意識が高すぎて魔法科高校に入学したが劣等生だった。 作:嵐電
「取り込み中、すまん」
絶賛潜伏中の吉田くんの目が見開いた。そんなに驚かなくてもいいのに。でも、どんなに驚いても叫び声を上げなかったのはさすがの今神童だ。
「最後、俺が突入して隙作ったる。トドメ刺したれ!」
僕は、吉田くんをその場に残して十文字さんの目の前に踊り出た。彼から姿は見えないだろうが。そこで、わざとCADを起動。
すぐに「鉄壁」が飛んで来た。今回は少し早い。
ガシャーン!
光学迷彩ごと岩が吹っ飛んだ。後からQちゃんに高額明細を突き付けられそうだ。
そして、すぐにクイックモーションオーバースローで投石。(模擬戦を申し込まれて拳銃型CADを投げたのと同じ要領だ。呉氏太極拳の楼膝拗歩(ろうしつようほ)の発勁と同じコツがある。そのうち説明する。)
ファランクスで防御。
「爆弾(笑)」とイタズラ書きした石が跳ね返された。その隙に僕は隠れる。
十文字さんが、イラっとしたのがわかる。ファランクスを連続でかわした下級生は僕が初めてなのだろう。
ここは「猪口才な小僧め。名を名乗れ‼︎」「こんなの初めて〜」とでも余裕をかますところですよ!
七草さんと渡邉さんがモニターしていた控え室で模擬演習場の全体図を見てきた。だから、地形を利用して逃げ易い場所で目立つ行動ができた。しかし、ファランクスの狙いが付けにくい場所ばかり身を隠しながら移動し続ければいづれ追い込まれる。
さてここから本番。
僕は、十文字さんから見通しのよい場所で姿を現した。すぐに鉄壁が僕の頭上に出現する。今回は早い。ようやく少し本気を出し始めたらしい。
バーン!
死んじゃうよ!まともに食らったら。身を隠すのに丁度いい穴が有る場所で姿を現した甲斐があった。
その隙を狙って誰かがギャンブルに出た。
すぐに十文字さんに制圧された。なかなか、良い判断だと思うが十文字さんには通用しなかった。
僕は、今度は隠れずに十文字さんに向かって前進している。逃げ回るだけと思ったら大間違い。
普通に歩いているのだが、存在をなくしているので十文字さんは僕の姿が視野に入っても反応が遅れる。
ファランクス!
ここで十文字さんの目の前から僕は消えた。
本当は、後ろに回り込んだだけ。十文字さんが自分の眼前に出した鉄壁が、僕の移動を彼の視覚から隠してくれたのだ。
「爆弾(笑)」と書いた石をさっき投げたのは鉄壁を十文字さんの前面に出現させる為だった。
そして、この世に存在しない状態になっている僕は、両腕を前方に伸ばしてこれ見よがしに十文字さんの眼前に両手を見せた。親指と中指のそれぞれ指先を合わせる。ダブルユビパッチンだ。司波くんが一条くんを倒した必殺技(?)の2倍!
ちなみに、Qちゃんの光学迷彩をデゴイにした時に発動したのは振動系魔法だ。
ファランクス——————‼︎
僕は吹っ飛ばされた。
◇◇◇
「師匠、体調はどうだ?」
「大丈夫っす」
保健室でサボって、いや、負傷して横になっていた僕は十文字さんに答えた。
「そのままで、聞いてくれて構わない」
おお!もしかしてこの流れは…「師匠。お前は十師族か?」「ちゃいますよ〜」「なら、十師族になれ。差し当たって七草はどうだ?」「喜んでいただきま〜す」…的な感じか?
