ルークの英雄譚(TOA×聖剣伝説LOM) 作:ニコっとテイルズ
実はこの小説を書く前に、「喋れないルーク」でTOAの原作再構成しようかな、と思ってました。言葉は話せないけど、一生懸命意思表示をしようとするルークの姿にみんなが萌えて、序盤のパーティ内のギスギス感がだいぶなくなりそうなかな、と。
それがボツになったわけではありませんが、今はこっちが優先ですね。もしも書いてくださる方がいらっしゃれば、是非とも拝読させていただきます。
結局マイホームにとんぼ返りしてから、ルークとチャボは翌日改めてリュオン街道に向かった。
街道自体は、人や馬車の通りやすいように踏み固められ、よく舗装されていたため、交通という点では都合の良い場所であった。
しかし、今その利益を享受しているのは、無辜の人間ではなく、凶悪な盗賊や狂暴なモンスターたちであったりする。
盗賊の出没で往来する人々の流れが断ち切られ、そこに野生のモンスターが住み着くことで、現在の寂れた街道が出来上がってしまったのであった。
街道脇の縁石に雑草が無秩序に蔓延り、至る所で裸のまま朽ちている木々が点在し、入り口の足元に動物の骨が落ちていれば、誰もが踵を返すであろう。
ルークも本来はそうだったかもしれない。
リュオン街道に入ったところで、獣人の女性を見かけなかったならば。
(なんだ? ここは意外と人気スポットなのか?)
昨日に引き続き、寂れた街道の入り口で再び人に出会えたルークは、相当に奇妙な運を持っていると言えた。
茶髪の女性の頭からは猫のような耳が生えており、同じく茶色の尻尾が身体に巻き付くように動いていた。
そして、青い服で身を包み、足には下駄を履き、腰にはヌンチャクを下げていた。
(すげぇ格好……)
その耳も尻尾も仮装などではなく、直に体から出ていることを受け入れられる程度には、ルークはこの世界に慣れている。
とはいえ、下駄もヌンチャクも、見たことがなかったうえに、四足歩行の獣人は初めてであった。
そのため、道の上にいる未知に未知を積み重ねた様相の女性に戸惑わざるを得ない。
そうして、ルークが固まっていると、女性がその姿に気付き、両脚ですっくと立って声をかけてきた。
「こんにちは。私はダナエ。断崖の町ガトというところで僧兵をしているの。あなたは?」
ダナエと名乗った女性の凛とした響きが、ルークに我を取り戻させる。
「あ、ああ。俺は、ルーク。ルーク・フォン・ファブレだ」
「ルーク……いい響きの名前ね。あなたもガイアに会いに来たの?」
「がいあ? なんだそれ?」
ルークが首を傾げる。
「七賢人の一人よ。“大地の顔”のガイア。この星の持つすべての知識を持っているの」
「マジで! そんな奴がいんのか?」
ルークは驚愕する。
やはり、外の道は未知に満ち満ちている。
ダジャレを以ってそれを実感した。
「そう。あなたは、ガイアに会いに来たわけではないのね……」
ダナエは、顔を俯かせる。
まるで期待したものが外れたようであった。
それを見て、知ったこっちゃねーよと思いながらも、ルークは訳を訊ねることにする。
「なんだよ。アンタは、その何でも知ってるって奴にどんな用があるんだよ?」
「……ごめんなさい。その質問に答える前にちょっと訊いてもいいかしら?」
話を逸らされた。
とはいえ、丁寧に懇願する響きであったので、ルークも特に気分を害することはない。
「……なんだよ?」
「アナタ、マナの木について何か知ってる?」
「いや、知らねぇけど……それがどうかしたのか?」
「マナの木なんてどこにもないことは、わかってるんだけど、友達を助けたいの……
マナの木があれば、もしかしたらって、そんな気がしただけ……」
「へ~。そんなすげぇものがあるんだ」
ルークは、感心したように装うが、ダナエの話の中身はつかめなかった。
「死んだら魂はどうなると思う?」
