ルークの英雄譚(TOA×聖剣伝説LOM)   作:ニコっとテイルズ

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ぐま!


実は、TOAの二次創作を書くのはこれで2回目です。初めの作品はどこにも投稿はしてませんけど。
 オリキャラ入れて、原作沿いで17万文字くらいの小説を、セントビナー崩落くらいまで習作として書きました。

 TOAファンならお馴染みのあの事件をほぼ原作通り起こして、その時のルークの心情描写も描きました。執筆中にルークに対して……1話の縦読みの時の想いを抱きまして……よし、この子ならモチベーションを失わずに済むぞ! と確信してこれの執筆と相成ったわけです。
 ああいう感情を抱いたキャラ以外、主人公として書きたくないんです、私。〇〇いいは正義! たぶんティアと同じですよ。


8.「果樹園」と「小さな魔法使い」

 ガイアの知恵を授けられたルークは、ひとまずマイホームに戻ることにした。

 

「もう一度家を回れ、ねえ」

 

 ガイアからそう言われたが、何のことかと、ルークは思う。

 少なくとも、ガイアが、何でも知っているというのは間違いないし、気分の悪い奴ではないからその助言には従ってみる。

 

 ルークは、チャボを牧場でエサをあげて休ませた後、家でしばらく休憩した。

 念のため家の中を調べて、ベッド脇にいる、頭のてっぺんに赤い花の咲いている人面のサボテンにようやく気付いて僅かに水を上げた。

 しかし、

 

「………………」

 

 サボテンは無言のままであった。

 いや、ルークからすれば、本来それが普通である。

 しかし、タマネギや岩山が喋るのに、肌色の呆けた表情をしているサボテンが話しても不思議じゃないじゃん、と思ってしまう。

 

 試しに、俺から何か話しかけてみるか。

 

 そう思ったルークは、今まさに体験してきたガイアとダナエとの思い出について語り掛けてみた。

 自分を見つめなおせたルークは、ダナエの優しさや悩みだけではなく、ガイアに出会うまでの逡巡と迷いをすべて赤裸々に伝える。

 しかし、

 

「…………………」

 

 サボテンはそれでも無言のままであった。

 

「…………………」

 

 手応えのなさに、ルークも無言になる。

 今の時間は何だったのだろうか。

 俺は何のために、こんなことに時間を潰してしまったのだろうか。

 周りに人がいなくてよかった。こんな恥ずかしいことしているのを見られたら、ベッドから起きたくなくなる。

 これ以上ないほど特大の苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべたルークは、床に怒りを踏みつけながら、一階へと戻って行く。

 

 だから、ルークは気づかない。

 

「おおきなかおー」

 

 鬼のいぬ間に植木鉢からピョコッと出てきたサボテンがそう呟く。

 階段脇の柱に掛けられている緑色の葉っぱの形をした伝言板の元へと、シャコシャコと駆けて行く。

 そして、人間と同じように持つ葉っぱの腕を器用に動かし、どこから手に入れたのか、ペンをトゲとトゲの間で器用に挟み、書き記していった。

 無人の二階では、そんなことが行われていたことに、ルークは気づかなかったのである。

 

 後にルークは、急に伝言板に文字が増えていることに驚愕することになる。

 そして、「サボテンくん日記」という表題を見て、思わず件のサボテンを睨みつけた。

 しかし、その含蓄ある文章に、意外と感心させられもした。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ルークは、廃墟に近い小屋を回ったのが徒労に終わった後、うんざりした表情でまだ確認していない空き地へと向かって行く。

 どうせここも、緑の芝生のまんまだろ、と思っていたら、

 

「うわ、なんだよ、これ!」

 

 リュオン街道で見た巨大な植物のモンスターのバドフラワーが数体犇(ひし)めいていた。

 

「てめぇら、人の家で何やってやがる!」

 

 自然と「自分の家」と言えたことに、ルークは僅かに驚いたが、今重要なのは目の前に群がる植物のモンスターである。

 ルークは、腰からブロンズブレードを引き抜いて、雑草刈りに取り掛かる。

 

 この程度、ルークには造作ない。

 その手に持つブロンズブレードは、リュオン街道で見せたように、ばっさばっさと、上下分離をしていく。

 グエー! と断末摩の声をあげながら、雑草は次々と頭と体が分かれていく。

 

