意識が高すぎて魔法科高校に入学したが劣等生だった。 作:嵐電
紅白のクレーが宙を舞う。北山さんの破壊すべきクレーは紅。その紅に塗られた三つのクレーが軌道を曲げ、有効エリアの中央に集まって衝突し、砕け散った。
「移動系?収束系?」
少佐が首をひねる。
今度は有効エリアの奥を飛び去ろうとしていた紅のクレーがエリア中央に吸い寄せられて砕け散った。
「今のは予選で使った魔法よね?」
「そうです。収束系魔法と振動系魔法の連続発動だと思います」
白いクレーは二つずつ、衝突によって破壊されている。対戦相手の二高選手(つまり河村美波さん)が採用している戦法は、移動系魔法により標的のクレー自体を弾丸として、他の標的にぶつけるオーソドックスなものだ。オーソドックスであるが故に、有効性が過去の実績により立証されている戦法。
だが先程から、エリア中央付近で白は頻繁に的を外している。外縁部ではほとんど命中させているから、美波ちゃんの技術的な未熟の所為というより中央部における紅色のクレーの密度を高める収束系魔法の影響で、白のクレーが中央部からはじき出されている為だ。
より具体的には、得点有効エリアをすっぽり覆ってなお余る二十メートル四方の空間を「中央部に近づくほど紅色のクレーの密度が高い空間 」に改変する魔法を北山さんは発動している。空間の体積は巨大だが、同時に飛んでいるクレーの総数が少ないので彼女の負担はそれ程でもない。
改変の対象は空間そのものではなく、その空間内に存在するクレーの分布だからだ。紅のクレーは魔法式による情報改変によってエリアの中央部へ引き寄せられ、白のクレーは中央部を横切る軌道から外される。
美波ちゃんが直接干渉しているクレーはこの副次的な干渉の影響を受けないが、彼女がぶつけようとしている「的」の側のクレーは、彼女の魔法によるコントロールを受けているわけではないので、北山さんの魔法の影響により軌道が変わって、その結果、白が的を外すという現象が起こっているのだ。
「でも、最後の振動系が発動したり発動しなかったりしているのは凄いわ!」
さすがは少佐、目の付け所が違う。
北山さんは複数の標的が集まった場合、そのまま中心部で衝突させて壊している。飛翔中の紅色のクレーが一つだけの場合に限って、振動系の破砕魔法を行使させている。一つの魔法として構成されているなら、振動系魔法で標的を破壊するという最終工程が、発動したり発動しなかったりするのは本来あり得ない。
しかし、あれは特化型ではなく、汎用型CADだ。そんなのありえない!と思われるかも知れない。汎用型CADと特化型CADは、ハードもOSもアーキテクチャからして違うものだから。そして照準補助装置は、特化型のアーキテクチャに合わせて作られているサブシステムだ。汎用型CADの本体と照準補助装置をつなぐことなんて技術的に不可能とされている。
「ドイツで一年前に発表されたと聞いたけど… 」
少佐は、一体誰からそう聞いたのだろうか?
「一年前なんて、ほとんど最新技術ですね」
僕は、無難な返答をしておいた。
「この程度のことで驚かないほうが良いみたいよ。もっとすごい最新技術を司波くんは用意してるらしいの」
僕は、司波くんの凄い技術より少佐がどうやってそれを聞いたのかが気になる。今後もバレないようにして欲しい。
正直、予選の戦い方を見て美波ちゃんが北山さんに勝つ可能性はゼロだと思った。
北山さんは領域内に存在する固形物に振動波を与える魔法で標的を砕いていた。内部に疎密波を発生させることで、固形物は部分的な膨張と収縮を繰り返して風化する。より正確には、得点有効エリア内にいくつか震源を設定して、固形物に振動波を与える仮想的な波動を発生させていた。
魔法で直接に標的そのものを振動させるのではなく、標的に振動波を与える事象改変の領域を作り出していた。震源から球形に広がった波動に標的が触れると、仮想的な振動波が標的内部で現実の振動波になって標的を崩壊させるという仕組みだ。その結果、一つも撃ち損じせずにパーフェクトスコアをたたき出した。
それだけではない。
北山・司波チームは予選とトーナメントで作戦もCADも変えて来たのだ!しかも、汎用型に照準補助装置がつながっていた。
河村さんは、平気なフリをしていたがアシスタントエンジニアの今彼氏の動揺は遠くから見ても明らかだった。
最後の二つは、「能動空中機雷」を使うまでもなく、ループキャストされた収束魔法で砕け散った。「パーフェクト」自分の成績を口に出して確認し、北山さんは勝利の笑みを浮かべた。少しユニークな性格な方だ。
その場に崩れ落ちる河村さん。茫然自失している彼氏。これは、あとでフォローしたほうが良いかも知れない。
河村さんが、ポケットから携帯端末を取り出した。何するつもり?
