ルークの英雄譚(TOA×聖剣伝説LOM)   作:ニコっとテイルズ

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ぐま!

 お気に入り171をとうに越していました。
 これは、この小説の師となった作品のお気に入りの数です。
 あの作品がなければ、このような表現手法を取ることはなく、より取るに足らない駄文を連発していたことでしょう。
 まぁ……勝った負けたの次元で言うならば、その作者さんは別作品で2000以上のお気に入りを稼いでいらっしゃるので、全然勝っていません。
 また、当作品の表現もより洗練されたものなので、まだまだと実感する日々です。


12.「岩壁に刻む炎の道」後編

 

 寺院を出た後、ルークはルーベンスと別れた辺りで、

 

「あ、おい!」

 

 また脇目も振らずに走る草人を見つけた。

 そして、ルークに振り向くことなく走り去って行く。

 しかし、行き先は門前町。修道女が大勢いる場所だ。今度こそ、保護されればいい。

 ここまで崖から落ちなかったら大丈夫だろうし。

 

 そう思ったルークは、先ほど草人が出てきた方へと向かったが、

 

「うぉっ!」

「……お前か」

 

 急に出てきた瑠璃とすれ違った。

 

「何だよ、お前。こんなとこで何やってんだよ?」

「さあな。ただ、不愉快に思ってる時に、また不愉快な奴に会ったもんだと、今思った」

「相変わらずムカつく野郎だな!」

 

 やはりルークにとって冷たい風吹き荒ぶ中で受ける蒼の弾丸は愉快とは言えない。 

 頭の中に、ガトの大地の炎色が宿るほどには。

 2人の関係は相変わらずである。

 皮肉の応酬をするには、瑠璃にとって役不足であったが。 

 

「んで? また、あのお姫様に逃げられたのかよ?」

「真珠の迷子癖に振り回されているのは慣れている。

 ……奴隷の口実が使えないのは実に残念だ」

「ったく。んなこと言わなくても、見つけたらドミナに帰すっての!」

「……そうか。それなら頼む」

 

 真珠姫に関することだと途端に頑なさが解れる瑠璃。

 あれ? なんだか素直に真摯な目つきでお願いする瑠璃は、それはそれで拍子抜けなような……。

 というルークの表情はおそらく顔に出ていたのであろう。

 

「なぜ鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている? 

 何かの病気か? 修道女から薬を煎じてもらったらどうだ?」

「なんでそうなるんだっつーの!」

 

 だめだ。性格は簡単には治らない。

 コイツ向けの良い薬があるならこちらがもらいたい気分であると、紅の髪は一層盛り立つ。

 

「まぁいい。俺はとっとと消える。紅というものがますます嫌いになったんでな」

「………それって、ルーベンスのことか?」

「……ほう、オマエでも頭が回ることがあるのか。まぁどうでもいいか」

「……オ、マ、エ、な~~~!!!」

 

 言葉尻も矢尻も瑠璃にとっては全て攻撃の手段でしかないのかもしれない。

 しかもそれらに油を塗り、火をつけて放つあたり、より悪辣さを見せつけていると言えよう。

 そして、ルークは全身がガトの参道と同化しつつあった。

 

「もういい! 蒼いのはとっとと失せろ! この町に合わねぇ!」

「言われなくても、そうす―――――――――――――」

 

 しかし、瑠璃が言い切ることはできなかった。

 

 

 

 

 

「ぐはっ!」

 

 

 

 

 今しがた瑠璃が出てきた場所から、呻き声が響いてきたからである。

 直後に、ドサリッ、という音が響く。

 

「な、なんだ?」

「ルーベンス!」

 

 血相を変えて瑠璃が先行し、ルークが追いかける。

 尋常ならざる声は、肌を打つ風をもより冷たくした。

 

 

 

 

 

 炎色の大地の休憩所たるテラス。

 しかし、今そこでは腹部にナイフが刺さったルーベンスが苦悶の表情で横たわっていた。

 そして、表情が唯一見える修道服の目元から見下すような視線が、炎色のローブに注がれている。

 

「ルーベンス!!」

「おまえ、何してんだよ!」

 

