意識が高すぎて魔法科高校に入学したが劣等生だった。   作:嵐電

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夏休み特別編+1(3)

朝田さんが部室に連れてきた女子は、一年C組所属、滝川和実と名乗って沈黙した。

 

九校戦の新人戦スピードシューティングに選手として参加し3位の成績をおさめている。しかも美人。

 

(この子が森崎の彼女?!え〜絶対騙されてるよ〜)

とその場の全員が思った。お前ら!失礼だぞ。森崎くんは、将来社長になる可能性大なんだ。射撃女子なら玉の輿に狙いを定めるのは当然ではないか!

 

「ねえ、黙っていたら何にも始まらないよ」

千葉さん。ここは「軽妙小説部」の部室。お宅は無関係者。司波くんは、組員を連れてサッサと近所の茶店でも行くように。「ロッテルバルト」とか「アイネブリーゼ」とか。「スターバックス」や「バーガーキング」ではなく。

 

「エリカちゃん、無理強いはダメだよ。滝川さん、何か飲まれますか?」

そこの水晶眼Fカップ!お前もとっとと帰れ!吉田くん、もっとちゃんと躾ておいてよ。調教不足だよ。荒縄で縛り上げて梁から吊るすとかボールギャグを咥えさせるとか。彼女の眼から時々小さな白い星が飛んでいるだろ。あれは、性欲がややこしい方向に向いてる現れだよ!

 

「コーヒー…」

 

「コーヒーをお持ちしました」

ウエイターする白石くん。こういう時は、イケメンはとくだ。妙に似合っている。

 

「森崎のことが心配?」

おお!漸く、長岡さんがしゃっべった。しかし、相手の心を読んでいきなり核心を突くのは控えた方がいいよ。

 

「あいつ、最近変なんです!」

 

(いや、前から変じゃない?)

お前ら、ホンマに失礼やな。特に司波組の組員!

 

「1人でブツブツ言ったり、突然、ニヤついたり…」

 

森崎くんは、予想以上に虚空蔵菩薩真言を真面目に唱えているようだ。しかも、手応えがあったらしい。

 

「森崎くんは、今日の実習でかなり良いスコアを出したから、調子は良いのと思うけど」

と、控えめに涼野さん。森崎くんと同じクラスだから彼の様子を目にしているのだろう。

 

そこで、僕は滝川さんがわかるように0から説明した。九校戦のアクシデントによる棄権、彼等の代わりに出場した選手の優勝。その中心選手の実力が突出していること、さらにその組員にも負けそうなこと。夏休み中の一夏の体験で実戦力不足を再確認し、新学期になって一部の同級生が魔法力を向上させているのに驚かされ、その中心が司波くんと僕だったと明らかになったこと。しかし森崎くんは、司波くんに、頭を下げたくないこと…

 

「アンタが、駿を誑かしたのね!」

滝川さんがキレた。森崎くんに一体何があったんだ?

 

「待ちなよ!確かに河原は怪しいけど、森崎は結果を出し始めているのでしょう?だったら良いじゃない?」

千葉さん。そこ君が仕切る所じゃないから。

 

「だって、アイツ、『出家するのも良いかな』とか『神はおられる』とか言い出したのよ!」

滝川さんが泣き出した。彼女は本当に森崎くんが好きなんだ。

 

「神はいるよ。わたしは、いつも手を合わせていますけど」

 

「出家しなくても、在家のままで仏道修行は出来る。八卦掌にも走圏しながら般若心経を唱える練習方法がある」

 

「即身成仏はどなたでも可能だと聞いています」

 

「朝田さん。そりゃ、河原部長が言ったんだ。それと即身成仏は密教だから、普通の仏道修行には含めないよ」

滝川さんだけでなく、司波組の組員も部員達の言動にドン引きだ。

 

「マジかよ」

西城くんが呻くように呟いた。ドイツは、プロテスタントの本場だから、イエス・キリスト以外の神、ましてや仏(神になって、しかも人が神になるのを手助けしてくれる人)を彼は受け入れ難いのかもしれない。同じ理由で、千葉さんも。二人とも勉強不足だよ。エックハルトくらいは読んでおくべきだ。

 

エックハルトは、神との合一を、そして神性の無を説いた。

 

