TS転生してまさかのサブヒロインに。   作:まさきたま(サンキューカッス)

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「不運!」

────クリハさんは、本当に可愛いなぁ。

 

 

「フィオ様。どうして先ほどからずっと、私を抱きしめているのです?」

「────そこに、メイドが居るからさ。」

 

 

 無表情のまま、オレのセクハラを気にも留めず御者席に座る、猫目のメイド。馬を御する彼女の銀髪は日照りを受け、肌にうっすら浮かぶ汗と共に眩く光彩を乱反射していた。

 

 そして、今の彼女はまな板の上の鯉。オレは無抵抗なクール系美少女クリハさんを、ここぞとばかり全身を以て愛でている。

 

「フィオ様。申し訳無いのですが、手元が狂うので腕は放して下さると有り難いです。」

「君は、オレの心を捕まえて放そうとしない癖に。」

 

 実は最近、あまり色街に行けてないのだ。

 

 それは先日、折角恋人になったことだし趣味を共有してみようと、アルトを一度いやらしいお店に誘ってみた時の事。

 

 物凄く、哀しい顔をされてしまった。それは筆舌に尽くしがたい表情で、まさにこの世の悲劇全てを一身に纏った様な顔だった。

 

 何でも、オレが女性相手とは言えどいやらしいお店に行かれるのは嫌だとのこと。うん、当たり前だ。

 

 それでも我慢できず、王都に戻ってからバーディに誘われた日に一度こっそり色街に行ったけど、次の日のアルトは随分機嫌が悪かった。胸に手を当てて考えろと言われ、半日ほど口を利いてくれなくなった。

 

 ・・・明らかにバレていた。

 

 何だよ、何で分かるんだよあの野郎。まさかとは思うが、ストーキングとかされてないよな。いや、流石に奴にそんな暇なんて無いか。じゃあアレか、勇者の勘とか言う奴か? なんて心の狭い奴だ、自分は女の子(オレ)に好き放題する癖に。まったく以て不平等である。

 

「その、フィオ様。いつもよりスキンシップが激しくないですか?」

「ああ。今日の君は、今までで一番美しいからな。」

 

 そんなこんなで、オレの女の子に対する渇望は強くなる一方だった。こうなってしまっては仕方がない、代わりにルートに女装して貰えば浮気じゃないよね、等と追い詰められたオレは邪な計画を立てていた矢先。

 

 目の前に現れた、砂漠のオアシス。任務に同行してくれる、クールな美少女。オレのテンションがアゲアゲになるのも当然だろう。ああー、良い匂ひだ。

 

「気持ちええわぁ・・・。女体って、最高やぁ・・・。」

「は、はぁ。」

「・・・フィオ。クリハがドン引きしている、嫌われたくなければそこらで止めて起きたまえ。」

 

 嫌だね。せっかくアルトの目を逃れて好き放題できる貴重な機会なんだ。何者であろうと今のオレを止める事などできない。

 

「そんなに飢えてるなら、旅先でどっかそういう店行くか? なんか最近行く機会少なかったし。」

「お、そうだなバーディ。今日は久々にぱーっと遊ぶか!」

「・・・、はぁ。どうしてこうなるかなぁ?」

「何だよルート、ちゃんと自分の給料の範囲で遊ぶ分には文句ねぇだろ。それともなんだ、お前も行きたいのか?」

「行かないよ!」

 

 オレは既に、前回の遠征時に調子に乗って使い込んだ額はキッチリ補填してある(させられたともいう)。今のオレがいかなる店でお金を散財しようと、文句を言われる筋合いはないのだ。

 

「・・・バーディ様。そう言ったお店に行かれるのは、その、王宮としても風聞が悪いので出来れば御自制頂ければ。」

「ほら! クリハもこう言っている、君達も少しは自制という言葉の意味をだね────」

「あーあー聞こえなーい!」

「おう貧乳メイドちゃん、良いのかい? そこまで言うなら、代わりに俺達の今夜の相手はアンタにしてもらうことになるぜい?」

「成る程、天才かバーディ。クリハさん、今夜オレ達と情熱的な夜を過ごさないかい?」

「この二人の戯言は無視していいですよ、クリハ。」

「え、あ、はぁ。」

 

 こうしてオレ達は馬車の中を騒がしくも、楽しく過ごし移動の1日目を終えるのだった。ミクアルの里に到着するのは、恐らく明日。この日は我が故郷ミクアルの里に向かう中間地点の、森の中に隠れた小さな集落にオレ達は無事に到着し休むこととなった。

 

 

 

 

 

 

「それでだね、フィオ。僕に内緒の話とは何だい?」

 

 そして夜。残念ながらこの村は規模が小さかったからか、そういうお店が無かった。

 

 ならば、選択肢は一つだ。目の前にいる可愛いメイドさんを何とかして爛れた遊びに付き合わせようと、色々画策していた矢先。クリハさんは一言、「あの方と二人になりたいです」とオレに耳打ちしてきたのだった。

 

 畜生・・・、畜生! 奴め、なんとまぁ羨ましい。だが、メイドさんの健気なお願いを無下にする訳にもいかない。オレは、仕方なくルートを連れ出して彼女の恋を支援することにしたのだった。

 

「随分と悔しそうな顔をしているけど・・・。何なのさ。僕に用があるのではなかったのかい?」

「聞いてくれルート。実は、オレは今のお前に用があるのではなく、女装したお前に用があってだな・・・。」

「帰らせてもらう。」

「わ、待て、冗談だ!」

 

 本当にジョークを解さない奴だ。

 

