ルークの英雄譚(TOA×聖剣伝説LOM)   作:ニコっとテイルズ

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ぐま!

 う~ん。ノリとしては、50点でいいから早く出す、という感じなんですが、そのせいでやっぱ微妙かも。しかも今のスタイルだと1日5000字が精一杯。
 表現をテキトー(全部「言った」「訊いた」とかで済ませたり、心情描写や場景描写をカット)にしていいなら1日20000~30000字くらいできますが、まあ、誰も得しないので作者の足りない頭なりに質にこだわります。たまにやりたいんですけどね(笑)。


16.「紫紺の怨霊」

「マナストーン……まだ小さいな」

「………………」

 

 ノルン山脈の山頂、そのまた最深部に緑色に煌めくマナストーンがあった。

 オールボンから教わった己の『特殊な力』の訓練を日々まめやかに継続しているルークは、己の中にマナを集める感覚を掴み始めていた。

 これがその『特殊な力』の本格的な制御の嚆矢らしい。

 だから、ラルクがマナストーンに手をかざすと、そのマナの力が奈落の方向へと送られていることもはっきりと肌で感知できる。

 そして、その莫大過ぎるエネルギーは、数値化するには到底及びもつかないものであることも。

 

「ルーク、これはティアマット様からのほうびだ。とっておけ」

「ああ……」

 

 ルークは、アーティファクト『竜骨』の冷たい重みを蝋人形のような手で受け取った。

 

 まだ竜退治は続くのか。

 既に一体目の竜メガロードを狩った時点で自分の精神が参ってしまいそうなルークは、嘆息した。

 

 竜は言葉を喋るのだ。それだけでなく、メガロードを慕う風読み士とかいうドラグーンたちも意思疎通が可能だ。

 モンスターの殺生にも実は結構罪悪感を感じているルークにとって、意志あるものを殺めるのは、これ以上ないほど罪悪感に蝕まれることであった。

 いっそ、誰もが憎む犯罪者や、報奨金のかかった亜人というならば、心の慰めになったかもしれない。

 

 ところが、いざノルン山脈に入ってみるとそんなことはなかった。

 風読み士たちは、高床倉庫のような家を建てて、綺麗に均された畑をつくり、風見鶏があちこちクルクル回っているような、そんな普通の人と変わらない暮らしぶりだったのである。 

 集落にズカズカと入って来た自分たちに、怯懦の目線、敵意の目線、闘魂の目線を四方八方から刺してくるものだから、ルークの心中の罪悪感が沸き立ってくるのであった。

 逆に、如何なる視線も、ものともしないラルクは、淡々と要求を伝え、それにいきり立ち闘いを挑んできた風読み士たちを良心の呵責なく切り捨てていった。

 むろん、ルークとて死にたくはないから、己に襲い掛かる風読み士たちには容赦しなかった。

 とはいえ、戦いを継続できたのは、相手が明確な敵意をぶつけながら風の魔法を操り、ルークもそれに引き摺られるような形で剣を振り回せたのである。

 なので、青くて弱い風読み士たちが、体を震わせながらもなおこちらを止めようとしている姿には、狼狽する他なかった。 

 そして、その頭たるメガロードも、風読み士の復仇戦と言わんばかりの怒りを湛えた瞳で、翼を叩きこんでくるものであるから、ルークとしては心の中のざわつきがますます掻き立てられたのである。

 最後に、メガロードを慕う青い風読み士が投身した時には、もうルークの思考は停止していた。

 

 それが精一杯の防衛策であった。

 そうでもしなければ、己の中での正当化と罪悪感の相剋で、罪悪感が勝り、心を黒く塗る潰してしまう気がしたからである。

 「死にたくないから従うしかない」。しかし、「他者を殺してまでやっていいのか?」。

 登山中にグルグルと循環する二つの思いは、『シエラ』『風読み士』『メガロード』と、外部からの要素を次々絡め取り、次第に罪悪感を優勢にしてしまっていた。

 シエラの警告で小さな疑問が燈り、明らかに必死に止めようとする風読み士の死に様を自分たちで作り上げ、ついには、知恵のドラゴンという一目で偉大とわかる存在をこの手で奈落に送ってしまった。

