意識が高すぎて魔法科高校に入学したが劣等生だった。   作:嵐電

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サブタイトル変更しました。


九校戦編9

観客席が静まり返った。

 

あ。まずい。直近の未来がハッキリわかる。渡辺委員長の守護神が助けを求めている。

 

二回目のブザー。スタートが告げられた。先頭に躍り出たのは委員長。予選とは違い 、背後に二番手がピッタリついている。続いて三番手。

 

「摩耶、俺の身体を守ってくれ」

僕は何の脈絡もなく少佐に厳命した。

少佐は、目を丸くしたが非常事態をわかってくれたようだ。

 

激しく波立つ水面は 、二人が魔法を撃ち合っている証だ。普通ならば先を行く委員長の方が引き波の相乗効果で有利だが、七高選手は巧みなボードさばきで魔法の不利を補っている。さすが海の七高と言ったところだ。

 

スタンド前の長い蛇行ゾ ーンを過ぎ、ほとんど差がつかぬまま、鋭角コーナーに差し掛かる。ここを過ぎれば、スタンドからはブラインド。スクリーンによる観戦になるが、僕には全体が見えている。いや、全体を見ている僕も存在している。

 

何もしなければここで大惨事となる。有力魔法師候補の二人の未来は無くなる。

 

僕は、主な意識を真我に移行。渡辺摩利の心に一体化する。

 

観客席から聞こえた悲鳴。七高選手が大きく体勢を崩している。「オーバースピード !?」誰かが叫んでいた。

 

渡辺摩利の感覚を感じられる。しかし、同時に周りの状況もわかる。

 

ボードは水をつかんでいない。飛ぶように水面を滑る七高選手は、そのままフェンスに突っ込むしかない。前に、誰もいなければ。彼女が突っ込むその先には、減速を終えて次の加速を始めたばかりの摩利がいた。摩利はフェンスに身体を向けている。

 

背後から突っ込んで来る七高選手に気づかせる。

 

彼女は、背後から迫る気配に気づき、肩越しに振り返った 。そこからの反応は、見事の一言に尽きた。彼女の守護神はさすがだ。

 

前方への加速をキャンセルし、水平方向の回転加速に切替。水路壁から反射してくる波も利用して、魔法と体さばきの複合でボ ードを半転させる。

 

暴走している七高選手を受け止めるべく、新たに二つの魔法をマルチキャスト。突っ込んでくるボ ードを弾き飛ばす為の移動魔法と、相手を受け止めた衝撃で自分がフェンスへ飛ばされないようにする為の加重系・慣性中和魔法。

 

「余計な事をせずに回避すべき」

別の僕が囁く。

 

本来なら、そのまま事故を回避できただろう。不意に水面が、沈み込んだりしなければ。小さな変化だった。だが、ただでさえ百八十度ターンという高等技術を駆使した後だ。

 

摩利はサーフィン上級者というわけではなく、ただその優れた魔法・体術複合能力により無理に行った体勢変更は、突如浮力が失われたことにより、大きく崩れた。

 

彼女の意識が薄れる。動揺が全身に拡がる。「己の守護神を今こそ頼れ!」と別の僕が主張しているが今は無理。

 

その所為で、魔法の発動にズレが生じる。彼女の足下を刈り取ろうとしていたボ ードを、側方へ弾き飛ばすことには成功した。だが、慣性中和魔法が発動するより早く、足場を失った七高選手が摩利に衝突した。

 

時間の流れが更に遅くなる。僕が摩利の身体で七高選手を優しく抱える。魔法発動は無理。間に合わない。筋肉の緊張をとり運動の急激な変化に備える。衝突と同時に暗勁を使用する。

 

そのまま、もつれ合うようにフェンスへ飛ばされる二人。

 

意により暗勁発動。

 

大きな悲鳴がいくつも上がった。

 

レース中断の旗が振られる。

 

摩利の身体全体に心を巡らす。肋骨が折れたようだが内臓は無事だ。背骨も折れてない。

 

達也が人の密集するスタンドを、手品のようにすり抜けながら駆け下りて来た。王子様の登場だ。

 

ミッション・コンプリート。

 

◇◇◇

 

目を覚ますと少佐が目を剥いていた。瞳孔が開き、眼底が光を反射している。眼から虹色の光が漏れている。プシオンまで視える水晶眼で一部始終を視ていたのだろう。

 

「どうなっている?」

 

「司波くんが、真っ先に駆け付けて応急処置をしているわ」

 