「何だ、ルートと二人きりってのもなんか珍しいからな。何となく散歩に誘っただけだよ。」

「はぁ。それならそうと言いなよ、フィオ。君が妙な真似をしないなら、幾らでも付き合うさ。」

 

 そう言ったルートは幾分か柔らかい表情となり、オレの隣に歩いてきた。よし、ルートを疑似的に頭の中で女の子に変換して、夜の同伴を楽しむとしよう。オレ達は灯りのない村の中を二人、笑いながら月明かりを頼りにふらふらと探索して回るのだった。時に、ルートをからかいながら。時に、ルートに説教されながら。

 

 うん。たまには、男の娘も悪くないな。などと風情を感じつつ、二人の気楽な夜の散歩は続いたのだった。

     

────闇の中にかすかに響く、幼い子供の泣き声を聞き取るまでは。

 

 

 

 

 

「・・・今の、聞こえたかいフィオ。」

「おう。だが何処で泣いているかはオレにゃ分からない。案内頼めるか?」

「任せてくれ。僕の探査魔法に、その子は既に引っかかっている。」

「相変わらず仕事が早いねぇ。」

 

 オレ達はすぐさま駆けだした。子供が泣いている、それだけでオレ達が走る理由には十分だ。問題は、オレ達に問題を対処できるかどうかだけ。

 

 何にせよ、判断するには情報収集が先。泣いてる子供の近くに、絶対勝てないようなやべぇ奴が居たら、ルートが気付くはず。

 

「いたね、あそこだ。周りには誰も居ないようだが・・・。」

 

 走るルートに付いて行くと、通路として舗装されていないような森の中に、小さな女の子が一人泣いているのが見えた。

 

 転んで足首でもくじいたのだろうか? それとも、この時間に1人でいる事を考えると迷子になったか。

 

「おぅい、お嬢ちゃん。何があったよ?」

「もう安心したまえ、僕達は味方だよ。」

 

 そう声をかけ、オレが笑顔で近づいてやると。その子はバッと顔を上げ、ものすごい勢いでオレに駆け寄ってきた。随分と、心細かったようだ。

 

「よしよし、何があった?」

「お願いっ! お兄ちゃんを、助けてぇ!」

 

 そしてオレの腕の中で震えるその子は、相当に錯乱していた。目を赤く腫らし、オレの服をギュッと握りしめて、懇願を始めたのだ。

 

「お兄ちゃん、ね。お兄ちゃんがどうしたんだい?」

「襲われて、逃げようとして、私コケて!! お兄ちゃん、1人で、向かっていって!」

「ふむ、何に襲われたんだ? ルート、この辺にもう1人くらい子供の気配無いのか?」

「・・・いや、何も居ない。少なくともこの周囲には、人の気配はこの子だけだ。」

「嘘!! だって、襲われたの、すぐそこだもん! お兄ちゃん、ソイツに石ぶつけて、それで私逃げてきてっ!」

 

 少女の話は途切れ途切れで、何が起こったかのかの全容が分からなかった。だが、何かに襲われたという事だけは理解できる。

 

 獣か、人間か、魔族か。何れにせよ、敵と戦闘になる可能性が高い。不味いな、戦闘職のバーディを置いてきてしまったのが痛い。ルートは戦闘力が皆無だし、オレの貧弱な水魔法で対応するしかない。いつもの様に霧状に撒き散らせば、逃げだすことくらいは出来る筈。

 

「ルート、警戒を続けてくれ。オレはこの子にもう少し詳しく事情を聞いておく。」

「了解。まだ、敵意の類は感知できない、生物の気配も無いよ。」

 

 ルートは、真剣な表情で、索敵を続けてくれていた。彼が、手を抜いている様子は全く無い。仕事にはいつも一生懸命なのだ、この男の娘は。

 

「なぁルート、敵がお前の探知に引っかからない可能性は?」

「え、考えたくはないけど・・・。完全隠蔽型のアンデットとかの探知は出来ないかな、そもそも修道女(ユリィ)がいないと対応も出来ないだろう。それか、よっぽど高位の魔族なら僕の目を欺ける可能性はある。それこそ、魔王クラスの腕が必要だとは思うけど。」

「そっか。」

 

 オレはそのルートの言葉を聞き、泣きわめく子供を静かに抱きしめた。

 

「アンデットには見えないよな・・・。となると、後者だな。」

「・・・え?」

 

 

 

 気付いたのは、つい先ほど。まるで最初からそこに居たかのように、ソイツは立っていた。

 

 長いコートを被り、ドス黒い肌の顔を凄惨に歪め静かに笑う、一人の巨大な魔族。ソイツは、ルートのすぐ後ろで、片手に少年をぶら下げながらニヤニヤと口を歪めて俺達を見下ろしていた。

 

「え、え。嘘──だろう? そこには、何も居ないって、精霊がそう言って────」

「だが。己が目で見たものが真実である、そうだろう? 未熟なる人族よ。」

 

 その魔族は、オレ達へそう語りかけた。

 

 感じない。殺気も、敵意も、存在も、魔族なら必ず持っているはずの魔力さえも。

 

 だが、彼の周りには虹のような輪郭が蜃気楼のように蠢き、強固な防壁を作り上げている。魔力を使わねばあんな真似は決してできない。

 

 完璧だ。至近距離で顔を突き合わせて理解できる、理不尽なまでの隠ぺい能力。そこから理解できる、圧倒的な実力差。

 

 ルートの言葉を信じるならば、魔王クラスの使い手────

 

「抵抗せぬならそれで良し。抵抗するなら相手になるぞ。選べ、結果は変わらぬ。」

 

 ミクアルの里に辿りつく以前の段階で。早くもオレ達は、絶体絶命のピンチに陥ったのだった。




次回更新日は7月30日の17時です。

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