 そんな事実を、「自分が生きたい」という生物としての根本的な欲求だけで抑えつけられるほど、ルークは残虐になりきれなかった。

 だから、最後の風読み士の投身を見てしまった時、己の心を見つめることを投擲したのだ。

 そのままラルクの背中に、なんとなく師匠と似ているからという理由だけでついて行くことに決めたのである。

 もはや、ルークの精神は、刷り込みを受けた親鳥について行くという、雛鳥の本能のようなレベルにまで退行していたのであった。

 

「マナの力確かにいただいた」

 

 厳密にいうならば、ティアマットへのマナストーンの力の経路をつくったといったところか。

 今のルークは、そんなことを議論するほどの気分にならないが。

 

「………………」 

 

 やっている所業を除けば、ラルクとともにいるのは悪い気分ではない。

 ラルクの洞察力とサポートは、まさしく歴戦の戦士の称号を恣(ほしいまま)にするものであり、険しいノルン山脈の山道においてどれほど助けられたかわからない。

 マンドレイクの凶悪の叫び声で前後不覚に陥ったルークを救助してくれたのは、まさしくラルクの戦斧に違いなかった。

 

 だからこそ、

 

「行くぞ」

「ああ……」

 

 よりルークの脳裏にヴァン師匠を過ぎらせるのであるが。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルークは、『竜骨』を選ばざるを得なかった。

 

 『竜骨』

 果てしない長い寿命と強大な力を持つ金属製のドラゴンの骨である。

 頭蓋をびっしりと覆う赤錆と、歯の鋭さからその強さを容易に想像させられる。

 手にした者を知恵のドラゴンの城へと導くアーティファクト。

 それがたとえそのドラゴンの力の源を狙う者であっても、誘いを止めることはない。

 

 ノルン山脈の北側にアーティファクト『竜骨』は接地された。

 着地の瞬間、どこからともなく現れた煌めく紫紺の光が骨を包み込む。

 骨は大地と同化し、その周囲を黄色の炎が覆った。

 そして、もうもうとする炎が消えた瞬間、巨大なドラゴンの骨をそのまま模した城が地面から浮上し、一つ大きな雄たけびを上げる。

 こうして、命名の芸はないが、『骨の城』が出現した。

 

 ルークは、骨の城を見て嬉しかった。

 いかにも悪党が棲みそうな、趣味の悪い城ではないか、と。

 少なくとも、ノルン山脈のような神秘的な場所ではなさそうだ。

 されば、罪悪感を強く感じることなく、義侠心を刺激されて、敵と相対できるではないか。

 ここならば、ほんの少しだけ自分の心が楽なまま、探索できる。

 ……そう思っていた。 

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 骨の城から溢れ出る鉱物や薬草を求めて屯(たむろ)する学生や花人たちの集落を抜けて、骨の城のドラゴンの文字通り口から入ったルークたち。

 しかし、エレベーターを動かす仕掛けはないかと、辺りを探索していたところ、急に何らかの罠に嵌まってしまったようである。

 そのせいで、骨の城のいずことも知れぬところに、投げ出されてしまった。

 

 

 

「ラルクを探さねぇとな……」

 

 取り敢えず、骨の城のエレベーターは、人魂のような炎(いまさらこの程度でルークはビビらない)に話しかけると、快く動してくれる。

 そして、廊下から部屋、家具や調度品に至るまですべてが不気味な骨で構成されていて、時折紫紺の蠟燭に照らされながら骨の城を回っている時のことであった。 

 

「ラルクを探しているのか?」

 

 地下を探していた時、ノルン山脈の入り口で急襲してきたシエラがルークの前に天井から降り立った。

 

「お、お前は……!?」

 

 当然距離を取り、身構えるルークに、シエラは怒りで戦慄(わなな)いている声で、人差し指を突き立てて訊ねてきた。

 

「……なぜお前はティアマットの言うことを聞くのだ?

