意識が高すぎて魔法科高校に入学したが劣等生だった。 作:嵐電
長岡さんと組んで、魔法実習演習をする事になった。
基礎単一系魔法実習演習だ。僕らのやっているのはハッキリ言ってイカサマだ。起動式や魔法式を結果的に使った事になっているが、使っている意識はほとんどない。精査されれば物言いがつくだろう。
普通の現代魔法師が無意識下の魔法演算領域を意識して起動式を構築して行く。
これをもう一段深めて元神そのものに近付ける。魔法演算領域を広げるのではなく深めると表現しても良いかもしれない。こうすれば、古式魔法の速度と現代魔法の多用性を同時に実現出来ると僕は以前から考えていた。この学校を受けたのもそれが動機の一つとなっている。(動機が多すぎて書ききれないほどだが、どうしても知りたい方は『中学三年時事日記』を買って読んで下さい。違法ダウンロードは犯罪ですよ!)
というわけで、今日も魔法実習ならぬ魔法実験だ。
まず、今朝タップリ陽に当たって先天の気を過剰にしておいた。少し頭がクラクラするくらいだ。次回から頭には日光が当たらない工夫をしよう。
余剰サイオンともう一つ考えた秘策がある。生命のエネルギーが奪われても瞬間エネルギーチャージができるであろう呪文だ。しかし、これは少し恥ずかしい。他人に聞かれるとひかれる。とういうわけで誰にも聞こえないように小声で自家製念仏を唱えようとしたら、
「私、こころを入れ換えます!」
柴田さん(いつまでも巨乳メガネっ子と呼ぶわけにいかないので苗字を覚えた。多分、彼女はFだと思う。)の素っとん狂な声がした。司波君だけでなく他のクラスメートも驚いている。チャーンス。
『いつでも私を呼びなさい。あなた方の祈りは私が聞き遂げた』
堂々のメシア(キリスト)宣言だ。直後に魔法を発動する。現代魔法の弱点である自覚無しの生命エネルギーの消耗が始まった。しかし、ほとんど気にならない。なくなった分だけ与えられるからだ。何せ世界を救う気満々なのだ。メシア気分は最高!われは天の父なり!あんまりやり過ぎると癖になりそうだ。
丸い小さな的が取り付けられている重量計が基準値以上の圧力を計測した。
556msec。CRCみたいな数字が表示された。滑りが良くなりそうだ。ところであの圧力は何パスカル?重量計だからキログラム?
「チョッと、美月。なにエキサイトしてるの?」
千葉さん(いつまでも警察娘では失礼なので苗字を覚えた。桜田門には逆らいません。)の声が聞こえた。
僕の恥ずかしいマントラは誰にも聞こえなかったようだ。
「ウーン。なるほど」
長岡さんが感心している。しかし、明らかに笑いをこらえている。彼女には聞こえたようだ。
551msec。豚まんみたいな数字だ。きっとテンション上がるだろう。しかし、長岡さんに一回見せただけであっさりと盗まれた。事前にある程度の説明はしてはいたがこれには驚いた。彼女の世界では一回技をかけて説明終了とする師が今でも普通にいるからこれが当たり前なのかも知れない。
◇◇◇
「551って、凄くない?」
涼野さんが、長岡さんに言った。長岡さんは、適当に相槌をうっている。
僕らは、基準値をクリアしたので早めに昼休みに入っている。学生食堂にいるが豚まんの話ではない。しつこいようだが、ウケるまで書く。(ちなみに僕は551の豚まんを食べたことがない。)
「師匠も老師も一科でやれるんじゃあないですか?」
白石くんが調子を合わせている。長岡さんを老師《ラオシー》と呼ぶのはどうかと思うぞ。そう呼ばれても何の反応も見せない彼女は、もしかしたら教室や道場でそう呼ばれているのかも知れない。
朝田さんの話によると、あの深雪嬢が0.2秒程度らしい。当然ながら別格だ。0.5秒レベルなら1-Aでも上位に入るそうだ。
やり過ぎた。今、イカサマがばれるのはまずい。次回からは平均レベルを頭に入れて魔法実習に臨もう。
「イカサマだからできただけ」
アッサリとばらしてしまった長岡さん。涼野さん、朝田さん、白石くんが僕を見ている。種明かしをして欲しいのだろう。
普通の魔法演算領域より深い、より抽象の核に近づいた状態でなければ実現出来ないと前置きして僕は説明を始めた。