「ふぅ、かりぃかりぃ!」

 

 雑草刈りをあっという間に終えたルークは、ふ―、と息を吐く。

 

「つっても、ここにも何もねーじゃねぇか……うおっ!」

 

 ガイアの助言を不満に思っていたルークは、急な地震に驚く。

 

 それは奇妙な地震であった。

 確かに周りの地面は、刈り取ったバドフラワーの残骸は、激しく揺れているのに、自分の周りだけは全く揺れていないのである。

 まるで、自分だけは傷つけまいとしているみたいに……

 

「な、なんだ、あれは!」

 

 ルークは、目の前に巨木が生えて来るのに驚いた。

 種から芽を出して、幹が出てきて、枝を葉で覆い茂らせて……などという悠長な成長ではない。

 既に生育をとうの昔の終えたような巨大な老木がまるごと地面から生えてきているのであった。

 

 なので、ルークの目から見れば、フサフサと豊かな髪のように覆いつくされた樹葉が、地面から出てくる。

 次に、巨木の幹が見える。

 その次に見えたのは、鼻だ。まるで童話出て来る人形のように、ニョキっと真上を向いた鼻が出現した。

 そして、鼻の僅か下から木の根元が生えてくると同時に、巨大な老木の出現は止まり、同時に地面の揺れも収まる。

 それと同時に、自分の周りを巨木のものと思われる根っこが、縦横無尽に取り囲んでいることに気付いた。

 

 もしも、これが襲い掛かってこようものなら敵うまいと、ルークは思ったが、そういった敵意は感じない。

 出て来る時には気づかなかったが、巨木の鼻の周りには大きくて穏やかな樹皮の眉を伴った、二つの瞼の閉じた瞳がある。

 そして、鼻の下には、常に笑顔を湛える三日月型に開かれた大きな口があった。

 ついさっき、岩山が話していたのを見ていたルークは、巨木の出現には愕然とする。

 

「ん? ……おまえか。私を目覚めさせてくれたのは……」

 

 巨木が、瞼を開く。予想通り、パッチリと大きな瞳だ。

 老人と同じように、鷹揚でしわがれた声で話しかけくる。

 

「お、お前は……」

 

 ルークは、岩山が話しかけているのを目撃している。なので、巨木が言葉を投げかけてきていることには驚かない。

 それでも、心の中では巨木の登場の余波が納まっておらず、何とか声を振り絞るのが精一杯であった。

 そんなルークに、常の笑みを固定された巨木の顔は、全身の硬直を解き放つように、優しい言葉を投げかける。

 

「私は、トレント。ここにずっと棲んでいるのだよ。

 しばらく、眠っていたが、君が起こしてくれたんだよ、ルーク」

「……そう、なのか」

 

 もはや、自分の名前が知られていても、ルークは疑問に思わない。

 疑問に思う必要さえ、ガイアやトレントの威容さからは、浅はかなことと無意識に考えてしまうのだ。

 知っているから、知っている。理屈を吹き飛ばす問答無用の偉大さなのである。

 

「……ところで、ルークよ。種をもっていなかい?」

「たね? たまにこいつらが落とすヤツか?」

 

 ルークは周りのバドフラワーを見ながら、訊き返す。

 リュオン街道で、ダナエから戦利品として、種を持つように助言されていた。

 

「そうだ。君の持っている種から、私は、果実を育てられることができる」

「果実って、チャボのエサになるやつか?」

「そう。君が種をくれて、私が飲み込めば、数日後に様々な果実がとれるだろう」

「ほ~ん。でも、俺、旅に出るから、じっくりと世話とかできねぇぞ」

 

 いつの間にか、ルークは普段通りに話していた。

 心身を弛緩させてくれる言葉は、偉大だと、密かに思う。

 

「その心配はない。

 私は、飲み込んだ種にマナを注ぎこみ、枝を生えさせることができるんだ。

 私一人で十分なのだよ」

「へ~、すげ~じゃん。でも、なんでそんなことしてくれるんだ?」

「それが私の役割だからさ。

 私が吸収するマナの力を、種にも注ぎ込み、たわわな果実を実らせて動物たちに食べさせる。

 そして、植物や動物が死んだら、再びそのマナを吸収して、次に生まれる彼らの子孫に与える。

 これが自然の掟なのだよ」

 

