一定間隔の2つの息使いが、夜の道に響く。
「はっ……はっ……」
「はっ……はっ……」
こうやって自主練で誰かと走るのは、何だか久しぶりな気がする。
「……ねぇ、……真姫ちゃん」
「……なに?」
「……どう思う?」
「……何が?」
走りながらだと少し喋りにくい。
「……穂乃果よ」
「…………」
真姫ちゃんが無言になる。
「何で……あんなこと、言ったのか……」
「…………さぁね」
今日の昼間。何だかんだで有耶無耶になってしまった穂乃果の発言。
『歌って踊って、皆が楽しければそれでいいかなって……』
穂乃果はこう言った。何で? どうして? 疑問が溢れてくる。ラブライブは私たちの目標じゃないの? それを目指して、今まで頑張ってきたんじゃないの?
「……ああっ、もう! 本当にイミワカンナイ!」
「……私の口癖トラナイデ」
真姫ちゃんが何か言っていたが、頭に血が上っていて聞こえなかった。するとにこの携帯が突然鳴り出す。
「ごめん真姫ちゃん。ちょっとストップ……」
真姫ちゃんに一言かけて立ち止まる。
スマホの画面には穂乃果以外のμ'sメンバーの名前が表示されている。どうやらグループ通話のようだ。
真姫ちゃんの方を見ると、真姫ちゃんもスマホを見ていた。
「私はいいわ。にこちゃんが出て」
「ん。わかったわ」
まぁ、一緒にいるのだから2人で出る必要はないだろう。
「もしもし」
電話の向こうからは、穂乃果と真姫ちゃん以外の声が聞こえてくる。
やはり、皆今日の穂乃果の発言には戸惑っているようだ。
『にこっちはどうしたいん?』
希の声が聞こえる。
そんなの決まってる。
「私は、勿論ラブライブに出たい!」
はっきりと言いきる。
これは紛れもない私の気持ちだから。
結局、穂乃果の発言の意図はわからないまま通話は終了した。
別れ道に差し掛かるとお互いに一旦足をとめる。
「ここでお別れね、また明日ね真姫ちゃん」
「ええ。にこちゃんも気を付けてよね。転んで怪我とかしないように」
「子供扱いすんなっての」
別れの挨拶を終え、真姫ちゃんと別れる。
1人になった帰り道。私は、いつもより速いペースで家に向かって無心で走り続けた。
「た、ただいま……」
調子に乗った。死ぬほどキツい。あの別れ道から意外と距離があった。それを全力で走りきった。故に、死にそう……。
「お、お姉さま?」
リビングで水を飲んでいると、奥の部屋からこころが声をかけてくる。汗だくの私を見て心配しているような、いや、少し引いているような目だ。
「ただいまこころ」
「おかえりなさい。お風呂沸いてますよ?」
「ありがと。いただくわ」
ある程度呼吸が整ったところで、一旦部屋に戻りパジャマを持ってお風呂へ向かう。
お風呂に浸かりながら、ゆっくり考えよう。
カポーン
頭も身体も洗い、湯船に肩まで浸かる。
「ふぅ~……」
『出なくてもいいんじゃない? ラブライブ』
穂乃果の言葉が不意に浮かぶ。
意味がわからない。第2回ラブライブなんて、穂乃果が飛び付きそうなイベントじゃない。
絵里の言う通り、何か穂乃果なりの考えがあるのか?
希の言う通り、楽しく歌って踊って練習して、たまにライブをやってるだけで満足してしまったのだろうか?
ことりの言う通り、生徒会が忙しいからなのだろうか?
でも、海未の言う通り、穂乃果がそんなことでラブライブに出なくてもいいなんて言うとは思えない。
確かに廃校の危機はひとまず無くなった。穂乃果たちも初めはそれ目標としていた。
でも、それなら廃校が無くなった今もスクールアイドルの練習を続けているのは何でだ?
