TS転生してまさかのサブヒロインに。   作:まさきたま(サンキューカッス)

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「孤独。」

 無心で甘味を頬張る子供達の髪を、魔族が優しく撫でる。撫でられた彼等は目を細め、魔族の腕に体を任せていたがやがて虚ろな目になりゆっくりと立ち上がった。

 

 ふらふらと夢見心地の二人は、そのまま街への向かって兄妹で手を繋ぎながら歩き出した。魔族バルトリフが記憶を操作出来るというのは、どうやら嘘では無かった様だ。

 

 街の冒険心豊かな子供が森をうろつくと、道に迷い人避けの結界を抜け魔族の隠れ家に迷い込んでしまう事があるらしい。そして大概の場合、バルトリフを見るや否や怯えて逃げ出されてしまうそうだ。自分の存在を国に報告されては困るから、毎度この様に捕まえて記憶を消してから街に返しているとのこと。

 

 逆にバルトリフを見ても怖がらない子供には敬意を表し、バルトリフお手製のお菓子を贈呈するそうだ。この子も、妹を護るため果敢にバルトリフに向かっていったのでお菓子が貰えたらしい。

 

 ・・・本当に暇な事してるなコイツ。

 

 そしてオレ達は、この暇なおじさんに案内され、彼の隠れ家へと歩き出した。わざわざ隠れ家というからには、ひっそりして地味な住まいを想像したのだが。

 

「この庭。随分と丁寧に手入れされていますね。」

「我の数少ない日課である。手を抜くと、暇を持て余すのだ。」

 

 彼に導かれ辿り着いた先には、花畑、野菜畑といった絢爛な風景が広がる開けた丘に、古く趣のある屋敷がぽつんとそびえたっていた。隠れる気が無いのかと思う程、堂々とした家だった。

 

 その開けた空間に入ると、ピリリと何か膜のような魔法からちょっとした圧力を感じた。その膜に触れるまで、オレは魔法の存在に気付けなかった。かなり高度な魔法らしい。

 

「・・・これは、結界?」

「うむ。しっかり人避けをせんと、この場所はすぐ見つかりそうだからな。」

「だったらもうちょい、森の奥とか人目に付きにくいところで住めばいいのに。」

「それは出来ん。」

 

 魔公バルトリフは、そんなオレの軽口に、なんとも言えない表情で答えるのだった。どうやら、此処に拘る理由があるらしい。

 

「さぁ、入るが良いぞ。他人が我が家に足を踏み入れるのは久しぶりだの、大概はすぐさま我を見て逃げ出すでな。」

「はぁ、お邪魔します。」

 

 バルトリフは上機嫌に、その屋敷の戸を開けた。古ぼけた家ではあるが掃除は隅々まで行き届いており、所々にある朽ちた部分がなんとも言えぬ風情を醸し出している。供えられた調度品も、質が良いものの様だ。時代を感じる古いデザインだが、まだまだ壊れそうに見える物は無い。

 

 ふと、壁に掛けられた人物画に目が行く。その人物は、給仕服を着た女性だった。多分、女性だ。

 

 

 

「・・・これ、ルートの絵か?」

「え? な、何だこれ?」

 

 

 そこに描かれた女性は、なんとルートにそっくりだったのだ。生き写しと言っていい。この描かれた人物が女性で良いのか、オレが確証が持てなかった理由はそれである。

 

「ふふ、驚いただろう。姿を消していた我が思わず、貴様の傍へ近づき声をかけた理由が此れである。」

「・・・お前、まさかルートのホモストーカーだったのか・・・?」

「違うわ!!」

 

 なんだ、良かった。ルートが怯えてオレの後ろに隠れてしまったじゃないか、紛らわしい事を言うなよ。

 

「彼女は、我が娘であり、妻であった女性だよ。それも人族の、な。」

「ルート、お前・・・。」

「だからこの絵は僕じゃないよ! 僕は男だし、結婚なんてしてないし!」

 

 うん、知ってる。一瞬ルートそっくりで見分けがつかなかったが、この女性の瞳孔の色は蒼く、ルートとは別人だと途中から気付いた。

 