 駆け寄る2人は、瞳の炎を犯人と思しき修道女に向ける。

 

「近づかないで。殺しちゃうわよ」

「チクショウ……汚いぞ!」

「ぼうやは、黙ってなさい」

 

修道女は、鋭利な目つきで2人を制した後、慈愛すら感じさせる優しい口調で倒れているルーベンスに声を下ろす。

 

「核は傷つけてないわ。

 私の言うことを聞けば、核に手出しはしない……」

「なにが、目的……だ……」

「かんたんなことよ。泣いて、命乞いなさい。そうすれば、許してあげるわ」

 

 呻き声のルーベンスの問いかけに、すわ何でもないことのように提案する修道女。

 しかし、それが文言通りの慈悲でないことは、ルークも理解できた。

 

「どう? 涙は流せる?」

「うっ、俺は……」

 

 刺さったナイフの痛みだけではない苦悶の表情を浮かべたルーベンスは、何もできない。

 

「そう、無理なのね。さようなら、ルビーの騎士」

 

 無慈悲な別れの言葉と共に、修道女はルーベンスの胸元に屈みこみ、

 

「フフフ……『希望の炎』……確かにいただいたわよ」

 

 そして、強い煌めきのルビーを掲げた。

 

「ぐ……」

「!! キサマッ!!!」

 

 致命的な表情に運命を悟ったルーベンスと、今までにないほど大きく目を見開いた瑠璃。

 

「な、なんなんだよ? あのルビーが奪われたらどうなるってんだよ?」

 

 未だ状況を飲み込めないルーク。

 

「かわいいボウヤ。命が惜しかったら、そこの蒼いヤツにいつまでも関わらないことね」

「え……?」

 

 ルークが呆けている間に、瑠璃は剣を引き抜いて修道女と距離を詰めようとする。

 

「あらまあ、怖いぼうやだこと。たかが、石ころひとつで大げさね」

 

 修道女は、大げさに怖がるように、距離を置いた。

 

「オレ達は、石っころじゃない! ふざけるなっ!」

 

 瑠璃の魂からの叫びにも、

 

「ほんとうかしら?」

 

 嘲る姿勢は崩さない。

 

「よくも仲間を!!」

「フフ……また会いましょう」

 

 最後まで見えない笑みを崩さないまま修道女は、フック付きロープで階下へと瞬時に降りて行く。

 

「くそっ!!」

 

 憤りそのままに瑠璃が追いかけようとすると、

 

「うううっ……」

「お、おい! そいつ放っておくのかよ?」

 

 ルーベンスの最期の呻吟とルークの呼び止めに、ピタリと足を止める。

 

「ルーベンス!!」

 

 そして、倒れているルーベンスの元に、二人で跪く。

 

「早く傷の処置をしねぇと!」

「違う、もう無理だ……」

「おい! だってまだ息が……」

 

 ルークの必死な声は、瑠璃が首を静かに振ることで受け流す。

 

「瑠璃……魔法都市のディ……に……すまないと……」

「ディ……なんだって? ルーベンス!」

「珠魅の都市……もういちど……みんなで……」

 

 苦悶と後悔に染まったルーベンスは、

 

 

 身体全体が眩い輝きに包まれ、赤い煌めきの破片となって消滅した。

 

 

 その残骸は、ガトの冷たい風が弔うかのように厳厳たる炎の大地へと拡散していく。

 

「……なんだ、なんなんだよ。アイツ、どこに行っちまったんだよ!?」

「………………」

 

 何が起こったかわからない、というよりは起こったことを認めたくないルークの狼狽に、瑠璃は俯いたままだ。 

 

「遅かったかーーー!!!」

 

 その代わり、ルーベンスの死を見届けた小柄なネズミ男が怨嗟の声を上げた。

 呆けたルークは、そちらを見る。

 そして、ルーベンスの言っていた「いつもパイプをくわえている、声の大きなネズミ男の警部」ということを思い出すには、幾ばくか時間が必要であった。

 さらに、そんな何でもないはずの情報が、自分にとってのルーベンスの遺言となったことに気付くには、もっと時間が必要であった。

 

