意識が高すぎて魔法科高校に入学したが劣等生だった。   作:嵐電

24 / 115
九校戦前夜8

似たようなことは百年前から唱えられていた。しかし、具体的にどのような練習をして例えばどのような感覚を覚えるのか公開される事はなかった。

 

書籍では、赤ん坊の首を左右どちらかに向けた画像が紹介されている。赤ん坊の首が向いた方の上肢が自然に曲がりその反対の上肢はピンと伸びている。なんとなく、パーチじゃなかった八極拳の頂肘じゃなかった肘撃ちに似たポーズだ。

 

これが、武術の早さと速さを生み出す。前頭葉で一旦情報処理をしてから動くと一拍遅れる。これが予備動作として攻撃や防御を遅らせているのだ。(これが、接近戦で現代魔法師が遅れを取る理由だ。イメージをした瞬間に前頭葉を緊張させてしまい魔法発動時刻がその分だけ遅れる。正しくは『意念』なのだがこれはイメージと違って前頭葉をあまり緊張させない。一流の魔法師もこれらをほとんど分けておらず、自分なりの感覚でやっている。これが立派な魔法師を育成しづらい原因の一つとなっているのだ。)

 

前ページで書いた膝揉み(?正式な名称は知らない)は、極論すると首から上は正面を向いたままで首から下を左右に向ける。なので頸反射が起きればゆっくりと首から下が左右に自動的に捻れて行く。

 

上手く行くと背骨を支える筋肉が動くのがわかったり背骨の一部が波打つように動くのを自覚できる。任脈や督脈がわかる人はその循環が良くなるのを自覚できるだろう。ただし、この自覚は個人差がかなり有るのであくまでも参考にとどめておいて欲しい。

 

ただ、これだけでは走圏を自動運動では行えない。もう一つ必要な現象がある。眼筋反射だ。正確に言えば、

 

ぜんていどうがんはんしゃ【前庭動眼反射 vestibulo‐ocular reflex】だそうだ。

 

前庭眼反射ともいう。頭が動いたときにこれと反対方向に眼球を動かして網膜に映る外界の像のぶれを防ぎ,頭が動いているときにものが見えにくくならぬように働く一種の反射である。内耳中の前庭器官が頭の動きを検出して神経信号を発射すると,これが前庭神経を介して延髄に送られ,前庭核で中継された後,眼球を動かす外眼筋の運動ニューロンへと伝えられる。前庭核内の中継ニューロンには興奮性と抑制性の2種類があり,一つの筋肉が収縮すると同時にこれと拮抗する筋肉が弛緩して眼球が一方向に動く仕組みになっている。

 

走圏で円を描くように歩くと眼前に映る景色は運動とは反対方向に動くように見える。この時、リラックスして動く景色を眺めておれば目線は、動く景色の方向に動こうとする。その時、頸椎まで弛んでおれば目線が動こうとする方向と逆方向に首から下が動く。実際は、足が自然に流れる景色と反対方向に動こうとする。

 

面白い事に走圏を練習して自然に歩が進むようになった者は、そうでない者の動き、特に走圏を見ると違和感を覚える。「この人は八卦掌の功夫ではないな」等とわかる。

 

この身体を作るのに五年程度かかると言われている。ただ、現代魔法師の卵達が取り組むのだから、サイオンが多量に循環する身体になるまで三年もあれば充分ではないだろうか?

 

「こういうのもある」

長岡さんが、棒立ちのままでわずかに片方の膝を曲げて膝揉みと同じ練習の見本を示してくれた。

 

◇◇◇

 

試験も済んだしもう直ぐ夏休みだ。我が軽妙小説研究部は、夏休みに特別なイベントを企画したりはしていない。いわゆる、学園物に有りがちな「水着回」と揶揄されるようなものはない。女性の水着姿が見たい方は、最寄りの海水浴場やプールに行くのが良いだろう。

 

夏休みは、ゆっくりと研究にあてたい。と僕は漠然と考えていた。形骸化したとはいえノーベル賞の二、三個取れるくらいのアイディアを出してある程度形にしておきたい。そんな時に不意に着信があった。誰からかは、わかっていた。よほどいい事があったのだろう。

