ルークの英雄譚(TOA×聖剣伝説LOM)   作:ニコっとテイルズ

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「奈落の底へ行きな~」


14.「紅き堕帝」後編

 

「我はオールボン。故あって奈落の管理をしている」

「………………」

 

 奈落の一室の、ベッドに棚にテーブルに椅子と、奇妙なほどに生活感にあふれる場所にて賢人オールボンはいた。

 目が3つ、手が6本あるタマネギ人間ではあるが、あのドウェルとは全く共通項が見当たらないほど纏う雰囲気が異なっている。

 一人酌を取りながら、オールボンは入ってくる2人に視線を向けた。

 

 未だ出会ったことのなかった3つ目の人であるが、しかしルークは不気味さや気色悪さと言った不快感をまるで感じなかった。

 矛盾に満ちた奈落の雰囲気に決して飲まれることはないと確信できる強い目力からは、一種の畏敬の念すら覚える。

 こちらを見つめる目の色は、隙が無く、しかし穏やかでどこか興味深げな様子であった。

 瞳だけで全てを語る。間違いなく七賢人が一人であるとルークは合点がいった。

 

「ティアマットのドラグーンラルク。

 無用に人を連れて来られても、シャドールが増えるばかりで迷惑しておる」

 

 オールボンはその3つ目をすべてラルクに集中させた。

 

「ドラグーンたるもの、主の命には逆らえぬ」

「しかし、今回はイキのいいのを連れてきたようだな。

 ティアマットの悪巧みも、これでうまくいきそうか?

 美味しい役どころがあったら、私にも手伝わせてほしいものだ」

 

 悪巧み、という言葉にルークは引っかかりを覚えたが、オールボンの楽し気な口ぶりからは真実か冗談かの判断がつきかねた。

 

「その言葉、皮肉でないなら、この者に洗礼の許可を与えよ。

 しかし、もし、その言葉がティアマット様を愚弄するためのものならば……」

「許可しよう」

 

 ラルクの鋭い眼光をも揶揄うように撥ね付け、間髪入れずに要求に応じる。

 

「さぁ、ルークよ。こちらへ来い。熱いのは一瞬だ」

「……ああ」

 

 ルークは前に歩み出て、まじまじと賢人の顔を見る羽目となった。やはり賢人は威厳が違う。

 オールボンは、円卓から吹き出ている炎を銀さじで掬って(この時ルークは苦々しい顔になった)、ルークに投じた。

 言葉通り、ルークはほんの一瞬間全身が燃える感覚を覚えたが、すぐに元に戻った。心なしか奈落の空気も軽くなった気がする。

 

「……ルークよ。お前に一つ、技を伝授してやろう。と言っても、実践で使えるかはお前次第だがな」

「は? なんだよ、急に? 剣ならヴァン師匠の教えで間に合ってるぜ」

 

 オールボンの突然の提案に、ルークは反射的にそう答える。

 しかし、オールボンは首を振った。

 

「そうではない。お前の持つ特別な力、物質を分解し再構築する現象……これを制御する方法を伝授するだけだ」

「なんだそりゃ? 俺、そんな力持ってねーぞ」

「ほう? では、お前の家に住んでいる童(わらべ)二人に見せたあの技は何だ?」

「え? あの地割れのことか?」

「そうだ。あの現象は何だというのだ?」

「……あれが、えっと、お前の言う万能パワーって言うのか?」

「ああ。どうだ? あれを実践で使える、あるいは暴走せずして使えるとするならば、それは面白いことだと思わんか?」

「…………………」

 

 まぁ、別に困ることでもないか。目の前にいる賢人が嘘をつくとも思えないし。

 何もデメリットがないことを確認したルークは、

 

「どうやるんだよ?」

 

 素直に教えを乞うことにした。

 後ろにいるラルクは、黙って二人のやり取りを見ている。

 

「今訓練するのはさわりだけだ。あとは、自分自身で訓練を積み重ねるがいい。

 もっともやるかやらないかはお前次第であるが」

「聞いてから自分で決めるよ」

「……ふっ。では、早速伝えよう」

 

 オールボンの指示は奇妙であった。

 まず世界に流れるマナ、要するに万物の根源の流れを全身で感じ取るように指示した。

 ルークは、そんなのできねーよ、と悪態をつきながらも、渋々目を閉じて集中する。

 

 今しばらく、全身の狂いきった肌感覚を研ぎ澄ませた。

 

 すると、

 

「聞こえる……」

 

