TS転生してまさかのサブヒロインに。 作:まさきたま(サンキューカッス)
幾十の城壁を越え、王都全てを一望出来る高さの丘に築き上げられた建物。ここは、この国で最も権力のある人間の住む宮殿。
オレ達勇者パーティは、揃って正装を纏い王宮へと訪れていた。目的は、国王に今回の遠征任務の報告を行うためだ。
・・・今回の任務は、どう評価しても失敗だからなぁ。足が重いぜ。
「どうぞ、謁見の間へお入りください。我らが王が、お待ちです。」
一際大きな扉の前で、ペコリと頭を下げ短くまとめられた銀髪を揺らす、黒を基調としたメイドが微笑む。彼女は恭しく頭を下げたまま、ゆったりと扉を開いた。
このメイドの名前はクリハさん。常に自信に溢れた表情の、まつげが長く猫目がクールな王宮のメイドである。常に冷静な物腰で、王宮では的確にオレ達をフォローしてくれている大変ありがたい存在だ。
クリハさんは王宮付きの専属メイドで、今回みたいにに王様への取次とか、王族の身の回りの世話の指揮を担当している凄い人。オレ達の屋敷の管理責任者をしてくれた人でもある。
そして、彼女はどうやら年上趣味らしい。
このクリハさんのクールビューティな雰囲気は、かなりオレ好みなのだ。オレと2人きりの時、酒の席でしこたま酔わせてベッドに誘った事がある。
その結果、逆にオレとバーディの間には何も無いのだなと念押しされる羽目になった。つまり彼女の言う年上趣味って言うのは、バーディの事なのだ。
・・・
ちなみに彼女の胸部装甲は残念無念。今後成長してもバーディの射程に入る事は恐らく無いだろう。
そう、一晩飲み交わし彼女と胸の内を明かし合ったその日から、オレは彼女に優しく接する様にしている。
まったくもって、不憫な娘なのだ。
「・・・。」
ところで、なんでクリハさんは、今日に限ってオレとアルトをチラチラ見てるんだろう。聞いてみても良いのだろうか。
さて、クリハさんにアポ取ってもらってから数時間後。
国王様との謁見は、特に問題なく始まった。多くの貴族共がずらりと並ぶなか、威風堂々アルトが経過を報告し、聞き終えた表情をピクリとも変えず国王が「大儀であった」とだけ述べる。だいたいいつもこんな感じだ。
「よくもおめおめと逃げ帰ってきたな!」
「仮にも勇者だというのに情けなく敗走とは、片腹痛い。」
・・・などと、変に面倒な文句を付けてくる貴族はいない。いや、内心言いたそうにしているヤツはいたけどこの場で悪目立ちしてまで口に出す奴は現れなかった。
まぁ、オレらはぶっちゃけ国王のお気に入りだしな。今回は確かにやられたけれど、オレ達の活躍で勝利した闘いも幾つかある。戦力としては結構信頼されているはずだ。だからこそ、今回あんまり責任追及をされずに済んでいる節もある。
多少わがままを言っても、今までは国王さんが許してくれたし。王宮のメイドさん達と遊ぶ許可くれるとは思わなかった。
・・・まぁ、オレ達の好き勝手を忌々しく感じている貴族さんも多いから、余り調子に乗らないように気を付けてはいる。誰だって、ぽっと出の若い奴らが偉そうにしてたら腹が立つからな。
カン。
王の傍で槍を持ってる守護兵が、床を叩き金属音を響かせた。これは、王様が今から話すから静かに! の合図だ。
「・・・アルトよ、いや我が勇者たちよ。帰り着いて早々ではあるが、貴殿らに、新たな任を与えねばならぬ。」
相変わらず無表情のまま、王はオレ達に告げる。
「その新たな任については、日を改めて下知しよう。今宵は下がってよい。次なる任に向け、英気を養っておけ。」
「了解です。」
王様がなんか偉そうに意味深な事を言っているが、これはいつもの決まり文句みたいなものだ。
