意識が高すぎて魔法科高校に入学したが劣等生だった。 作:嵐電
背後に気配が生じた。殺気がないから安心できるがこれは心臓に悪い。
「長岡さん。何か新しい技術を開発したの?」
「この世とあの世の中間に居ただけ」
どうやら、以前から出来る技術に磨きをかけたらしい。イデアの次元でエイドスに何も情報を持たせない様にしたままで動き回ったのだろう。平たく言えば『空』のままで歩き回っていただけだ。
「何か用事?」
「数学を教えて欲しい。虚数って何?」
彼女は単刀直入な性格だった。
「虚数は、単なる数学の道具だよ。ただ、偉大な思い付きは必ずと言って良いほどより高い次元の何かを参考にしているから虚数も元は『この世に対するあの世のエネルギーを表す数直線』と言っても良いかも知れない」
「死のエネルギーがとても大きいと数式で表せる?」
そこまでは考えた事がなかった。そこで、ノートに運動量p=mv、M=m/√1-v²/c²、等ととりあえず書き出してみた。
「速く動くと年を取らないってやつ?」
長岡さんは、T=t/√1-v²/c²を指差している。
「そうとも言うね」
と僕は答えたものの、彼女はよほど興味があるのか妙に身体を寄せてくるのが気になる。僕と長岡さんの物理的距離が縮まる。
L=l/√1-v²/c²に意識が向いた途端に、閃いた。
「vは、速度だ。普通なら光速に近くなるくらい速く動かないと質量が大きくなったり、時間を長くしたり、距離が長くなったりはしないよ。でも、vをこの世の速度とあの世の速度をベクトル的に加えたものと考えると話は変わって来る」
僕は、見かけの速度=この世の速度Re+あの世の速度iと書いた。この世の速度を実軸にあの世の速度の方向を虚軸に取った。見かけの速度を複素平面上で書き表しただけだ。
「もし、あの世の速度が大きくなればこの世の速度はそのままでも見かけの速度の大きさは大きくなって光速の大きさとほぼ同じに出来る」
「死のエネルギーが大きくなれば、この世のエネルギーも大きくなるって事?」
僕は、p=mvを指しながらvの大きさが大きくなるとmの大きさも大きくなり、その積である運動量が更に大きくなると説明した。
彼女は微笑んで
「人を殺すのに核は要らない。針一本で充分」
と思わせぶりな事を言って消えた。(僕が、彼女から視線を外した一瞬に彼女は移動し、どこにいるかわからなくなった。)
僕が、一応プロのライターであると部員に以前明かしたところ、一通りみんな驚いていたがその後部員たちに何の変化も見られなかった。ただ、長岡さんだけはネタになりそうな言動が以前より増えた気がする。
ちゃんと書いておきましたよ。長岡さん。でも微エロは要らないと思うよ。この小説ではそいうのは書かないので。(他のペンネームで書いている作品では読者サービスしまくっているけどね。)
僕はもう一度考える。脳を緊張させないように閃きやすい状態を保って。
核、破壊、針一本、再生、死のエネルギー、虚数、独りで可能、見かけの莫大なエネルギー…
複素数の平方根は複素数だから、T=t/√1-v²/c²において分母の平方根がマイナスになるようなvを取るとTはマイナスになる。つまり時間を逆転できる。極端な場合、死んでも生き返る。
どんなに離れていてもL=l/√1-v²/c²が成り立っておれば、分母の平方根をほぼ0にするvをとれば簡単に手が届く。どんな遠距離でも狙撃出来る。
M=m/√1-v²/c²である時、分母の平方根をマイナスにするvを実現すれば見かけの質量はマイナスになり、重力の方向を逆にできる。つまり、自由に空を飛べる。
いずれも、この世の速度とあの世の速度の比率を変えるだけで実現可能になる。
運動量は、p=Mv=(m/√1-v²/c²)から、vを複素平面上で定義できれば無限の+エネルギーも無限の-エネルギーも自由自在に操れる。過剰エネルギーで爆発させるのも、エネルギーを奪って分解したり温度を下げたりも可能だ。
主なパラメータはこの世の速度とあの世の速度の二つしかないのでたった一人の魔法師が、破壊(莫大なエネルギーによるものと、マイナスのエネルギーを加え分解するものとの二種類を含む。)も再生(時間の逆転による)も距離の大きさを問題にせず行えると証明出来た。
◇◇◇
「どうだった?」
「大丈夫?」
部員たちが心配してくれている。僕が教員に学科試験のことで訊問を受けていたからだ。「パクリ」の疑いで。心配してくれてありがとう。白石くん。
魔法科高校の学科試験に魔法理論の記述式テストがある。そこに、ゴールデンウイーク明けに発見した特殊相対性理論を使った高難易度の現代魔法実現の可能性の証明を書いた。
「それのどこが問題なの?」
涼野さんが首をかしげる。
「同じような内容が、MITの現代魔法理論研究所から先日発表されていたそうなんだ」
「それは、いつの話?」
長岡さんに訊かれて部室の端末から発表された日を調べた。僕ではなくて朝田さんが。
「6月11日よ」
「じゃあ、MATがパクリ」
長岡さん、それはモンスターアタックチームです。MITです。マサチューセッツ工科大学ですよ。
長岡さんが、判官筆(ただの、万年筆なのだが彼女がもつと凶器にしか見えない。)を持ち出しそうな雰囲気になっている。でもどこに殴り込むつもりだろう?帰ってしまったウルトラマンの実家?