 ルークは、退屈ではないかと思いながらも、当然のように語るトレントにそう言うのは無粋に思われた。

 チャボのエサも無限ではないし、果実を育ててくれるなら、種を与えることを拒む理由はない。

 

「わぁった。じゃあ、種をやるよ」

 

 ルークは、懐からバドフラワーから拾ったおおきな種と、ちいさな種をトレントの口に投げ入れる。

 ゴクン、と音を立ててトレントは呑み込む。マジで人間みたいだ、と密かにルークは思う。

 まだ入る、と言うので、ルークは先ほど倒したバドフラワーから、ほそながい種とおおきな種を投げ入れた。

 再び、ゴクリ、という音が響く。

 

「なかなか良い種だ。果実が生えるのを楽しみにしてくれ」

 

 常に笑顔のトレントであるが、種を飲み込んだ時は、格別に満足げな笑みを浮かべているように見えた。

 

「そっか。じゃあ、頼んだ」

 

 ルークも、良いことをしたと感じ、空き地改め果樹園から、家の方へと戻って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、外に出てアーティファクトを使おうと、家を出た瞬間、

 

「大変よ! 大変! ドミナの町の空き地にコワ~イカボチャが生えてきたの!」

 

 以前にチャボを運んでくれたペリカン便のアマレットちゃんが、血相を変えてマイホームに飛来してきた。

 

「あ? それどういう意味?」

「そのままの意味よ! 魔法使いが二人、カボチャのお化けを操って、私たちをミナゴロシにしようとしてるのよ!

 あのコワ~イコワ~イカボチャを何とかしてくれなきゃ、ミー、安心して郵便配達できないじゃない!」

 

 ペリカン便は、垂れ下がった口を地面にぶつける勢いで言葉をとめどなく投げかける。

 しかし、ルークは、

 

「……なんで俺のところに来るんだよ? ドミナの町なら、腕っぷしの良い奴なんざ腐るほどいるだろ。瑠璃とか」

 

 素直には赴こうとしない。

 新しい場所に行きたいし、何より人と戦うのはごめんなのである。

 

「あの蒼男が働くわけないでしょ! 他に役に立ちそうなのはあんまりいないのよ。

 ドミナの町は、商店とかバザールとか、普通の商売で生きている人ばっかなんだから!

 つよ~い戦士なんか、みんなこんなとこは飽きた、って言って別の街に行ってるワヨ!」

「ふ~ん。そうなんだ。……でもなぁ……」

 

 確かに、このペリカン便には、チャボを運んでくれたことと、タダで成長しきるまでのエサを貰った恩はある。

 しかし、だからと言って、わざわざ自分が行く必要があるだろうか?

 なおも、う~んと、腕を組み逡巡するルーク。

 

 しかし、その際にペリカン便から視線を逸らしたのがいけなかった。

 

「あ~ん、もう! こうなったら!」

 

 自棄になった声を聞いて、ルークが再びペリカン便に意識を向けようとした時、そこに姿はなかった。

 代わりに、

 

「うおっ!」

 

 迷えるルークに業を煮やしたペリカン便は苛立ち、背中から強襲してその首根っこを掴み上げる。

 そして、ルークの腰ほどしかない体長からどこからそんな力が出るのか、鉤爪に掴まれたルークの体は、一気に宙を舞う。 

 

「何すんだ、いきなり! 放せ、放せったら!」

 

 見る見るうちに地面が遠ざかり、マイホームの全景が小さくなっていくのに恐怖したルークは、じたばたしながら抗議の声をあげるが、

 

「放(はな)したら死んじゃうワヨ!」

「話(はな)すんじゃねぇ! 頭が痛ぇじゃねぇか!」

 

 ペリカン便が話すたびに、その大きく垂れ下がった口が、ルークの頭をビシバシと叩く。

 かなりの郵便物が詰まっているのか、ずっしりとした重量のある打撃となっている。

 

「もう~、はなせとか、はなすなとか、どっちなのよ!」

「しゃべるなって意味だ!」

 

 同音異義語の厄介さに気付いたルークは、頭の痛みとともに顔を顰めた。

 そして、既にペリカン便が鉤爪を緩めたら、間違いなく死ぬ高度に飛んでいると理解した時、ルークは抵抗を諦める。

 

(何でこんな強引なんだ! ドミナの町の連中は!)