勇者パーティであるオレ達も王都に帰ってきたら、流石に毎日食っちゃ寝とはいかない。王様からの命令と言う形で、適当に雑用を押し付けられてしまう。
雑用と一言で言っても、兵の訓練指導であったり、領土内へのお使いだったりと内容は多岐にわたる。その代わり、給料とは別に報酬金が貰えたりするから手は抜けない。
ようするに、帰ってきたならまた働いてもらうぞーと言いたいだけなのだ。
「あー肩凝った。アルトお疲れさん。」
謁見の間を出た後、オレはポンとアルトの肩を叩いた。いつもあの場は息が詰まってしまう。あーいう、権力とかしがらみとかの世界は、オレの性には合わない。
「思ったよりお咎めがありませんでしたね。」
「まぁ、一回の失敗を鬼の首取ったみたいに追及されまくったら、逆にぶっ飛ばしてたけどな。」
「バーディ、それ反逆・・・。」
バーディの不穏な発言をクリハさんは特に気にせず、彼女に導かれオレ達は王宮の正門に戻った。これでやっと肩の荷が下りた、久しぶりにパーティの皆を飲みにでも誘おうかな。また、アルトの隣の席の奪い合いでギスギスする空気を、久々に堪能したい。
「みんな、今回の遠征はこれで任務終了だ。俺の力が及ばず、ふがいない結果になって申し訳なかった。」
何やら妙に生暖かい目のクリハさんに見送られながら、正門の扉がゆっくり閉まると、そこで皆が立ち止まった。
大抵ここで、アルトが締めに入るのだ。戦闘や任務の後、アルトが総括的な事を言うのが恒例行事となっている。ここら辺は本当に真面目なんだよな、コイツ。
「今回は皆の働きに不備は無かっただろう。俺が手早く、奇襲してきた魔王軍の長を仕留めれていればそこで済んでいた任務だ。力の強いオーク相手に、正面から筋力で張り合った俺の失策だ。搦め手を用いるべきだった。」
「アルトのせいじゃないさ。むしろ、アルトが奮闘したから最悪の事態にならなかったと、そう考えていいと思う。そもそも、あの状況でいきなり搦め手を思いつくなんて無理もいいところだ。フィオかレイくらいさ、戦場で奇策が常に頭に浮かぶのは。そもそも本来、奇襲の探知は僕の領分だ。・・・みんな、奇襲を察知できなくてごめん。」
パーティの上位二人が頭を下げ、少し暗い雰囲気になる。この二人、割と本気で責任を感じているんだろう。馬鹿だな、オレなんて今回一番足引っ張った癖に微塵も罪悪感を感じていないぞ。だって闘いは時の運なのだ。負ける時もあるさ、そりゃ。
「お前ら、謝るの止めろや。誰かのせいじゃねぇよ、今回のは。」
皆が暗い雰囲気になりかけた時にさっと割って入ったのは、やはり空気を読む達人のバーディだった。奴はこれに加え女心を読めれば天下無双なのだが。
「誰かが謝って、それで何か変わるかよ。ハッキリ言ってやる、今回の敗因は俺達パーティの連携が悪すぎた事だ。誰か一人がフィオを庇いに行って、誰かが咄嗟にその穴埋めをして。それが出来ればこうはならなかっただろう? 違うかお前ら。」
奴にしては珍しく、真剣な表情で話している。皆も心当たりがあるのか、少し表情が硬くなった。このままではへらへらしているのはオレだけになってしまう。よし、オレも真面目な顔をしよう。
キリッ。
「アルトが強かったら、奇襲が探知できてたら、みたいな個人の技能より先にチームとしての動き方を会得する。それが、今回の教訓だろ。謝って終わらせちゃ意味がない。きちんと次に生かさねぇとな。」
「おお、バーディの癖に的確なこと言いやがる。」
「ちゃかすなフィオ。・・・お前、オークにぶん投げられた時に本来死んでたんだぞ。アルトの強さがたまたま突出してたから、お前は今そこで立ってるんだ。それを分かってるか?」