 ティアマットがなぜドラゴンを殺そうとしているのか、理由を知らぬわけではあるまい?」

「は? ティアマットを妬んだ3体のドラゴンが、アイツから魔力を奪い取ったんだろ?」

 

 ティアマットから言われたことを、ほぼオウム返しで答えたルークに、

 

「そうか……お前は知らないんだな」

 

 敵意をぶつけるべき相手を間違えたと言わんばかりに、シエラは視線を下ろした。

 一息をつき、熱(いき)り肩が撫で肩となったシエラに、臨戦態勢が解除されたかと、呟き声を吟味することなくルークも弛緩しかけるが、

 

「すまないが、死んでくれ。そうすればラルクを殺さずに済む」

「ちょっ!? 何だよ、急に!」

 

 だらんと降ろした腕は、腰に携えた2本の短刀を抜きやすくするためだったようだ。

 そして、狼狽するルークを、シエラは、憐憫を混ぜつつも、しかし射抜くような敵愾の目線で刺してくる。

 

「ちっ! 何なんだよ、どいつもこいつも!」

 

 シエラが、2本の短刀が逆手に抜かれると同時に、纏う雰囲気も隙がなくなり、もはや話を聞いてもらえそうな状況は雲散霧消した。

 ルークは生存本能のままシエラと相対する。

 それでも、その理性が刀身を見せることを拒絶し、鞘ごと大剣を構えることとなる。

 

「……舐めてるのか? それとも慈悲のつもりか? 

 生憎と、私はお前を殺すのを止めないぞ」

「うるせぇ! うるせぇ! うるせぇ!」

 

 どうせ俺の思いなんて誰にもわかるわけねぇ!

 せっかく、悪の首魁を討伐に行こうという気分で骨の城に入ったというのに、なぜどいつもこいつも俺に人を切らせようとするのか。

 罪悪感で潰れそうな己の心を、さらに押し潰そうとする相手のせいで、逆に闘争心が剥き出しになったルークは、シエラとの戦いに挑む。

 

 

 

 

 

 シエラは油断ならぬ相手であった。

 一縷の隙が絶命を招くのが明らかであった。

 ルークは、鞘に入れたままの大剣。リーチでは勝るが、攻撃の隙は大きい。

 シエラは、短刀で、距離を詰めたら一気に決着をつけるというスタイルだ。

 二人の戦いを見ていたならば、大剣と短剣で釣り合いが悪く、延々といつまでも攻撃を仕掛けないという出来の悪い殺陣を観ている気分になるかもしれない。

 しかし、ここは戦場。

 グルグルと、またグルグルと、まるで示し合わせたかのようなリズムで弧を描き続ける2人は、どちらが骨を見せることになるかを一瞬間も気を抜けずに相手を窺い続けなければならないのだ。

 

 しかし、ルークはただ弧をつくっているわけではない。

 両の瞳を決してシエラから逸らさないようにしながらも、しかし横眼からの情報を集積して周囲の状況を確実に頭に叩き込んでいった。

 

 明らかに戦いの場数を自分よりも踏んでいる白い獣人に、脆い精神力や鈍い剣技で勝ろうとしてはならない。

 

 だから、こちらがシエラに勝つには、それ以外の、まだ見せていないカードを切る必要がある。

 

 そして、何度目かわからぬ円を描き切った後、突然ルークはシエラに背を向けて走り出した。

 

「待て!」

 

 駆け出したルークの行き着いた部屋には、巨大な円形の食台が鎮座してあった。

 ルークは、一っ跳びでそのテーブルを飛び越え、その陰に隠れながら、素早く追跡者の方へと反転する。

 

(なるほど……近づいて来た隙に一気に、のつもりか……)

 

 シエラはそう判断し、しかし却ってルークの逃げ場がなくなったのを好機と捉え、いかなる手段で攻め込むべきかを思案した瞬間に、

 

「ぐぁっ!」

 

 その足元から黄色い爆風が噴出した。

 これは、ルークの任意の場所で発動させられる『ホーリースパーク』の光撃である。

 

(……?……)

 

 そして、シエラが、必殺の魔法にしては大した威力がないことを訝しんだ時こそが最大の隙!

