another SILENT HILL story 病める薔薇~   作:瀬模拓也

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~第8章 殻の中の悪夢~

煉瓦畳のスロープ、流麗な細工の噴水達、古くも美しいその佇まいは貴婦人と讃えられるに相応しかった。

 

けれどもあれ程憧れたその姿を見ても心は晴れない。

 

重々しくも荘厳的な扉が開かれる。

 

幾つにも重なったオルゴールの柔らかい音が漏れてくる。

 

後姿を見ないように咲き乱れたバラ達を眺めながら室内に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・。」

 

薬品とアルコールの混ざった独特の甘いような匂いがする。入院していたロサラには慣れた臭いだ。

 

何時もの感覚で瞼を開くとベッドの足と目がぶつかる。

 

どうやら自分はリノリウムの床に寝転がっていたようだ。勿論誤ってベッドから転がった訳ではない。

 

屋上でバケモノと対峙して、それから・・・

 

「ここは―?」

 

起き上がり辺りを見回すと何処かの病室のようだ。幾つものベッドが並んだ室内は相変わらず人の気配が無いがそれでも古く汚れた部分は無く病室は普通に戻っていた。

 

 

夢―、では無いのだろう。ロサラの手にはまだ銃がしっかりと握られていた。

 

 

ドアを開け院内を見回しても今朝と何も変わらない。バケモノもナースの死体も無さそうだ。

 

 

 

アレックスの事が気になり階段を上がろうとすると診察室から物音がした。

 

もしかしたら院長が平素になり戻ったのかもしれない。

 

期待を込めてドアを開ける。

 

「あら、また会ったわね。」

 

そう言いメリルは妖艶な笑みを浮かべた。

 

「どうして、ここに?」

 

彼女が態々ここまで診察を受けに来たとは思えない。ジャーナリストと病院、これと言った接点は無さそうだが。

 

「この病院の院長に取材をしようと思って。勿論アポ無しで、だけど。ねぇ、見かけなかったかしら。」

 

「そこのドアの奥に居ると思うけど・・・」

 

そこでロサラは次に何と言えば良いのか分からなくなってしまう。院長が病院の一室に立て籠もるなど考えて見ればおかしな話だ。

 

「そう。ありがとう。」

 

メリルは読んでいたであろう書類を傍のデスクに戻し別の書類を引っ張り出す。

 

「今日は空振りばかりね。」

 

どうやら既に隣の部屋は調べたらしい。となれば院長は何処へ行ってしまったのだろう。

 

「サイレントヒルの伝承について記事を書くのだけれど・・」

 

社交慣れした話し方でメリルが続ける。

 

「今度貴方にも話を聞かせて貰うわね。」

 

彼女なりにロサラに気を使ったのかもしれない。

 

それでも。

 

「私、ずっと入院していたから何も分からないわ。」

 

突き放すようにそう言い部屋を出てしまった。

 

サイレントヒルの伝承以上に不可思議な今朝からの出来事ならば話せそうな気がしたが何故かそうする気にはなれなかった。

 

メリルがこの状況に物怖じしていないだけで無く何かがロサラに暗い影を落としていた。まるで町の霧がロサラの心の中にまで侵入してしまったように―。

 

 

ふと足を止める。

 

入り口付近の案内板に何かが書き込まれている。ポケットライトに照らされた文字には見覚えがあった。

 

それは彼女の兄の筆跡と同じ、間違いなく彼が書いた物だった。

 

滑る様な書き方で『歴史資料館へ―』と書かれている。

 

暗澹たる気持ちが一気に晴れる。

 

矢張り兄はここへ来ていたのだ。ロサラを待っていて、理由は分からないが病院を後にして歴史資料館へ行ったのだろう。そしてその場所で彼は待っているのだ。

 

 

逸る気持ちを抑えられずに地図を開き場所を確かめる。ネイサン通りを西へ、ここからそう遠くは無い。

 

