another SILENT HILL story 病める薔薇~   作:瀬模拓也

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第10章~繋がれる悪夢~

中間層を抜けて漸くロサラは先程の場所へと辿り着いた。

 

「アレックス!」

 

勢い良く飛び込んだが室内にアレックスの姿は無い。自分を探しに彼もまた部屋を出てしまったのだろうか。

そう思ったロサラの目に鮮やかな色が飛び込んで来た。

赤と黒を混ぜたその色は室内にあったベッドを濡らし床へと染み出している。

 

血だ―!

 

病院で、観光代理店で見たのと同じ血がそこにあった。

 

(アレックス?)

 

即座に彼の顔と鉈を持ったバケモノの姿が浮んだ。此処で襲われて―

だからアレックスは何処かへ逃げた?

 

けれどもベッドに広がる血の量は致命傷を感じさせる。

 

また頭にバケモノがアレックスの遺体を引き摺っていく姿が浮んだが血溜りはベッドの周り数センチで終わっていた。

 

「生きてるわよね?」

 

弱々しくそう呟く。それでもロサラの心には彼が何処かで無事でいる様な気がした。これがアレックスの言っていた確証なのだろうか。

今のサイレントヒルならきっと何が起きても不思議では無いのだろう。ロサラはそう思い始めていた。

 

けれどもだとしたらこの血は、病院の血は、観光代理店の血は誰のなのだろうか―?

 

 

 

 

通路を抜け小ざっぱりとした回廊に出た。無機質なドアが両隣に並び中間層で嗅いだのと同じ消毒液の匂いがする。

 

ドアを開けるとまるでその場に似つかわしくない部屋が現れる。

独房でも無く病室でも無いその部屋は壁一面をピンク色に塗られ天井からは蝶や馬のモールが釣り下がっていた。

棚を埋め尽くすヌイグルミや床に散らばったオモチャから見ても此処は子供部屋の様だ。ロサラはピンク色の絨毯の上に座る。ドールハウスや揺り木馬に囲まれると小さい頃を思い出す。

このままずっと此処に居たい気持ちに駆られ手を伸ばすと散らばった本に触れる。『オズの魔法使い』や『不思議の国のアリス』はロサラも好きだった本だ。手に取り持ち上げると装丁が砕け散りページが散乱する。

良く見ればそれはどれもゴシップ誌の一部の様だ。表紙だけ挿げ替えられていたのだ。その中の一枚が何故かロサラの目を引いた。

 

『名門ホテルの事故  訴訟問題未だ決着せず!

 

 ――以前ホテル側と遺族の対立は続き―――

 ―警告はあったとホテル側は主張――

 ―管理体制に問題が――検察側の調べで―

 ――遺族側の悲しみは続き――唯一の目撃者― 』

 

所々は掠れて読めなくなっていたが何故か心を掻き乱す。それはこの部屋に似つかわしくない物だからだろうか?

 

考えるロサラの頬を風が撫でる。

ドアは閉めた筈だ。

慌てて確かめるがドアが開いた気配は無い。風の出所を探すとベッドの下から吹いている様に思えた。

子供用とは言え金属製のベッドを動かすのは容易では無い。引き摺るようにしてどうにかベッドの位置を変えるとその下から大きな穴が現れた。

まだ地下が続いているのだろうか。

ポケットライトで照らしても底は見えない。鉄の梯子が掛かっているので降りられない事は無いが―

 

ロサラは子供部屋を一瞥する。

部屋全体がロサラを引き止めている様に感じた。

それとも―?

 

心を引き止められているのは自分の方なのだろうか?

 

「でも、私兄さんに会いたいの」

 

棚のヌイグルミ達に言い聞かせるように自分に言うとロサラは鉄梯子に足を掛けた。

 

下へ下へ・・・・・・

 

それでもロサラが思うよりも早く終わりは来た。

 

「きゃっ」

 

鉄の梯子は途中で切れており暗闇に覆われ気付かなかったロサラは足を踏み外しそのまま身体が中に舞った。

 

それも束の間の事。直ぐに激しい水音と共にロサラは地面に着いた。

水のおかげで大した痛みは無かったものの酷い匂いがする。

此処も下水の何処かなのだろう。濁った水が辺りを覆っていた。

「!?」

立ち上がったロサラの目に白い影が映る。けれどもそれは例のバケモノで無かった。

「院長先生!?」

ロサラの主治医であり病院の院長である彼が白衣を着てそこに立っていたのだ。

けれどもロサラを驚かせたのはそれだけでは無かった。

彼の手にはショットガンが握られており銃口はロサラの方を向いていた。

 

「・・・・」

 

水の上を転げるように逃げるのと銃弾が撃たれたのはほぼ同時だった。

 

「どうして!?」

 

訳が分からずに立ち上がろうとするロサラの脇を再び銃弾が飛び水飛沫を上げた。

間違いない。彼は自分を殺そうとしている。

 

「私は弱かった。誰の味方でも無かった」

 

動き難い水の中をどうにか飛んで銃弾を避ける。

早く、銃を取らないとーーーーー

 

「ずっと目を背ける事しか出来なかった」

 

彼の眼はロサラを捉えているのに。彼女を見ている様では無かった。

 

「唯、正しいと云う振りをしてお前達の世界に介入した」

 

でも、相手は先生なのにーーーーー

 

「許して欲しい。私は、こうなる事を望んでいなかった」

 

だったらーーーーーーーーー

 

ロサラの中で何かが跳ねた。

耳の奥が熱くなり血液が血管を流れるのが分かる。

 

どうして放って置いてくれなかったのーーーーーー?

 

ロサラが銃を放った。

銃弾は彼の足を掠めると痛みに院長は膝を折った。

 

今度は反対にロサラが立ち上がる。

 

懇願するようにロサラを見上げる。

その周りの水から白い腕が飛び出して来た。

 

何本も何本も

水から伸びた腕は院長の身体の至る所を掴んでいく。

 

「・・・・・っ」

 

ロサラは恐怖で張り付いていた。

先程までの怒りはもう何処かへ飛んでしまった。

体中が震える。

 

膝丈しか無い筈の水に掴んだ腕たちは院長をひきずり込んでいく

まるで底無し沼の様に身体は徐々に水の中へ沈んで行く

 

最後に何かを叫ぼうと院長は口を開けたがその言葉が放たれる事は無く幾つかの泡を残してその姿は消えて行った。

 

震える身体を引き摺りながら院長がいた場所まで行ったが彼の姿は水面には無く水も矢張り膝あたりまでしか無かった。

 

「何なの・・・・」

 

泣きそうな声が静かに響いた。

 

―彼は何をしたのか

 

―何の許しを斯うていたのか

 

もう何もかもが分からない、滅茶苦茶だ。

 

「私は・・・・・・」

 

彼を連れて行ったもの。

それは怨霊なのか、それとも彼自身だったのだろうか。

 

白く濁った頭と汚れた身体を引き摺ってロサラは水の流れてくる奥へと進んで行った。

 


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