 バルトリフは二つコップを出すと、鮮やかなオレンジ色の茶を煎れてくれた。日本で飲んだ紅茶に近い匂いがする。ひょっとして、外の庭で栽培したものなのだろうか。

 

「さて、では貴様の質問に答えてやろうかの、未熟な人族よ。確か、我が裏切られたと述べた詳細を知りたいのよな?」

「ええ。興味本位で、申し訳ないのですが。」

「構わんよ、我も、誰かと話すことが貴重な娯楽なのだ。さて、掻い摘んで話そうか。そもそも我が、魔族を裏切り人族に味方したのは我が妻レイネのきっての頼みだったのだよ。妻への情に負け、前魔王を裏切り、人と共に魔王と闘った。その功績で、我は爵位を得たのだ。それが、200年前の話であるな。」

「・・・なら貴方は、元々前王朝を裏切る気はなく、本心から人間に味方していたのですか?」

「・・・そうではない。私が本心から味方したのは、後にも先にもレイネただ一人よ。まぁ、前王国を滅ぼすつもりなど無かったのも事実であるが。」

 

 そして、魔族は語りだした。200年前の、国が滅びた一夜の詳細を。

 

 

 魔族バルトリフは、幼い子供だったレイネを魔王より褒美として貰ったらしい。レイネは、ある国の姫だったという。魔族には、高貴な人族の捕虜を気晴らしの道具として扱う慣習があったそうな。最も、バルトリフは人族に興味は無いし世話をする手間も面倒だったから、最初はそのまま餌も与えず閉じ込めて殺すつもりだったのだとか。

 

 そんな彼がレイネを殺さなかった理由は、ただの気まぐれに過ぎなかった。復讐心に駆られた幼い子供の突飛な言動が、娯楽と感じたから彼女を飼うことに決めたに過ぎない。だが、彼女はすくすくと成長を続け、その様を見守っていく間に、バルトリフは徐々に心境を変化させていく。

 

 そう、気付けば魔族(バルトリフ)は、人族(レイネ)に恋をしてしまったのだ。その想いを自覚した後、彼の猛烈なアプローチが始まった。最初は渋っていたレイネもやがてその熱意に負け、遂に二人は恋仲となった。彼女も幼き頃よりずっと過ごしてきたバルトリフに、復讐心よりいつしか愛情を強く感じていたのだ。

 

 そして、その事実が前魔王に知られてしまう。当然のことながら、即座にレイネは殺されかけてしまった。バルトリフが人族への情にほだされる事を、前魔王は心配したのだ。

 

 それが、決め手だった。

 

 その日のうちにバルトリフは魔王を裏切り、人族の国へ亡命する。戦争中、バルトリフは魔族側きっての猛将として多大な功績を挙げ続けており、人族側からしたら逃げて来たバルトリフは脅威でしかなかった。そんな怨敵が、今度は味方となるなど最初は誰も信用しなかった。

 

 だが、彼に追従し、彼の妻となったレイネが人々を説き伏せた。貴族を、将軍を、国王を。彼女の努力の甲斐あって、バルトリフは孤独にも一人で戦うという条件を付けた上で人側で戦う事を許された。

 

 人族の考えは見え透いていた。バルトリフは、味方として扱わない。一番危険であり、一番防衛面において意味のない戦場にのみバルトリフを派遣した。

 

 ていの良い、使い捨ての駒として扱ったのだ。魔族であった、かつての怨敵バルトリフを。あわよくば、同士討ちして死んでくれとさえ、願われていた。

 

 だが、バルトリフはそんな扱いを気にしなかった。むしろ、当然だと納得すらしていた。自分はかつて人間を大量に殺した敵。レイネの為戦場に立っているだけで、彼自身が人間に入れ込んでいる訳でもなかった。興味もない人族に、どう扱われどう思われても、気にする意味が無いのだ。

 

 重要なのは、レイネの身の安全。人族の国ならば、魔族である自分が害されることはあってもレイネは安全だろう。その1点だった。バルトリフは王都の外れの村にポツンと一軒家を用意され、たまに来る王からの命令に従うだけが義務だった。バルトリフはその家でレイネと二人きり、やっと静かに仲良く暮らす事が出来たのだった。

 