地図を仕舞うと案内板の脇へ自分も書置きを残す。アレックスへ宛てたものだ。これ以上自分に付き合って貰う訳にはいかないが突然消えては失礼だろうし心配するかも知れない。

 

 

「やっと会えるんだ。」

 

何を話そう。今朝からの事、ちゃんと伝えられるかしら―

 

まだ会っても居ないのにそう考えるだけで心が弾んだ。

 

書き終わると病院の外へ勢い良く飛び出した。

 

 

 

 

外は既に闇が支配する夜へと変わっていた。それでもポケットライトに照らされる先に白い霧が濃く漂っているのが見える。

 

交わる事の無い白と黒の世界。

 

いったいこの霧は何処から来るのか。

 

そう不思議に思うロサラの耳にラジオのホワイトノイズが鳴り響く。昼間よりも更に見難くなった視線の先に蠢く影。

 

 

釣り人形の様な歪な動き、病院で遭遇したナースだ。宵闇と共に病院の外へ迷い出た様に彷徨い動いている。

 

銃を再装填すると狙いを定めナースに銃弾を放つ。

 

 

―ジャマしないで!―

 

 

恐怖よりも苛立ちがロサラを急き立てる。

 

銃弾は胸に命中し引き攣った動きのままナースは後ろへと倒れた。

 

 

けれどもホワイトノイズは鳴り止まない。見れば通りの反対側に、曲がり角の奥にナースや焼け爛れた猫のバケモノが跋扈している。

 

 

夜は不浄のモノの支配する時間なのだろう。

 

 

足早に歴史資料館への坂道を上る。

 

病院との距離はさほど無い、けれども其処彼処に現れるバケモノと対峙する事は一度や二度では済まなかった。

 

 

まるでロサラの行く手を拒む様に動き回るバケモノ達を銃で制し相手が動かなくなるのを見る度に罪悪感や苛立ちとは違う感情が胸の奥に染み出してくる

 

 

それは禁じられた行為を犯す快楽の様な、まるで親に内緒でお菓子を食べてしまうような秘密の喜び―。

 

そんな感情に満たされきる前に、そして幸いにも銃弾が尽きる前に歴史資料館へ辿り着く事が出来た。

 

 

(兄さん。ここに居るのね。)

 

息を整えながらもロサラは喜びで鼓動が更に高鳴るのを感じた。会える嬉しさが体中に広がり痺れすら起きてきそうだ。

 

 

これで長い一日がきっと終わる―。

 

 

歴史資料館の中は建物と同じく小ぢんまりとした造りになっており町の人達が古い物を持ち合わせて作ったような濃やかさがあった。

 

 

「兄さん。どこなの―?」

 

呼びかけるが室内は静まり返り人の気配さえ無い。

 

狭いロビーを抜けて続く絵画の展示室へと入る。壁に掛けられた絵は何枚かが外されており名前と説明のプレートだけが飾られていた。

 

 

残された壁の絵画達を見回すと幾つかはロサラにも見覚えのある景色が描かれていた。

 

 

『―霧のトルーカ湖

 

開拓時代以前より神聖視されてきた場所であり同時に畏怖されてきた場所でもある。

 

特に霧の立ち込める日は現地信仰では祭事が行われ豊穣と死者復活の儀式が執り行われていた』

 

 

ロサラは驚きに息を呑んだ。壁の絵がいつの時代の物かは分からないが大昔にもこんな霧の立ち込める日があったのだ。そして喫茶店で見つけた記事、あれも本当の事だったのだ。「死者復活の儀式」ロサラの兄も病院の誰も知らないずっと昔に消えた存在。

 

それにしても―。

 

「畏怖されてきた場所」兄の話を聞いたり写真を観る限りではそんな様子は全く見られなかった。あの静かな湖の底に何かあるのだろうか?

