさかとは思うが、見たり知ってしまったりしたら正気度を失ってしまうようなおぞましい記憶なんだろうか。
仮にも古代の大物魔族だ、超宇宙的な体験くらいしている可能性も────
「よく分からないんだけどね、バルトリフに跨がってひたすらクルクルと裸のままで回ってる記憶なんだ。バルトリフとそう言う行為をしているようにも思えないし、魔族特有の儀式か何かなんだろうか。」
「忘れろルート。それは、お前に必要ない知識で、お前とは生涯無縁の儀式だ。」
「・・・フィオ? 何か心当たりが有るのかい?」
「良いから、早く忘れろルート。それは、お前を不幸にする知識で、お前が知ったところで何も得がない知識だ。」
「う、うん。うん?」
あのプレイ、アルト特有の謎体位と思っていたけど。実は由緒ある正式なまぐわいの型だったのか。
オレはこの日、生まれ変わったこの世界の闇の深さの一端を垣間見た気がした。
大 車 輪
次回更新日は8月8日の17時です