ルークの英雄譚(TOA×聖剣伝説LOM)   作:ニコっとテイルズ

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 ぐま!

 UAとPVの解析を気味悪くニマニマしながらずっと眺めるのは、時間がつぶれる罠だとようやく気づいたアホなニコっとテイルズです。ハーメルンでセレニ〇、pixivでド〇テルを読んでひとしきり笑っていたら、執筆をしないまま一日が過ぎました。

 右手の方のテレビ画面で聖剣伝説LOM、正面のパソコンでArt Of Words、左手の方のタブレットで作業用BGMをかけるという、電力の無駄遣いを極めながらも、今日はなんとか頑張ります……。


3.「まいごのプリンセス」前編

「なんで、俺なんだよ」

 

 ルークは、瑠璃と名乗った青年とともにドミナの町の外へと向かっていた。

 新たにもらった両手剣と、ピカピカの青銅製の防具を身に着けて、多少は気分の良いルークではあるが、その購入した恩人にはあまり感謝の念を抱いてはない。

 切羽詰まっているようであるから、町を回れなかった不満はこの際置いておく。 

 しかしそれを差し置いても、彼から見れば、瑠璃は、女の子を乱暴した挙句に、別の女の子の匂いを嗅いで行方を探る乱暴な変態なのである。

 事情を詳しく教えてくれないことも相まって、そう言う評価しか下せないのは致し方ないかもしれない。

 

「他意はない。精々あのバイトから卵をもらったのを見ただけだ」

 

 瑠璃とて、こんな下品なヤツと捉えた相手と手を組みたくはない。

 しかし、卵を抱えているルークを追跡して、武器屋の前に来たところ、両手剣を振り回すという声が飛び込んできた。

 なるほど。これは、腕っぷしを期待しても良さそうである。

 先ほどすれ違った時は、多少鍛えられているくらいの腕としか思わなかったが、人は見かけによらないものだ。

 そう考えた瑠璃は、武器と防具の代金と引き換えに、ルークと行動を共にすることにした。

 追跡したのは卵を得るためではあったが、味方が増えるのは、瑠璃にとっても望ましいことである。

 戦力の増強という意味もあったが、それよりも仲間が欲しいという根底の願望が、瑠璃を無意識下で突き動かしたのかもしれない。

 

 とはいえ―――

 

「ったく、まあいい。お前、バチカルがどこにあるのか知らねぇか?

 俺、早くそこに帰りてぇんだけど」

「知らん」

「本当かよ。知ってて誤魔化してねぇだろうな?」

「余計なおしゃべりはお断りだ。オマエは、さっきの代金分だけ働けばいい」

「なんだよ! つれねぇ奴だな。

 じゃあいいや。お前の探してるやつってどんな奴だよ。

 とっとと見つけて、この町まで戻りてぇんだけど」

「……白色のドレスに、長く編んだ髪を垂らしている。妹みたいなやつさ」

「へ~。自分のことは話すんだな。こっちの話は聞かねぇで」

「うるさい」

 

 ルークは一応瑠璃の方を向いて話しかけるが、瑠璃は振り返ることなく歩き続け、必要最低限のこと以外話さない。

 それを察して、ルークも、「あ~あ。イヤなヤツ」「つまんねーの」「別の奴だったらよかったぜ」と、露骨な嫌味を吐き続ける。

 それに対して、瑠璃も足音を強く踏み鳴らすが、くだらない奴には素っ気ない対応が一番と、聞き流して無視を決め込む。

 

 二人の関係はおよそ最悪な状態から始まったのである。

 

 

 

 

 

「さっきの卵を使え」

 

 町の外で、瑠璃はやれやれといった表情で、ルークに命令する。

 

「言われなくてもわかってるっつーの」

 

 目には目を歯には歯を、塩対応には塩対応を。

 そんな気持ちで、ドミナの町の形成とは真逆の気分で、ルークは卵を掲げ、目を閉じてイメージした。

 