 

 

その隣の額には写真が飾られておりプレートに「レイクビュー・ホテルの落成を喜ぶ人々」と書かれていた。

 

ロサラは写真を見入る。

 

貴婦人と称されるその佇まい。ロサラがローズウォーターパークと同じ位、いやそれ以上に憧れ行きたがっていた場所だ。

 

アールヌーボー形式を取り入れた重厚ながらも繊細さが目を引く建物は古さを歴史と言う洗礼された美しさに変えていた。

 

目を閉じると咲き乱れたバラの香りがするような気がした。

 

 

 

 

更に奥へと扉を開けると何も無い小さな部屋に出た。

 

それまでの部屋とは違う金属の壁は薄汚れており床にぽっかりと大きな穴が空いて下へと続く梯子が掛かっている。

 

 

暗い穴を覗き込みながらロサラは考える。

 

下へ下へと何処までも続く様な暗闇。

 

こんな所に兄が居る筈が無い。

 

でも―

 

 

何故かこの先へ進まなければいけない気がした。

 

滑ら無い様に気をつけながら鉄の梯子を下って行く。

 

長い暗闇はどれだけ降りても底が見えない。

 

 

この梯子は何処へと繋がっているのだろう?

 

地球の裏側だろうか?

 

それとも地獄だろうか?

 

 

この梯子自体が幻覚なのでは無いかと思い始めた頃漸く下へと到着した。

 

古びたドアを開けると広い室内に出る。

 

薄暗い室内には木製のイスやテーブルが土の床に積まれている。至る所にスプーンやコップなど食器が転がっていてどれも埃を被っている。奥にはスープの代わりに蜘蛛の巣が詰っていそうな寸同の鍋が置かれている。

 

 

使われなくなって随分と経つが、どうやら此処は大勢が食事出来る施設らしい。退屈だった歴史の授業をどうにか思い返す。第一次世界大戦頃の防空壕だろうか。

 

 

「だれ?」

 

そう尋ねたのはロサラでは無かった。柱の影から体を重たそうに引き摺りながら現れた影。

 

「あなたは・・・」

 

見覚えがある容姿。アパートで出会った女性だ。虚ろな目がロサラを捉えると女性の方も気が付いたようだ。

 

「怪我、してるの?」

 

傷は深くは無さそうだが女性の手からは血が滲んでいて見ていて痛々しい。

 

「平気?薬なら私・・・」

 

「えっ・・・・?」

 

そう言ってロサラが近付くと女性は怯えた様に後ずさる。

 

「私はロサラよ。前にアパートで会ったわよね。」

 

ロサラは怖がらせないように微笑むと女性が落ち着くのを待つ。きっと彼女も自分と同じ様に怖い思いをして来たのだろう。

 

「スーザンよ。」

 

「ねえ、スーザン。手当てをしても良いかしら?」

 

スーザンは俯いたままだったが警戒は解いた様だった。ゆっくりと彼女の手を取り傷の手当をする。こっそりと病院から薬を持って来たのが役に立った。

 

「この街は本当にどうなってしまったのかしらね。」

 

「そうね・・・・。」

 

何が彼女の心を虜にしているのだろうか。スーザンは相変わらず遠くに感じる。

 

「一緒に行かない?ここは何処も危険だわ。2人なら・・・」

 

「・・・っ。来ないで!」

 

立ち上がりそう提案するロサラをスーザンが悲鳴に近い声で拒絶する。

 

驚いて彼女の方を見るが沈んだ瞳には暗い炎が宿っている。

 

「知っているんでしょ!優しいフリをして私を責めているのよ。みんなみんな・・」

 

ヒステリックにそう叫ぶ彼女は目の前に居るロサラを通り越して虚空を睨んでいる。

 

「待って。スーザン」

 

慌てて彼女を宥める。一対一の状態に薄っすらと恐怖を感じた。

 

「あ・・・・。ごめんなさい・・・。」

 

解けるように正気に戻ると憑き物が落ちた様にぐったりとイスに崩れ落ちる。

 

「私はもう少しここに居るわ。」

 

スーザンは再び虚ろな目で答える。

 

