意識が高すぎて魔法科高校に入学したが劣等生だった。 作:嵐電
『お笑い五人組』(最近、僕を含めた五人組を学生の一部がそのように呼んでいるらしい。しばしば集まって喋って笑っているのだからその通りだ。)で長岡さん中心に八卦掌を練習する運びとなった。目標は『道を得る』六段階ではなく『道に入る』五段階の後半だ。
召喚魔術が出来るレベルと言えば分かり易いだろう。
「長岡さん、何から教えるつもり?」
第一回目の打ち合わせを長岡さんと僕はしている。
「三人とも才能があるから、趟泥歩から始めようと思う」
「もしかして3年で目標に到達させるつもり?」
「そうだけど、ダメ?」
才能があっても三人とも中国武術の経験がない。いきなり本格的な走圏を始めると半年持たない。だからと言ってその教え方ではダメだと否定は出来ない。
「初心者は、太極拳から始めた方が良いと私の先生も言ってた」
それが、普通だろう。長岡さんの師匠は、常識人だ。(これは、長岡さんが非常識だと言ってるわけではないのを強調しておく。)
「長岡さんは、何から習ったの?」
「走圏。他の武術で身体を慣らさないのが私の門派の元々のやり方だから」
「差し支えなければ、どこの門派教えて欲しい」
「宋派」
宋派と言えば、宋長栄と宋永祥の二宋が有名な門派だ。あそこは、いきなり走圏(円周を歩く練習)から始めるのか。珍しい。というか、伝承している人がいたのか!
「師匠くんは、どこ?」
「僕は座禅のついでに齧っただけだよ。あえて言ったら北京の流れかな?」
「私は瀋陽」
瀋陽といったら、旧満州の奉天だ。どうりで長岡さんに諜報的な連中がまとわりついているわけだ。
僕は、長岡さんに自然歩から始めるのを提案した。彼女は賛成した。
「ところで、頭が痛いの?」
恐れ入った。そんな素振りを見せたつもりはないのに簡単に見破られた。
僕は、司波くんが壬生さんをこっぴどく振った日からわずかな違和感を頭の周りに感じているのを長岡さんに話した。
「私も、殺気のようなものを感じてる」
殺気は冷たく感じる。人によって感じ方が異なるが。僕は、悪意も感じる。僕の場合は、頭の周りの空間の密度が濃くなったように感じる。ただ、これも人によって感じ方違うので一概に言えない。このことは、二人だけの話にしておけば良かった。
◇◇◇
「えーっ!?これだけ?」
はい、これだけです。涼野さん、八卦掌の基本は円周を歩くだけなのです。(もっと初心者には、直線を歩かせたり、その場で立つだけというのもあります。)朝田さんと白石くんは真面目に歩いている。二人ともどこかで八卦掌について事前に調べていたようだ。
「そっちに向いて歩いてダメ。こっち」
長岡さんが修正している。二人は巷で公開されている走圏に影響を受けていたからだ。
「そっちに向いたまま歩き続けたら内臓を痛めるよ。その前に神経がやられるから、長岡さんの言う通りにして」
僕もここは絶対に譲れないので注意を促した。
方向転換(単換掌等)さえ、初回はやらなかった。長岡さんは本当に教え込むつもりのようだ。
内容がこれだけでは、間が持たない。すぐに雑談タイムになる。『お笑い五人組』と揶揄されても仕方ないな。
「最近、殺気を少し感じる」
長岡さんが、ネタふりしてしまった。彼女は、天然なのか確信的にやっているのか未だにわからない。
「師匠も殺気を感じている」
これで、僕は気がつかない振りが出来なくなった。校内の空き地で勝手に練習を始めたものだから、あまり長時間練習し続けると何か言われかねない。あとは雑談して今日は解散でもいいか。
「司波くんが壬生さんの参加する学生運動への誘いを蹴った日から始まったんだ」
最初は、僕がターゲットなのかと思ったが身に覚えがないし殺気の感じ方がいつもと違う。それで、すぐに気付いた。これは、僕個人に向けたものではないと。
長岡さんもその殺気に感づいていた。この二つで、確信した。これは、僕らを含めた集団に対する殺気なのだと。そこで、司波くんと壬生さんの会話を思い出して欲しい。
「要望を学校に出すとか言ってたよ」
涼野さんが、すぐに思い出した。
「涼ちゃん、少し違う。確か『あたしたちは、学校側に待遇改善を要求したいと思う』だったよ」
朝田さん、まるでメモリーに記録していたかの如くの記憶ですね。やはり、只者ではないですね。
「良く考えたら、少し物騒な表現だな。考えを学校に伝えるだけではないと言っているのだから」
白石くん良くできました。その通りです。
涼野さんが、何か閃いたようだ。嫌な予感がする。
「そうだ!私たちで何が起きようとしているのか調べない?」
嫌な予感が当たった。
「涼ちゃん、危ないよ」
朝田さんが常識人で良かった。
「それに、どこを調べるの?」
これで、涼野さんは諦めるだろう。朝田さん、ナイス!