 『ヒスイの卵』は、ルークの手から離れて、ドミナの町の隣に着地する。  

 すると、卵は、地面に溶け込んで、視界から消えた。

 しかし、瞬き一つする間に、ぺったんこの巨石が現れる。

 そして、踏みつける巨人を一気にひっくり返すような勢いで巨石は持ち上がり、大きく口の開いた青い洞窟が出現した。

 遠目からでも、青い洞窟の内部には、蒼い地下水が溜まっているように見える。

 

「行くぞ」

 

 とくに何も思うことなく、瑠璃は出現した『メキブの洞窟』にスタスタと向かう。

 

「……かー! マジでつまんねーやつ!」

 

 ルークは、アーティファクトから新たな場所が出現する瞬間を見るのが楽しみであった。

 それなのに、この男ときたら、そんな感動を分かち合おうともせず、洞窟が出現した時の余韻を壊しにかかる。

 

 そりゃ、普通の人間にとっては、日常なんだろうけどさ。もっと楽しめよ。

 こっちだって、とっととバチカルに帰りてぇけど、新しい場所がビックリする登場の仕方をするんだぞ。

 きれいじゃん。おもしれーじゃん。なのに、コイツと来たらよ!

 

 無感動な瑠璃に対して、

 

「お前が、そんな面白味のねぇやつだから、探してるツレも離れて行ったんじゃねぇの?」

 

 無遠慮な言葉をルークは投げかけた。

 

 すると、イライラを踏み潰すように進んでいた瑠璃の足がピタリと止まった。

 

「んだよ。図星か?」

 

 ルークは、冷笑を浮かべながら追撃する。

 ここまで気に食わない奴に対して、手を緩めようなどという気持ちは毛頭出てこなかった。 

 

「……今度くだらないこと言ったら、お前を売り飛ばす」

 

 瑠璃は振り向く。蒼い瞳の中には、猛る炎が宿っていた。

 静かな怒りを湛えた瑠璃の唸るような声は、そんな衝撃的鉄槌をルークに振り下ろす。

 

「はっ! やれるもんならやってみなよ。

 お前ひとりじゃ自信ねぇからこんなとこまで連れて来たんだろ」

「生憎だが、俺は酒場で働いている。そこで接客しているとな、色々と邪な奴が来るんだ。

 奴隷商人だって、ザコじゃない。いくらお前が強くとも、荒くれに慣れている奴らに引き渡せばそれなりに面白いことになるだろ。

 オマエの服は安っぽいもんじゃない。アルテナフェルトに相当するくらい高価なものだ」

「……………」

 

 はったりかと思ったら、意外なほど具体性を帯びた話をする瑠璃に、ルークは固まってしまった。

 瑠璃は、ルークの先ほどの冷笑のお返しと言わんばかりに、口元に獰猛な笑みを浮かべて続ける。

 

「どうだ? ここで引き返すか?

 そしたら、お前のことを奴隷商人に話すぞ。そうすれば、ドミナの町には入れなくなるな。

 万が一入ろうものなら、船に乗せられてどこともわからない場所に行くだろう。

 ……俺は構わない。ここまでの戯言と武具の代金分だけ、お前には貸しがあるからな」

「……ほーんと、いけ好かないヤローだぜ」

 

 悪態をつきつつも、背中に冷たいものを感じたルークは、瑠璃の元へと仕方なく近づいていく。

 

「あの洞窟に真珠姫がいるんだ。

 アイツに会えるまで付き合え。そしたら、俺にとっても胸糞悪い仕事をしなくて済むんだからな」

 

 そう言って、瑠璃は、再び流砂のマントを見せつけて、小さくなっていく。

 

 2人が剣吞な雰囲気のまま歩いて行くと、そのまま青い洞窟の入り口に到達した。

 

 洞窟に入る直前に、ルークは空を見上げる。

 ちらほらと白い雲が見えるが、青々とした空が見え、太陽がまぶしい。

 