 風は、冷たい―――

 

 

 

 

 

 

 

 ルークと瑠璃とチャボは、ネズミ男のボイド警部とともに、寺院へと戻って行く。

 事情はそこで説明されるとのこと。

 ルビーの残滓が吹き荒ぶ大地が見えない空間の方がマシであるとルークも同意した。

 

 しめやかさに場も空気も一致した時、まず厳かにそれを打ち破ったのはボイド警部の声であった。

 

「寺院に宝石泥棒サンドラの予告状が来ていたのだ。

 『希望の炎をいただく』と」

「ワシは、てっきり癒しの寺院の炎かと思っておった……。

 まさか、ルーベンスさんの核が狙いだったとは……。

 ルーベンスさんが珠魅だとワシが気付いておれば……くそ~~~っ!!」

 

 悪態をつきながらもルーベンスを悼む直情的なボイド警部の言葉に、ルークは少しだけ重たい雰囲気が切り裂かれたことに感謝をしながら口を開く。

 

「なぁ、核って何なんだ? なんであの……ルーベンスはルビーを取られたら……ああなっちまうんだ?」

 

 まだ『死』という言葉をルークは使うことはできない。

 ボイド警部は瑠璃を一瞥したが、あらぬ方向を向いている瑠璃が話す様子もないこと、また話さなければならないことを思い、話し出す。

 

「……ルーベンスさんは珠魅なんだ」

「珠魅ってのは?」

「宝石を生命力の核とする種族のことだ。

 核となる宝石が、人でいう所の心臓となっている」

「てことは、ルーベンスは、あのルビーが生命の源ってことか?」

「……そういうことだ」

「……じゃあ、アイツは……」

「………………」

 

 重々しく語るボイド警部の態度と事実から、ルークは全てを察した。

 そして、核が取られること、身体が砕け散ること、この2つを結び付けてしまう。

 

「……なんだって、サンドラって奴はルーベンスを……?」

 

 太陽もちょうど雲に入ったようだ。ステンドグラスからの光も弱弱しくなる。

 

「それはわからん。それを白状させるためにも、なんとしても、宝石泥棒サンドラを捕まえねばならん!

 手伝ってくれるかね?」

「オレにも手伝わせてくれ!」

 

 ボイド警部の依頼にそれまで横を向いていた瑠璃が間髪入れずに承諾した。

 しかし、

 

「おい、アイツ殺人鬼だろ。おいそれと近づいて大丈夫なのかよ?」

 

 こちらを襲ってくる魔物は切り捨てられても、人間と戦うだけの覚悟は、まだルークにはできていない。

 

「むろん危険だが、このままアイツを放置もできんだろう! 仲間が殺されたんだからな」

「……ってことは、お前も、いや、お前も真珠姫も……珠魅って奴なんだな?」

 

 ルークは瑠璃の胸元のラピスラズリを凝視する。

 

「今頃気付いたのか? 鈍い奴だな」

「そういう意味じゃねぇよ! お前が行ったらお前も襲われるんじゃないかって話だ!」

 

 主としてその心配は、殺人鬼を追うことに対する躊躇いだったのかもしれない。

 けれども、ルークの中には、確かに瑠璃に対する気遣いも含まれていた。

 なので、張り上げた声にも自然と力が籠り、静謐な礼拝堂は美しく切り裂かれた。

 

「……オマエに心配されるとはな」

 

 ややぶっきらぼうな口調ではあるが、複雑な表情の瑠璃。

 そういったことを言われ慣れていないというのもあるが、それだけではなく、こちら側に人間が踏み込んでくることは大いなる憂いなのである。

 だから、嬉しいという感情が込み上げてくるというよりも、ここまで珠魅を心配する人間に対しては、単純な感情を抱けないのであった。

 

「……悪いかよ?」

「ああ、悪いな。反吐が出る」

「ふん、言ってろ!」

 

 吐き捨てたルークは、礼拝堂の入口へと向かう。

 しかし、その重厚な扉に体重を乗せて、じっと瑠璃を見ていた。

 チャボは、それに追随する。

 プリズムの光も綺麗に映えてきた。

 