μ'sメンバーと常に一緒に居たいから?
違うはずだ。それなら部室で駄弁ってるだけでいいではないか。
なのにまだ練習を続けているのは、歌うのが、踊るのが、スクールアイドルが大好きだからではないのか?
そんなスクールアイドルの大舞台。スクールアイドルの祭典。それがラブライブ。
全てのスクールアイドルの憧れ。全てのスクールアイドルの目標。全てのスクールアイドルの夢。
そう言っても過言ではない。
なのに、何で………………
「プハーーー…………っ!! 逆上せる!」
にこは湯船から勢いよく出る。
これ以上難しいことを考えながら入っていたら、逆上せてしまいそうだ。
にこはバスタオルで身体を拭き、パジャマを着る。
自室に戻り、ドライヤーで髪を乾かす。
髪を乾かし終えたらストレッチ。今日はランニングもしたし、お風呂上がりは毎日しっかりとすることって絵里も言ってたしね。
入念にストレッチをしていると、再び携帯が鳴る。
また絵里たちかしら?
ベッドの上に置いてあったスマホを取り、画面を見る。
比企谷 八幡
……? あいつから電話とか珍しくね?
「もしもし」
『……よう』
電話の向こうから少し暗めの声が聞こえてくる。
いやいや、あんたから電話してきたんだから、もう少し元気な声で喋りなさいよ。
「どうかしたの?」
『あー……、ああそうそう。何かラブライブとやらが開催されるのが決定したんだろ?』
何でこいつがそんなことを知っているのかは知らないが、一応聞かれた質問には答える。
「ええ、そうよ。前回よりも何倍もの規模らしいわ」
『ほーん。μ'sは?』
「……ん?」
『いや、ん? じゃなくて。μ'sもエントリーするんだろ?』
「………………さぁ?」
相変わらず、ピンポイントで嫌なやつだ。
『いや、自分達のことじゃねーのかよ。…………………………何かあったのか?』
……。まぁいいか。部外者に言うのもどうかとは思うけど。私も1人で考えてもダメだったところだし、聞いてもらおう。
そして、私は今日あったことを話し始めた。
『…………あー、それは何か理由があるんじゃないのか?』
「……多分ね。でも、それがわからないのよ。穂乃果は皆が楽しければそれでいいって言ってるんだけど」
『じゃあそうなんじゃねーの?』
「それじゃあ穂乃果らしくないのよ。あの子の性格からしてそれはないと思う」
『つまり、高坂穂乃果は普段そんなことを言う奴じゃないと』
「うん」
『ふぅん。……ま、話は聞いたしもういいか』
「……へ?」
『もう切るわ』
「え、え? いや、ちょっとっ」
いきなり!? 何事!?
『じゃあな』
「いやいや、はぁ!? ちょっと待ちなさいよ! 何なのよ一体!?」
『あーそうそう。1ついいこと教えてやるよ』
「は!?」
『人ってのはそう簡単に変われる生き物じゃないぞ』
「は、はい?」
『それなのに変わったように見えるなら、それは本人が変わったわけじゃない』
「……? 何を言ってるの?」
『そいつが変わったんじゃなく、周りの環境が変わった。そうせざるを得ないような状況になったとか、過去に何かしらトラウマになるようなことがあったとか、理由は色々だ。まぁ知らんけど』
「…………」
『ま、そんだけ。じゃあな』
電話が切れた。
「……何なのよあいつ」
いきなり電話してきたと思ったら、意味わからないこと言うだけ言って切っちゃったし。
……? そうせざるを得ない状況? 生徒会のこと? それに過去のトラウマって? あの穂乃果に?
ん? トラウマ……
そのとき、にこの脳裏には、雨の日の屋上ライブでの出来事が浮かんでいた。
やっぱり違う県なのでそう簡単には会えないだろうと思い、電話での八幡登場にしてみました。
次回もお楽しみに
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