「……………」

 

 今度は、今から入る洞窟に目を向ける。

 外観は青いが、内部は蒼い。言うまでもなく日の光など及ばない。そして蒼い人間が洞窟と同化していく。

 

(……マジだりぃ)

 

 願わくば、己の紅の髪が蒼く染まりませんように。

 夢に出てきた神聖な木に祈りたいことは、それだけである。

 

 

 

 

 

 

 硬い。

 

「ついて来い。アイツの、おおよその位置はわかる」

 

 硬いのは瑠璃の言葉だけではない。

 ルークは、屋敷の中に敷かれるカーペットの有難みに、これ以上ないほど感謝しているところであった。

 ドミナの町で、脅迫の材料の一部となったブロンズブーツも、癪ながら感謝の対象に入れてもいいかもしれない。

 

 初めて入る洞窟の岩盤の硬さときたら、それほどのものだったのである。 

 足が伝える、自然が作り上げた人間の歩行を考慮しない岩の足場というのがこれほどまでに腰に響くものだとは知らなかった。

 ルークは腰痛持ちなどではないが、しばらく歩いただけで、身体の芯がズキズキと悲鳴を上げるのである。

 

「……腰が痛てぇぜ、まったく」

  

 退屈な巨宅での生活が恋しくなったのは、無人の家の寂寥感以来、これが初めてであった。

 

「そのうち慣れる。我慢しろ」

 

 ルークの嘆きは、スタスタ歩く瑠璃の素っ気ない言葉で返され、今度は心まで硬くなりそうであった。

 

「はあ~」

 

 岩場の硬さはどうにもならない分、瑠璃の硬い言葉に対するイラつきは、溜息として吐き出して、心労のダメージだけは抑制した。

 

 しかし、メキブの洞窟内部は、堅固な岩場だけで構成されているわけではない。

 地下水で浸食されてできた鍾乳洞には、あちこち窪みができている。

 それが悪路となって体力を奪い、躓かないように神経を尖らせ続ける者の精神力をも疲弊させる。

 日の光が差し込まない洞窟の中では、不安定な道に絶えず注意しなければならない。それは、ルークが初めて自覚することであった。

 おまけに、あちこち水たまりができている。清純な水で、汚水ではないのが幸いである。しかい、不意に踏みつけて具足が濡れるのは、貴族のルークにとって苦痛なものであった。

 

 その代わり、タケノコの形をした石筍(せきじゅん)や、石柱、上から見えるつらら石は、鍾乳洞に踏み入れる者だけが享受できる光景であった。

 視界が限られ、足元に絶えず注意しなければならない状況下でも、時々瞳に入り込む天然の産物に目を楽しませることだけはできた。

 おかげで、ルークもメキブの洞窟での探索に少しはマシな気分になっていたのであるが……生憎とそのわずかな娯楽さえも楽しませてくれない事件が起きる。

 

「……!……気をつけろ、ルーク。マイコニドが二体いるぞ」

「へ? な、なんだよ、それ?」

 

 黙って先頭を歩いていた瑠璃が、急に注意を飛ばしてくる。

 さらにルークにとって訳の分からないことを言ってきた。

 

「知らないのか? キノコのモンスターだ。笠を飛ばしたり、胞子を飛ばしてくるから注意しろよ」

「お、おい。こんなとこに魔物がいるのかよ!」

「……ったく。人がいないところだ。当たり前だろ」

 

 瑠璃は呆れながらも、しかし剣を抜いた。

 

 戸惑うルークも、

 

「ああん、もう!」

 

 それに倣って、腰からブロンズブレードを引き抜いた。

 

「お前は、左の奴を、俺は右をやる。軽々と大剣を振るえるお前なら、アイツらは大した敵じゃない」

 

