意識が高すぎて魔法科高校に入学したが劣等生だった。 作:嵐電
我国の「武力攻撃事態」*があと一週間に迫った月曜日の朝。
*「武力攻撃事態」とは
我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又は当該武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態
僕が、キャビネットに乗り込もうとすると意外な人物と一緒になった。
「おはよう!」
動揺した素振りを見せずに西城くんは今日もハツラツ、オロナインC!…違った。オロナミンC!
「お、おはよう」
千葉さんは動揺を隠せない。
「おはようさん」
二人の痴情ではなく、事情に全く興味のない心で僕も挨拶をした。
「自分らが休んどる間に吉田くんは、大活躍やったで」
「幹比古が何かしたのか?」
西城くんが、いつもよりオーバーアクションです。僕が彼と千葉さんとの関係についてああだこうだと言わないで違う話題を振ったので、すぐに食いつてきたのだ。
「模擬演習で、あの十文字先輩をぐらつかせたんや!」
「それ本当?いつの間にミキったらそんなレベルに…」
千葉さんは、吉田くんの実績をにわかには信じられないのと、僕が彼氏彼女の事情を根掘り葉掘り訊かないのに安心している。
「吉田くんは、九校戦の後に急激に伸びたって言われてるやろ。確かに吉田くんは九校戦後にある事が出来るようになった」
二人とも固唾を飲んで次の僕のセリフを待ってる。
「気を取り込むだけやなく送り出せるようになったんや」
西城くんは全くお手上げの感だ。
千葉さんは、ん?となった。彼女の流派が気と表現しているかどうかは定かではないが、気を取り入れるが気を出すのは一般に健康に悪いとされているので僕の話が変だと思ったのだろう。
「一般的に掌心や肘の内側に太陽光を当てて陽気を取り入れるんは知っとるな?それだけやと自分で陽気を作るようになるんは力不足や。自分から太陽に気を出してあげるんや。それを意識したら自分で陽気も作れる様になって行く」
西城くんは、完全に置いてけぼりだが、彼は偉い。下手な口出しをせずに黙っている。
千葉さんは、驚いていた。もしかして千葉家の奥義か何かを言い当ててしまった?
「気を入れるだけやなく気を出す。無生物やと心理的な障壁もあるけど生物やとやりやすい」
「師匠が言ってるのは、魔法力の強化方法の一つなのか?」
西城くんが口をようやく開いた。魔法力強化には人並み以上の関心があるのだろう。
「そうや!吉田くんは気を入れて出す相手が出来て日夜励んどんや」
「幹比古のヤツ。スゲーな」
西城くんは、純粋に感心している。一方、千葉さんは僕が言わんとしていることを薄々感じ始めた。
「ところで、師匠。それはどんなトレーニングなんだ?差し支えなければ教えて欲しいんだ」
「トレーニングパートナーがいるな。そうや!千葉さんはトレーニングパートナーにピッタリや」(゚∀゚)
千葉さんは、気がついた。真っ赤になって俯いている。恥ずかしいのか怒っているか?それとも両方?
