TS転生してまさかのサブヒロインに。   作:まさきたま(サンキューカッス)

24 / 61
注意:今回は残酷な描写を含みます。


「独白?」

 これが、魔王軍の暴威。

 

 村には火の粉がそこら中にくすぶっている。古いけど芯の強い作りだった僕らの家は、轟轟と燃え盛って中から悲痛な叫び声が木霊している。

 

 父の声だ。兄の声だ。

 

 油を引かれ、生きたまま焼かれる苦しみを僕の家族(兄と父)は味わっている。首筋に刃を当てられ這いつくばっている僕は、震えながら焼かれゆく家族を涙を流し見つめる事しか出来ない。

 

 

 

 

 曇り無く晴れた夏のある日。平和だった村に、何の前触れも無く猿に似た醜い魔族達が襲い掛かってきた。ギチギチと壊れた鳴き声を上げながら、醜悪な笑みを浮かべ奴等は蹂躙を始めた。

 

 恐ろしい速度で駆ける、鋭い爪を持った魔族達。ロクな戦闘経験の無い村の若者は、為す術無く殺されるか捕らえられてしまった。

 

 やがて僕達は抵抗を諦め、魔族共に首を垂れる。奴等の襲撃から半日も経たず村が制圧され、僕らは捕らわれの身となった。

 

 奴らは、次に人間の選別を始めた。

 

 魔族の長らしき、老いた巨猿が指示を飛ばし村人達は縛り上げられ、乱雑に並べられていく。僕ら村の住人は、縛られたまま家の中へ放り投げられる人間と、外の広場に山積みにされる人間へと分けられたのだ。

 

 姉と僕は縛られ、広場に転がされていた。辺りを見渡すと、広場に居る人間の全てが女性だった。中には、服を裂かれた女性も居る。僕にはその意味を、容易に理解できてしまった。

 

 魔族にとっては、人間は繁殖行為の対象だという事だ。僕はまだ子供だから服までは奪われていなかったが、ゆくゆくはそういう事をさせられるために捕らえられたのだろう。

 

 ・・・男の僕が捕えられる側な事に関しては、本当に遺憾だ。

 

 一方、魔族は男や老人などを次々と家に放り込んでいく。彼等は、女ではないから村に放置されるのだろうか? だとしたら、父や兄は助かるのだろうか?

 

 ・・・そんな訳が無かった。奴等は家に放り込んだ後に油を父や兄に撒き散らし、そのまま火を放ったのだ。

 

 村中で絶叫が木霊した。悲痛な、家族を呼ぶ声。魔族達に対する、怨嗟の声。聞くに堪えぬ禍禍しい慟哭が、広場に響き渡った。燃え盛る僕の家の玄関に、顔中を赤黒く腫らした父と兄が悶えているのがよく見えた。

 

 縛られたまま思わず駆け寄ろうとするも、即座に刃で脅され。その場からぴくりとも動けないまま、父と兄の声がか細くなっていくのを僕はただ傍観していた。ジュウジュウと嫌な音がして、鼻を突く嗅いだこともない不快な臭いが漂う。

 

 人の焼ける臭いだ。胸が悪くなる、油を焦がしたような臭いだ。

 

────絶望する。何もできない自分に。こんな理不尽を放置する国に。そして誰も助けてくれない、この世界に。

 

 

 

 

「・・・お、可愛い娘。今助けてやるぜ、水よ散れ(ミスト)!!」

 

 

 

 そう、この世の全てを恨んだ時だ。突如視界が真っ白く染まって、村中に冷たい風が吹き付けたのは。みるみるうちに、そこら中の家屋を燃え盛らせていた炎は鎮火されていく。

 

 コレは、どんな異常気象だ? 僕は今、夢を見ているのだろうか。

 

 いきなりの濃霧に、魔族達も困惑した声を上げている。コレは、魔族達の起こしたものでは無いらしい。

 

 まさか、援軍か。味方なのか。つい先程聞こえた幼い少女の声は、ようやく現れた僕達への福音なのか。

 

「ど、何処だ? そこに誰か居るのだろう、どうか僕達を助けて────」

「シッ、今は静かに頼むぜお嬢さん。おーい、敵はこっちだぜ村長(ボス)! とっとと蹴散らすぞ!」

 

 声のする方を振り向くと、いつの間にやら少女が魔族に向かい合い立っていた。快活そうな、金髪をはためかせる同い年くらいの少女だった。

 

 同時に、魔族達も彼女の存在に気が付いたらしい。奴等は彼女が濃霧を起こした犯人だと悟ると、猪突猛進、うなり声を上げ不敵に笑う少女目がけて迫り駆ける。ところが、少女に慌てる様子は無い。何かしら、奴らに対処する目途があるのだろう。

 

 だが、僕は気付いた。少女の死角の背後に1人、霧に隠れていた魔族の存在に。何という事だろう、彼女は自分の背後の敵に気付いていない!