 

「うぉーーーーーーーーー!!!」

「!?」

 

 シエラに跳躍してきたルークが、鞘付きの剣をその勢いのまま叩きこんだ。

 

「ぐぁっ!!」

 

 シエラは、己の額から突き出る角が折れそうになるほどの激痛を堪えた。

 そして、意識が飛びそうになる前に、この場から敗走することを素早く決断する。

「必ず……止めてみせる!」。そう言い残しながら。

 

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!……」

 

 息つくルークの視線の先には、部屋から逃げていくシエラの後ろ姿。

 意志ある者を傷つけるのすら厭うルークには、追走し返すなどという発想は出て来ない。

 ただ、殺さずに撃退できた幸運にわずかに浸ると共に、

 

「早くラルクを探さねぇと……」

 

 己を導いてくれるはずのラルクに縋りたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 果たしてラルクは、2階の、4本の骸骨の燭台で囲まれた部屋で仰向けのまま気絶していた。

 

「おい、ラルク」

「姉さん………………」

 

 駆け寄って声をかけるルーク。

 それに応えるかのようにラルクは、ルークが普段聞いたことのない甘えた声で呟いた。

 

(姉さん? ……コイツに姉がいるってことか?)

 

 ルークにも、普段の物静かな戦士と、今の縋るようなトーンとのギャップから、ラルクにとって姉がとても大切な存在だということが窺えた。

 

(ヴァン師匠にもいるのかな……)

 

 その姿を見て、ラルクを起こす前に、弱気を一切晒さない己の師を思う。

 そう言えば、屋敷の襲撃の時のヴァン師匠は、ティアとかいう犯人にかけた声の調子が、いつもと若干違ったような……

 

「!?」

 

 ルークが少し回顧に耽っていた間に覚醒したラルクは、人影に気付いて反射的に距離を取った。

 それがルークだとわかると、一息ついて、瞬時に警戒を解く。 

 

「……すまん。まさかあんな罠にかかろうとは……」

「いや、別にいいんだけどさ」

 

 そして、自嘲の呟きと共に戦士の目に戻ったラルクを見て、ルークは、またその背中について行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 青白い炎が6本の燭台に燈っている。

 骨の城の内部の部屋は、骸の装飾を設えた多種多様な部屋はあれど、部屋の前に扉がなく剝き出しの部屋だったり、骨がばら撒かれていて、生憎と美や清潔と言ったものとは無縁の場所が多かった。

 しかしながら、ここ『ムクロ玉座』は違う。

 最奥の深紫色の扉には落ち着いた装飾が施され、それを大切に守るように4本の骨の柱がくびれながら建てられていた。

 そして、扉の前には、尖頭形の、仰々しいまでの門扉が敷設されている。

 明らかに並々ならぬ物を守らんという意思が、雑然としている印象が残る骨の城内部と対比して如実に際立っていた。

 

 そして、紫紺の火が映し出すのは、金色の骨で身体を構成する、人を軽く丸呑みできそうなほど巨大な知恵のドラゴンが一体『ジャジャラ』。

 明滅する光に時折照らし出されながら、門の前で緑色の瞳から妖しい色を発してしゃがみ込んでいる。

 

 ルークはその姿形を認めた時、骨の城の主が邪なものに違いないと思い込むことができて、嬉しかった。

 

 コイツなら、義心に則って相対することができる。見よ、あの邪悪な瞳を。見よ、あの青白く輝く不気味な骨の身体を。

 ノルン山脈と違って、自分の生存本能の延長線上で敵を討たなければならないという、自己保身的な思いに駆られることはない。ないはずだ。

 だから―――

 

「ジャジャラよ! 我が主、ティアマットに代わりお前を倒しに来た!」

 

 ラルクの言葉を聞いたジャジャラが不快な表情を浮かべ、

 

「ティアマット……私と刺し違え、奈落に落ちてもいまだ私利私欲のためにマナを求めるとは……

 愚か! 愚かなり!」

 

 力強い瞳を宿し、義憤に支えられた侮蔑の言葉を吐いた時。

 

 やめろ! やめてくれ! そうやって正義ぶるんじゃねえ! 悪役は悪役のままでいやがれ!

 俺は、俺たちは、正しいはずなんだ! どうかやめてくれ!