「汝の自己から離れ、神の自己に溶け込め。さすれば、汝の自己と神の自己が完全に一つの自己となる。神と共にある汝は、神がまだ存在しない存在となり、名前無き無なることを理解するであろう」

このようなネオプラトニズム(新プラトン主義)的な思想が、キリスト教会軽視につながるとみなされ、異端宣告を受けることとなった。

 

ちなみに、虚空蔵菩薩真言を唱えて神との合一を体験した空海は、高知県の室戸岬にある御厨人窟(みくろどくつ)という洞窟でこの修行に励んだ。

 

そして、ある日の明け方、空海が虚空蔵菩薩の真言を唱えているときに、空から明星(金星)が近づいてきて、空海の口の中に飛び込むという体験をした。明星は虚空蔵菩薩の化身とされるので、空海は虚空蔵菩薩と一体になったというわけだ。このことについて空海は「明星来影す」と記している。

 

ちなみに孔子は、『学まなびて時ときに之これを習ならう。亦また説よろこばしからずや。朋とも有あり、遠方えんぽうより来きたる。亦また楽たのしからずや。人ひと知しらずして慍いきどおらず、亦また君くん子しならずや』と語っている。

 

論語に登場する「朋」は、空海を訪れた「明けの明星」であり、学んでいたのは「虚空蔵菩薩」と言い換えが可能だ。

 

森崎くんは、まだそこまで行ってないと思うけど隣の他人の尿意を感じられたとか、締め切った自室に白い粉(含香〈がんこう又はかんごう、がんごう〉は、密教で灌頂や勤行前の口内のお清めとして、口に含み噛んで使用する。同時に粉末状のお香(塗香)を手に摺り合わせて使用することも多い。)が落ちていたか、何らかの「しるし」がすでにあったのかも知れない。それで手応えを掴んだのだろう。

 

僕は、森崎くんがエックハルトや空海やナザレのイエスや孔子に著しく劣っているとは全く思ってないよ!

 

「そうだよ!滝川さん。森崎くんのポテンシャルはすごいはずだよ」

白石くんが、森崎くんを讃える。

 

「そうね!彼なら挫折も糧に出来ると思うわ!」

朝田さんも、森崎アゲする。

 

「森崎くんなら偉業を達成出来ると思う」

涼野さんが、森崎くんを高評価する。

 

「森崎くんを見習ってもっと努力精進しなくては」

長岡さんが、念を押した。

 

「アンタらチョッと怖い」

千葉さんが、機嫌を直した滝川さんを見ながら洩らした。まだまだこれからですよ!千葉ちゃん。僕は落ち着いた滝川さんに語りかける。

 

「ところで、滝川さん。彼氏のことが心配なのは彼氏の熱中している事を理解出来ないからだと思うよ。だから、滝川さんも少し真言を唱えてみたらどうかな?百万回を目指すのではなく彼のことをもっと知るために!」

 

「駿は、彼氏じゃないよ」

滝川さんが真っ赤になって僕に反論した。そうなの?でも、心配なんでしょう?同じことを少しでもすれば感じが掴めるから少なくとも森崎くんに対する不安はなくなると思うけどなぁ。僕は。

 

「少しだけなら…」

 

「マジかよ」

真言を練習し始めた滝川さんを見て西城くんが溜息をついた。

 

司波くんは、表情を変えずに警戒心を抱く。

 

(師匠さん。あとで私達にも指導して下さい)

柴田さんが、声を潜めて伝えて来た。僕は、吉田くんと柴田さんに頷いて見せた。

 

それに気づいた司波くんは、更に警戒心を強くした。相変わらずのポーカーフェイスだが、意外に小心者だ。

 

この出来事以来、学生の人生相談はほなくなった。あそこは変な宗教に勧誘されると噂がたったのが原因だ。

 

◇◇◇

 

「師匠。チョッと良いか?」

久し振りに部室に来た部外者は、司波くんだった。

 

「体調が悪いんやろ?」

 

さすがの鉄面皮も、動揺が隠せなかった。しかし、動揺したのはほんの一瞬。すぐに持ち直す。

 

「その通りだ。師匠。わかるのか?」

 

「自分、呪われとるで」

 

 

夏休み特別編+1 終

 

 

 

 

 

 

 


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