ダナエは、また唐突に質問を変える。
ここまでの会話で、ダナエという女性は、ルークからしても丁寧な人という印象があった。
ところが、今の話しぶりは、聞き手に要領をつかませられるものではない。
丁寧な女性がそれすら考慮に入れられないほど、切羽詰まっている様子が窺えた。
無意識の内にそれを察したルークは、訊ねられた質問に対し素直に答えることにする。
『死んだら魂はどうなるか』ということは今まで考えたこともない。
しかし、『友達を助けたい』と言っていたことを頭に入れれば、絶望的な答えはふさわしくないように思われた。
だから、ルークは、
「なくならないんじゃねえか? 死んだって、身体がなくなるだけで、心はちゃんと残るってペールも言ってたし」
以前にハムスターを飼っていたペールが、その埋葬の時に伝えてくれたことを思い出しながら、回答する。
すると、五里霧中で全く道がわからなかったところに、一筋の希望の光を見出したような救われた表情を浮かべたダナエは、ルークをじっと見つめる。
よく見ればかなり顔立ちが整っている女性に凝視されて、ルークはドキマギした。
「そうでしょう? 今までに何度もケガをしたけど魂までは傷つかなかったもの。
この魂がなくなるなんて、私は信じない」
「あ、ああ」
自分の考えが認められてよほど嬉しいのか、ダナエは、一気にまくし立てた。
言葉を積み重ねるほどに、生気がダナエの顔に満ち満ちてくる。
ルークは、その勢いに押されて、口から出る言葉が思わず生返事となった。
「私、やっぱりガイアに会おうと思うの
……それで、お願いがあるんだけど、一緒についてきてくれないかしら?
一人だと、また引き返してしまいそうで……お礼はちゃんとするから」
満ち満ちた顔に陰りをいれながらダナエは頭を下げて、ルークに懇願した。
「いいぜ。どうせコイツと一緒にここを回る予定だったんだから」
ルークは、後ろのチャボを指さす。
言ったことも一応本心ではあるが、ダナエに対して好印象を持っていたルークは、同行することに躊躇いはなかった。
それなりに強い戦士であることも窺えたし、また、何でも知っているというガイアにも会ってみるのも面白そうだと思ったのである。
「ありがとう……アナタならそう言ってくれると思ってた。
いっしょに行きましょう」
「ああ」
こうして、ルークは、ダナエと共にリュオン街道を進んで行く。
荒涼とした大地で、寂寞がまた一つ減った。
*
モンスターの出る道中で、ルークたちは、チャボに乗ることはない。
チャボも重要な戦力であり、ルークたちのサポートをするからである。
いつもは愛嬌のある瞳を尖らせて、自らに纏わりつく巨大な蜂のモンスター、アサシンバグを蹴り飛ばす。
あるいは、空中浮遊するカタツムリのデンデンの軟体を鋭利な嘴で突き落としたりしていた。
新加入のダナエは、敏捷に戦場を駆け回って、ヌンチャクを振り回し、俊敏な二足歩行(戦う時は武器を持つからとのこと)で、ピョンピョン跳ねるラビを叩きのめした。
ミノムシ型のモンスターのワンダー2体に囲まれた時は、1体をプッシュで体勢を崩している間に、もう1体を料理するという臨機応変な対応を見せた。
ダナエのヌンチャクの演武に、ルークは目を丸くした。
リュオン街道の分かれ道で、幾ばくかの休憩をした際に、試しに借りて振り回してみた。
しかし、操作を誤って後ろの肩にヌンチャクをぶつけてしまい、悶絶してしまった。
むくれたルークは、もう使わないことを決意する。ダナエが患部を優しくさすってくれたのは嬉しかったけど。
ついでにヌンチャクの絶技の習得しているダナエの技量に感嘆することとなった。
さて、ルークとて剣技は負けていない。
バドフラワーという花粉や蔓での打撃が強力なモンスターをまとめて一閃できるのはこの中では彼くらいなものであろう。