「『中学で習う特殊相対性理論で数式を弄っただけの代物です。僕は真剣に考えましたが、MITのはアメリカンジョークだと思います』と誤魔化してきたから、大丈夫だよ」
とは言ったものの、部室の雰囲気は重い。そこで、話題を変えた。(本当は誤魔化すどころか、パクリと糾弾され大減点されている。)
「ちなみに、司波くんも呼び出しをくらってたよ」
「知っている!知っている!」
白石くんは本当に空気を読める奴になった。強引な話題転換にすかさず飛びついた。
「実技試験で本気を出してないのかと訊問されたらしい」
白石くん、話題転換に協力してくれたのはありがたいがそれはどこで仕入れてきた情報なんだい?最近、部員も薄々気付いていると僕は思っている。誰も「それ、どこで聞いたの?」と指摘しようとしないのだ。
「確かに、司波くんは魔法理論で学年1位だったのに、理論と実技の総合点では上位二十位に入ってない」
朝田さんは、端末を軽快に捜査して(間違いました!操作して)学内ネットを表示させた。
一位、司波深雪。二位、光井ほのか。三位、北山雫。
全員、司波くんのとりまきだった。ルックスだけでなく成績も良かったのか!
「四位の『じゅうそうそく』って誰よ?」
関西なら「十三」はじゅうそうと読むのが普通だ。それを使った白石くんの渾身のボケだ。
「白石くん、『とみつか』と読むのよ」
涼野さんは、ボケにマジで返答している。白石くん、ご愁傷さまでした。「じゅうさんたば」程度のボケなら涼野さんも突っ込みを入れてくれたかも知れない。
「魔法理論一位と二位は司波くんと司波さんだけど、三位は吉田くん。十七位は、柴田さんで二十位に千葉さんね。E組は理論の成績優秀者を揃えたクラスなのかな?」
二科生の成績優秀者と言わないところに、朝田さんの配慮がうかがえる。いい人だ。その朝田さんが僕を一瞥した。何か言いたそうだ。でも、言わないところが凄い。大人だ。
「師匠くんの名前がどうしてないの?」
涼野さんは、素直で良い子供だった。
「いや~、面目ない。僕はテストは苦手なんだよ」
と言ったものの、長岡さんが白い目でこちらを見ている。(比喩ではなく、黒目が小さくなって白眼の面積が大きくなっているのだ。)僕の心を読まれてしまったようだ。いくら彼女でもMITに殴り込みをしないと思うが。
「えっ!吉田って、いつも悩んでいそうなヤツだよ。あいつ、いつも魔法理論を考えていやがったのか!」
白石くんは、必死になって雰囲気を変えようとしている。彼は、長岡さんの冷たい怒りを感じているのだ。
一台の端末に部員全員が身体を寄り添って画面を見ていたのが仇になった。お互いの感情が皮膚を通して筒向けになってしまう。それだけ、部員の功夫が積みあがっていると喜ぶべきなのだが。
そこで、僕は再び気分を一新するために「吉田幹比古」で検索してみた。
「古式魔法の名門、吉田家の直系。吉田家は、精霊魔法に分類される系統外魔法を伝承する古い家系で、伝統的な修行法を受け継いでいる。」とあった。なんだか、やけに詳しい。
「吉田家の魔法の中核をなす喚起魔法の実力は次期当主である兄を凌ぎ神童と称されるほどだったが、2094年の吉田家「星降ろしの儀」の事故で感覚が狂い本来の魔法力を失う。」
部員一同、顔を見合わせた。いくらなんでもこれは表示しすぎだろう。これでは、プライバシーも特定秘密もあったものではない。ただ、このおかげで気分は一新した。
どうやら、この端末は空気が読める機能がついているようだ。