「……本当にヘンなヤツだな」

「うるせぇ! 行くならとっとと行くぞ!」

「……ご協力感謝する」

 

 ルークとしては、もはや重厚な空気を吸いたくはない。

 なので、蹴破る勢いで寺院の門扉を乱暴に開けた。

 

 紅が光と同化している方向に、渋々ではあるが早歩きで瑠璃は進んで行く。

 

 

 

 

 

 

 ルークに殺人鬼を追いかけたいという正義感が唐突に湧いてきたわけではない。

 ただ、人が死ぬのを……特に嫌でも知り合ってしまった奴が、あるいは珠魅を殺したとはいえ、サンドラが死ぬのを見たくも聞きたくもないだけである。

 なまじ自分が強いと認識できた分、人の命が平然となくなるという事態を絶対に食い止めたいのだ。

 自分にそう言う力があるなら、追うのも吝かではない。それだけである。

 

 もちろん、そんなことは決して瑠璃には伝えない。

 だから、そう言ったくだらないことを訊かれる前に、まず布石を打つ。

 

「お前、あのルーベンスとかいう奴と何話してたんだよ?」

 

 この町は、滑落を防ぐために慎重に歩かねばならない。

 なので、注意力が散漫にならない程度にゆっくりと歩きながら、ルークは足元を見つつ問いかける。

 

「……ルーベンスに一緒に来ないか、と訊いたんだ」

 

 ルークに対していかなる感情を持つべきか悩んでいる瑠璃は、心を整理しきる前の問いに、自然と弁舌が緩くなってしまう。

 

「そしたら……」

 

 瑠璃は、炎色の大地を強く踏みしめる。

 

「アイツは、もう誰も、何も信じられないんだと。

 珠魅の都市が滅んだのは、仲間の裏切りで滅びたから」

「だから、お前と一緒に来ることはないって断られたってことか?」 

「……そういうことだ」 

 

 瑠璃は、チラリとテラスの方を一瞥した。

 

「……でも、アイツは、結局」

「……ここに潜伏している間は、安全だったのにな。

 バレたら脆いもんだ」

「………………」

 

 しばらく、靴が硬い大地を踏みしめる音だけが響いた。

 

 コツコツ、と。ルークは最近購入したばかりのミスリル銀のブーツの硬質さと、内部に響かない丈夫な造りにほんの少しだけ満足した。

 以前のブロンズ製の武具は売ろうかと思ったが、大した金にならないから、と表面的な言い訳に心を傾けて売ることはなかった。

 しかし、今は、目前の流砂のマントよりも自分の靴の方に注意を向ける。

 

 そんなことを思っている内に、門前町に入った。

 足元に目を向けていたルークは、草人の葉っぱが町の外側に点々としているのが目に入る。

 そういえば、あの草人を追って来たんだな、と今更ながら思い出していた。

 

「……珠魅って、どうして他の人と関われないんだよ?」

 

 門前町の賑わいが耳に入らないまま、町の外側まで着いた時、間が持たないと判断したルークは改めて問いを投げかける。

 

「はっ! オレ達を装飾品の宝石としか思ってないヤツラだぞ。

 どうやって信じろって言うんだよ」

 

 嘲りに満ち満ちた瑠璃の声。

 しかし、その調子にルークもカチッときてしまう。

 

「じゃあ、なんで俺に関わったんだよ?」

 

 反射的な問いの語気は、自然と強まっていた。

 

「……たまたまだ。オマエがこんな阿呆だと知っていたら、関わろうとはしなかった」

「ったく。お前も、ルーベンスも、マジうぜぇぜ」

「………………」

 

 ルークは、瑠璃たち珠魅の事情はある程度理解した。

 また、俺のことを信じろというタチでもない。そうだったとしても、コイツには言いたくない。

 

(どうしろってんだよ、ったく)

 

 だから結局、心を閉ざす、あるいは閉ざさるを得ない瑠璃の背中に黙って追従する他なかった。

 この時のルークは、ただ人が死ぬのを見たくない、という気持ちでついて行かざるを得なかったのである。

 蒼い塵芥も、赤い飛沫も、ごめんだ。

 それだけが、行動原理であった。

 

