意識が高すぎて魔法科高校に入学したが劣等生だった。 作:嵐電
「座るだけで、魔法力が上がるのですね。ところで、どれくらい座っていれば良いのですか?」
まっとうな質問だ。柴田さん、なかなか鋭い。
「30分を超えれば目に見える効果が出ます」
吉田くんがえっ?!となった。彼はそれくらい時間ならすでに座れるのだろう。
「最初は、30分程度すぐに座れるようになります。しかし、それは途中で寝ているケースがほとんどです。もし寝ないままで座ると10分を過ぎた当たりから猛烈に眠くなったり疲れが出て続けられなくなります」
「そんな時はどうすれば良いのですか?」
「陽気を取り入れることを日頃実行して下さい。それと、任脈と督脈のツボを意識するのも良いです」
僕は、代表的なツボの名称を口にした。
「ダンチュウ?ミゾオチのことですか?」
「いいえ、違います。吉田くんは知ってますね。あとから柴田さんに教えて上げて下さい」
「はい、わかりました!幹比古さん、お願いします!」
吉田くんは、再び赤面した。柴田さんは真剣そのものだ。吉田くんは僕が二人の関係をわかっていてこのように発言しているのに気付いたようだ。
柴田さんは、気付いてない。今の柴田さんなら吉田くんに会陰でさえ触らせてくれるであろうと僕が感づいていることに。
本当は、この場で一緒に座禅を組んで様子を見たかったが、二人とも一人でもやってくれそうなので今回はここまででいいと思った。
◇◇◇
再び、九校戦は本戦に戻る。大会九日目だ。新人戦は、一高が優勝した。これで、一高の総合優勝はほぼ確実になった。
しかし、一高に対する悪意が強くなった。ノーヘッドナントカは、まだ諦めていないようだ。昨晩から、それが強くなった。でも、ノミ屋が何を仕掛けてくるのかまではわからない。
大会九日目は、この私小説もどきの作者である『僕』の心象描写にピッタリの曇り空、曇天となった。前日までは、良く晴れていたのに。とはいうものの、ミラージバットにはこの空模様は好都合だ。特に、すでにA級魔法師クラスの実力を持つとはいえミラージバット本戦に初出場の司波さんにとっては。
彼女が、多量のサイオンを惜しげもなく使えると言っても本戦は新人戦と違う。その競技に習熟している選手が登場するのだ。複数の選手で結託して司波さんの進路を反則にならない程度に妨害することもできる。それでも力勝負に持ち込んで多量のサイオンを司波さんが消費するとしたら体力が消耗しない天気の方がいい。
少しイラつく。司波さんが勝てそうにないからではない。狙われている予感があるのにそれが観えないし視えないからだ。と同時に焦ったところでどうしようもないのもわかっている。
自分が狙われているのなら、自分に向けられた殺意はたとえそれが巧妙に隠されたものでも察知できる。しかし、他人に向けられたそれはわかりにくい。特に自分と関係が薄い他人となれば特にそうだ。
「師匠。何してるの?」
右目を手で隠したり、両眼で視たりしている僕の行動を少佐が不審に思った。
「水晶眼でも事前の察知は無理みたい」
「何か起こるの?」
僕は、吉田くんや柴田さんが観戦している方に視線を移した。
「何が起こるかを彼女が見張り彼が防御している」
「あっ!本当だ…」
少佐には、何かもっと違うものも視えた。
「心を読むとは、そういう事だ」
「……」
少佐の耳が真っ赤になっている。彼女にはどのような景色が観えているのか僕にはわからない。ただ、今の僕には吉田くんと柴田さんが大きなハートマークに包まれているのが観える。
僕はもう一度ミラージバットに心を向けた。小早川さんが出場している。第2ピリオド開始だ。
そうか!光学魔法を使えば察知できる。早速、視力を変えた。光井さんの競技を熱心に観察したから僕も光井式光学系魔法を多少使えるようになっている。
CADは?と尋ねられそうだが、実はCADは必要としない。元々、事象改変に必要なサイオンの流れを魔法師の身体に生み出す速度を上げる為の装置がCADだ。なので、事象改変に必要なサイオンの流れが魔法師の身体に起きている状態を真似すれば、同じ魔法を使え、CADは必要でない。
同じようなことを一高の入学試験の実技試験会場で真似しやすそうな人のサイオンの流れを真似して僕は合格している。長岡さんも同じことをして合格した。
しかし、それは勘で掴んでいただけだ。今回光井式光学系魔法のお陰で、魔法師のサイオンの流れが良くわかる。経絡とは似ているようで違う。チャクラにも似ているが違う。
いかん、いかん。試合観戦に集中しなければ!