「最後に、使った魔法は何か差し支えなければ教えてくれ」
この人は、小細工無しの直球勝負が好みらしい。
「ファランクスのようなものですよ」
僕は、にこやかに十文字さんに答えた。
少し考えて彼は口を開く。
「以前から、使っていたのか?」
「いいえ」と僕は即答し、所謂まっすぐのストレートを投げ返した。
「先輩のを観て、パクリました」
十文字さんのフラッシュキャスト式全方位ファランクスに、僕は偽ファランクスで対抗したら吹っ飛ばされたが無傷だったわけだ。
十文字さんは怒り出すかと思った。がしかし、小さく頷いてから尋ねた。
「司波の振動系魔法もものにしているのか?」
「まあまあです」
十文字さんは、押し黙ってしまった。
「わかった。ゆっくり静養してくれ」
と言って、彼は保健室から出て行った。
十文字さんは、まだ気になることがあったはずだがその質問はしなかった。そりゃそうだ。彼の奥の手であるCAD無しでの「即時全方位型鉄壁」を引き出された上にそれをコピーされたかも知れないとなれば心中穏やかではおれない。あの若さで動揺を隠したのなら大したものだ。単に天然なら、よほど大物なのだろう。
ただ勘は良い。僕を彼は同じ魔法師と見なしてないからだ。彼は十文字家の次期当主であり十師族に名を連ねる魔法師らしい魔法師だ。七草さんや司波くんや司波さんも同じ雰囲気がある。一条くんもだ。
十師族ではないが、渡邉さんや服部さんも同じ雰囲気がある。当然のことなのだがこの魔法科高校で真面目に過ごせば「魔法力のある人」から「魔法師」になって行く。極論すれば、十文字さんや七草さんを目標にして学生は、日夜努力している。雰囲気が似てくるのは当たり前なのだ。
ところが、僕は違う。べつに魔法師になりたいわけではない。
死ぬ前に生きたまま神になる為に、「神のお仕事」を手伝っているのだ。魔法科高校で「神様、はじめました。」
『魔法師に福音を宣べ伝えよ!』
これが、神託だ。生きたまま神になりたければ、魔法師に武術等を伝えなければならない。だから、この魔法科高校に入学した。だから、謝礼ももらわず色々な秘術を惜しげもなくブチまけているのだ。
『だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい』
なので、僕には魔法師の匂いがない。優秀な魔法師にはとりあえず唾をつけておく千葉さんや七草さんが僕に興味を示さないのはちゃんとした理由があったのだ。
◇◇◇
「呂剛虎って知っている?」
Sound only の藤林さんがいきなり質問して来た。ここにも僕を本能的に敵と感じている人がいた。九校戦でビビらせ過ぎたかな。
ネットで調べたらええんちゃう?と返事しようとしたら、
「あなたの人的資源も使って!」
まるで、僕が日曜にも関わらず学校で部活をして近くにその「人的資源」があるのをわかっているような口調だ。
「長岡さん、呂剛虎って知ってる?」
「知らない〜」
「だそうです」
「呂剛虎。大亜連合本国軍特殊工作部隊の魔法師よ」
だから、何?
「『鋼気功。硬気功の発展形で、華北の術者がこの名称を用いる。気功は魔法ではなく体術の一種だが、気功術を元にして皮膚の上に鋼よりも硬い鎧を展開する魔法に発展させたものが鋼気功。』呂剛虎はこの鋼気功の第一人者と言われているの」
だから何?幸薄い藤林さんの為に丁寧な解説をしてあげよう。
中国武術の名人は、兵士を弟子にしない。兵役が終われば修行が途絶えると予めわかっているからだ。(日本は少し事情が異なるが。)とはいえ国からお金をもらって教授するのだから教えないわけには行かない。そこで、85式とか新たに套路を作って半年程度で教える。なので、楊露禅*の85式を習った等と自慢すると影で笑われるのだ。
軍の武術教官の師匠に教えるケースは多々ある。
硬気功の扱いは、「武術」ではなく「芸事」だ。実戦では安心して使えない。勁は素通りするし点穴にかかりやすくなる。素人相手なら圧勝できるが、腕に多少の覚えのある者には分が悪い。
掌門人や伝人クラスになると、直接的あるいは間接的に知り合いだったりする事多い。少なくとも噂くらいは聞く。僕や長岡さんは全く知らないならその程度の武術家なのだろう。
「もう少し情報がないんですか?せめて何拳が得意なのかわかりませんか?」
藤林さんに一般的な話をした後で訊いた。
「全身の筋骨を連動させて作り出した捻りの力を打撃部位に伝え攻防一体の武器とする纏絲勁を魔法的に発展させた技術が得意らしいの」
纏絲勁?だったら、チンタイチ。
「長岡さん。陳氏太極拳の呂剛虎なら聞いたことある?」
「聞いたことない〜」
「だそうです。触れたら殺せるような功夫はないから普通に現代魔法で戦えばええと思います」
「ありがとう」
どういたしましてと僕が言い終わらない内に回線が切られた。
*楊 露禅(よう ろぜん、1799年 - 1872年)は、清朝時代の実在した武術家。中国武術のひとつである太極拳の楊式太極拳の創始者。
姓は楊、諱は福魁)。字は露禅、または禄禅(禄禪)。祖籍は、中国河北省永年県閻門寨人。後に永年県広府鎮南関に移る。子に、鳳侯(早亡)、楊班侯、楊健侯がいた。