大剣を振り回すだけではなく、「崩襲脚」という飛び込み蹴りまで習得し、ポロンという弓を引くモンスターを蹴り伏せた。
……この時のルークには、言葉を発しなかったポロンが亜人であるという自覚はない。
モンスターの延長線上で捉えてしまったため、罪悪感は起こらなかった。
ところが、そのモンスターと戦うときだけは、ルークは剣が鈍ることとなってしまう。
「チョコボ……チャボそっくりの奴だな」
チャボをそっくりそのまま黒く染めたダチョウのような鳥のチョコボ。
いつもは優しさ湛える瞳も、今は、こちらに対する敵愾心に満ち満ちている。
チャボなら甘噛みをしてくれる嘴も、鋭い凶器に変わる。
チャボなら、自分を支えてくれる足も、こちらを強襲するための武器となる。
ルークは、チャボとのギャップに、激しく戸惑わざるを得なかった。
野生のモンスターは人間に懐かない、というドゥエルの言葉を思い出す。
ヒナのうちでなければ懐かないのだと。
だから、どうやってもこちらに対する敵意を収めることはない。
どうやっても、先に進むためには、戦わなければならないのである。
「くそっ! 崩襲脚っ!」
意を決してルークは、飛び込み蹴りをする。
チャボに同士討ちのようなことはやらせたくない。
ダナエによってチョコボが屠られるのも見たくはない。
だから、自分でやる。そう心に決めたのであった。
ところが―――
「ぐあっ!」
ヒナから育ててきた情があったのか、踏み込みの浅い蹴りは野生のチョコボの羽をかすめるだけで終わる。
そして、胸に鋭い鉤爪が入り手痛い反撃を受けてしまった。
体が宙に浮き、背中から地面に落ちる。
ルークは、その場で仰向けになった。
しかし、鋭く抉られた傷よりも、叩きつけられた背中よりも、心の方が痛い。
「……ルーク。私がやるわ」
倒れ込むルークを見て、まず危険を排除することを優先したダナエは、チョコボに向かって駆けて行く。
また、チャボも、ご主人様が倒されたことにいきり立ったのか、ダナエに続いて行った。
「お、おい。待てって……っつ!!」
ルークは、必死に止めようとしたが、よりにもよって庇おうとしたチョコボから受けた傷によって、地面に縫い付けられたままである。
痛みに耐えきれず、しかし目線だけは、ダナエとチャボに向けられたまま。
(やめろっ! やめてくれ!)
理屈ではわかっている。あの黒いチョコボは敵なのだと。
しかし、どうしても、自分の愛情をかけて育てたチャボが屠殺される画に移ってしまうのだ。そこにチャボがいるのに。
(やめてくれ……)
心の中で懇願しながらも、しかし胸の激痛は消えてはくれない。
声にさえも、その思いは乗せられない。
だから、ダナエが頭を砕き、チャボが黒チョコボの体を吹き飛ばすのをただ黙って見ている他なかった。
宙を舞った野生のチョコボの死体は、街道の場外の縁石を超え、雑草地帯に落ちて見えなくなった。
「………………」
ルークは、それを見つめるだけ。それしかできなかった。
(くそっ!)
わかってる。おかしいのは自分だ。
あそこにチャボはいる。ちゃんといる。チャボが野生のチョコボを蹴り飛ばしたに過ぎない。
けれど……けれど……
ガンッ!!
体を封じられ、声を封じられ、右手は胸の痛みを押さえている。
だから、左手だけがルークにとって唯一感情を出せた。
往来のために固められた街道の道路。
複雑怪奇な痛みは、屋敷から飛ばされて以来最も強く響いた。
*
「ルーク、大丈夫?」
「………………」
一旦チョコボのところへ行き、その死を確認したダナエが戻ってくる。
チャボは、ルークの脇に膝を折ってそばに寄る。
しかし、ルークの気持ちがわかるのか、自分がここにいていいのかどこか逡巡して、そわそわしているように見えた。
仰向けのルークは答えない。紅の長髪が帳となって、表情を覆い隠す。
(どう声をかけたものかしらね?)
