another SILENT HILL story 病める薔薇~   作:瀬模拓也

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~第5章  紺碧の悪夢 ~

「兄さんの会社は行った事は無いけど、ここからそう遠くはないはずよ。」

 

そう言ってロサラはアレックスに笑いかけると黙ってしまう。

 

元来おしゃべり好きな方だが状況が状況なだけに口も結びがちになってしまう。

 

けれども歩く足音が一つだけでは無いと言うだけで何と勇気付けられる事だろう。先程よりも強く、はっきりとロサラは霧の中を歩く事が出来た。

 

 

けれどもその勇みもサンダース通りに入った瞬間に鳴り響きだしたホワイトノイズ音に萎んでしまう。

 

霧の奥、蠢く影が見える。核心は持てなかったが動きからして恐らくオタマジャクシモドキのバケモノだろう。

 

 

ここまで来て―

 

 

観光代理店は目と鼻の先なのに。

 

「この先なんだろ。」

 

躊躇うロサラの心を見透かした様にアレックスが声を掛ける。彼の目にもバケモノは見えているようだ。

 

「突っ切るしかなさそうだな。」

 

覚悟を決めたように言うアレックスにロサラも深く頷く。

 

そうだ、今は一人ではない。

 

町の外への道が一つしか無い以上あのバケモノを倒して進むしか道は無い。

 

 

「アレックスは後から来て。」

 

それだけ言うとロサラは駆け出す。

 

元々は自分に付き合ってここまで一緒に来てくれたアレックスに先人を切らせる訳にはいかない。それに、ロサラの腕では誤って銃弾を彼に当ててしまう危険もある。

 

 

 

「邪魔しないでっ!」

 

目測で当てられる距離まで近寄ると続け様に3発銃弾をバケモノに打ち込む。

 

血飛沫と悲鳴を上げて倒れるバケモノの後で影が躍る。

 

重なるようにしてもう一体いたのだ。

 

 

赤黒い口を開けて咆哮しようとするバケモノをアレックスが体当たりで制した。

 

横倒しになり藻掻こうとするバケモノの頭をアレックスが手に持っていた鉄パイプで叩く。

 

 

 

 

渾身の力を込めて振り下ろされた鉄パイプはバケモノの頭に減り込み一撃でバケモノは動かなくなった。

 

 

 

 

「だからって無茶するなって。」

 

息を切らせながらアレックスがそう言葉を継ぐ。

 

「ごめんなさい。」

 

改めてロサラは自分の取った行動に驚いていた。彼の助けが無ければバケモノの攻撃は免れなかっただろう。そう考えると身震いが起きた。

 

 

「アレックスっ!」

 

今一度彼の方を見たロサラが声を上げる。彼の手には薄っすらと血が滲む傷が出来ていた。

 

 

「ああ。これはコイツを車からもぎ取る時に掠っただけだよ。慌てていたから。」

 

そう言って鉄パイプで数回地面を叩くとバケモノにやられたのでは無いと手をヒラヒラさせた。

 

 

「だからって放っておけないわ。」

 

今度はロサラが嗜める。

 

どちらにせよ自分が無茶な行動を取った所為である事に変わりは無い。

 

 

 

ハンカチを取り出そうとしてロサラはハッと気が付いた。ハンカチはナイフを包む時に使ってしまったのだ。バケモノの血が付いている可能性もあるし清潔とは言い難い。

 

「平気だって。それよりまたバケモノが来ない内に急ごう。」

 

そう笑うとアレックスは歩き出してしまう。

 

 

せめて包帯と傷薬位病院から出る時に持って来ればよかった。ロサラは失念した事を後悔しながら後を歩いた。

 

尤もあの時はそんな余裕は無かったし、あの広い病院でそれだけを探すにも一苦労だったろうが。

 

 

 

 

 

サンダース通りを西へと歩く。

 

 

と、霧の白の中鮮明な色が目に飛び込みロサラは一瞬ギョッとした。

 