 瑠璃は、短く指示と檄を飛ばす。

 ルークが戦いに不慣れなものと瞬時に判断し、短くやるべきことだけを伝え、さらに自信を持たせる的確な伝令であった。

 しかも、ルークは左利き、瑠璃は右利きであり、それをも考慮している。

 瑠璃は、ルークに対して未だ好印象を持っていないが、戦闘となれば話は別であるのだ。

 

「行くぞ!」

 

 ルークにとって、屋敷から出て初めての戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 やけくそだった。

 初めての戦闘を振り返ってルークの口から出てきた感想はそうであった。

 

 洞窟に生える、腰ほどもある巨大なキノコ――マイコニドは、2人が近づくといきなり足が生えて動き出した。

 

 そして、絶対に怯むまいと大声を上げて走り寄るルークに対し、とぼけたような目を向けて、笠頭からひっくり返り、高速回転をお見舞いする。

 

「おわっ!」

 

 ルークは、猛進の勢いをなんとか殺し、子供のころに屋敷で遊んだ駒よりも遥かに素早い回転の刃を辛うじて剣で防ぐ。

 ガキンッ! という衝撃音とともに距離を取らされる。盾代わりの剣からは、火花が散った。

 足腰で踏ん張り、尻餅を防ぐことができた時、ルークは、ヴァンの指示した基礎トレーニングを忠実にこなしてよかったと心の底から思った。

 

(なんだよ、あれ。ほとんど剣と変わんねぇ鋭さじゃねぇか!)

 

 ルークが戦慄するのも無理はない。

 マイコニドは、それほどまでに強烈な切れ味の回転攻撃で、獲物の首を刈り飛ばすのである。

 そして、刃の旋風を警戒して、迂闊に近づかない獲物には、

 

「うぉっ!」

 

 再び両足をつけて、硬質な笠を飛ばし、昏倒させにかかるのである。

 ルークは、飛来してくる笠を咄嗟に剣で打ち払った。瑠璃の情報がなければ油断して頭に直撃していたかもしれない。

 マイコニドの笠は、まるで鉄球でも投げつけられたかのように硬かった。

 キノコのくせに、信じられないほど狂暴なヤツだと、ルークは普段の食事で出てくるコリコリとした食感のキノコと思わず対比してしまう。 

 

 しかし、笠がなくなったことで、マイコニドも有用な攻撃手段を喪失した。

 その見た目は、どこか間抜けな禿頭の姿を連想させるものである。

 

 だが、ルークは油断しない。

 右で戦っている瑠璃を見る。彼は、胞子攻撃を避けた後に反撃していた。

 

 それを頭に入れて、ルークは地を駆け、マイコニドとの距離を一気に詰める。

 

 思った通り、マイコニドは、水色の胞子をまき散らした。

 

 ルークは、剣2本分の距離で急停止する。あらかじめそのつもりでスピードを落としていたので、余計な隙をつくることはない。

 

 そして、胞子の放出の停止を確認するや否や、

 

「双牙斬!」

 

 屋敷に出る直前におさらいした連撃を、マイコニドに叩きつける。

 初撃で、ほぼ真っ二つ。

 二撃目で、残骸を吹き飛ばし、マイコニドを散り飛ばした。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 息を切らしながら、しばらく飛び散ったマイコニドを油断なく見つめる。

 そして、もう起き上がらないこと、動く可能性が全くないと確信して、ルークは目を逸らす。

 

 そして、瑠璃の方に目を向ける。

 とっくの昔に、マイコニドの料理は終わっていた。

 料理と形容するには、串が小さすぎるが。

 瑠璃は剣を引き抜き、マイコニドの体液を払う。

 

 そして、ルークは、それを見て、初陣の終わりに少し瑠璃に声をかけるつもりでそちらに近づこうとした時、

 

「ルーク! まだだ!」

 

 瑠璃は、鋭い声とともに、剣を向ける。

 

「へ?」

 

 思わず漏れ出た呆けた声で、ルークがその切っ先の方向に振り向くと、

 

 

 

 赤いコウモリがいた。

 

 

 

 防御する間もなく、

 

「ぐわっ!」

 

 突進してきたコウモリに嚙みつかれた。

 

(いてぇ!)