「ふふふ、実は私も冷たい感覚があったの!」
涼野さん。殺気を感じて喜んでいるのはかなり危ない性格ですよ。最近、気付いたのだが涼野さんはお嬢さんだ。育ちがいい。と同時にどこか浮世離れしている。殺気を新鮮に感じるのは普通の感覚ではあり得ない。本能的に危ないと思い距離を置こうとするのだ。
「でも、どうやって調べるんだい?」
白石くんも、この危うい流れを変えたいようだ。涼野さんに諦めさせたいのだろう。彼もまた、常識人だ。
「みんな、殺気を感じているのだから校内を歩き回ってどこで1番感じるか調べるのよ!」
満面の笑みを浮かべて得意そうに自説を展開する涼野さん。何とかして諦めさせたいのだが。
「それ良い。やろう」
長岡さんも乗り気だった。朝田さんと白石くんが僕に何とかしてと目で訴えている。
みんなには、黙っていたが今回死人は出ない。つまり大事には至らないと僕には確信があった。予知能力の一種だが、職業当てと同じく僕の説明のつかない能力、所謂無系統魔法だ。それでも、僕は大事を取って危険を避けようとしていたが仕方ない。
「じゃあ、探索は出来るだけ二人で行い、何かあったら連絡をしてすぐに離脱するでどうだろう?」
朝田さんと白石くんは、がっかりしている。後からフォローしておこう。
「ひと段落したから、もう少し練習します」
「え〜」
長岡さんは、元気が有り余っているが他のメンバーは既にお腹一杯だ。
「師匠くん。ちょっと突いてみて」
長岡さんは、技の見本を見せたいようだ。
僕は、少し試したくなって右手で突く雰囲気のまま左手で突いた。気配は消し気味だ。
「グッッ」
僕はその場に転がされた。左手の拳を長岡さんに掴まれてそのまま捻り上げられたのだ。
「今のが、単換掌の使い方の一つ」
と説明(?)して、走圏の方向転換を教えてくれた。さっきの技と動きが全然違うような気がする。
彼女の功夫が凄いのは改めて確信できたが、この教え方で果たして3年も付いて来れる人がいるのだろうか?前途多難だ。
◇◇◇
100年くらい前の歴史となれば、ここにもたくさん書いているが第三次世界頃の事はほとんど書いてない。それは、正しい記録を目にする機会がないからだ。
100年くらい前の出来事は、国中心もっと言えば国の一般人(魔法を使えない人)が主に関わっていた。なので、数十年経つと情報公開によってあらゆる出来事の顛末が明らかになる。
ところが、現代魔法力の時代になると歴史的な事件の主人公が魔法師になって行った。彼等は民兵として義勇兵として戦闘に参加している。正規軍ではないから記録に残りにくいし情報公開法の範囲外でもある。
なので、第一次世界魔法戦争と皮肉られる第三次世界大戦は大規模戦闘があったもののそのほとんどで魔法師が大活躍した為に未だに公開されてない情報が多い。
今でこそ、当たり前のように十師族、二十八家、百家は存在しているが、いつの頃からそのように呼ばれるくらいの力を得たのか、それはどのような事件がキッカケとなったのか?正確に答えられない。正しい情報がまだ公開されていない為だ。
近現代史は、現代魔法の時代であると誰もが知っているのにその成立は誰もまだ記述していない。いや、これに関する著作は多く著されているがそのほとんどは魔法師によるものではなく、一般人によるものであり肝心な魔法に関する出来事が曖昧であったり書かれてなかったりする。
もし仮に、魔法師が機密情報の一部を閲覧してこの現代魔法の現代史を著せばそれが正しい近現代史教科書の元ネタになる可能性がある!
今、僕は魔法師に成りつつある。事件の解析とその記述もこなせる。あとは、どうやって魔法に関する機密事項を知るかだが、これもこの魔法科高校に在籍していれば可能になる。
校内にある図書館だ。魔法科大学と繋がっているので、最重要事項は閲覧不可だが、かなりの情報が図書館で得られる。
ということで、図書館に来ているのだが・・・・・
「ここだ。ここが狙われている」
僕は思わず呟いた。少年探偵団が、校内調査を開始して3日目の出来事だ。