 

地面一箇所が真っ赤に染まっているように見えた。

 

最初は血かと思ったが近付いて良く見ればそれは真っ赤なバラだった。

 

元は一抱えの花束だったその一群は無残にもグシャグシャになり真紅の花弁をあちらこちらに散らばらせている。

 

 

「見舞いに持って行くつもりだったんだけど―」

 

アレックスがバツが悪そうに口を開いた。

 

 

「その辺りでバケモノと出くわして―・・。」

 

それだけ言うと恥ずかしそうに頭を掻いて黙ってしまう。

 

成る程―。バケモノと対峙した時に揉みくちゃになって落としてしまったのだろう。

 

誰だってそうなる。きっとロサラなど無我夢中で振り回してもっと酷い事になっていた筈だ。

 

 

「大丈夫。きっと会いに来てくれるだけで嬉しいはずよ。」

 

退屈な入院生活では外からの来訪者はそれだけで嬉しい存在だ。自分も兄が来てくれるとどんなに嬉しかったか―。ましてやこの霧とバケモノの跋扈する中まるで騎士の様に勇敢に自分に会いに来てくれているのだ。

 

 

「そう言って貰えると安心するよ。」

 

そう言ってアレックスは笑った。彼は人を安心させるのが上手い様だ。

 

 

 

 

コンクリート造りの簡素な建物。ガラスドアには青い文字で『ウィドマーク旅行代理店』と書かれている。

 

 

此処に兄さんが―

 

 

でも、もし此処にも居なかったら―?

 

 

込み上げてくる不安を打ち消すように深呼吸をすると意を決してドアに手を掛ける。

 

 

「――っ!」

 

「どうしたの?」

 

 

不意にアレックスが何かに気付いたように建物の裏手に走り出す。

 

 

「今その先で何かが動いた気がして―・・」

 

 

体ごと振り返りアレックスがそう告げる。

 

 

人、だろうか?  もしそうならば何かこの事態について話を聞けるかもしれない。

 

ああ、でももしバケモノだったら?ラジオは何の反応も示さないが完全にそうでないとは言い切れないし―。

 

 

「待って、アレックス!」

 

「いいから。君は先に中へ―。」

 

それだけ言い残すとアレックスは霧の中へと消えてしまう。

 

―が、直に慌てたように踵を返して舞い戻って来る。

 

「そうそう、何かあったら直に大声出すか何かしてくれよ。」

 

そう付け加えるとアレックスは再び霧へと姿を消してしまう。

 

今度は―無茶するなよ。―と言う言葉を残して。

 

 

一瞬呆気に取られたがロサラは直に吹き出してしまう。

 

無茶をしているのはどっちなのやら。

 

 

けれどもその言葉に勇気を貰い後押しされる様にドアに手を掛けた。

 

 

 

 

 

 

薄暗い室内に目が眩む。

 

こうなると日の射さない霧の中でも幾分明るかった事が判る。

 

 

ラジオの反応は無し。

 

暫くじっとして目が慣れるのを待つと次第に暗闇から色々な物が飛び込んでくる。

 

 

受付カウンター、待合用のイス、パンフレットを詰めたラック、壁にはあちこちにサイレントヒルを写したポスターが楽しげな謳い文句と共に飾られている。

 

 

一通り見回してもう一度視線を戻すとカウンターの奥にドアがありその先がまだあることを教えている。

 

 

近付くとロサラの胸が高鳴る。

 

 

灯りだ――。

 

 

外から射し込む明りとは別にドアの上のガラスから人工の灯りが洩れている。

 

きっと誰かがここに居る。

 

兄さん―?そうで無くてもこの会社の人間ならきっと行き先を知っている、もしかしたら何か伝言を預かっているかもしれない。

 

 

 

期待に胸を弾ませドアを開ける。

 

 