 

 右肩に鋭い痛みが走る。

 不意の白熱した衝撃に、一瞬意識が飛びかけた。

 しかし、それは、却ってルークの頭脳を冷静な領域まで押しやることとなる。

 

(傷って、稽古じゃないときのマジの傷ってこんなに痛いのか)

 

 ルークの思考は沈潜し、ヴァンとの稽古で剣を弾き飛ばされた際の、地面に叩き伏せられた時のことを想起させた。

 今までで、あれが最も痛い瞬間であった。しかし、今回のコウモリの噛みつきはそれを大きく越える。

 手加減された甘い痛みではない。死へと誘う辛い痛みであった。

 右肩でよかった。左肩をやられたら剣を落としていた。首をやられたら……言うまでもない。

 

 ルークは嗤う。

 場違いな状態だと自覚しながらも、己の幸運に感謝を捧げることに躊躇いを感じなかった。

 

 ルークには見えた。

 コウモリは、獲物が怯んでいて、今のうちに攻撃を重ねれば、大量の血液を得られると踏んでいることを。

 走り寄ってくるもう一人の人間を躱し、満腹のまま、五体満足で巣に帰れる、と目論んでいることを。

 そして、そんなコウモリは、初撃を与えた人間に、まさか反撃されるなどとは考えていないことを。

 

 瑠璃が走って近づいて来る。

 だが、これは俺の獲物だ。俺を傷つけた奴は、俺が切り捨ててやる。

 だから―――!

 

「たぁっ!」

 

 ルークは、振り返る。

 歯を食いしばって、激痛を噛み殺し、油断しきったコウモリが驚愕で固まっていることに満足しながら、ルークは、後ろから見えたコウモリを切り捨てた!

 

 生物の硬直した体は、刃を入れやすい。

 実は、リラックスしている状態の方が却って手応えがないものだ。

 しかし、ルークの剣の鋭さは、体の硬軟をものともしない。

 ただ、余計にコウモリを切りやすくなったと感じただけであった。

 

 コウモリは、空中で分裂し、地面に落ちた時には、体が真っ二つに分かれてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、油断するなよ、馬鹿」

 

 右肩の痛みで屈んでいるルークに対する瑠璃の評価は厳しい。

 しかし、心配の声色を汲み取れたのは、ルークの神経が普段以上に昂っていたからであろうか。

 

「へっ! ちょっと油断しただけだっつーの!」

 

 ルークも素直には返さない。

 こんな自己中心的ではない側面を見せられると、敢えて強がるのは当然であると、心のどこかで思ったのだ。

 

「フン!」

 

 瑠璃は、心配して損したと言わんばかりに、鼻息一つ鳴らしてルークに背を向けた。

 少しそれを残念がるルークであったが、

 

「ほら、これをやるよ」

 

 瑠璃が何かを拾って、ルークに差し出す。

 

「これは?」

「あのコウモリ、バットムの落とした戦利品。まんまるドロップだ」

「なんだよ、それ」

 

 ルークは苦笑する。

 瑠璃は、ピンク色の包装紙に包まれた大きなあめ玉を見せている。

 ルークは、コウモリがそんなあめ玉を落としたことよりも、それを渡してくれたことよりも、瑠璃が「まんまるドロップ」という場違いな言葉を言ったことに、笑みを隠せなかったのだ。

 

「これで傷を治せる。口を開けろ」

 

 瑠璃は慣れた手つきで包装紙を取り、口をかなり大きく開けなければ入らないあめ玉をつまみ、ルークの口元に突き出す。

 

「しゃあねーな」

 

 ルークが目一杯口を開けると、瑠璃があめ玉を投げ込んだ。

 

「にげぇ!」

 