僕は、光井眼で小早川さんを観察し始めた。彼女のCADが他の選手のものと比べて風邪でもひいているかのように視えた。
まずい!
「あッ!」
同時に、少佐も声を上げた。
小早川さんは空中で、支えを失い落下し始めた。
下は、プールになっているのでよほど変な体勢で着水しない限り大事に至らない。しかも落下に備えて競技審判や大会役員が魔法によるセーフティネットを幾重にも整えている。つまり、全く心配ないし、何も恐れる必要もない。しかし、何故か気になる。
僕は、光井眼で視るのから観るのに変えた。五体満足で救出された小早川さんはグッタリして動かない。よほど怖い体験だったのだろう。
彼女の腹に穴が空いているように観える。トラウマを持つ人に良く観られる現象だ。というか、普通の人は大概空いているし、年齢を重ねれば複数空いている人も多い。
「彼女は、復帰できないかも知れない」
少佐が呟く。
彼女の言う通り、魔法師はチョッとした事故で魔法を失う事がある。元々現代魔法は、世界を騙してなんとか事象を改変しているだけだ。ほんの少し変える力が少なくなれば世界は騙されてくれなくなり、事象改変も起こらなくなる。
アレっ?!今、魔法師最大の悩みの一つである、突然のスランプの原因がわかったかも知れない。
魔法師は、世界を騙して事象改変を行う。騙すとか嘘をつくのは、それに適したエネルギーがいる。具体的に言えば陰気だ。ただ単にエネルギーが大きいだけでは、騙すとか嘘をつくのに長けるとは限らない。陽気を単純に増やせば魔法力がその分上がるとは言えないのは、薄々気付いていたが、今その理由がわかった!
そう考えると腹に開いた穴を塞いで、エネルギーの漏れをなくしても魔法力が復活するとは断言できないし、元々魔法を使えなかった人が魔法を使えるようになる保証もないのは当然だ。
過剰に魔法を使って、魔法を使えなくなるケースはあるが、特に心当たりがないのに突然魔法が使えなくなるケースもある。その理由は、自分の心が自然と自分を騙すのを拒否するようになっただけと考えるられもする。
小早川さんは、少佐の視た通り魔法を使えなくなるかも知れない。しかし、自分の心に嘘を付いてまで現代魔法力を復活させる必要はないと思う。
ありがとう!小早川さん。あなたのおかげで興味深い仮説をいくつか思い付けた。これは「小早川仮説」として形を整えて発表させて頂きます。
前方で試合を観戦している吉田くんが回線をつないでいる。すぐに柴田さんに代わった。彼女は明らかに興奮している。確実に視えた筈だ。
少佐も何やらどこかに連絡している。
薄くてほとんど感じられなかった殺気がハッキリとして来た。しかし、それは先程までとは出どころが違う殺気だ。
「少佐。司波達也から目を離すなと知り合いに伝えてくれ」
僕は、通話中の少佐に構わずに言明した。少佐は、僕に一瞬だけ視線を移して目で了解の合図をした。
司波くんは可愛い妹の事となれば人を殺すのを全く躊躇わない。
万が一に備えて、僕は席を立った。