中はロサラの想像通り、如何にも会社と言う雰囲気で向かい合わせに並べられたデスクと書類やファイルを入れた棚が幾つかあり、雑然としながらも可動性の良さを窺わせていた。

 

ただ一つ想像と違ったのは灯りが点いていたのは部屋の手前の部分だけで奥の方は薄暗くぼんやりと壁が見える程度だった。

 

 

そして一番手前のデスク、ロサラと真向かいの席に人が座っていた。

 

頬杖を付いていた女性、はロサラの方を向くと妖しげな笑みを浮かべた。

 

その派手な装いは大よそこの地味な場所に相応しく無い。

 

 

「こんにちは。」

 

 

目を引く赤い口紅から洩れた言葉がロサラの心をザラザラと撫でて行く。何故だろうか?本能的な部分が彼女を遠ざけよとしている。

 

「初めまして。私はメリルよ。」

 

そう言ってゆっくりと立ち上がると手を差し出す。

 

「ロサラよ。」

 

名乗られたから名乗り返しただけで、手を差し出されたから握り返しただけで、自分からはしなかっただろうと言う気がした。

 

自分は何にそこまで彼女に警戒をしているのだろうか。

 

 

「あのっ、ここにフェザーガーデンと言う人を探しているのですが―どこかへ行ったとか、何か聞いていませんかっ!?」

 

 

それでも聞かないわけにはいかない、手を離すよりも先にロサラは一気に言葉を吐き出す。

 

 

「貴方の質問はそれだけ?」

 

 

ゆっくりと手を離すとメリルは再び小首を傾げて笑う。

 

どうも動作の一つ一つがこの霧の世界に合っていない。

 

 

「じゃあ、答えるわね。悪いけど、そう言った名前の人は知らないわ。だから何所へ行ったかも知らない。私はこの会社の人間じゃ無いの。」

 

 

薄っすらと予想はしていたが矢張り直接云われるとショックを隠しきれない。先程まで抱いていた希望が大きい分反動も大きい。

 

 

「今度は私から質問するわね。ロジャー・ウィドマークって云う男に会わなかった?この時間に会う約束をしてたのだけど。私、ジャーナリストなのよ。」

 

動揺するロサラなどお構い無しにメリルは言葉を続ける。

 

どうにか首を振り答えを返すのが精一杯だった。

 

「そう、ありがとう。」

 

小さく溜息を付きながらメリルは笑う。

 

こちらも答えを大よそ予想していたらしい。

 

「あの、この街の人じゃないの?」

 

彼女は何とも思わないのだろうか、此の状況を。

 

「ええ、今朝来たばかりよ。酷い時に来ちゃったけどね。」

 

その言葉には緊迫感が微塵も感じられない。唯の濃霧程度にしか思っていないのだろうか。

 

「それじゃ、私は行くわね。次の取材の時間もあるし。貴方のお気に召さない存在みたいだから。」

 

腕時計を見ながらメリルはそう言い外へ出ようとする。

 

不仕付けな物言いだがロサラの心を読まれてしまったその言葉に慌てて否定しようとする。

 

「あなたは平気なの?このバケモノの中をっ―。危険でしょ!」

 

支離滅裂ながらどうにか彼女を引きとめようとする。

 

「――平気よ。危ない事には慣れてるから。」

 

ドアから半身だけ出しメリルは一瞬考え込んだ気がしたが小首を傾げて笑うとそれだけ言い残し出て行ってしまった。

 

 

 

「兄さん。ホンとにどこ行っちゃたのかしら。」

 

未だザラつく心を振り払うように少し拗ねた言い方で呟くとデスクを一つ一つ調べて行く。

 

何かメモの様な手がかりが残っていれば良いのだが。

 

 

けれども何の手がかりも無いまま一番奥のデスクまで来てしまう。

 

机の上の物をよく見ようとポケットライトのスイッチを入れると予想していないものが映し出される。

 

壁にドアノブがあるのだ。

 