出会って数刻。ダナエにはわかることは、思った以上にこの少年は繊細であるということだけだ。
ほとんど戦いの呼吸しか見ていない人間の本心など、窺い知ることはできない。
(マチルダが襲ってきたら……私も)
そこで、今助けたい人間の像を浮かべる。
現在の姿ではとうにあり得ないが、もしも幼き彼女が襲ってきたら……。
あるいは、彼女そっくりの偽物でも……。
やはり、このようになるのかもしれない。
そして、自分や、周りの人間が襲ってくる彼女を殺そうものなら……。
(………………)
気持ちはわかった。
黄色い方の、今意を決して主人に頭を擦りつけているチョコボを見やる。
モンスターが懐くのはヒナのうちしかないのは、ダナエも頭の中にも入っている。
だから、ヒナのうちから世話をしていたルークの愛情も人一倍なのは間違いない。
けれど……
(私じゃ、慰められないわよね)
ダナエは僧兵。戦うのが本分だ。
背中に人間を隠すことはできるが、人間の内側に入り込むのは得意ではない。
どうしても、自分の意見をぶつけてしまうだけで終わってしまうであろう。
人の話を聞き出し、助言をするのは彼女の方が向いている。
物静かで理知的で……他人の心に対する献身性だけは、失っていない。
それに、ダナエ自身が悩みを抱えている身だ。
そんな重荷を背負っている人間が、他人の悩みにうまく答えられるとは思えない。
(仕方ないか……)
彼女はルークの説得を諦め、彼の元へと近づく。
件のチョコボから拾ったぱっくんチョコを手に携えて。
そして、
「ルーク。ガイアに会いに行きましょう。
そこで洗いざらい、あなたの話を聞いてもらいましょう」
包み紙の部分を破いたチョコを差し出しながら告げた。
これしか方法はない。
「………………」
ルークは、ダナエに目を向ける。
そして、目の前のチョコレートの意味を、まんまるドロップと同じものであると解釈していた。
か細い声で訊く。
「……苦いのか? それ」
「いいえ、甘いわ」
間髪入れず、ダナエは答えた。
その言葉を聞いたルークは、すぐにぱっくんチョコに齧り付く。
パキン、という音が響き、咀嚼していくと、甘味が身体に染み渡り、ひとまず胸の物理的拘束だけは解き放った。
ルークはよろよろと立ち上がる。
しかし、
「…………………」
遺骸のある方へは向けなかった。
*
「よく来てくれた、子供たち。さあ、もっと近くへ」
黒チョコボを倒して、少し歩いたところに、ガイアはいた。
高くそびえる岩山が優しく目を開き、垂れ下がる口を開けて話し出す。
世界は、もうこういうものであるとルークの常識は確立しつつあった。
ここまで来ると、どうしてルークと会った屋敷の全員が教えてくれなかったのかと、少しだけ疑問が差したが、あいにくとそちらに心を傾ける余裕はない。
ルークは、幽鬼に魂を乗っ取られたかのような顔をしていた。
そして、ただ目の前の、無意識下から信頼できるとわかる穏やかな声に誘われるまま、ダナエとチャボとともにガイアの手に乗る。
巨手は上昇し、2人と1匹は、ガイアの口元まで寄せられる。
誰にも襲われるかもしれないという怯えはない。
しかし、それぞれが不安を持ちながら、その口元を見詰める。
「こんにちは。
私にわかることなら何でも答えよう」
穏やかながら重厚な唸り声は、人の心を解す。
ルークは、ダナエに手を差し出す。
ダナエは、いいのか、と目で問いかけるが、ルークは、小さく頷いた。
そして、ダナエは、一瞬目を瞑り、一歩前へ行く。
「私の友達が悪魔の呪いを受けて命を落としかけています。
助けてあげたいの。私はどうしたらいいの?」
怯えた子猫を必死に隠しながら、ダナエは問いかける。
「その友達が望むことをしてあげればいい」
ガイアは即答する。
「いいえ、彼女はわたしに何かを求めたりしないの。
彼女はそれを運命として受け入れる気なの」
「ならばそれを受け入れなさい。
あなたはその人の言葉を理解しましたか?」
ガイアの答えと問いかけは、ダナエの心を決壊させた。
「理解なんてできない! あきらめるなんて、弱い心から生まれてくるものだわ!
彼女は私よりずっと強い心を持っていたのよ!
悪魔が彼女を変えたの!
