another SILENT HILL story 病める薔薇~   作:瀬模拓也

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~第3章 異形の悪夢~

大きな耳に大きな目、真っ赤なオーバーオール

 

あれは・・・・ピンク色の・・・・

 

ウサギ・・・・・?

 

ウサギのヌイグルミだ。

 

そう、何年か前の誕生日に兄から貰ったものだ。

 

「もう、子供じゃないのよっ!」

 

少し拗ねてはみたけど何時も的外れな贈り物をする兄らしからぬプレゼントが本当はとても嬉しかった。 

 

「サイレントヒルにある遊園地のマスコットでね、他にもキャラクターが色々といるんだけどそのウサギが一番可愛いと思うよ。」

 

誇らしげにそう話す兄が可笑しくてそう言われて吹き出してしまった。

 

その日から枕元に置いたウサギのヌイグルミに朝夕挨拶をして遠い避暑地とそこで働く兄に思いを馳せるのがロサラの日課になった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・兄さん?」

 

黴臭い。ベッドの感触がするが此処は入院していた病室でも自分の部屋でもない。漸くはっきりと意識が戻り辺りを見回す。

 

板張りにされた窓から辛うじて光が差し込んでいる部屋は埃が此処の居住者だと言わんばかりにそこ彼処に積みあがっており人が住んでいる気配は感じられない。自分はこの部屋の一角を占めるベッドの上に運良く落ちたらしい。

 

それにしてもバスタブに飛び込んだはずなのに、随分と雑な造りだ。家主は上から漏れてくるかもしれない水滴に文句はないのだろうか。

 

「嘘?」

 

見上げた天井にロサラは思わず声を洩らす。先程彼女が落ちてきただろう場所はぴったりと塞がっている。いや、もとから穴など無いように天井が天井として存在しているのだ。まさか気絶して床に倒れているロサラを誰かが此処まで運んだとは思えない。薄気味悪さからロサラはベッドから飛び降りる。

 

「兄さん・・・どこにいるのかしら。」

 

服の埃を払いのけながらロサラは再び思案を廻らせる。

 

迎えに来るはずの時間に病院には居なかった、アパートにも兄はおろか居住者達全てが消え失せてしまったように居なかった。兄はどこに居るのだろうか。この霧の中、彼もまた同じようにロサラを探し回っているのだろうか。それとも何処かに閉じ込められて出られなくなってしまったのだろうか。

 

「会社、かな?」

 

考えられない話では無い。病院に来る前に残りの仕事を片付けようと会社に出向いたものの濃霧警報で外に出られなくなってしまったとしたら。

 

「うん、行ってみよう。」

 

 ここに居ても仕方が無い。薄気味悪さもさることながらあのバケモノとまた遭遇しかねない。

 

 

「たしか・・町の入り口近くだったのよね。」

 

 思い出すようにそう口にしながら部屋の外へ出たロサラは顔を顰める。床には至る所に亀裂が入り壁紙が殆ど剥がれ落ちた壁には赤黒い錆びの様な物がこびり付いている。どうやらこのアパートは改装どころか取り壊しが決定したのに違いない。再び鳴り出したラジオにロサラは思わず銃を握り締め身構える。

 

ポケットライトに照らされた廊下の先にうごめく姿が見える。アンバランスなその格好は病院で遭遇したオタマジャクシもどきのバケモノだ。こんな所にまで居るなんて。

 

怯えよりも苛立ちの方が湧き上がる。とは言え手持ちの弾薬は少ない、ロサラの腕では一撃で仕留められる自身は無い。窮地に備えて安易な戦いは避けるべきだろう。

 

幸いにも直手前のドアに手を掛けると簡単に開いた。覗き込むと下へと続く階段が見える。急いで階段を駆け下り1階へ辿り着く。

 

「開かない?」

 

 フロアへ出られる筈のドアはノブをいくら回しても開かない。錆び付いてしまっているのだろうか、押しても引いても軋む音さえしない。

 

