意識が高すぎて魔法科高校に入学したが劣等生だった。   作:嵐電

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九校戦前夜7

「まだ、生きているのだろう?」

最初の一言が肝心だ。

 

そう言われて、朝田さんは驚いた様子だ。

「ええ」

彼女は小さく返事をした。

 

これで、だいたいわかった。彼女が僕が受けた不当な採点だけで、その採点官を探り出し殺意を抱く事はない。過去に彼女の大切な人が僕と同じ目にあったのだろう。同じ採点官に。

 

「兄は、天才と言われていたの」

 

「だったら、今も天才だ。今、どこに彼が居ようとそれは関係ない」

 

朝田さんの話によると、彼女の尊敬する兄さんも試験の際かなり独創的な解答を作り大減点された。真面目な性格の彼は抗議したが受け入れられなかったそうだ。

 

その次の試験でもケチをつけられて、再び抗議。同じ様に却下され頭に来た彼はその場で採点官に魔法で攻撃してしまった。その時に採点官に反撃されて彼は重症を負わされた。採点官は学校から厳重注意だけ。(おそらく事件を表沙汰にしたくなかったからだろう。)一方、朝田さんのお兄さんは、「自主退学」させられ魔法力も失ったそうだ。

 

「あなたや長岡さんが本当に羨ましい」

朝田さんは、その理由を口にしなかった。

 

「天才が普通の人になったり、魔法師の卵が魔法力を完全に失ったりしない。大器晩成型にシフトしただけだ」

 

「あなたは本当に優しいのね」

 

「神見習いだから」

 

彼女がクスッと笑った。いや、本当のことなんだけど…まぁ、いいか。

 

「そのまま、じっとしておいて」

彼女はそう言って向かいに座る僕に抱き付いた。

 

「汗臭くない?」

 

「ええ、すこし目にしみるわ」

彼女は音を立てずに泣いた。

 

ぞぞぞぞぞぞぞぞ。

 

僕の右視界から、長岡さんが現れて来た。今回は完璧にこの世に存在してなかった。彼女はそのまま僕の視界を横切り左視界に消えて行った。

 

と、思ったらすぐに右視界から現れた。これには驚いた。その瞬間に姿を消した。

 

長岡さんなりの励ましだったのだろう。あまりに行動が突拍子もないが。

 

「朝田さんが、お兄さんを天才に戻してあげたらいい」

 

彼女は、うつぶせたまま答えた。

「いつになったら、できるかしら?」

 

「できるようになるまで、教えるから」

 

「そう。だったら大学生になっても教えてくれる?」

 

「うん。月5000円で」

 

「学割は利くかしら」

 

「朝田さんなら、たくさん勉強してもらいますよ!」

 

「ありがと」

彼女は、ようやく顔をあげた。涙と汗でぐちゃぐちゃになっていたが晴れやかだった。

 

             ◇◇◇

 

エガリテのような組織を学校内に作りあげるには、外部からの支援だけでは困難だ。たとえ、学校側がそのような組織を野放しにしていたとしてもだ。

 

特に優秀な一科生を引き入れる為には、学内で差別を糾弾するだけでは難しい。あまり優秀でない二科生をたくさん入れても効果は半減だろう。

 

今回、僕や司波くんに絡んで来た採点官はエガリテのような組織が望む「優秀な学生」を組織に自然と取り込んで行く工作員の一人だと僕は考えている。

 

採点などを理由に狙った学生に何癖をつけてストレスを与える。精神的に弱らせてエガリテのような組織に頼る自然な流れを作っているのだろう。今回、司波くん達がエガリテどころかその上のブランシュまで物理的に潰してしまったのでこの自然な流れは途絶えてしまった。

 

工作員は身の危険を感じ司波くんに転校を勧めたり、正体を暴露しそうな僕を潰そうと焦ったのだろう。司波くんは工作員を処理するかどうかわからないが、僕はすでに彼の氏名を暴露している。当然、暴露だけで済ますつもりはない。

 

そのために、部室の端末で刑事告訴状を作成している。罪状は名誉毀損と偽計業務妨害と外患罪等だ。

 