「じゃあ、二人とも無事だったようだね」

 

「ちょっと待って……二人とも無事だったようよ」

 

少佐は、部下に大会役員達の無線交信を傍受させているらしい。

 

「そんなことより、師匠!あんなのができるなら、呪サ」

 

僕は、少佐の唇に僕の人差し指を当てた。

 

「禁則事項です」

 

念の為、

 

この私小説は、フィクションです。実在する個人・団体・事象には一切の関係はございません。

 

「そんなことより、少佐。渡辺風紀委員長に賭けてましたね?」

 

「ふへッ?!」

 

◇◇◇

 

旧吉田家は、新宗教が登場した江戸時代から昭和時代の間に成長した古式魔法師集団である。もともとは、他の新宗教と同じく宗教法人的要素が強かったが、代を重ねるごとに先鋭化してゆき修行集団となって行った。

 

修行に専念し続けるには、修行者達を食わせるお金が必要になる。修行者は、働く時間を惜しんで修行するからだ。普通の宗教団体は、一般の信徒が彼等を養う。ところが、あまりに先鋭化した修行集団となれば布教する時間も意欲もなくなり一般信徒からのお布施で修行集団を養う事ができない。そこで、吉田家はその霊力を使って独自のビジネスを始めた。

 

平たく言えば、投資だ。あるいは、コンサルタントだ。ぶっちゃけると賭事だ。

 

「で、九校戦の本命のオッズが高いのに目をつけたわけだ」

 

✳︎オッズ(odds)は、確率論で確率を示す数値。ギャンブルなどで見込みを示す方法として古くから使われてきた。

 

「特に、渡辺さんのバトルボードは七高選手がライバルとしてもオッズが高かったの」

 

「服部副会長のオッズも?」

 

「彼のもそう」

 

「でも、副会長は優勝間違いなしとでは言えないでしょう」

 

「ええ、だから彼は複勝で」

 

✳︎最も的中しやすく、最もオッズが低い複勝とは、出走頭数が5頭以上いるレースに発売される馬番号を1点選ぶ馬券で、出走頭数が5〜7頭は1着・2着。 出走頭数が8頭以上の場合は1着〜3着までが的中となる馬券です。 複勝は最も的中しやすく、最もオッズが低くなりやすい馬券と言われています。ちなみにこれは競馬の話。言うまでもなく。

 

少佐達の修行の成果は、賭博にも使われるようだ。それを僕は責めはしないが、未成年の賭事は日本では禁止されています。

 

「だから、予想するだけ」

少佐は、はにかんで見せた。

 

これで、少佐が九校戦に入れ込む動機がわかった。特に一部の選手は、絶対勝たせようとするのも納得できた。

 

「ところで、一高の優勝オッズも高い?」

 

少佐は、少し間を置いて答えた。

 

「ええ、一高の三連覇間違い無しの前評判の割にオッズが高いわ」

 

「なるほど」

 

「何が、わかったの?」

 

「本命の割にオッズが高い選手、特に一高選手を中心に調べて欲しい。それとノーヘッドドラゴンがノミ行為をしてないかも調べて欲しい」

 

✳︎ノミ屋(ノミや)とは、日本に於ける公営競技などを利用して私設の投票所を開設している者のことである。また、その行為を「ノミ(呑み)行為」と言う。

 

◇◇◇

 

「女子バトルボードで七高は危険走行で失格。決勝は三高と九高。三位決定戦は一高と二高。小早川さんは、逆境を糧にするタイプだから三位は取れると思う」

 

「オッズは?」

 

「本命の二人が、棄権と失格で混乱しているわ」

 

「女子バトルボードにもう邪魔は入りそうにないな」

 

「小早川さんは、本命ではないし。男子バトルボードは、範蔵くんが決勝進出。男子ピラーズ・ブレイクは十文字くんが決勝リーグ進出。女子ピラーズ・ブレイクも千代田さんが決勝リーグ進出ね」

 

「オッズは?」

 

「大本命の十文字くんのオッズは、評判通り低いわ。千代田さんもね」

 

「仕掛けて来ないつもりなのかな」

僕は、何か引っかかる。どうせやるのなら、七草会長や十文字会頭や千代田さんの出場する種目に妨害工作を仕掛けて大本命を棄権に追い込んだほうが利益が大きくなるはずなのに。しかも、一高への精神的な衝撃も大きくなり一高三連覇を阻止するのにも成功するだろう。

 

 

 

 


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