僕の端末に着信した。
「この子に勝つ方法を教えて!」
「了解」
彼女は僕の返事を聞くか聞かないかのタイミングで回線を切ってしまった。ちなみにこの子とは北山さんを指している。河村さんは、落ち込んではいなかった。
少佐が驚いていた。
「あの子、あなたの方を睨んでいたわ。フィールド内から観客スタンドのあなたを見つけられるはずがないのに」
言われてみれば、それは凄いことだ。でも、僕が感心したのは別のことだ。
河村さんには、落ち込んだりガッカリした時はその場ですぐに立ち上がれ!と教えた。自分を落ち込んだままにしておくのは心を弱くするからだ。彼女は、今そのアドバイスを実践してくれた。教え甲斐がある子なのだ。それだけ上昇志向の傾きが大きい。
申し訳ないが、今の彼氏とは長く続かないだろう。彼は、試合終了と同時にその場に崩れた河村さんを助け起こす役割を果たせなかった。というか今尚フリーズしている。彼氏としてもアシスタントエンジニアとしても合格点はもらえてない。
今後も、河村さんは己の道を突き進んで行くだろう。その彼女が満足する男性が果たして現れるのか?僕が心配しても仕方ないが。
「師匠が、女の子の心配をするなんて珍しいね」
少佐がほんの少し皮肉を込めた。
「僕は、女の子にはかなり優しいと思うよ」
「ふ〜ん」
◇◇◇
新人戦の観客は本戦に比べて少ない。そこで、僕等は会場のレストランで昼食を取ることにした。予想通り、混雑してなかった。
それは良かったのだが…
「悔しい〜!」
河村美波さんが同席している。その行動の早さに少佐も呆れている。もう来年のリベンジを考えているのだろうか?
女子スピードシューティングは、一高の三人が一位から三位までを独占した。確かに北山さんも明智さんも滝川さんも良く頑張った。優勝した北山さんの魔法力は卓越していた。あれなら優勝するのも納得できる。だが他の二人は、それほど飛び抜けて優れているという感じは受けなかった。それと北山さんもパーフェクトをトーナメントで叩き出す魔法力があったとは思えない。と美波ちゃんは、早口にまくし立てた。
随分、冷静に状況を分析している。だったら、競技を終えた直後に自分の彼氏を放置してライバル校の学生と話し込むのは少し考えたほうが良いぞ。
「そうだよ。エンジニアの差だよ」
僕が種明した。北山さんをアシストした司波達也くんの技術が卓越していたのだ。彼は、北山さん以外の二人のアシスタントエンジニアでもあった。一高が上位独占したのは、彼の功績と言っても過言ではない。
「特に北山さんの魔法については 、大学の方から 『インデックス』に正式採用するかもしれないと打診が来ているそうよ」
少佐が情報を追加した。
「だったら、仕方ないね。でも!」
河村さんは語気を強めた。
「それでも、来年は必ず勝つ!」
彼氏の前では見せられない顔だな。迫力があり過ぎる。
「だから、河原くんも協力してね」
さすがの河村さんも、他校の先輩の目の前で「あんた!人生相談よ。協力しなさい‼︎」とは言えなかったようだ。冷静なところもある。
「いいよ。いつでも河村さんなら大歓迎さ」
と僕が言うと少佐がわずかに表情を固くした。
「じゃあ、私もお願いするわ!」
早速、少佐も参戦してきた。
「いいよ。少佐ならいつでも大歓迎さ」
と僕が言うと今度は河村さんがかなり表情を固くした。
「お願い!仲良くして」とは全く思わなかった。寝なければ、この人間関係は崩れないからだ。
「じゃあ。私、もう戻るから」
河村さんは席を立った。
「それと、あんた達、なんで見張られてるの?まあ、いいけど」
と言って去って行った。
僕も少佐も呆れてしまった。
「師匠。河村さんをスカウトしても良い?」
「本人の了解が有れば」