 

 蒼男、タマネギ、超デブ鳥……そして、ペリカン。

 どいつもこいつも強引で、ルークの話を聞こうともしない。

 

 こんな奴らが走馬灯になるのはごめんである。

 だから、胸中昂る憤りを伝える機会は、生憎となかった。

 

「………………」

 

 もはや何も思わず、方々駆け巡って無駄足となった町の無償奉仕をさせられることに、諦観の念を浮かべたルークは浮いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

(世界を支配するのは他でもない! このオレだ!)

 

 邪悪なカボチャ畑を周りに囲い込みながら、7歳の魔法使いバドはそう確信している。

 

「ケケケケケ!」

「バド~。そ~ゆ~笑い方やめてー」

 

 バドとほとんど同じ背丈、全く同じ髪色の少女が、バドの嗤い声に眉を曇らせる。

 彼女の耳には、「嗤い声」ではなく、「笑い声」に聞こえるのである。

 残虐な支配者と思い込むには、彼の人となりを知り過ぎていた。

 いや、仮に知っていなかったにせよ、少々イタズラが過ぎるだけの7歳の子供の、大魔法使いになるために研鑽を積んできた声が、そうそう邪悪に転嫁するはずもない。

 

 はっきり言ってしまえば、可愛らしい声なのである。我が弟という贔屓目を差し置いても。

 

「コロナ! お前も笑え!! 支配者スマイルだッ!

 ケケケケケケケケケケケケッ!!」

「カボチャで世界を支配するの??? バッカみたい!」

 

 邪悪を無理に気取って、なおも言葉だけの高嗤いを上げ続けるバド。

 コロナと呼ばれた少女は、どうしてこうなった、と溜息を吐く。

 

 こんなはずではなかった。

 バカな宣言をしたバドのイタズラにほんのわずかだけ付き合って、彼の気を済ませたら共に学園に帰る予定だったのである。

 

 ところが、予想以上にバドは用意周到であった。

 バドは彼の得意とする木の魔法と、土の魔法を駆使して、思った以上に大量のカボチャをこっそりと育てていたのである。

 

 この世界において、「カボチャ」とは、2つの意味を持つ。

 一つ目は、パンプキンボムという果実。

 口と目がギザギザしていて中身をくり抜けば仮装パーティに使われるが、その中身は甘くて美味しい。純然たる果実である。

 二つ目は、カボチャ爆弾である。

 特殊な過程で育てられたカボチャは、その名の通り残虐非道な火炎爆弾になるのだ。

 爆風の威力は、小さな建物ならば吹き飛ばせるほど。

 それは、砂漠にすむ狂暴な巨大生物、キーマも武器として使うらしい。

 

 そして、残念なことに、バドが作っていたものは爆弾の方であった。

 「コロナ、一緒に世界を支配するぞ!」と言われた時は、何を戯言をと呆れた視線を向けたものであるが、案内された畑に積みあがった夥しい数のカボチャを見て気が変わった。

 ここまで準備しているのだったら、少々イタズラに付き合ってやってもいいか、と思ったのが運の尽き。

 

 ちょっと外に出て花火に付き合うだけかと思ったら、あろうことかバドは、学園に退学届けとともに本当に宣戦布告までしたのである。

 「ケケケ。俺様は、今からカボチャで世界を支配する。首を洗って待ってろよ」と言い残して、颯爽と去って行ってしまった。

 これまでバドのイタズラにさんざん手を焼きつつ、彼の勤勉さを評価していた教師陣達も、さすがに危険な武器の製造は看過できなかったらしい。

 あっという間に、退学届けは受理され、慌てて止めようとしたコロナが精一杯温情を求めても無駄であった。

 

 コロナにとって、バドは双子の弟。同じ紫色の髪の毛に、同じ人生を歩んできた唯一の肉親なのである。

 そんな可愛い弟を見捨てられるはずもない。陳情が無駄だと悟った時、後を追うように、退学届けを出す羽目になってしまうのである。

 