 

 

 

 自分の思った通りに事が運んだならば、もっと興奮するかと思った。

 そんな気分になれないのを残念と思うこと自体が、この場合は失礼に当たるというのはルークも理解している。

 それでも、高揚感を吹き飛ばすのは、ガトを流れる怜悧な風のせいか。

 

 

 ウッドマックスというモンスターがいた。

 普通の巨木に擬態して、通りすがりの獲物を奇襲するモンスターだ。

 だが、人間から見れば、周囲を窺えば普通の木と違うのはすぐにわかる。

 例えば、硬い岩盤の道のど真ん中に、明らかに場違いな巨木があったならば、誰もが不審に思うだろう。

 どうやら不自然でない場所にいるべきであるという、そういった知恵はこのモンスターにはないらしい。

 

 とは言え、危険であることに変わりはない。

 巨木の太い枝が、猛烈な勢いで殴りつけてきたり、隠し持っているドングリを豪速で投げつけてくるモンスターとわかれば、明白に危険だとわかるであろう。

 

 しかし、この場では、ルークの実験体でしかなかった。

 

 メノス銅製のハープを奏でる。

 旋律はお世辞にも素晴らしいとはいえないが、確かに『ダークインパルス』の魔法が発動した。

 ルークの腰ほどもある暗黒魔球が、ルークの前後のラインの地面を縫うように移動していく。

 そして、狙い通りウッドマックスに激突した。

 

 しかし、実は闇属性が弱点のウッドマックスでさえ、それは僅かに怯む程度の威力でしかない。

 とはいえ、闇の魔球の通った跡には、巨大な闇の譜陣ができていた。

 

 ニヤリとしながらそれを確認したルークは駆け出す。

 そして、

 

「ぶっ潰れちまえ!」

 

 闇の譜陣から地の音素を身体全体で吸収し、まず左腕の剣でウッドマックスを突き刺す。

 

「烈震! 天衝!」

 

 剣を引き抜いた後、勢い良く振り上げた右腕の拳が大地の力を解放する。

 ルークとウッドマックスを囲むように地が裂け、その黄色の衝撃波と砕けた石片と共に巨木ウッドマックスが真上に持ち上がった。

 

 剣5本分の高さに巻き上げられたウッドマックスが、自由落下で再び大地に帰って来た時には。

 もはやその生命力は尽きていた。

 

「………………」

 

 考えた通りの戦術で敵を倒すことができたという達成感は、全く湧いて来ない。

 常ならばうまくいったとはしゃいでいたはずなのに、今は何とも思えない。

 こんなにも気の進まない道程での戦闘も初めてである。

 

 傍らでは瑠璃が、通常人の倍はあるような大蛇グレートボア2体を『居合い』の一閃でまとめて両断していた。

 瑠璃も装備を新調したのか、以前よりも遥かに威力が上がっている。 

 

 それでも、ルークは何とも思わなかったが。

 

「しっかし、ちょっと町の外だってのに、モンスターがうじゃうじゃいるとはな」

 

 ただただ、殺人鬼を追っていることから目を逸らしたくて、ルークはそんな話題を捻り出す。

 

「修験の道の一環だ。

 モンスターのいるこの辺りの洞窟を抜け、瞑想の間まで辿り着いて祈祷することが、この町の修道士に課せられているらしい」

「女ばっかだってのに、えげつねぇのな」

「戦えれば、男も女も関係ない……ほら、早くしないと、サンドラに逃げられる」

「……ああ」

 

 結局行き着くところはそこになるよな。

 諦念すら馬鹿馬鹿しさを感じたルークは、もはや何も考えずに瑠璃と共に行くことにした。

 そして、草人のこぼした葉っぱを辿りながら、黙々と走って行く。

 崖が多くて良かった。そのための注意に思考を傾けなければならないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 修験の道を抜け、虹の映える美しい滝を通り過ぎながら、断崖の町ガトの外側を駆け登って行く。