 そして人族側にとって、何より予想外だったのはバルトリフの戦闘能力が魔王軍でも随一だった事だ。彼は行く戦場全てにおいて圧倒的な戦果を挙げ続け、やがてバルトリフの功績により魔王軍はどんどん追い詰められ撤退していく。

 

 無理もない。バルトリフは、魔族にしては珍しいストイックな性格をしていたのだ。他の魔族に見られるような、弱者をいたぶったり虐げたりするような趣味は無かった。彼は、惜しみなく自己の鍛錬に時間を費やし、やがて魔王軍きっての武闘派として名を挙げていたのである。

 

 そんな魔王軍の中でも突出した実力の持ち主であったバルトリフは、人族の思惑を大きく外れ快進撃が止まらない。人族はそんな彼の活躍を認めざるを得ず、バルトリフに好意的だった貴族の協力も得て、ついには魔族の身でありながら人の社会で貴族の一員として爵位を得るにまで至った。

 

 ところが、コレこそが、全ての終わりのきっかけとなった。

 

 魔族が、貴族位を得る。そんな事実を受け入れられない連中もまた、多かったのだ。運が悪かったのは、バルトリフに好意的な貴族の殆どが、軍務にて身を立てる武官だった。実際に戦場で戦う身なればこそ、バルトリフに対し敬意を持つことが出来た。

 

 政務を生業とする文官にとっては、厄介で、反乱の種でしか無いバルトリフの存在を、許容すると言う選択肢は有り得なかったのである。

 

 

 愚かだとしか、言い様がない。

 

 

 バルトリフの功績有っての人族優位な戦況だったというのに。文官達の下した結論は、“不利な状況ならいざ知らず、人族優位な今の戦況ならばバルトリフは必要ない”とまったく現実(リアル)が見えていないモノだった。

 

 彼等の失策は、コレだけに留まらない。

 

 バルトリフの暗殺と言う手段を選択する為に、何も工夫を凝らさなかったのだ。彼等にとって「暗殺」とは、「如何に命令者を隠し抜くか」この1点のみが重要だった。

 

 王家所有の、この国最高の暗殺部隊を放った時点で、確実に標的は殺せる。それが、彼等の常識だったのだ。相手が、単騎で戦況をひっくり返す化け物で有ろうとも、彼等は思考を停止したままに暗殺者を放った。

 

 

 

 殺せる訳が無かった。人より遙かに強い魔王軍が、躍起になっても殺せない裏切者バルトリフを。暗殺者は、戦場帰りの彼を襲った後、ただの一人も雇い主の元へ戻らなかった。

 

 

 

 だが、ここまでされてなおバルトリフは怒っていなかった。どうでも良かったのだ、暗殺者程度の事など。蚊が飛んでいたから、叩き殺した。彼にとっては、ただそれだけの不快感なのである。殺意を向けられるのは面倒ではあれど、人族如きまったく脅威とは思っていなかった。 

 

 

 結論から言うと、文官共の最後にして最悪の失策が、彼の逆鱗に触れる。

 

 

 

 

 

 バルトリフが暗殺者を皆殺しにして家に戻ると、妻のレイネは全裸で地べたに横たわり、冷たくなっていた。

 

 

 

 

 バルトリフの暗殺が失敗に終わるなどと想定すらしていなかった、戦場を見たことのない愚かな文官たちは。死ぬであろう魔族の蓄えた資産を、我先にとバルトリフの屋敷に乗り込み、言い争いながら醜く奪い合っていたのだ。家を守ろうと、彼らの前に立ちふさがったレイネもまた、彼らにとっては資産でしかなかった。あまりに激しく抵抗され、面倒になった彼らの取った方法は、残酷だった。

 

 この日、バルトリフは修羅となり、国中の貴族を殺して回る。慌てた文官たちは軍部に助けを乞うも、バルトリフの実力を良く知る彼らは文官たちの所業を聞いた瞬間に国を捨て逃げ出していた。

 

 国を、いや文官たちを守る者など一人もいなかった。

 

 

 

 

 この日、国は滅んだ。政治を運営していた文官は一人残らず虐殺され、国を守っていた武官は皆逃げ出してしまっては、国に秩序は無くなるのも時間の問題だった。国王とその一族は、国が崩壊した責任を取らされ処刑され、前王朝は滅んだのだった。