 もはや行く宛てもない身となってしまったコロナは、やけっぱちとなった。

 もういっそのこと、行く所までバドと一緒に行ってしまおうと思ったのである。

 それで、適当なところでバドの頭が冷えてくれれば良し。捕まれば、たぶんどこかの孤児院に投げ込まれるだろう。

 万が一、いや、億が一世界を支配しようものならそれでもいい。私とバドは困らない。絶対にないとは思うが。

 

 ということで、居場所がなくなってしまったせいで、逆にコロナがバドの味方になってしまった。

 ここまで計算して、学園に宣戦布告をしたならば、バドは大した策士だと思う。

 ……生憎と、後先考えない上に向こう見ずなところを何度も目撃しているので、それはない、と確信できるが。

 

 まずバドが支配拠点として選んだのは、ドミナの町。軍事力の弱いここなら攻め落とすのは容易とのこと。

 えらく合理的ではあるが、それでも止めに来る大人はいるだろう、とコロナは思って、一緒にカボチャ畑を作っていった。

 ところが、町はずれは全く人が寄り付かず、何時間作業しても一向に止める者は来なかった。

 

 そして、大人たちがようやく気が付いた時には、もう既にパンプキンパーティは出来上がっていた。

 芸の細かいバドが作った照明用のカボチャに、コロナがサラマンダーの火炎を灯し、次々と組み上げいく。

 その最中に、「さあ! 宣戦布告の花火だ!」と高らかに宣言したバドが、大量のカボチャ爆弾を次々打ち上げ、カボチャ畑の上空は、同心円状にもうもうとした雲が積み上がっていた。

 

 そして、コロナの眉が曇天の空を象(かたど)り、その溜息が雲へと吸収される頃には、近くの住宅地の人間は全員避難してしまっていた。

 誰か止めてくれるだろう、というコロナの淡い期待の、淡いすら蒸発させてしまうほどには、どうやら爆弾花火の火力が大き過ぎたらしい。

 唖然・呆然として、幼いながらもしっかりとしていた彼女の本性までが、情けなさすぎる大人たちによって、吹き飛ばされてしまった。

 思考力を失って黙々と作業をしていたコロナが気が付いた時には、十二分なまでにおぞましいカボチャ畑が、町はずれにできていたのである。

 

(こんなんだから、大人たちは!)

 

 人間、凶悪犯が暴れ続けていると、凶悪犯その人に憤りをぶつけるよりも、その凶行を止められない保安の任務にあたっている者を責めるものである。

 コロナの思考は、まさしくその状態であった。

 止められない大人の何と情けないこと。誰か、骨のある大人は来ないものかしら?

 

 そう思っていると、

 

「ここヨ!」

「着いちまったか……って、ぶへぇ! ……いっつつつ……おい! こんな高ぇところから降ろしてんじゃねぇよ、クソペリカンが!」

 

 青空からやって来たペリカン便が、紅の長髪の少年を曇天の空の端の所で落とした。

 少年というより、2人から見れば、青年のお兄さんである。 

 

 しかし、あいにくとその青年の登場の様が格好良いとは言えない。

 カボチャ畑に恐れおののいたペリカン便が、かなり高い所からポイ捨てするような形で、降ってきたのである。

 

 着地に失敗して、青年は、ぶへっと、情けない声をあげながら、顔から地面に叩きつけられた。

 しかも、あろうことか青年は、曇天の下でのカボチャ畑よりも、青空の上へとさっさと逃げて行くペリカン便の方に憤りを向けていた。

 

(あれが、止めてくれる人?)

 

 思い描いていた像とは大きくかけ離れた姿に、コロナは、疲れた表情を隠せない。

 少しも期待できない。頗る期待できない。少しでいいから期待させてください。

 胸中の嘆きのメロディーは、誰にも届かない。

 そして――――

 

 

「怪しいヤツめ!!  追い返すぞ! コロナ!」

 

 バドは、赤い髪の青年を指差していきり立ち、臨戦態勢に入ってしまった。

 懐から、母の形見であるフライパンを取り出して構える。

 

「やれやれ……」

 

 自然と口から出たその呟きに、今までにないほど意味が込められていた。

 含蓄があり過ぎて、それを分析しているよりも、コロナは目の前の紅の髪の青年を叩きのめしたい気分である。

 だから、父の形見であるほうきを取り出して構える。

 