 

 

 ルークは、、正当化というダムが堰き止めていた、罪悪感という濁流が溢れそうになるのを、目を閉じ歯を食いしばって圧し止めなければならなかった。

 

 幸いだったのは、それ以上の葛藤の時間をジャジャラが与えてくれなかったことか。 

 怒りで満ち満ちた瞳のまま、ゆっくりと金色の身体が起き上がる。

 そして、牽制とばかりに、ゴオ―――――――!!! という雄たけびが『ムクロの玉座』に轟いた。

 

 だから―――

 そこからは、呼び覚まされた本能のまま、ルークは剣を抜くことができた。

 

 

 

 ルークは強過ぎた。

 

 まるで俺が公明正大だと言わんばかりに、ホーリースパークを連発して光の譜陣を出し続け、

 

「紅蓮襲撃!」

 

 ジャジャラの蹴り上げを避けて、逆に高々と舞い上がったルークの炎の蹴りがジャジャラを包み込み、

 

「襲爪雷斬!」

 

 ジャジャラの頭突きを避けて、剣に宿した風の音素と共に、ルーク自身を雷撃と化したり、

 

「翔破烈光閃!」

 

 ジャジャラのドラゴンブレスを躱して、膨大な光に包まれたルークの剣がその巨大な体を舞い上げ、刺し貫いた時には、

 

「ギャアアアアアアアアア!!!」

 

 驚愕の表情を浮かべたジャジャラが、瓦礫と共に巨大な2体の彫像を降らしながら、バラバラに粉砕されてしまっていた。

 

 

 

「ふん、呆気なかったな」

「……これで……良かったんだよな……」

 

 口ほどにもないと跡形もなくなったジャジャラを見やるラルク。

 自分の所業が正しかったと確かめるように、飛び散った骨片と落下してきた2体の巨大な彫像を眺めるルーク。

 そんなルークだからこそ、気づけたのかもしれない。

 

 ラルクは、ジャジャラの死を悼むことなく、もうどうでもよいと言わんばかりに、ムクロの玉座の仰々しいまでに飾り立てられた部屋に赴こうとするが……

 

「……!……まだだ!!」

 

 虹色の光に包まれた骨の一つ一つが意志を持つかのように、2体の石像を核に集結し始めた。

 そして、石像を取り込んだジャジャラは、今ふたたび再生し、凶悪な執念をルークとラルクにぶつけた。

 

「……死にぞこないが……」

 

 ルークの叫びで、斧を構えたラルクが振り返った時にポツリと呟く。

 

「たわけ! それはお前もだろう『砦落としのラルク』!」

「………………」

 

 怨嗟のジャジャラの声に、ラルクはなにも返さない。

 

 紫紺の炎に揺らめく金色の身体は、再び2人に挑んできた。

 

 

 

 そこから先は、もう滅茶苦茶であった。

 人の身の丈の2倍はあり、それ相応に質量のある石膏の彫像を取り込んだジャジャラがひたすら暴れまわり、2人を押し潰そうとしたり、あるいは天井から落盤を降らせてきた。

 そのため、丁寧に掃き清められていたはずのムクロの玉座は、あちこち穴が開き、埃と骨の残骸が降り注いだため、もはや見る影もなかった。

 

 ジャジャラ自身、残存する体力の少なさを悟っているのか、手段を選んではいられないように見える。

 とは言え、上空から降り注ぐ巨大な骨の塊と、ジャジャラ自身の身体をひたすら避けなければならなかったため、なかなかルークとラルクに攻撃に転じる余裕はなかった。

 

「つぅっ! 何だよ、これは!……うぉっ!」

 

 再びジャジャラはその身を以てルークを踏み潰そうとしてきた。

 ルークは、もはや剣を振るうよりも、陥穽に嵌まらないことと、落盤の直撃を避けることにしか集中できなかった。

 しかし、ジャジャラがルークを踏みつけた隙を好機到来に見たラルクは、

 

「地閃殺!」

 

 大地の力を宿らせた斧に、必殺の一撃を籠めて、ジャジャラの体の核の彫像を一体打ち砕いた!

 

 しかし、苦悶に揺れつつもジャジャラは、

 

「小童が!」

「ぐぉっ!」

 

 最後の力を振り絞って、ラルクの身体を光線で貫いた。

 

「ラルクッ! くそっ!!」

 

 ルークは、ラルクが倒されたのに憤怒し、一息の跳躍と共にジャジャラに飛び掛かる。

 もはやジャジャラに反応できるほどの力は残っていない。

 

「ぐおおおおおおおっ!!!!」

 

 ルークの剣は、ジャジャラの抱える彫像を真っ二つに切り裂いた!