私は彼女を元にもどしたいの!」
怒涛の言葉を、ガイアは、静かに受け止めた。
「今の彼女は、もう今までの彼女とは違うの……」
そして、項垂れるダナエに、ガイアは答える。
「人は自分を自分で決める力を持っている。
あなたは、それを知るべきだ。
その人はあなたに色んなことを教えようとしている。
それに耳を傾けなさい」
確としたガイアの答えは、ダナエの心に静かに染み渡る。
「……ありがとう……もう少し冷静になってみます」
静かに無念を受け止め、ダナエは一歩下がった。
近くをダナエが横切ったのを、出番が来てしまったこととルークは感じ取り、緊張の面持ちで前に進み出る。
チャボも、その背中を追う。
「こんにちは、ルーク。あなたの問いかけは何でしょうか?」
「………………」
ルークはすぐには答えない。
いざ話す段階になると、常とは異なり頭が真っ白になる。
野生のチョコボの断末魔は、未だにルークを苛み、その体を震わせた。
ガイアは、ゆっくりと待っている。
*
言葉が出てきた。
「俺、このまま旅を続けていいのかな……」
呟くような震える声でも、ガイアには届いた。
「それは、あなたが決めることです」
ガイアは、短く伝える。
「俺が決めるって! 俺……コイツの仲間を殺しちまって……俺……」
振り絞るような声は、これ以上空気を揺らさない。
「ルーク。あなたは、自由だ。
このまま冒険を続けても、あなたの家に引きこもっても、誰も咎めたりはしない。
あなたがやるべきことはたった一つ。ただ、自分で決めるということだ」
「自分で……決める……?」
「そう。あなたは何をしても構わない。
そして、他人から縛られず、誰からの命令をも受けることのないあなた自身の答えが、唯一の正解なのです」
「………………」
ルークは黙する。
屋敷の中だと、国王や、両親や、ヴァン師匠の命令することだけに従って生きてきた。
でも、今はどうだ?
あの時、牧場で思った自由。
邪ではあったが、確かに自分で冒険に出ると決めることができた。
そして、ここまで、まだずいぶんと短いけど、色んな人に出会えた。
そこには、誰の意思も命令もない。自分で考えて、新しい刺激が欲しくて、旅立った。
そして……でも……
「外に出たら、またコイツの仲間を殺しちゃうかもしれねぇじゃねぇか」
どうしても頭をよぎるのは、黒チョコボであった。
「もちろんそこで足を止めても構わない。疲れたら、帰るだけの家があなたにはある。
あなたが冒険に出ることで得られるもの、失うもの。
あなたが冒険に出ないことで得られないもの、失わないもの。
それをじっくりと考えてみて下さい。そうすれば、あなた自身の答えが出るでしょう」
得られるものと失うもの―――
あの家を出たら、いけ好かないが瑠璃と出会えた。真珠姫とも出会えた。
町というのを歩くことができた。お金の使い方を知った。剣を持てた。洞窟でモンスターと戦った。痛い傷も受けた。大きな猿をこの手で倒した。
必死こいて捕まえたヒナからチャボを育てられた。それで、真珠姫を町まで戻した。
そして、今日ダナエと出会えた。野生のチョコボが死んだ。俺を庇ったせいで。俺たちがこの道を通ったせいで。
まだ、少ないけど、それでももしもあの家から出なかったら、全てが何もなかったのだ。
屋敷ではどうだった?
毎日退屈だって言ってなかったか? 外に出たいと思ってなかったか?
最近、退屈を感じたことあったっけ? ……なかったな。
もしも、あの家にずっと篭っていたら、屋敷に帰ってしまったら……すべてなくなっちまうわけか。
……嫌だな。
え?
心の奥底で、響く声を確かにルークはその耳で聞いた。
いいのかよ? お前は嫌だったんだろ、チャボの仲間を殺すの。痛かったんだろ、モンスターからの怪我は。怖かったろ、あのデカいサル。
ひょっとしたら、偶然かもしれないぞ。たまたま生き残っただけかもしれないぞ。
今度は、いつか、本当に死んじまうかもしれねーぞ。
それでも、いいのか?
死ぬ……。でも、それだけのリスクを背負ったら、その分だけ、リターンも大きいじゃねぇか。
あのアーティファクトの輝き。まだ真珠姫から預かったものを持ってる。
一つ一つ違う所が、色んな面白さを俺に見せて、魅せてくれたじゃねぇか。
そこに踏み入って、全然違う人たちと出会えたんだぜ。
そして、まだまだそれが詰まっている。いろんな場所が俺を待っている。
……ああ。今気づいた。俺はチャボを殺してない。
チャボの仲間とチャボは違う。姿形で判断しちゃいけないんだ。
でも、何で今気づいたんだ? 何で今受け入れられたんだ?