「……んだ? ただのガキじゃねぇか」

 

 二人の声に振り向くルーク。

 この世界において、実はそのガキと呼んだ少年少女と同い年であることに気付くことはない。

 

「何だと! 俺は、これからこの世界を支配するんだ。手始めに、まずお前をやっつけてやる!」

「……止められるものなら止めてみて下さい」

 

 バドは必勝の挑発。コロナは懸命の懇願。

 しかし、ルークには、どちらも同じ挑発の声にしか聞こえなかった。

 

「ったく! ガキどもの相手は俺の趣味じゃねぇんだがな」

 

 ルークは、腰から青銅の刀身を抜かず、鞘に収まったまま剣を構える。

 人を殺すことを良しとしないルークからすれば当然のことであった。

 

「なんだ! なめてんのか! 本気で来ないと殺しちゃうぞ!」

「はっ! テメェらみてぇなガキに俺が負けるかっての!

 オメェらなんざこの程度で十分だ!」

 

 嗚呼、なんと期待の持てない子供の対応であろうか。

 コロナは、全てが正しかったことを確信する。

 殺すつもりはないが、やっぱり、このほうきで、あっちへ追い払ってやろう。

 抑えのきかない子供は、バドだけで手一杯である。

 

「行くぞ!」

「……行きます……」

「どっからでもかかってきやがれ!」

 

 

 こうして、7歳同士の戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルークは、内心戸惑っていた。想像以上に手強いじゃねぇか、コイツら。

 

 怒りの籠った表情のバドの方は、フライパンから岩山を吐き出したり、鋭利な木の葉を飛ばす魔法で攻めて来る。

 コロナの方は、バド以上に据わった眼から、辺り一面に火炎を撒き散らす魔術のみを使用していた。

 ……実は金の魔術もコロナは得意なのだが、彼女は、意思を火の魔法に込めて表現したかったのである。

 

 二人の意図はともかくとして、ただでさえ2対1と分が悪いルークは、なかなか2人に近づけずにいた。

 しかし、近づけはしないが、2人の魔術を避けられるくらいには、ルークも俊敏である。

 そして、魔法の詠唱中にできる僅かな隙を細かく積み重ねながら、徐々に距離を詰めていくことにした。

 

「っ! こうなったら!」

 

 段々とルークの影が近づいてくることに焦りを覚えたバドが、傍らにある蔓を引っ張った。

 

「何だ…………!?」

 

 すると上から、『ケケケ』と吹き出しのついたカボチャ型爆弾が降ってきた。

 コロナは、畑の奥の方へと避難する。

 それを見たルークは、とっさに町はずれの入り口の方へと踵を返した。

 その判断は、迅速かつ最適であったが……

 

「うぉっ!!」

 

 狭い檻(カボチャ)の中から一気に噴出した爆風は、その残骸の細かい切れ端を、猛烈かつ大量にルークに浴びせることになった。

 畑の奥の方には及ばないようになっているのか、2人には被害の欠片もない。

 背中が丸くなり、頭を抱えたのはルークのみである。

 

 唸る空気の振動と、突き刺してくるカボチャの破片。

 爆風が収束した後、ルークの体には大量の切り傷ができていた。

 

(いてぇ!)

 

「今だ!」

 

 蹲るルークを見て、得意げに詠唱を開始しようとするバド。

 さすがに、やり過ぎではないかと、躊躇するコロナ。

 

 しかし、心中で臨戦態勢を崩さなかったルークが、体中の細かな痛みの総和に耐えつつ、すぐさま体を反転させて見たものは……

 

 

 

 黒焦げの爆心地。 

 

 

 

 ……おいおい。これは、いくら何でもやり過ぎじゃねぇの?

 あの場にいたままなら、間違いなく自分が爆散していた。

 痛みという痛みすらなくなるほどの衝撃であることが、容易に窺える。

 

 ルークは思う。

 こいつら、俺を殺そうとした?

 こんなどでかい爆弾を爆破させて。

 マジで殺す気だった?