 

 もはや身体の寄る辺がなくなってしまったジャジャラの骨は、再生することができず、今度こそ完全に粉砕される。

 

 残った骨片を注意深く、何度も何度も観察したルークは、絶対に起き上がらないと確信する。

 そして、急いで倒れたラルクの元へと駆けた。

 

「おい! 大丈夫か……あれ?」

 

 確かにラルクの体を刺し貫いたはずの光の槍は、しかし創傷としての痕跡を残していなかった。

 

「……ティアマット様のお力のようだな。マナストーンの力を僅かに俺に分けてくれたようだ」

 

 傷があった箇所を摩(さす)り、よろめきながらもルークの手を借りて起き上がるラルク。

 

「……そうか」

「では、俺はマナストーンの所へ行く。

 お前はここで待ってろ」

 

 そう言い残して、ラルクは、ムクロの玉座の門を押し開いて、マナストーンのある豪華絢爛な部屋へと向かって行く。

 ルークは、その背中を黙って見送った。

 

 それがいけなかった。

 

(!!!)

 

 ルークはブルっと震えた。

 一人になった隙に、罪悪感がまた込み上げてくる。

 思い返すのは、ジャジャラを屠った満足感や充実感ではない。

 ジャジャラの、不気味さだけではない瞳だ。

 メガロードと同じ。風読み士と同じ。

 

 とてもあの目を見る自信はなかった。

 あれは、違う。断じて自分だけを守りたいという瞳ではない。

 もっと大切な、大事なものを守りたいという瞳だ。

 それがくっきりと、鮮明に思い出される。

 

(違う! 違う! 違う! 俺は正しい。正しいんだ!)

 

 自分を覆いつくそうとする心からの濁流を、ついにルークは胸に手を当てて直接止めにかかる。

 そして、強引に違うこと、今できることを考える。

 

(そうだ! オールボンから教わったやつを今のうちに……)

 

 思考を追いやる格好の場所を見つけたとばかりに、ルークは『特別な力』の制御の練習に入る。

 

 空気を流れるマナ。

 その莫大なエネルギーは、今あの部屋に閉じ込められていた場所から、奈落へと、ティアマットの場所へと向かって行くのを明確に感じた。

 ティアマットを考えると自分の所業に再び目が向きそうになるので、ルークは大気に漂うマナに集中する。

 

 ………………

 

 できた。

 激戦の末、あちこちが陥没しているムクロの玉座の穴を少しだけ、思い通りに広げることができた。恐らく力を籠めれば、これ以上も可能であろう。

 まだ実戦で使えはしないが、このまま修行すれば……

 

(いいのか……?)

 

 このまま強くなって良いのだろうか?

 また、言葉を話すヤツを殺してしまうんじゃないだろうか?

 そうなってしまうと―――

 

 また、罪悪感の濁流、良心の呵責が襲来し、ルークは再び胸を押さえた。

 ちょうどいいところに、ラルクが、ただ盲目的に従えばよい導き手が戻って来た。

 

「どうした? 具合が悪いか?」

「いや、何でもない。ちょっと傷がないか確かめていただけだ」

「……そうか……安心しろ。次で最後だ。それ以上は、俺達に振り回されることはなくなる」

 

 ラルクは何かを察し、現状最大限ルークを励せる言葉を紡いだ。

 ただ、その言葉でルークは、これ以上心の葛藤に悩ませらなくて済むと安堵すべきか、それとも寄り縋るべき者の喪失と捉えるべきか、決めかねた。

 しかし、それがもう少しだけ先であることを思い、今はただ前を行くラルクについて行くことにした。そうすれば、ひとまずは何も考えなくて済むから。

 

 

 コトン……

 

 

 ムクロの玉座を照らしていた燭台が折れた。紫紺の炎も消える

 ジャジャラとの戦闘で、瓦礫か、地割れで蝋燭を支えきれなくなったのだろう。

 ルークは、その音を聞いて少しだけ振り返り、しかしすぐにラルクの方に振り向いて、ムクロの玉座から走って行った。 

 

 




まっ!

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