 ルークは内側から力が溢れるような、全身が震えるような感覚を覚えた。

 

「そこまでだ。後は、お前の日ごろの鍛錬次第だ」

 

 そして、オールボンは次なる訓練の要諦をルークに伝える。

 まぁ、強くなるのに迷う必要はないか、と思ったルークは素直に聞き取った。

 

「では、健闘を祈る」

 

 どこまでもワクワクしているという賢人に似つかわしくない態度のまま、オールボンは、二人の戦士を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 ラルクは割と気さくな人だ。

 そうルークが自覚したのは、オールボンの部屋から出てすぐのことであった。

 

 常人あらざるところモンスターありとは、過酷な環境の奈落であろうが変わりはない。

 極寒と極熱を交差した場所で、ルークとラルクは、二体の彷徨う鎧の悪魔ダークストーカーと戦った。

 鋼鉄の鎧を纏うだけあって鈍重ではあるが、しかしただ呪いの剣を振るうだけではない。

 距離を取ったところからでも剣を地面に突き刺して、敵の足元から刃を突き出して攻撃してくるという、なかなか侮りがたい敵であった。

 

 とはいえ、ルークはより遠くから『ホーリースパーク』を奏でて、敵の足元から黄金の爆風を飛ばし、光の譜陣をつくりだしてから、

 

「貫く、閃光!」

 

 一気に距離を詰め、光の譜陣から風の音素を剣で吸収して、神速の横薙ぎでダークストーカーを打ち上げる。

 

「翔破! 裂光閃!」

 

 そして、宙に浮いた獲物を光を纏った強烈な剣で、ざっくりと突き刺す。

 

 呪いの鎧に巣食う悪魔は眩い光が苦手だ。光撃から身を守るために鎧を着こんでいるというのに、直接内部注入されては敵わない。

 

 ダークストーカーは、あえなく赤い飛沫となって消滅した。

 

 

 

 ルークは、ラルクの方を見やる。

 

 ダークストーカーは遠距離攻撃ができると言ったが、それはあくまでも対象が正面にいる場合に限る。

 

 その性質をよく知っているラルクは、強烈な一撃で敵に背後を向かせ、戸惑っているダークストーカーに得物の肩手斧を振るう。

 

(すげぇ……)

 

 先ほど処理した相手からかなり耐久力があるとわかったダークストーカーの鎧が、ラルクの体重の乗った澱みのない斧捌きで易々と切り裂かれていく様に、ルークは感嘆した。 

 

 さらに、破った鎧を払いのけ、傍らの溶岩の河に落としてしまえば、もうダークストーカーに抵抗の手段はない。あっという間に灰塵と化した。

 

 戦闘を終えたと判断したルークが、適当にラルクに声をかけるかと思い近づいて行くと、

 

「うぉっ!」

 

 突然ラルクがこちらに斧を投げつけた。そして、ルークの首元スレスレのところを不気味な唸りが通って行く。

 ラルクが意味もなくこのようなことをするはずがないと瞬時の思考で判断したルークが、自らを軸としながら剣を回転させつつ後ろを振り向くと、

 

「こいつは……」

 

 小人のような不定形の悪魔、シャドウゼロが、その顔に斧が突き刺さったままピクピクしている。 

 

「油断するな。人の戦いを見るなら、安全を確認してからにしろ」

「す……すみません」

 

 急に敬語になったのは、ラルクの鋭い声色がヴァンをルークの脳裏に彷彿させたからであろう。

 反射的な謝罪の言葉にルークは驚いたが、しかし存外悪い気分でもなかった。

 

 ラルクは、注意深く辺りを観察して危険がないことを確認した後、ルークに近づいて行く。

 

「怪我はないか?」

 

 一転気遣う声色で、ラルクは問いかける。

 

「は……ああ。大丈夫だ」

 

 また、敬語になろうとしたルークは今度こそ寸でのところで口を止めた。

 それでも、ラルクの顔を見ると、顎を覆う獣毛が、ヴァンの老けづくりのための顎髭に似ていて、やっぱ師匠にそっくりだな、と自覚させられる。

 

「そうか。今度から気を付けろよ」

 

 ラルクは『砦落としのラルク』と異名がつけられるほど優秀な戦士であったが、自らが率いる、あるいは自らを慕う部下たちには優しいという評判であった。

 共に戦う関係ならば、必要ならば称賛し、必要ならば叱責する―――けれども、信賞必罰の程度は過剰過ぎないというラインを常に守り続けていた。

 そんな極々当たり前ながら、しかし誰もがなかなか真似できないことを貫き通した彼は、彼を慕う部下たちの力を正しく利用し、その代表として厳めしい異名を戴いたのである。

 

