意識が高すぎて魔法科高校に入学したが劣等生だった。   作:嵐電

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サブタイトル変更しました。


九校戦編23

とはいえ、大会役員達の選手を守る為の努力はそこそこ機能した。『破城槌』の攻撃を受け瓦礫の下敷きになった森崎くん達は重症ではあったが命に別状はなかったし障害が残る事もなさそうだ。おそらく精神的な後遺症もほとんどないだろう。

 

こんな事を言ってる僕だが、森崎くん達を心配して大会関係者に怒りをぶつけているわけではない。むしろ、この状況をうまく利用できそうな予感でワクワクしている。不謹慎と言われればその通りかも知れない。

 

大会役員達が、かなり動揺しているのを感じる。この様な状況なら一高から何らかの提案をすれば、全て丸呑みしそうだ。普通ならモノリスコードの中止を提案するのが当たり前だし、もしその提案を一高から大会役員に出せば大会役員達は拒否出来ない筈だ。

 

ここで久島烈が思い浮かぶ。どうやら同じ事を考えたようだ。少し癪だが。

 

「少佐。七草会長と十文字会頭に伝えて欲しい」

 

◇◇◇

 

「摩耶さん、何の用事ですか?」

 

「悪いな、幹比古。協力して欲しいことがある」

 

吉田くんは、僕に軽く挨拶してやれやれという顔をした。

 

「師匠。幹比古に技をかけて。私は、視るから」

 

『電子の魔女』に使った技を少佐はどうしても習得したいそうだ。あれから何回も試みたそうだが、しっくりと来なかったらしい。そこで、もう一度僕が誰かに技をかけるのを視たいのだ。もちろん『水晶眼』を使ってだ。

 

「吉田くん、握って押してみて」

僕は太極拳の立禅の姿勢をして、僕の前腕を吉田くんに握ってもらった。

 

彼が、少し僕の方に圧力を加える。彼自身の体重を後ろに残して出来るだけ安定した姿勢を保ったままで。彼は、合気道系の武術を嗜んでいるようだ。しかも、かなりやり込んでいる。

 

僕が、両腕や胴体を左に回転させる。

 

「!」

 

吉田くんが驚いた。

 

「今の何?もう一回!」

 

僕は、再び彼の踵を浮かせた。

 

「ごめん、もう一回」

 

合気道系で相手の踵を浮かせるレベルの人物は、ほとんどいない。腰や膝を抜くだけで相手を充分に制することが出来ると考えているからだ。それは、潔い日本人に通用する理屈である。潔くない連中には、身体ごと浮かさなければ功夫の違いを実感させられない。

 

「防御に魔法を使って実験しても良いかい?」

吉田くんは研究する気満々になっている。

 

吉田くんは自分の両足に硬化魔法を発動した。足と地面を一体化した。

 

それを確認して、僕はもう一度同じ技術を披露した。

 

「⁉︎」

 

両足が地面から離れ再びバランスを崩した吉田くんは、非常に驚いた。

 

「魔法が効かない?」

吉田くんがため息をついた。

 

CADは、術者からのサイオンで魔法式を組み上げて再び術者に送り返す。術者の身体の状態が極端に変化するとサイオンが身体を流れにくくなって魔法の事象改変力が極端に落ちる。

 

「確かにそうだけど、身体の状態が極端に変化したとは思えなかったよ?」

吉田くんは僕の説明に納得が行かなかったらしい。

 

そもそも、現代魔法は自然現象の全てを改変していない。サイオンやエイドスに代表されるように現象の情報だけを魔法師が書き換えて、その新たな情報に従って自然現象が状態を変えてしまう。自然は寛容だから、だいたい情報が変わっていればそれに合わしてくれる。

 

なので!自然の根源を前面に出した技術には現代魔法は事象改変力を発揮しづらくなる。現代魔法では、自然の根源の情報を書き換える技術が発見されてないからだ。

 

「理屈は、何となくわかった。ただ、君や君の門派が凄いのははっきりと理解できたよ。もしかして、秘密結社?」

 

僕は、携帯端末にとある座禅のHPを表示した。

 

「これが、君のやっている座禅かい?秘密でも何でもないんだ」

 

高野山だって、真言密教だと名乗っているし代表者の座主を普通に公表しているけどね。

 

「そう言われれば、そうだけど」

 

「幹比古!両腕を掴んで」

少佐が突然叫んだ。

 

吉田くんが、あまり気乗りしない表情を浮かべて彼女の両腕を掴んだ。少佐が、太極拳の立禅の姿勢のまま身体を回転させた。

 

「ええっ⁇」

吉田くんの踵が浮いた。

 

「摩耶さん!いつの間に?どうして」

 

吉田くんは、少佐を襲わんばかりの勢いで彼女に迫る。

 

合意の上で、やんごとなきこといたすのなら僕は席を外すけど?