例えば、エレベーターで考えてみる。実際に箱が動く前に制御回路に電気が通って何らかの情報処理が行われてその命令(電気信号)に従ってモーターが回転し箱が動く。最近はリニアモータが多いので回転部もシーブもプーリーもないが。
僕らは、制御回路ににも電気を流したがモーターにも同時に流し箱を動かした。つまり、制御回路があってもなくても僕らのやり方では箱は動いてしまうのだ。
「それって、起動式を構築して魔法式にコンパイルする手間を省いたってこと?魔法式直接発動法のこと?」
涼野さんが質問した。
「直入れではないよ。CADに過剰サイオンを流したのと事象改変を並列処理したんだ。現代魔法では無系統魔法とカテゴライズされている所謂『奇跡』を起こしただけだよ」
「じゃあ、CADは全く必要ないのですか?」
朝田さんが質問した。『奇跡』には何の反応もしなかった。
「全く必要ないわけではないんだ。他人の演習を見てその時の起動式と魔法式の姿を覚えて『奇跡』を起こす補助に使っているよ」
「CADをお札とか使い魔のように使役しているのか」
白石くんが唸った。僕には白石くんがそのように理解した方が意外だった。ハッキリ言って見直した。
「長岡さんも師匠くんと同じ方法で演習したの?」
朝田さん、意外にあからさまな性格だった。長岡さんは、その方法が出来ないのではと邪推しているのが勘のいい奴にはすぐに悟られるぞ。
「同じようにやった」
長岡さんは文字通り僕と『同じようにやった』のだ。ただ、彼女の言った意味を三人は理解できなかったと思う。一見で、あるいは一触で技を学習する人物は珍しいのだ。
「私達にも出来る?」
涼野さんは好奇心旺盛で困る。最初にイカサマだと断って説明したし通常の魔法演算領域より更に深めているのが前提だと念押ししたのだが。
「余裕。走圏を5年すれば問題ない」
長岡さんは、今自分は凄く良いことを言ったとでも主張したげな顔だ。5年もグルグルと回るのが出来ないから八卦掌を使える様になる人がいないのだよ。
涼野さんと朝田さんは、考え込んだ。そりゃ、考え込むだろう。5年も練習するなら今学校で取り組んでいる現代魔法だってかなりのものになる可能性が大いにある。いや、1ーAなら尚更だ。(僕は、クラス分けを成績順だと推測している。ちなみに1一Eは現代魔法が苦手だがその他がズバ抜けている者を選抜しているのだろう。えっ?それもしかして自慢?はい。そうです。)
彼女達は、もっとお手軽な方法を知りたいのだろう。実はある。一つは期間が長くなる。一つは無意識を深められるがその後の人生まで制約されてしまう。一つは一週間もあれば十分だが危険が危ない。そこで先ずは意識の段階から僕は説明を始めた。
「現代魔法師の意識を五段階と定義するね」
僕が説明を始めるとみんな耳を傾けてた。どうやら興味はあるらしい。
「普通の人、つまり現代魔法を使えない人でも凄くカンのいい人達の意識を四段階と定義する。ただし、突出した才能を発揮する人物の意識も五段階だ」
僕がこう言うと涼野さんと朝田さんの表情がわずかに歪んだ。納得出来ないか、理解出来ないかだ。
「人間の能力は使えるエネルギーの質と量で決まる。意識が四段階でもその意識で使えるエネルギー多量に使えるならそれなりに大きな組織を作ったり成果を上げたり出来る。意識が次の五段階なら、全国的な活躍や場合によれば全世界的な成果も上げることもある。四段階よりも使えるエネルギーの質が深まり、量も多くなるからだ」
「魔法師と社会で大活躍している人の意識は、同じと言うことなの?」
涼野さんが、訊いてきた。
「そうです。ただ、魔法は本来、六段階あるいはそれより上の段階の意識で可能になる事を五段階の意識で行う技術です」
ここら辺りで僕の意識が変わり丁寧な口調になって来る。
「六段階の意識の魔法師はいないの?」これは、涼野さん。
「居ます。しかし、極少数です」
「どうして、魔法師は五段階なのですか?」これは、朝田さん。
「六段階になると人生が変わってしまいかねません。引退して山に籠る等隠遁生活をし始める人が多いのです。ですから、五段階のままの方が都合が良いのです」
質問が落ち着いたので、ここから本題に入る。
「意識を変えるのは難しく、短期間で行うと副作用も大きいし失敗も多くなります。長期間ならば副作用も少なく成功しやすくなります。長岡さんが言われた5年は、実は短い方です」