「どうしよう。出られなく、なっちゃった?」

 

途方に暮れるロサラは思わず呟く。先程来る途中で確かめた3階へのドアもまた硬く閉じられているのだ。打つ手立ても無くもう一度2階に戻ろうとしたロサラの目にそれは飛び込んできた。階段の下通常ならば用具入れや物置になっていそうな場所に扉が付いておりそれが僅かに開いているのだ。縋るような思いで更に扉を開くと暗闇の中、地下へと道が伸びている。

 

「他に道はないしね。」

 

 自分にそう言い聞かせて意を決したロサラは扉をくぐる。ロサラの身長の半分程しか高さが無いので腰を屈めなければ入れない。

 

それにしても、崩れそうなアパートなのにどうしてこの扉だけ出来たばかりの様な木製で出来ているのだろう。

 

扉の奥は黴臭さと湿り気に満ちており腰を屈めながら進むロサラを更に不快にさせる。それでも開け放して置いた扉の光が届かなくなった頃から徐々に天井が高くなり普通に歩ける高さまでになった。

 

 

不意にロサラは昔やった肝試しの事を思い出した。ロサラが幼い頃夏休みにキャンプに行くと必ず夜に肝試しをしていた。最初は意気込んで歩くが途中から怖くなってしまい泣き出してしまうロサラを兄がおぶってゴールするのが常だった。今は流石に暗闇が怖くて泣き出すことは無いけれども何時までこの道は続くのだろうか。もう随分と歩いた気もするが。それに先程から不思議音が辺りに響いている。ゴウゴウと重く響くその音は進む程大きくなりそれと同時に湿度も上がっていく気がする。

 

 

引き返そうかと不安に駆られた頃ようやく道の終わりが見えた。ポケットライトの光を跳ね返す鉄のドアがロサラの前に現れる。長年放置された気配を漂わせるそのドアは赤い錆が血の様にべったりとこびり付いている。響いている音もこのドアの先に元凶があるらしい。最早耳の奥まで音が届いて痛い位だ。

 

錆が手に付く不快感を我慢しドアをくぐるとむせる様な熱気といよいよ煩くなる音が押し寄せる。

 

 

蛍光灯で照らされた小さな部屋には蒸気の漏れる機械やメーターがその殆どを占領している。詳しい名前までは分からないがそこがボイラー室である事はロサラにも理解出来た。上のアパート部分が機能しなくなってもここはだけまだ動いているのだろうか。

 

「っ・・・?」

 

 あまりの暑さに熱風を少しでも振り払おうと扇いでいたロサラの手が止まる。機械の陰に動く姿が見えたのだ。

 

複雑に絡む機械をくぐりその姿と対峙したロサラが凍りつく。

 

3階で出遭ったベールを付けたバケモノだ。吹き付ける蒸気がベールを揺らしているというのに相変わらず顔は見えない。ロサラの存在に気付いたバケモノはゆっくりと近付いて来る。手には相変わらずの大きな鉈を持って。

 

「どうしてっ!」

 

 急いでドアまで引き返したロサラはそう叫んでしまう。先程は簡単に開いたドアが今は全く動かないのだ。焦りからドアノブが壊れる位廻し助けを求める様に激しくドアを叩いても結果は同じだった。

 

バケモノは直傍まで来ている。

 

「来ないでっ!」

 

 そう叫び銃を構えるがバケモノの歩みは止まらない。意を決しドアを背にロサラは銃弾を放つ。かなりの至近距離、外す事は無い。

 

「そんな・・・」

 

 これだけの蒸気に囲まれていると言うのにロサラの体は一気に冷たくなる。銃弾は確実にバケモノの体に命中した。それなのにバケモノは痛みにのた打ち回る事も衝撃で怯む事も無い。

 

銃弾はまるでバケモノに当たる直前に霞の様に消えてしまったみたいだ。

 

続け様に何度も銃弾を放つが当たる事は無い、バケモノの歩みが止まる事も。

 