「師、師匠!ところでそのバックは何?もしかして武装一体型CAD?」
千葉さんは、強引に話題転換を図る。せっかく、二人で行う夜の秘密トレーニングの話をしてやろうと思ったのに。秘密トレーニングなので二人で誰にも見られない様に部屋にこもって…
「これは、カウンタースイング*の原理を応用して作った脱力初動無負荷トレーニングギアや」
*カウンタースイング
フォーム修正用バットだ。グリップとヘッドをつないでいるパイプに可動式の木片が2個ついている。スイングが鋭いと「カチ」という音がするが、体勢を崩して振ると「カチカチ」と2回音がする。このバットで練習すると、下半身主導でスイングし、上半身が付いてくるようなフォームになり、力んでないのに強いインパクトになるという。
「鞘の中を刀が滑る様にスイングができるようになる為の訓練用アイテムや」
僕はトンボの構えから、カウンタースイング改良型を振り下ろす。鞘が真下に落下する。
「示現流も修めているの?」
「一回習ろた」
千葉さんに不審がられた。一回習っただけでできるわけがないと思ったらしい。一回と言っても宗家に一回習ったのだが。
次は、上段に構えて前進しながらカウンタースイング改良型を振り下ろす。
「新陰流も?」
「一回習った」
千葉さんが不服そうな顔になる。言うまでもなくこれも宗家に一回だ。
僕は彼女に改良型カウンタースイングを手渡した。
千葉が、トンボの構えからスイングを振り下ろす。次に、上段から振り下ろした。鞘が落ちる。
「何かわからないけど、お前らスゲーな」
西城くんはしきりに感心している。千葉さんは不機嫌になった。僕が振り下ろした時は、鞘が回転もせずその場に落ちた。
彼女は振り下ろすと若干回転して落ちたのだ。そのわずかな違いに千葉さんは気付いていた。千葉流は示現流でも新陰流でもないから仕方ないと思うぞ。現代魔法併用剣術だし。
「話を戻して悪いけど、コイツと二人で入れたり出したりするトレーニングってどんな事するんだ?キだっけ?それと幹比古は、誰とそんなトレーニングをしてんだ?」
千葉さんの動揺が酷い。
「吉田くんのトレーニングパートナーは柴田さんや!」
「ええっ!美月って武道の心得があったのか」
「どうやろ?ないのとちゃうか」
西城くんが首を傾げている。
「次にやり方や。まず二人の丹田と丹田を合わす。丹田わかる?」(゚∀゚)
「と、と、ところで、師匠は『軽妙小説部』の部長だよね!部活と武術と関係あるの?」
居たたまれなくなった千葉さんが、またもや話題転換だ。今回は、強引過ぎる。西城くんも流石に訝しむ。
「あるある。日本で、イヤ、世界で一番最初に『軽妙小説』書いた人知っとる?」
千葉さんと西城くんは、互いに顔を見合わせた。君ら息ピッタリ!すぐに気を互いに入れたり出したりできるな。
「空海。空海の『三教指帰』*や」
*三教指帰
序文から、延暦16年12月1日(797年12月23日)に成立していることがわかる。空海が24歳の著作であり、出家を反対する親族に対する出家宣言の書とされている。ただし、この時の題名は『聾瞽指帰』(ろうこしいき)であり、空海自筆とされるものが現在も金剛峯寺に伝えられて国宝に指定されている。その後、天長年間に同書を序文と十韻詩の改訂して朝廷に献上した際に書名を『三教指帰』に改めたと考えられている。
あらすじ
蛭牙公子、兎角公、亀毛先生、虚亡隠士、仮名乞児の5人による対話討論形式で叙述され、戯曲のような構成となっている。亀毛先生は儒教を支持しているが、虚亡隠士の支持する道教によって批判される。最後に、その道教の教えも、仮名乞児が支持する仏教によって論破され、仏教の教えが儒教・道教・仏教の三教の中で最善であることが示されている。
「でも、大昔の小話だったら、空海のより古いんじゃない?」
二人の夜の稽古から話を逸さんとして千葉さんが必死になってまともな質問までする。
「それらは、成立は古いかも知れん。でも作者不詳や。作者が明らかなんは全部もっと後の時代のもんや」
「言われてみれば、そうよね」
完全に話題転換に成功したと千葉さんは安心した。
「小説で儒教や道教や仏教や密教を書くときに全然知らんのに書いたら読者にすぐバレる。読者もアホやないからな」
「けどよ。それって大変なことにならないか?」
「そうよ!魔法師を登場させようとしたら現代魔法を学ばなきゃならないし武術の達人を登場させようとしたら武術を学ばなきゃいけないし、」
千葉さんは、ここまで言って気がついた。
「師匠。もしかして…」
「空海ができたことを他のヤツができない道理はない」
「あ」
キャビネットが『一高前駅』に着いた時、西城くんが前を向いて小さく驚いた。
「げっ!」
同じく千葉さんも前方に視線を向けた瞬間に驚く。ちょっと驚き方が下品ですよ!エリカお嬢様。
「おはようさん!」
僕は、先に駅に降り立った司波兄妹に挨拶した。