 モンスターから命を狙われても、人から命を狙われたのは、これが初めてである。

 しかも、ガキ2人に。

 

 ……戦慄の前に、噴き出してきたのは怒りである。憤怒という言葉が、これ以上なくピタリと当てはまる。

 こっちは、ちょっとお灸を据えてやろうと思っただけなのに、何だよ、これは。

 なめてんのか? 人の命を。

 世界を支配するって言う、ふざけたこと抜かして、マジで人を殺す?

 

 ルークの体は震える。

 全身の細胞が、一斉に振動しているようであった。

 やがて己の体だけでは、怒りを抑えきれなかった。

 

「へっ、これでとどめだ!」

 

 そう言って、得意げな顔で詠唱を完成させようとしていたバドの声が、ルークの臨界点を超える契機であった。

 

 

 

 

「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」 

 

 

 

 

 怒気を孕んだ声とともに、ルークは、大地を強く踏みつける。

 

 すると――――

 

 ルークの足元から噴出したエネルギーは、大地を切り裂いた。

 

 

 

 地割れだ。

 

 

 

 この場合、目だけで追ったならば、地面が割れていく過程は捉えきれなかった。

 しかし、その目が伝えてくれたのは、ルークの踏みつけた足から、直線上の地割れのラインが、地続きとなっていた大きなカボチャの照明を切り裂いたところまで到達していたという結果である。

 中にある灯火をも吹き飛ばし、カボチャは真っ二つに切り裂かれていた。

 抉れた地面の深さは大したものではなかったが、そんなものは地割れの速度の衝撃を相殺しきれるものではない。

 まるで、巨人が刀をもって、瞬速の一閃を入れたかのようであった。

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 誰も彼もが動けなかった。

 力を発したルークでさえ、こうなるとは思っていなかったのである。

 

 その力が超振動であるということに、誰もが気付かなかった。

 ありとあらゆる物質を分解し再構築する現象であり、ルークのいたオールドラントでは2人のみが単独でその力を起こせるということを、解説できる人間は誰もいなかった。

 

 全身の痛みも、全身の怒りも、もはやルークには関係ない。

 ただ己の齎した衝撃に、今度は全身の細胞が麻痺してしまった。

 ただの怒りがこうなるとは……から、心の中で二の句が継げない。

 

 バドも、詠唱を完成しきれず、己のほんの僅か隣にある抉れに目を離せないでいた。

 ―――地面を踏みつけただけでこうなるのか。

 自分が相対した敵の恐ろしさに戦慄を隠せなかった。

 

 コロナも、固まっている。

 もちろん、その衝撃の強さが、彼女の心をも凍結してしまったのである。

 ただ、バドに当たらなくてよかったと、まずそう思った。

 

 超振動に時間を停める作用はない。

 しかし、禍々しいカボチャ畑は、今この瞬間だけ、確かに世界から隔離されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず、初めに我を取り戻したのは、コロナである。

 手に持っているほうきを、まず地面にそっと置いた。

 そして、バドとルークの間に入る形で跪き、両手を地に付け、深々と頭を下げる。

 その流れるような挙動に、ルークとバドの時間も動き出した。

 

「申し訳ありませんでした。

 このようなカボチャ畑を作ったこと、私と私の弟が攻撃したことを謝罪いたします。

 特に、カボチャ爆弾に関しては、深くお詫びします。

 私たちは投降しますので、どうか命だけは助けてください」

 

 バドのイタズラの謝罪に慣れていたコロナは、7歳ながら澱みなく言葉を紡ぐ。

 もはや、紅の髪の青年を侮る気持ちも、期待外れだったと失望する気持ちもない。

 ただただ、バドの命を助けようと必死だった。

 

「………………」

 

 ルークは茫然としている。まだ正気を取り戻すには至っておらず、ただコロナの謝罪の様を目だけで見ているのみであった。

 

 衝撃的な地割れは、バドの目を醒まさせるのにも十分であった。

 ―――こんな力を持つ人がいるのに、世界を支配できるはずがない。

 そう確信したバドは、コロナに倣いフライパンをそっと地面につけ、コロナの隣で頭を伏せた。

 

「申し訳ありませんでした!