 

「さぁてカワイコちゃん達、オレから離れるなよ?」

「き、君、後ろ! 気を付けて、魔族が槍を振り上げて襲ってきて・・・!」

「あ、へーきへーき。」

 

 その絶体絶命な筈の少女は、振り向きもせず笑顔で僕と姉を撫でる。後ろの魔族はどんどんと迫ってきているというのに。このままでは、彼女は死んでしまう。必死で彼女にそれを伝えようとして、

 

村長(ボス)、来てるしな。」

 

 直ぐに彼女が振り向かなかった意味を悟った。「村長」と呼ばれた漢が咆哮し、霧の中からその巨体を現す。

 

 とんでもないスピードだ。彼女の背後にいた魔族は逆に虚を突かれる形となってしまい、一息にその男に踏み潰されてしまった。

 

 呆然。村長(ボス)と呼ばれた大男は、攻撃の手を緩めない。再度咆哮し、勢い良く大地を殴ると土石流が彼の周囲から沸き上がる。

 

 彼の産んだ土砂は、地面と同化したままねずみ花火の様に四方へ散っていき、接触した魔族を地面の中へと引きずり込み始めた。鎧袖一触、逃げる間もないまま奴らは、叫び声と共に1匹残らず大地へと飲み込まれた。やがて、奴らの痕跡は引きずり込まれた奴らの手が蠢きながら地面から雑草の様に生えるのみとなった。

 

 僕は、その現実離れした凄まじい展開に呆然としていただけだった。一方、事態の収束を悟った姉は我に返ったかの如く絶叫する。

 

「お、お父さん! お兄ちゃん! ああ、お父さんがこんな姿に!! お兄ちゃんはどこなの!? どれがお兄ちゃんなの!!」

 

 色を失いながら、姉は崩れ落ちた家に駆けよった。そう、僕と違って姉は目を背けていなかったのだ。父や、兄のこの惨状に。

 

 鎮火した家に目を戻すと、焼けただれた人体が二つ転がっていた。特に、兄が酷い。顔ははれ上がり、腕はもげている。皮膚は赤く腫れあがり、苦痛に満ちたうめき声をあげている。

 

 その光景を見て、思わず吐き気が込み上げてきた。お調子者で、いつも母さんに怒られていた気さくな父。からかわれることも多かったが、何時も良く遊んでくれた兄。

 

 その二人が、まるで人間だとは思えない姿に変貌している。顔のパーツは確かに彼らだ。だからこそ、脳が正常に認識してくれない。

 

「あ、あ、あ。」

「・・・マジか。まさか、燃えてる家の中全て、人が縛られて置かれてたのか。この糞ったれ。」

 

 少女の顔がゆがむ。それはそうだ。目の前にあるのは、非現実的で、あり得ないほどに残酷な光景だ。だけど、この人は紛れもない、僕の大切な家族なのだ。ふらふらと、僕は父と兄の前に歩く。そして、命尽きようとしている彼らを、せめて抱きしめようと座り込んだその時。

 

エクス・ヒール(ふざけんな畜生)!!」

 

 僕は、おもむろに光に包まれた。いや、僕だけではない。眩く柔らかな閃光が、僕らの村全体を包み込んだのだ。

 

「・・・フィオ。お前、それは無茶だろう。手分けして回復魔法をかけに行けば良かったのではないか。」

「アホか!! 燃えてる家全てに、死にかけの人がいるかもしれなかったんだぞ! 1分1秒が惜しい時にそんな悠長なことしてられっか!」

「だが、お前も魔力切れの怖さは知ってるだろう。二度と魔法が使えなくなるやもしれん。もしお前が倒れたら、誰がミクアルの里を守るのか。」

「村を守るのはお前の仕事だろーが、オレはただの一般村民だよ駄村長!」

 

 ・・・先ほどまでの光景は、幻か何かだったのだろうか。

 