そう言われるとロサラもそれ以上何も言えなくなってしまう。正直彼女の豹変振りが少し怖かった。

 

「そう、気をつけてね。」

 

「貴方も、探してる人が早く見つかると良いわね。」

 

弱々しく微笑む彼女の目は相変わらず虚空を見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

厨房奥のドアを開けると薄暗い通路に出る。所々が切れた蛍光灯が弱々しく剥き出しの床を照らしている。

 

細く長い通路に足を踏み入れた瞬間にロサラは背筋を凍らせる。

 

左右には壁と鉄格子で区切られた狭い部屋がどこまでも続いていた。

 

(刑務所?)

 

踏み出した足を一歩退ける。

 

何故地下にこんな施設が作られているのか。

 

これ以上進みたくない。そう思う気持ちとは反対に進まなければいけない事を頭の奥が告げていた。

 

厨房に他のドアは無かったし何より真実がその向うにある様な気がしたのだ。

 

 

恐る恐る足を伸ばし銃を構える、先程からホワイトノイズが鳴り続けていた。

 

ベッドが置かれただけの独房は錆と汚れが視界から白を奪い何かが腐った様な臭いで充満していた。

 

使われなくなって大分経つらしい。まるでアルカトラズ島の様だ。

 

「きゃ・・・」

 

ロサラは小さな悲鳴を上げる。ポケットライトに照らされた間近にオタマジャクシのバケモノが居たのだ。

 

けれどもバケモノは鍵の掛かった独房の中に居て外に出る事が出来ずに頭をゴンゴンと鉄格子にぶつけていた。

 

 

襲い掛かってくる事はなさそうだがロサラは安心する事が出来なかった。

 

まるで押さえ込んだ何かが突き破って出て来るような、バケモノを見ているとそんな風に思えた。

 

 

通路の奥のドアを通ると広い空間に出た。何も無い室内の中央にポツリと建っている物がある。

 

木製の台には頭がすっぽりと納まるような窪みが空いており大きな斧が刺さっていた。

 

ロサラは青ざめる。

 

 

断頭台だ―!

 

 

ギロチンが開発される以前に使用されていた野蛮で残酷なる処刑方。

 

それが何故ここにあるのか。

 

まさか刑務所の死刑囚達を―?

 

 

先程の独房の造りと比べると余りにも時代がかけ離れているが木製の台には赤黒い血が、あのオフィスで見たようにぽたぽたと滴り落ちていた。

 

 

「もう、嫌・・・・」

 

ロサラは泣き出しそうだった。進みたくも無いけれど戻るのはもっと嫌、今日何度そんな風に思っただろうか。

 

 

項垂れて視線を落とすと台の手前にある篭の中が見えた。

 

そこには数え切れない程の人形の首が犇ひしめき合っていた。

 

人形はどれもガラスの目ではなく人間の様な白く濁った目でロサラを見詰めている。

 

 

驚いて顔を上げたロサラは更に怯える。

 

先程は背にしていて分からなかったが壁一面に首の無い、体だけの人形が打ち付けられているのだ。

 

太い杭の様な物で一箇所を留められた胴体は操り人形の様にだらりと手足を垂らしている。

 

恐怖で喉が張り付いて声も出ない。一体何が起きているというのか。

 

 

ふと篭から声が洩れた気がした。

 

 

罪には相応の罰を―

 

 

罪人よ、此方へ来い―

 

 

汝が罪状は―

 

 

 

 

「いやっっっ!!」

 

 

声を掻き消すように悲鳴を上げると部屋の隅にあるドアへと駆け出した。

 

耐えられなかった。

 

たとえ声が恐怖の余り自分が作り出した幻聴だとしてもこれ以上聞きたくない。

 

 

ドアの向うにどんな恐ろしい事が待っていたとしても此処に居るよりはずっと良い。

 

ロサラは勢い良くドアを開けるとわき目も振らずに中へと飛び込んだ

 

 

 


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