 俺、調子に乗っていました。こんな力を持つ方とは知らず、とんでもない無礼を―――

 本当に申し訳ありませんでした!」

「………………」

 

 バドの謝罪で、ようやくルークは現実を認識できるようになった。

 しかし、このような謝罪を受けたことのないルークは、自らの前で頭を下げる少年少女に何と声をかければ良いのかわからない。 

 そうではあったが、次なるバドの言葉が、ルークに話すきっかけを齎した。 

 

「都合の良いことだとは、わかっていますが……どうか俺を弟子にしてくれませんか?」

「……弟子?」

 

 オウム返しにルークは訊ねる。

 

「はい。俺たち、魔法学園にいたんですけど、もう行く宛てが無いんで、どうか師匠(ししょう)の元へ置かせてくれませんか?」

 

 

 

『師匠(ししょう)』

 

 

 

 ルークにとって、自分がそう呼ばれるとは考えたこともなかった魅力的な響きである。

 ヴァンという絶対的な『師匠(せんせい)』がいるルークは、まだまだアルバート流の剣術の免許皆伝には至っていない。

 もしも、ヴァンに弟子がいると知られたら、十年早い、とどやされるに違いないだろう。

    

 しかし、ルークは単純であった。

 思ってもみなかった、けれど一度は呼ばれてみたいと無意識に思っていた呼称に、グイと心が傾いてしまったのである。

 『師匠(ししょう)』『師匠(せんせい)』『師匠(ししょう)』『師匠(せんせい)』

 

 文字は同じなれど、響きが異なる2つの名前がルークの心中をグルグルと駆け巡る。

 とどまることを知らない2つの響きの循環は、やがてルークの中で1つの回答を形作ることになった。

 

「わぁったよ。お前たちを、このルーク・フォン・ファブレの弟子にしてやるよ」

 

 高らかに響いたその声で、2人はすぐに視線を地面からルークへと向ける。

 バドは、一瞬の驚愕がすぐに喜色満面の笑みに。コロナは、信じられないものを見る目に。

 

「ありがとうございます! 俺はバドで、あいつがコロナ。姉と弟なんです」

「あわわわわ。なんて心が広いというか、何というか……」

 

 2人の表情と返答を満足げにみつめるルーク。

 そして、厳然としていたヴァンを思い出しながら、一転笑みを隠し、厳しい表情をとる。

 

「ただし、2つ条件がある!」

 

 ルークは、腕を組み、眉を尖らせながら告げる。

 その張りのある表情と声音に、バドとコロナにも、緊張が走った。

 

「一つは、絶対に人を殺さないこと! 金輪際、人を殺すような真似はするんじゃねぇ!

 わかったか?」

「はい!」

「はい!」

 

 威勢の良い返事に、ルークは鷹揚と頷く。

 ルークとしては、これは、絶対に譲れない部分であった。

 

「よし! 次に、俺のことは、師匠(ししょう)ではなく、師匠(せんせい)と呼ぶこと。

 守れるか?」

「はい、師匠(せんせい)!」

「はい、師匠(せんせい)!」

 

 これは、ルークの願望である。

 師匠(ししょう)ではなく、師匠(せんせい)と呼ばれたいのだ。

 弟子を持つことなど考えたこともなかったが、こう呼ばれたくてたまらない。

 だから、重要な条件として設定したのである。

 

「よし! 良い返事だ。じゃ、手始めにカボチャを片付けようぜ。

 俺も手伝ってやるから」

 

 ルークが意識しているのは、もちろんヴァン師匠の姿である。

 弟子に対して、常に真摯に向き合ってくれたその姿は、誰よりも輝いて見えたのである。

 なればこそ、自分が師と仰がれるならば、その姿勢は受け継ぎたいのであった。

 

「はい、師匠。よろしくお願いします」

「本当に、何もかもすみませんね」

 

 弟子も素直であった。

 調子のよいルークは、先ほどの地割れを思い返すことなく、バドとコロナに言われるまま、カボチャ畑の片付けの作業を手伝ったのである。

こうして、ドミナの町のはずれは、地面の亀裂を除いて日常の町の風景に回帰した。

 そしてそれは―――

 




・7歳かぁ。私が聖剣伝説LOMを初めてプレイした年齢ですね。「YOU」の意味が分からず、「ワイ・オー・ユー」と読んでいた時代です。それが今こんなものを書くとは……。


まっ!

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