ついにその時が着て来てしまう。オートマ銃の銃弾が尽きたのだ。ボイラーの重たい音の中空の弾層を弾く音が妙にはっきりと聞こえる。

 

バケモノがまるで死刑の執行人の様にゆっくりと鉈を振り上げる。

 

パニック映画のヒロインならばここで頭を抱えてしゃがみ込むのかもしれない。

 

だがロサラは動けない、体中に染み渡った恐怖がその場に立たせ鉈の行方を凝視させる。

 

ああ、死ぬのだな。と自分でも驚くほど冷静な考えが頭に浮ぶ。

 

 

ガッ―

 

だが寸での所で刑は中断してしまう。鉈が振り下ろされる直前に天井に張り巡らされた配管にその切っ先が当たったのだ。

 

「きゃあっ。」

 

 鉈により切れ目の入った配管から蒸気が吹き出し室内に蔓延してゆく。火傷する程では無いがそれでもかなりの熱がロサラを襲い悲鳴を上げてしまう。

 

 

一体何の配管ならばこれだけの蒸気が溢れ出すのか、気が付くと室内全てが白い蒸気に覆われている。目の前に居た筈のバケモノも見当たらない。この蒸気でロサラを見失ってしまったのだろうか。壁に背を付け今度こそゆっくりと身を屈め、息を殺す。どちらにせよあんな大きな鉈を無茶苦茶に振舞わされたら命は無い。ゆっくりと機械の間へ移動し身を潜める。ここならば少なくとも一撃の内にやられる事は無い。

 

徐々に蒸気が追い払われ視界もはっきりとしてくる。けれども幾ら注意深く目を凝らしてもバケモノの姿は見えてこない。

 

蒸気が完全に払われても同じだった。物陰に潜んでいるかもしれないと辺りを確かめるが蛍光灯の消えた薄暗い室内には誰も居ない。それどころかあれだけ煩く響いていたボイラー音も消え去り室内は静まりかえっている。

 

「ひゃっ。」

 

 立ち上がる時に思わず手を付いた機械の感触にロサラは頓狂な声を上げてしまう。

 

先程まで活動していた筈の機械が冷たいのだ。

 

驚くロサラの頬を風がなぞる。蒸気とバケモノの体で隠れて見えなかったが来たドアとは丁度逆に扉があり開け放たれたそこから外気が入って来ている。蛍光灯が消えても薄っすらと室内が見えていたのはこの扉から洩れる光によるものだった。

 

 

あの蒸気はバケモノにも予想外の展開だったのだろう。迫る熱風にこの扉から逃げ出したのかもしれない。

 

ロサラは洋服のホコリを払うと迷わず出口に向かう。何故バケモノが居なくなったのか、動いていた筈の機械が冷たいのかそれは後で考えよう。

 

今は一刻も早く外の空気を思いっきり吸いたい。

 

 

 

 

 

扉の先の非常階段の様に上に伸びる階段を駆け上がり格子の様な突き当りのドアを開ける。ようやくアパートから抜け出せた安堵からロサラは思い切り背伸びをする。相変わらず町は霧で覆いつくされている。だが息を吸い込んだまま凍り付いてしまう。出て来た場所には見覚えがあった。何故なら自分は先程ここを通ったからだ。いや、もっと正しい言い方をすれば―

 

振り返りたくない思いを抑え、ロサラは恐る恐る振り返る。そこにはまぎれも無く自分が先程まで居た場所『ブルー クリーク アパート』が建っている。バケモノに追われ自分で鍵を掛けた筈の扉から自分は出てきたのだ。地下の階段を通って。

 

だがいくら覗き込んでも地下への扉は無い、地面にはアパートへの石畳があるだけだ。まさかここでずっと白昼夢でも観ていた訳でも無いだろうに。

 

「兄さん・・・」

 

 混乱と不安から泣き出してしまいそうになったが何とかそれを押し留める。

 

とにかく今は進まなければ―

 

振り切るように一度頷くとロサラは再び歩き出した。

 

 

 

 


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