 純朴にして、人を正しく見つめる。

 そんなラルクの姿を汲み取って、自らを殺めた相手にも拘らず、ルークは心を許しそうになる。

 しかし、ラルクは、

 

「もうすぐゼーブルファーのところだ。気を引き締めろよ」

 

 背を向けて、必要以上にルークの顔を見ない。

 いや、これからのことを思えば、見られるはずがないのである。

 

 

 

 

 

 

 

「ここで貴様の力を試させてもらう。覚悟は良いか?」

 

 モンスターを蹴散らしながら、感覚の矛盾する奈落の環境に決して慣れないようにしながら奈落を下って行ったルークは、とある部屋の前でラルクからそう告げられた。

 

「へ! どうせこのままなら地上に帰れないってんなら、とっとと済ませようぜ!」

 

 ルークの威勢が良いのは、とっとと普通の環境に戻りたいからである。

 もう熱いか寒いか、眩しいか暗いかの行ったり来たりはごめんなのであった。

 地上で少しでいいから水も飲みたい。

 

「そうか。なら行くぞ!」

 

 今までと比べて期待して良さそうだと確信したラルクは、勢いのままルークに続く。

 

 

 

 

 ゼーブルファーは、シャドールたちを束ねる紅い人魂。

 ルークから見れば、楽器をつくるときに会った青くて穏やかな表情のウィル・オ・ウィスプを怒らせれば、こんな風に紅く怒ったような顔をするかもしれないと思った。

 

 火には水が有効。

 感覚が異常になってしまう場所でも、ごくごく単純な理屈が通じることを祈り、ルークはまずダークインパルスで闇の譜陣をつくる。

 そして、その範囲内にゼーブルファーが入って来た瞬間、

 

「砕け散れ!」

 

 剣を持っていない右腕に闇の譜陣から水の音素を吸収して、烈破掌のエネルギーの絶対値をさらに増し、しかし水属性を付加して、常には闘牙を抱く属性を逆ベクトルに作用させ、

 

「絶破! 烈氷撃!」

 

 目の前のゼーブルファーを凍てつく氷塊にせんという勢いで叩きつけた!

 ルークの目論見通りゼーブルファーは、水に弱い。

 絶対零度の掌底に、その生命までもが凍り付きそうであった。

 

 しかし、この程度でくたばるならば、ラルクは100年以上も強き戦士を持っていない。

 だが、ルークの強さは、これは、という期待を抱かせるのに十分であった。

 

 一度は縮んだ紅い人魂を元に戻し、再び怒りの表情を滾らせたゼーブルファーは、周囲にある不気味な石像を支配する。

 そして、

 

「うぉっ!」

 

 ルークに向けて炎色の光線を放った。

 

 とっさに避けたルークは、その着弾点を見てゾッとする。

 

 床が抜けていた。

 

 もしも、当たったら……そう思い、これ以上の危険を予防するために、眉を尖らせて再びゼーブルファーを叩きに行く。

 

「ちぃ! 手応えがねぇか!」

 

 ルークの剣も技も悪いものではないが、如何せん実態が不定で小さいゼーブルファー。

 避けられやすいうえに、剣が当たってもダメージは大きくないのである。

 

 

 

(そろそろいいか……)

 

 ラルクは、剣を振るうルークに合格点を与えようかと思う。

 実は、ルーク以前の挑戦者たちがゼーブルファーに挑んだ時は、たいがいあまりにも不甲斐なかったため手助けすることなく見捨てることもあった。

 仮に自分のサポートがあっても、道中のモンスターに嬲り殺しにされ、ここまで辿り着けなかったのも少なくはない。

 

 しかし、ルークは違う。

 物理的な剣の腕の振り。魔術を交えた強力な属性攻撃。機転の利き方。

 どれもこれも香ばしいほどに上等だ。

 特に属性攻撃。これがあれば、アイツらに対しても、容易に弱点を付ける。

 これは……長年待ち望んだ存在と言ってもいいかもしれない。

 見たいのは、ゼーブルファーを倒すことよりも、どのような攻撃ができるかどうかである。

 中途半端に力が強いヤツでは、アイツらに敵わないのだから。

 

 ラルクはそう結論づけ、

 

「ルーク。下がってろ。後はオレがやる」

 