壁だと思っていたのは大きな衝立でどうやらワンルームをこれで二つに区切って居る様だった。

 

 

 

 

 

 

中に入ると先程と同じ作りで先程よりも小さな空間が広がっていた。

 

違いは分からないが別の部署なのだろう。

 

 

ぐるりと部屋を周るロサラは先程の部屋とは決定的な違いを発見した。

 

 

一番奥のデスクに血がべっとりと付いているのだ。

 

まだ乾いていない鮮血は机からイスへ滴り落ちその下の床も赤く染め上げていた。

 

 

ロサラは震えが止まらずに口を両手で押さえると後ずさる。

 

 

一体誰が――

 

 

目を配らせても被害者の姿も加害者の姿も見えない。

 

 

ここにもバケモノの手が及んだのだろうか?

 

それともまさか―?

 

 

ロサラの頭に先程出会った妖艶な女性が浮かび上がる。

 

 

眉を顰めるロサラの目にある物が映る。

 

写真立てがデスク上の血の海に倒れているのだ。

 

今日ここで出会えた最大の手がかりかも知れないのに何と言う悲劇だろうか。

 

 

躊躇いに何度も手を引っ込めながらロサラはどうにか血の付いていない部分を摘み写真立てをひっくり返す。

 

 

その中には一組の男女が写っていた。血が染み込んでしまった所為か顔までは分からないが仲良く腕を組んでいる。

 

 

ロサラは長い吐息を付き力が抜けそうになる。

 

取り敢えずこの机は兄の物では無い事が分かった。彼ならばこんな写真を飾ったりはしないだろう。

 

尤もこの被害者がこの机の持ち主とも限らないが。

 

 

 

ならば兄は、街の人たちは何所へ消えてしまったのか。

 

 

再び混迷に追い詰められロサラは天井を仰ぎ部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外へ出るとちょうど霧の中からアレックスが走って戻って来たところだった。

 

「どうだった?」

 

不安げにロサラが尋ねる。

 

「いや駄目だ。見失った。」

 

息を付きながらアレックスが答える。

 

彼はメリルに会わなかったのだろうか。ふとそう思ったのだがこの霧では無理なのかもしれない。

 

「そっちは?」

 

呼吸を整えたアレックスがロサラに聞く。

 

ロサラは小さく首を振る。

 

言うべきなのかもしれない。メリルの事も、あの机の血も。

 

 

けれどもロサラは口を開けずにいた。何か、疲れていると言う理由意外で。

 

 

「そうか。入れ違いになったかも知れないし、一度病院に戻ってみたらどうだ?」

 

 

落ち込むロサラを兄が居なかった所為だと思ったらしい。

 

慌ててアレックスはこの提案を挙げる。

 

「ええ、そうね。他に探すところも無さそうだし。」

 

ロサラも心配無い、と言うように微笑を向ける。

 

 

「何所の病院だ?」

 

辺りを見回しながら聞くアレックスにロサラが答える。

 

「ブルックへイヴン病院よ。」

 

その答えを聞いたアレックスが顔を強張らせ困惑する。

 

それは誰が見ても明らかな変化だった。

 

 

「どうしたの?」

 

驚いたロサラが聞く。

 

「いやっ・・・・丁度彼女もそこに入院しているからさ・・・」

 

どうにかぎこちなく笑うが言葉は尻すぼみになる。

 

 

「大丈夫よ。ちゃんと説明すれば。私からも言うわ。」

 

その姿にロサラはクスクスと笑ってしまう。確かに見舞いに来た恋人が別の女性と来れば誰だって勘繰ってしまうだろう。

 

 

「そう、だな。」

 

アレックスも漸く落ち着いた様に見えた。

 

 

「行きましょ。」

 

ロサラは霧の中へ来た道を戻る。

 

 

もう暫く彼と居られる、つまり一人では無いのだ。

 

 

その安心がロサラの心を落ち着かせていった。

 

 

 

 


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