 光が消え去り、僕が抱きしめていた腕の中には。すやすやと、傷一つないまま眠る父と兄が穏やかに息をしていた。

 

「・・・っと、ふらふらする。背負え、糞村長。」

「言わんこっちゃない。村全体に高位回復魔法など、正気の沙汰ではないぞ。」

「うっせ。間に合わない奴が一人でも減る方法が正義だろ。」

 

 まさか、今の光はこの娘がやったというのか。僕と年の変わらないような少女が、こんな奇跡を成し遂げたのか。

 

「そ、その! 貴方達は一体?」

 

 気付けば、僕はそう問うていた。僕はこの一言を暫くの間後悔する事になる。

 

「その問いに答えよう、少女よ。我らはミクアルの里の者。古き時代よりこの地の守護の任につき────」

「君ら可愛いな、オレとお茶しない? あーそうそう、今さっき君らの家族を治してあげたのはこのオレな、オレ! それでさ──」

「ふん!」

「痛い!」

 

 目を爛々と輝かせ、急に僕と姉へと迫ってきた少女に、巨漢は容赦なく拳骨を落とした。ほ、本当に何者なのだろうか、この人達は。

 

「まぁ、我らの正体なぞ君達は気にすることはない。この村周辺の魔族は我らが引き受けよう。・・・村は酷い有様だ。大人達と共に、再建に集中し給え。」

 

 そう言って、大男がタンコブを作り目を回してる少女を背負った。そして、僕らの問いに答えないまま背を向けて手を振り、歩き出す。

 

 この世の地獄に現れ、颯爽と僕達を助けた二人。彼らは何も要求せず、そのまま静かに駆けて行った。まるで、今の出来事は夢だったのだろうかと思うくらいに、あっさりと僕らの前からいなくなってしまった。

 

 まだ、お礼すら言えていないというのに。僕は、彼等に話し掛ける貴重な機会を自分の疑問に使ってしまったのだ。

 

 第一声は、お礼にすべきだった。僕はまだ、今日に至るまでこの日の感謝を二人に伝えられていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁルート、俺の槍先知らねぇか? 朝起きたら、俺の相棒たる槍の先端が煮干しにすり替わってるんだが。」

 

 僕の隣室の住人である粗暴な男の声で、僕は眠りから覚めた。久しぶりに思い出した、子供の時の記憶。

 

「なあ、ルートよい、お前さんの魔法でちゃちゃっと見つけてくれよ。頼む。あ、この煮干し旨いな。」

 

 日本で生きた経験からか、ヒーローなんてものは実在しないと勝手に思い込んでいたけれど。この世界では、誰にでも当たり前の様に「死」が迫ってくる。だから当たり前の様に、ヒーローも実在するのだ。

 

「おいルート、聞いてるのか?」

「煩いなバーディ。君は少し待つという事を覚えたまえ。」

 

 あの日、救われた僕は誓った。この恩を、きっと誰かに返そうと。僕が誰かを守れる程に成長した時に、次の世代を守れる誰かを守って見せようと。

 

────生まれ変わった僕の、生きる道筋を作ってくれたヒーローに胸を張って会える様にと。

 

 ・・・あーあ。あの時は本当、格好良かったんだけどなぁ、彼女(フィオ)

 

 数年越しに再会した彼女は、僕のことなんか覚えていなかった。無理も無い、数年前に2.3言だけ会話した相手など思い出せるものか。

 

 僕にとっては、鮮烈すぎる記憶だけど。彼女にとっては、アレがごく当たり前の日常だったのだろう。でも、例え記憶に無かろうとも、僕にとって幼き日の英雄だった彼女と再会し仲間として闘えることが当時は嬉しくて仕方が無かった。

 

 そしてパーティ結成後間もなく。毎晩のように歓楽街へ赴き、隙あらば僕へ女装を強要してくるフィオに、幼き日の憧れを粉砕される事になる。

 

 普段はどうしようもない彼女だけれど。フィオの、そんな隠された1面を知っているのはパーティ内では僕だけだろう。だからこそ、僕はフィオの友人であり続けるのだ。

 

 彼女が無茶をやらかしそうな時は、精一杯止めて見せる。彼女が影ながら悩んでいたなら、そっと手を差し出す。それが、僕なりの恩返し。素直にお礼を言っても、フィオはきっと受け取ってくれないからね。

 

 ・・・でもまあ、女装だけは本当に勘弁して欲しいのだけれど。

 




次回更新は7月24日17時です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。