 短く告げた。そして、ルークが後ろに下がるのを確認した後、うんざりするほど戦ったゼーブルファーと対峙し、

 

「ドライブホーク」

 

 天井高く跳躍して、斧から強力な波動を飛ばす。

 元々ルークの氷撃で弱っていたゼーブルファーには、これがトドメとなった。

 

 紅い人魂は、攻撃に対する憤怒をそのままに表情に焼き付けたまま、瞬時に霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

「たいした実力だ……我が主もお喜びになるだろう」

 

 剣を収めたルークをラルクは短く称賛した。

 

「そうかよ」

 

 威厳の籠った声に、ルークは、褒められて嬉しいような、しかし相手は師匠でもないしと、どんな顔をしてよいかわからず、顔を伏せる。

 

「我が主の元まで送ろう」

 

 ルークはラルクと共にテレポートに包まれた。

 

 

 

 奈落の底は、燃えたぎる炎舞台。

 奈落を巡る炎は全てここから生まれ、暗黒の焔で死者を包んでいる。

 

 だが、ルークの目を引いたのは、闇の炎の先にある巨大な城。

 物語で読んだ閻魔大王の居城と言われても頷ける城からの邪悪な陰影。

 こちらまで熱を伝えない奈落の炎中で揺らめく巨城は、相変わらずの極寒の中でルークの汗を凍らせる。

 

「控えよ。我が主のお出ましだ」

 

 ラルクは、城の入り口の炎の前で跪く。

 

「ティアマット様……」

 

 そして頭(こうべ)を垂れる。

  

「ついに見つけたか、ラルクよ。ゼーブルファーを倒せる者を」

 

 ゆっくりと靴音をたてながら、城から低音の唸り声が轟いた。

 そして、黒煙巻き上げる炎から、その男は姿を見せる。

 

 赤くしかし鈍い光を放つルビーを填め込んだターバンを被り、同じく赤い豪奢な衣装で身を包み、赤髭を蓄えた老人であった。

 ルークは、その纏う衣と雰囲気から、叔父でバチカル王のインゴベルト6世の姿を頭に思い浮かべる。

 並人が身に着けたら浮いてしまう王族の装束。それを当然のように着こなし、身体の芯から威厳が溢れるその様は、まさしく自他共に王と認めている者の証である。

 

 ルークは、炎色の瞳の王に見つめられ、総身を硬くした。

 しかし、ティアマットは、そんなルークの姿に、緊張を解すような哄笑を上げる。

 

「そう硬くなるな、強き戦士よ。

 まずは、そなたを召喚した非礼を詫びよう」

 

 そう言ってティアマットは、頷く程度に頭を下げた。

 

「………………」

 

 ルークは、そのまま炎色の視線を受け続けることにした。

 灼熱の火炎は、ティアマットにとって熱く感じないのであろうか、と場違いなことを考えながら。

 

「強き戦士よ。ここに招いた理由を説明しよう。

 ……我はかつて地上に君臨せし『竜帝』なり。

 しかし、我の力を妬んだ三匹の竜が我から魔力を奪い取った。

 我はこの様なか弱き姿で、奈落を彷徨う身となった……」

 

 自己憐憫を語り、ティアマットは僅かに肩を落とす。

 背後にある居城も、その主と連動して矮小に見えてくる。

 

「我は、我に代わって三匹の竜を倒せる者を待っておった。それが、お主だ」

「……俺に、そいつらを倒せってことか?」

 

 竜狩り。

 想像もしたことのない所業。

 ティアマットを妬んで魔力を奪い取ったとするならば、確かに悪と言えなくもない気がするが……

 

 しかし、この俺にそんな大事が務まると?

 物語で出て来るような……強大さを想像するまでもないあの竜を俺が倒す?

 ……それができるほどに己が強い自信は……未だにない。

 

 しかし、ティアマットの傍らで跪いていたラルクがゆっくりと立ち上がり、ルークを包囲するような言葉を投げかける。

 

「どのみちお前は協力せざるを得ん。

 半霊体のまま放っておけば、いずれ無になってしまうのだからな」

「なんだって!?」

 

 絶望的な事実に愕然とするルークに、

 

「強き戦士を、このまま無にするのは忍びない。

 三匹の竜を倒してくれれば、おぬしが元に戻れるようにしてやろう」

 

 救済策をティアマットが瞬時に提示する。

 

「………………選択の余地はねぇってわけか」

「奈落をさすらい、影となり、そして無となるか?

 それとも、竜を倒すか? 