 甘味を期待したルークは裏切られる。

 薬の錠剤を間違って嚙んでしまった時のような、強烈な苦味がルークの口内を席巻した。

 

「体を治すあめがお菓子みたいな甘さだと思ったか? おめでたい奴だな」

 

 瑠璃は嘲笑する。

 

「お、おめー……ああ~! にげぇ!!!」

 

 文句の一つでも言おうとしたルークであったが、口を封じられてしまってはどうしようもない。

 右肩の痛みと引き換えに、苦味で地面に手を突いたルークは、そのまま瑠璃の見下ろされる視線をその身で受けなければならなかった。

 瑠璃は、近くの石筍に座り、時折「早くしろ」と急かしながら、ルークが落ち着くのを待った。

 

 

 

 

 しばらく待って、ようやく落ち着いたルークは、

 

「ったく、先にそういうことは言っとけっての……ってあれ、肩、もう痛くねぇ」

 

 悪態とともに、痛みを声高に主張していた右肩の沈黙に気付く。

 

「そういうもんだ。苦味が消えると同時に痛みもなくなる。覚えとけ」

「ったく。最初から全部言えっての」

「体験した方が新鮮だろ。何もかも教えられてばかりだと、せっかくの刺激も薄くなる」

「それでいいんだっつーの。心の準備くらいさせとけ!」

「やだね。お前ののたうち回る姿が見られないじゃないか」

「く~! コイツ~!」

 

 悪口には悪口を。

 無言の険悪な状態よりは、言葉のやりとりがあるだけ多少和らいだ状態ができたかもしれない。たとえそれが罵詈雑言の応酬でも。

 もっとも、ルークは、まだ和やかさを感じ取れてはいないが。

 

「まぁ、マイコニドを知らないで、馬鹿みたいに突っ込んで行ったときにはどうなるかと思ったが、役に立たないでもないな」

 

 目を逸らしながら瑠璃は遠回しにルークを讃えた。

 それを聞いたルークは目を丸くする。

 しかし、コイツがそんな素直な言葉を吐くわけがないと心の中の警鐘に耳を傾ける。

 だが、ルークは純粋でもあった。ひょっとしたら、真心の篭った礼賛かもしれない、と期待してしまう。

 だから、その称賛の声を素直に受け取るべきか、別の苦虫を潰したような気分になるべきか、判断がつきかねた。

 

「それは、どういう意味でだ?」

 

 訊いて、

 

「むろん、戦力になってこっちは助かるということだ。それ以外に何がある?」

「お前、マジムカつく!」

 

 悪い予想の方の答えが返って来て、ルークは大きく悪態をついた。

 

「ま、それはともかく。モンスターを全く知らないようだから、見える範囲にいたら教えてやるよ。

 まんまるドロップをいつも出す奴ばかりじゃないからな」

「おめぇは持ってねーのかよ」

 

「是非とも持ち歩きたいが、あれは保存が効かない。モンスターから新鮮なうちに採集するしかないんだ。

 現地調達しかないわけだから、余計な怪我してもらっても困る。足手まといになるのはなるべく勘弁してくれ」

「いちいち、嫌味を言わなきゃ落ち着かねーのかよ!」

 

「生憎とそうみたいだ。お前のせいで酒場での接客業が務まらなくなるかもしれない。どうしてくれる?」

「知るか!」

 

「そうか。なら、早く真珠を見つけてとっととお前と別れよう。

 さもなくば、お前を奴隷商人に売り飛ばして生活費を稼がねばならないからな」

「だ~! わぁったよ。さっさと行くぞ」

 

 最低限のことしか言わないキャラから、毒舌皮肉マシーンと化した瑠璃の口を封じるために、顔を赤くしたルークはズンズンと先へ進む。

 

「道はそっちじゃないぞ。馬鹿だな」

「………………」

 

 そして、最大級の嘲りの矢を背に受けてしまった。 

 

 

 

 

 

 

 




まっ!

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