 

 

 だが、国の結末がどうなったかなんてバルトリフには興味が無かった。彼は泣き叫び、喚き、妻の亡骸が朽ちるまで延々と彼女の名を呼び続けた。その慟哭は途切れる事無く数年の間続いた。やがて彼の屋敷の周囲からは人が立ち退き、ぽつんと一人、バルトリフは屋敷に籠っていた。

 

 数年に渡る激情が落ち着いた後も、彼はレイネを想い、彼女の遺体と共に生活をつづけた。食事は必ず2人分用意したし、寝る時も必ずレイネの傍らで寝た。

 

 やがて、長い年月の末レイネが人の形を保てなくなった頃。彼はレイネの為に、ようやく彼女の遺体を埋葬することにした。何時までも醜い姿を晒し続けるのは辛いだろうと、死んだ妻の心情を慮ったのだ。

 

 彼女を土に埋め、これで二度と会えなくなると考えたバルトリフは、再び慟哭を始めた。

 

 

 

 

 彼女を埋葬した後、バルトリフは抜け殻の様だった。何をする気力も沸かず、ただ無為に生き続けるだけだった。

 

 日の照る間は掃除、洗濯といった日々の日課を機械のようにこなし、夜になると夢の中で亡き妻との日々を追体験していた。彼にとっては最早、寝ている時間こそ現実に思えていたのかもしれない。

 

 

 だが、ある日バルトリフは驚愕する。妻の、レイネの顔が、記憶から薄れてきていた事実に気が付いたのだ。死後、何年も経って夢でしか会えなくなったレイネは、やがて夢の中ですら色彩や輪郭が失われていく。

 

 

 

 その日から、彼は絵を描き始めた。妻の記憶を永遠にするために。

 

 また、長い年月が経った。彼の家には、無数の妻の絵が飾られることとなった。どれも、レイネが生きていた時の記憶だけを頼りに描かれた、まさに集大成と呼べる傑作ばかりだ。

 

 この頃から、バルトリフ自身の心にも変化が訪れていた。無為に生きるのではなく、死後も妻レイネの為に生きようと、そう前向きに考えられるようになったのだ。

 

 彼は、最初に妻レイネの残した衣類の解れや屋敷の修復に取りかかり、やがてレイネとのエピソードを綴った書籍、レイネに捧げる為の鎮魂歌の作曲と言った創作活動を積極的に行うようになる。

 

 そのころから、屋敷の周囲に慟哭が響くことは無くなった。やがて、魔公バルトリフの逸話を伝える世代が死んでしまった頃になると、悪魔(バルトリフ)が住む事を知らぬ人間が屋敷に迷い込む様になる。

 

 バルトリフは、人族がこの屋敷に足を踏み入れる事を好ましく思わなかった。彼はその後人避けの結界を周囲に張り、そのまま屋敷に籠もって創作活動を続けることにした。

 

 それでもなお。子供は探究心豊かに迷い込んでくることがあった。人避けの魔法の欠点は、この屋敷を目指す者からは存在を隠せても、たまたま迷い込んだ人間には効果が無い事だった。

 

 バルトリフは何とかして結界を改良しようと考えていたが、迷い込んできた子供が騒ぐのを見てチラリと幼き日のレイネを想起してしまう。結局バルトリフは、迷い込んできたその子供を持て成し、記憶だけ抜き去って人族の村へと返した。

 

 その後も、数年に一度ふらりと子供が迷い込んでくるが、バルトリフはその都度小さな御客を持て成す様になった。日常を彩る、数少ない刺激。彼にとって丁度よい、娯楽になったのだ。

 

 バルトリフの趣味に、お菓子作りが加わった。レイネの思い出が色濃く残るこの家で、彼は一人、余生を楽しむことにしたのである。

 

 それが、魔公バルトリフがここで暮らし、ここで生きる理由であった。今もなお彼は、この屋敷に根を下ろしてたまに来る来客(こども)に備え、彼等のために食材や花を育てているのである。

 

 

 

 




次回更新日は8月5日17時です。

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