 我としては、強き戦士が消えるのは悲しいぞ」

 

 協力以外の道を塞ぐように、乾ききった声で鷹揚に告げるティアマット。

 暗黒火炎に揺らめく巨城だけが、奈落において唯一の生への誘いに見えた。

 

 外道だ。

 協力しなければ消える。永遠に異常空間の奈落に縛り付けたまま、シャドールたちのようになり、そして……

 

 ……生憎とまだ生に未練がある。

 さすがに死ぬまで屋敷に帰らないというつもりはないし、自分の帰りを待ちわびる弟子も、チャボもいる。

 それに、まだまだ世界を巡ってみたい。もっともっといろんな人と会いたい。

 ここで死すには、あまりにも早すぎる。

 

 ルークを待っている者は、世界に確かに存在するのだ。未知のことも山ほどあるのだ。

 そういう人たちに二度と会わずに、一生熱さも寒さもわからない奈落に縛り付けられる―――そんなのは、我慢できるはずもない。

 

 それなら―――

 

 ルークは一度強く眉を顰め、目を瞑り、そして平素の表情で告げる。

 

「……わかったよ」

 

 脅迫で押されて出てきた言葉の何と小さなことか。

 かつてガイアにぶつけた言葉の強さと比して、その自由意思の無い弱々しい声にルークは、自分でも驚いた。

 闇の灼熱が届かないルークは、今度こそ自分が氷になったように感じる。 

 

「ハッハッハッ。恩に着るぞ、強き戦士よ」

 

 ルークの声の強弱など、ティアマットにはどうでもいい。強き戦士の承諾の言質を取っただけで十分なのだ。

 反対に、ティアマットの善悪など、ルークにはどうでもいい。生きたいならば、もうこの竜帝とやらに縋る他ないのだ。

 

「では、我に仕えるドラグーンラルクと共に、頼んだぞ」

 

 邪な火炎を纏うティアマットが手をかざす。

 すると、

 

 ―――ルークは、ラルクと一緒に燃えたぎる炎舞台から、退場した。

 

 

 

 

 

 

 

「これは、我が主から、契約成立の証としてお前に渡すように言われた」

 

 奈落の入り口の墓場に景色が移り変わり、ルークはラルクからアーティファクトを手渡された。

 

 

『骨のカンテラ』

 

 紫色の髑髏(されこうべ)の形状のランプ。

 知恵のドラゴンを守る石を探す魔導士たちが、仲間の遺骨を加工して作ったカンテラである。

 同志たちのために自らの意思で光るとされるが……。

 それが今や、知恵のドラゴンを狩るものたちの道標となるとは……。

 

 アーティファクトの由来をルークは知らない。

 しかし、その不気味な形状とザラついた触感に、顔を顰めた。

 奈落から出て、なおも不気味なモノに触れなければならないとは……。

 

 そこまで思考が至ったところで、奈落から脱出できたことに今更ながら気がついた。

 ヒヤっとする冷たい風も、生命力旺盛な雑草の揺らめきも、朽ちた大木も、確かにそこにはあった。

 

 地上に戻って来たことを深く実感する前に、ラルクが言葉を紡ぐ。

 

「これから、知恵のドラゴンどもを狩りに行く。

 ヤツラは、世界の秩序を守っている気でいやがるが、俺たちにはそんな支配など必要ない」

「………………」

 

 生憎と、今のルークにはドラゴンのことを斟酌する余裕はない。

 ただ、生きたくて、死にたくなくて、ドラゴンに剣を向けるだけである。

 

「竜殺しか……」

 

 一言ぽつねんと呟いてから、奈落を後にしようと歩を進めるラルク。

 その言葉の含蓄を推し量る余裕も、当然ルークにはない。

 

 改めて、己の感覚を確かめてみる。

 

 奈落の墓を漂う風は涼しい。

 けれど、このままマイホームやドミナの町に行けば、暖かいという感覚も確かに存在するのだろう。

 墓のある場所は暗い。

 けれど、何も考えずに適当な場所に行けば、明るい場所に辿り着くのだろう。

 

 しかし、果たして未だに俺が奈落に囚われていないと言えるのだろうか?

 「動いている」のではなく「動かされている」自分は、奈落の住民と何が違うのだろうか?

 

 ラルクの姿はどんどん小さくなっていく。まるでルークに思考の間隙を与えないようにするかのように。

 師と似ているその獣人に、ルークは、ただ黙ってついて行った。

 




まっ!

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