まるでストンと嵌まるかのように受け入れられたぞ。
そうか。俺は、まだ、どこかで人の指示ばかりを待っていたんだ。
確かに、自由を謳歌できるって喜んでいたけど、その責任とか危険とかを受け入れてなかったんだ。
命は奪ってる。それは忘れちゃいけねぇ。
チャボの仲間の命は奪ったのは間違いない。
それを認めたうえで、考えなきゃ。
戦ってでも、傷ついてでも、あの退屈な時間よりは、……俺は、外に出たい。
……辛いかもしれねぇが、それでも……俺は旅に出たい!
ガイアの手の上。ダナエとチャボが、俯くルークを固唾を飲んで見守り、ガイアが優しく見つめる中で、自分一人でルークは結論を出した。
生気が戻る。
奪った命の重さを受け止めて……前に踏み出す。
それをするだけの勇気が、己の中から湧き立ってきた。
モンスターの命を、また、自分の命を賭しても、一歩前に出る勇気が、ルークに出たのである。
そして―――
「……俺は、旅を続ける」
迷いを断ち切った強い目を持ち、はっきりとした声で、ガイアに伝えた。
「そうですか。よくご自身で結論を出せましたね」
ガイアは、讃える。
彼の口元は、動かすには大きすぎて、表情には出さないが、声の調子だけで十分に伝わった。
後ろでは、芯の通ったルークの響きで、ダナエは微笑んだ。
チャボも、全身の緊張を解いて、総毛がなだらかになる。言葉はわからずとも、育ての親の感情には人一倍敏感なのだ。
「また、迷うことがあるかもしれません。
その時は、また、私の元に来て下さい」
「……ああ」
ルークが頷く。
「それはそうと、ルーク。
あなたの家をもう一度だけ回ってみて下さい。
あなたに力を貸す存在が目覚めそうですから」
「へ? なんのことだ?」
ルークは首を傾げたが、
「それは、家に帰ってからのお楽しみですよ。
……またいつでもおいで、子供達」
ガイアはいたずらっぽく笑って、別れの挨拶を告げる。
そして、その手が下降していく。
*
「どうもありがとう。少し落ち着いたわ。
……あなたも元気出たみたいだし」
「ああ。俺も来てよかったぜ」
街道の入り口に戻って来たところで、ダナエとルークは声を掛け合う。
帰り道、また野生の黒チョコボと出会ったが、その時のルークの剣裁きは澱みないものとなっていた。
戦いの後は、黙祷を捧げたが、祈祷の終わった後のルークはしっかりと遺骸を見つめなおせるまでになっていた。
そして、再び力強く歩き出して、ここまで来たのである。
ルークの成長に目を細め、また、自分自身の悩みに一定の区切りをつけられたダナエは、ひとまず充実感が出ていた。
まだ、自身の悩みが解消されたわけではないが、今日のところはこれで十分であろう。
「それじゃあ、私はここで失礼するわ。
……これが約束のお礼よ」
ダナエは懐から、金属でできたアーティファクトを差し出す。
『獣王のメダル』
鉄で鋳造されたそのメダルはところどころに赤錆ができている。
しかし、錆程度で、模した獣の獰猛さが失われることはない。
空疎の眦(まなじり)は鋭い角度で、冷たい犬歯は良く研がれ、その雄々しさを醸し出す。
……しかしながら、この獣が表しているのは、賢者である。
動物たちを従えていた賢者を食った獣が、その知恵を得て、自らが賢者となったのである。
故に、そのメダルは、狂暴な獣王ではなく、賢明な獣王を象っているのであった。
ルークは、手の平に収まる程度ありながら、ずっしりとした金属のメダルを受け取り、ポケットに入れる。
「じゃあな。またどこかで会えたらいいな」
「ええ。機会があったらまた、一緒に冒険しましょう」
二人は別れた。
ルークは、左手にチャボに乗って、ダナエは右手に何処ぞへと歩き去る。
道の弥終(いやはや)で、未知が一つ解きほぐされた。
しかし、その道自体が最大の未知の上にあることを、ルークはまだ知らない。
取り敢えず別の未知へと向かっているのであるから。
まっ!