 

「選ばれたよ!」

河村さんだ。

 

「何に?ミス二校とか?」

ボケながら美波ちゃんを褒める。

 

「ゔぁか!九校戦に決まってるじゃない!」

嬉しそうだ。悪態を吐いているが。

 

「おめでとうございます」

 

「なんか、リアクション薄いわね」

 

「いや、ちょー嬉しいよ。まるで自分の事みたいに喜んでます。さすが、河村さん。東中の誇りだね!」

 

「全然、心がこもってないんですけど〜」

美波ちゃんは、機嫌が良い。九校戦に選ばれただけでなく彼氏と上手く行っているのだろう。なので、今回は褒めまくるのは控え目にしておいた。

 

「あんたはどうなの?」

 

「僕は全く無関係」

と、昨晩答えたばかりだった。しかし、

 

「夏休み特別企画です」

担当さんからの連絡だ。音声回線を使うとは珍しい。

 

「九校戦観戦記を企画しました。先生には、九校戦を現地で観戦して頂きます」

 

出版社は、新たな企画としてスポーツノンフィクションでも始めようとしているのだろうか?Numberみたいな。

 

「それは構いませんが、僕は選手にもスタッフにも選ばれてないし風紀委員でもないので単なるスタンド観戦しかできません。いわゆる『密着取材』はできませんがそれでも構わないのですか?」

 

「いえ、『報道』として正式に参加して頂きます」

 

どうやら、九校戦も何かトラブルが予想されているようだ。僕に内部に入り込んで欲しいと言うのだから。

 

なんか面倒だな。うまく断る方法はないかな。

 

「特別ボーナスが出ます」

 

「喜んで『九校戦密着観戦記』を書かせて頂きます」

 

◇◇◇

 

早速、部員に九校戦について尋ねてみた。まずは『九校戦前夜』だ。

 

「九校戦って面白いの?」

長岡さんに訊いた僕が愚かでした。

 

「光井さんと北山さんが代表に選ばれたよ!」

と涼野さんが教えてくれた。しかし、その後の会話が続かない。あまり興味がない本音が良く現れている。

 

「メンバーに選ばれただけでA評価。長期休暇と課題免除。試合で活躍すればその分成績に加算されるそうよ」

朝田さんは、とても現実的だった。事前に教えてくれれば、僕は報酬欲しさに選抜されるように頑張ったかも知れない。

 

「司波くんが選ばれるかも知れない」

白石くんが、情報ソースを明かさないで教えてくれた。すごい情報だ。

 

しかし、これでは金子達仁の『決戦前夜』みたいな話はかけない。山際淳司『江夏の21球』には、全く届かない。

 

これは、非常にまずい。と頭を抱えていた。そんな時にとあるクラスメイトから僕は声を掛けられた。

 

「師匠。ちょっと良いか?」

 

「何?」

愛想よく返事をした僕だったが、彼の名前が思い出せない。クラスメイトは25人しかいないのだが全員の名前は覚えてなかった。100年前の我国では1クラス40名のクラスメイトがいたそうだ。昔の人は記憶力がきっとよかったのだろう。

 

「実は頼みがあるんだ」

名無し(仮名)は、真剣に語り始めた。突き詰めると

 

『1ーAの女子と仲良くなりたい』だった。司波くんに頼めよとか、魔法でなんとかしろよと言ってやろうかと思い「僕らは『奉仕部』でも『万事屋』でもない」と言おうとした。しかし、名無しくんの話をもう少し聞いてみると『1一Aの男子と仲良くなりたい』女子の希望もあり、特にあの森崎くんと仲良くなりたい希望まであると知って興味が湧いて来た。

 

女子にチヤホヤされて、どこまであのストイックな生き方を森崎くんは貫けるのか?

 

これって何かのイベントになる!そう感じた僕は、名無しくんの頼みを真面目に聞く事にした。ただ、その前に一応聞いてみた。

 

「司波くんには、頼んでみた?」

 

「それは、ちょっと…」

 

「言いづらいの?」

 

「まぁ、そうだな」

 

「よし。先ずはそこから始めよう!」

 

「?」

 

「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ!」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。