「他のはわかるけど、偽計業務妨害は何なの?」

涼野さんが尋ねる。

 

「僕は、学生がアルバイトをしていると言うより、社員が出版社との雇用契約によって学校に通わせてもらっているのが実情なんだ。なので、留年したり退学したりすれば雇用契約破棄つまり、クビを覚悟しなければならない」

 

「それって、大変じゃない!」

涼野さんが心配している。

 

「しかも、今住んでいる社員寮も追い出されるかも知れない」

 

「え〜〜っ!」

涼野さんが驚いている。

 

「しかも、名前も変わる」

 

「出版社を解雇されたら、お父さんとお母さんが離婚しちゃうの?」

 

「いや、今名乗っているのはペンネームなんだ」

 

「「「「えええ〜〜!!!」」」

全員、驚いた。

 

 小学生の時に僕はやらかした為、中学校からペンネームを使用している。なので保護者の名前は担当さんだ。学校への提出書類もそうしている。

 

「『河原真知』って本名じゃなかったの!?」

さすがに朝田さんも驚いている。

 

「それは、阪急京都線の駅名『河原町』から拝借したものだよ」

『かわらまち』に『河原真知』と当てただけだ。夜露死苦みたいなものだ。

 

「師匠くんは一体何をやらかしたの?」

こういう質問をさらりとできるのは涼野さんのキャラクターによるものだ。

 

「詳しくは言えないけど、狙われるようになったからこの名前をずっと使っているよ」

 

 長岡さんが、したり顔になっている。やらかしておいて本名で開き直って普通に生活している彼女の精神構造は凄い。さすがに故郷から出なければならなくなったようだけど。

 

 あれっ? そうだ。今気付いた。

 

 本名でなくても普通に生活できる。それは、僕以外の人にも当てはまる。苗字に数字が入って、その上に凄い魔法力発揮すると十師族だと公言しているようなものだ。場合によっては命を狙われる。特に一部のナンバーズは、当主候補等の要人に、ガーディアン(守護者)を付けて護衛している。

 

 これは、四葉だけだったかな?

 

「しかも、どちらが先に発表したかなんて少し調べればわかるのにその採点官は怠った。なので教員としての資質も問われる。刑事告訴だけでなく教育委員会に懲戒請求も場合によっては送りつけるつもりだよ」

 

これで良し、あとは電子署名をするだけだ。

 

そこで、一旦保存。24時間データをそのままにした。学校側の出方を見たのだ。

 

一日経ったが、学校側から待ったはかからなかった。部室の端末内のデータはそのままだった。誰が覗いたかは僕の知ったことではない。ただ、覗いた者はおそらく当局に調査されていると覚悟した方が良いだろう。

 

部員達の前で、最終チェックを終えてから電子署名をして東京地検特捜部に送信した。

 

受理されるかどうかは、わからない。二ヵ月もすれば明らかになる。もし、受理されないで返房されれば、新たに懲戒請求する。

 

 再び、何もなければテロリスト情報として国際刑事警察機構や国連安保理テロ委員会にも情報提供するつもりだ。

 

◇◇◇

 

長岡さんが見本を見せている。八卦掌の準備運動らしい。肩幅程度に両足を開いて両膝を引っ付けてその上に手を添える。片方の膝を上下に動かす。両膝を引っ付けたままで。(文章で表現してもわかりにくい。動画を発売しようかな。)

 

「老師、どれくらいこれはすれば良いのですか?」

白石くんは、すっかり長岡さんの弟子している。きっと強くなるよ。

 

「30分くらい」

 

「・・・・・」

白石くんが無口になった。

 

中国武術は、基本功や準備運動が大きなカギとなる。これで身体を作って行かないと型はいつまで経っても単なる体操止まりとなる。

 

 では、具体的にどのような身体になれば良いのか?

 

 自動運動する身体になれば良いだけだ。

 

 さらに、科学的に表現すると当面の目標は『頸反射を意図的に起こせる身体』だ。

 

 

 

 




頸反射についてはネットで調べるととてもわかりやすい説明がたくさんあると思います。

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