 

「ごめん!」

吉田くんは、自分の行動が誤解を招くものだと気づいた。

 

「もう、幹比古くんって強引なんだから」

 

「からかわないで下さい!摩耶さん‼︎」

 

「エ━━━━ッ?冗談だったのか!」

 

「師匠!君もいい加減にしてくれ」

 

              ◇◇◇

 

 少佐と吉田くんの夫婦漫才は終わりそうになかったので、途中でぶった切って会場に戻ってきた。去り際に「早く強くなりたいからって太陽光に当たり過ぎるのは良くない。特に午後はお勧めしない」と吉田くんにアドバイスしたら、驚いていた。図星だったのだろう。

 

ただ、吉田くんはこれで是が非でも『水晶眼』を手に入れんとするようになる。少佐もまんざらでもなさそうなので構わないだろう。そう言えば、柴田さんも水晶眼だった。まぁ、いいか。恋愛に理由は重要ではないし、当人達も満更でもなさそうだし。

 

 さて、ミラージバットだ。それにしても、森崎くん達の事故があったあととは思えないほど光井さんと里美さんは冷静だ。司波くんがいつもと同じように冷静なのは、予想通りだったが。

 

一高選手の冷静さ、もっと言ってしまえば女子一高選手の冷静さは、司波くんへの彼女達の依存の賜物だ。しかし、司波くんが冷静さを失った時に彼女達はどうするつもりなのだろう?僕が心配しても仕方ないことではあるが。

 

一方、他校の選手やチームスタッフは明らかに冷静さを失っている。司波くんや光井さんをあからさまに警戒し過ぎているのだ。意外なのは、司波くんはその敵意を感じていながら無視しているが、光井さんは全然感じてない様子だ。彼女は、自分の興味のあるものしか見てないタイプらしい。(彼女の血筋なのか?それとも光学系魔法師の宿命か?)どんなに鈍いやつでも、彼女が司波くんに惚れているのをすぐにわかるだろう。それくらい光井さんは、司波くんへ好き好きオーラを出しまくっている。

 

くどいと思われるが、ミラージバットは全力でダッシュを繰り返す様なスタミナ勝負の側面が強い競技だ。無理は禁物だし、無駄な事をしている余裕はない。相手選手やエンジニアを警戒するのは無駄で、そんな事よりも自分の精神的肉体的な体力温存に努めるべきだ。

 

まあ、他校の選手やスタッフが司波くんと光井さんを警戒するように仕向けたのは僕自身でもあるが。

 

ミラージバットの第1ピリオドが始まった。

 

何も映し出されてない空に向かって光井さんが飛び上がる。遅れて他校の選手。予選で、光井さんのロケットスタートは披露されている。他校の選手も、魔法による事象改変の前兆を見逃さんとして空を凝視しているが、今回も光井さんに遅れを取ってしまう。

 

まだ、他校の選手もスタッフも光井さんのロケットスタートの秘密に気付いてない。彼女は、10メートルの上空にホログラム球体を映し出す投光器も視ているのだ。投光器の通電状態の変化を確認して球体が映し出されるタイミングを他校の選手に先んじて察知しその上で、上空に現れる魔法による事象改変の予兆を視て飛び上がっている。

 

 彼女は、バトルボードでスターターの引き金を引く指を視てロケットスタートを決めていた。今回もそれと似た方法だ。

 

そんなことが可能なのか?可能だ。

 

 実際に行っていた人物がいたのだ。

 

『清水:はい。会場でそういった間合いや空気感をつくろうとしていましたね。そして感覚を最大限に研ぎ澄ませる。ピストルの音を聞いて反応するのではなく、その前のピストルの引き金を引く音を聞きとってスタートするんだという意識でいました。このレベルまでいくと、聞くというよりは感じるといったほうがいいかもしれませんが。』

 

清水宏保は、日本のスピードスケート選手で、長野オリンピックで金メダル1個、銅メダル1個、ソルトレイクシティオリンピックで銀メダルを獲得している伝説的な存在だ。(その後の転落人生まで含めて。)

 伝説なのは、彼の行っていたロケットスタートをそれ以後誰も出来なかったからだ。

 


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