「お、おう。」
なんだ。いつになくバーディが真面目だ。
「つまりだ。今後、パーティの日課として決まった時間に連携の訓練を取り入れたいと思う。何か、異論ある奴はいるか?」
「それに賛成だ、バーディ。君らしからぬ、素晴らしい意見だと思うよ僕は。」
「ああ。俺も異議は無い。」
ウチのトップ二人が頷いた事で、バーディの提案は本決まりになった。まぁ、ぶっちゃけソコだよな、今回の敗因。特に被ハーレム四人娘の間で連携がほとんど取れてないのが致命的だ。
「よし、決まりだ。それともう一つ、俺から提案がある。今回の敗北に個人の責任があるとすれば、それはアルト、お前の優柔不断さだよ。」
「ゆ、優柔不断ですか? アルト様、即断即決に行動してたように思うのですが。」
「・・・アルト、悪くない。適当言うなブサイク・・・。」
バーディがいきなりアルトを非難し始めたため、四人娘がざわざわし始める。でもユリィの言う通り、戦闘時は迷わず動く印象だけどな、アルトは。
「いや、聞こう。俺の決断は今回の件でどう問題だっただろうか。教えてくれバーディ。」
「違う、そうじゃねぇ。・・・お前は、女関係で優柔不断だって言ってんだよ。無自覚かどっちかは知らねぇけども、そのせいで連携が取れてねぇ部分もあるんだぞ? 早く恋人作りやがれ、この女たらし。」
・・・。
「女関係だと? バーディ、からかっているわけではないよな。それと今回の件に、何の関係があるんだ?」
「大いにあるんだよ糞鈍感野郎。良いか。お前、来月までに本命の娘を一人決めろ。そして、そいつに告れ。」
・・・何ヲ言イダシテル、コノ馬鹿?
「まて、バーディ。本当に意味が分からないぞ。いきなり俺にどうしろと言うのだ。」
「恋人作れって言ってるんだよ。お前が誰かと恋仲になりゃ、少なくとも今より連携が楽になる筈だから。」
「・・・バーディ、君はなんと大胆な・・・。それ、逆に大荒れしないかい? 見守っておいた方が良いような、でも、うーん。言われてみれば一理あるような。」
「4人組、お前らにも言っとくが振られた奴はビシッと諦めろよ。こんな、こんなにも下らねぇ事でフィオが死にかけたんだ。今までは、他人の恋路だと流していたが、流石にもう黙ってられねぇ。」
「・・・うん、それはまぁその通りだ。と言うかバーディ、実は君、今回の件についてかなり怒ってるかい?」
「まぁな。」
バーディのいつになくシリアスな顔で熱く語っている言葉を聞いて、ちらり、アルトと目が合った。何かを聞きたそうにしている。
・・・間髪入れず、全力で首を横に振っておく。
「・・・ああ。事情は分からないけど、それが必要な事なんだというのは分かった。約束しよう。」
「頼むぜ、アルト。ふぅ、これでやっとパーティが過ごしやすくなるってもんだ。」
アルトがそう宣言したことで、ハーレム勢の空気が変わった。四人から山を揺らし世界を覆うほどの凄まじい気迫を感じる。もしこの状況で「残念! 実はオレ達付き合ってまーす!」なんて宣言した日には即座に世界が滅んでしまう。
・・・バーディめ。この男は、そんなにオレを殺したいのだろうか。何でそっとしておいてくれないのだろうか。いいじゃん。連携訓練すればそれでいいじゃん。
こんな、こんなくだらない事で死にたくない。何かしら、生き残る手段を考えないと。
執行猶予(1か月)付きの死刑判決。ここから何とかして、オレは無罪を勝ち取らねばならない。
オレの、魔王軍より恐ろしい強敵との戦いが、今幕を開けるのだった。
次回更新日は7/12の17:00です。