 すると、大カンクン鳥のいる巨大な鳥の巣が見えてきた。

 

 大カンクン鳥は、数百年に渡ってガトの山奥に住む怪鳥。

 その巨体は3人程度の人間ならば乗せることができるらしい。

 

 その巨鳥のためのそれ相応に大きな巣の下に、件の修道女と草人がいた。

 

「私があなたのお腹の痛みのもと、回虫ププを取り除いてあげるわ」

「うん!」

 

 その声の響きに邪は宿っていない。

 草人は、修道女の優しさを無邪気に信頼し、進んで彼女の元に歩み寄る。

 

「むぎょっ!」

 

 しかし、修道女が鳩尾を殴りつけるかの勢いで草人の腹部をまさぐった。

 あまりの衝撃に、再び草人はひっくり返る。

 

「見つけたぞ!」

「………………」

 

 そこに怒声を伴った瑠璃が辿り着く。

 共に着いたルークとしては、どう声をかけるべきかわからず、ただ鋭い視線のみを修道女に叩きつけるだけであった。

 

「サンドラ! そこまでだ! 大人しくお縄に付け!」

 

 さらに、ボイド警部まで猛進してくる。

 

「ちっ……」

 

 さすがに旗色の悪さを感じたのか、修道女―――サンドラは舌打ちをした。

 そして、一瞬にして、それこそプロの手品師と遜色ない澱みのなさで、修道服を脱ぎ捨てる。

 

 

 一瞬にして女性が現れた。

 太陽光に当てられた草緑色のスリットドレスからは、肩口も太腿も大胆に露出している。

 紫紺のドレスグローブと薄紅色のブーツは、艶めかしい肌色をより一層引き立てていた。

 柑橘色の髪を緑の葉を模した2本のリボンで結い合わせている。

 結び目には橙の花をあしらい、葉っぱのリボンの先端が飛び出ている様は、口元の優しい笑みも相まって、優美な蝶を連想させた。

 しかしながら、ルークがサンドラから受ける印象は、断じてセクシーな蝶というものではない。

 

 鋭利に釣り上がった眦(まなじり)は、女性の纏う雰囲気を一変させていた。

 たったそれだけで、蝶が蜂になっている。

 如何ほどの憎しみがその碧い瞳に湛えられているのか、艶やかな衣装も優雅な髪飾りも露出する肌でさえも、全てが警戒色のコントラストに変貌していた。

 迂闊にこの女性に近づいてはならない。ルークにそう思わせるには十分であった。

 

 

「さぁ、もう逃げ場はない! さっさと投降しろ!」

「あらあら。大きくて優しい鳥さんがここにはいるじゃない。

 ……では、失礼するわね、バカなボウヤたち」

 

 言うが早いか、ちょうど飛来してきた虹色の大カンクン鳥に、フック付きロープを引っかけ、サンドラは去って行った。

 

「くそ~~~!! 待て!」

 

 追いすがろうとしたボイド警部は、

 

「う、うん……」

「あいたっ!」

 

 ちょうどぴょこっと飛び上がった草人とぶつかってしまった。

 

「あ、あれ……もうお腹痛くない……」

 

 腹痛がないことを自覚した草人は、

 

「わ~い。なおった~!」

 

 喜びでピョンピョンと飛び跳ねた。

 対照的に、ボイド警部は憤怒で2度3度飛び上がった。

 

「はしゃぐな!!! たればかっ!」

「むぎょっ!」

 

 そして、その剣幕に草人は再び地面に伏せる。

 

「珠魅がまた一人殺されたんだぞ……」

「………………」

 

 ボイド警部のしみじみとした言葉に、瑠璃は断崖の町ガトの炎色の大地を見つめる。

 

「………………」

 

 その後ろにいたルークとしては、誰も人が死ななくてよかったと安堵すべきなのか、サンドラを取り逃がしたと悔やむべきなのか、ルーベンスを悼めばよいのか、はたまた飛び去って行く大カンクン鳥の威容さにでも驚けばよいのか。全然わからなかった。

 

 喜色満面の草人や、怒髪冠を衝いているボイド警部や、あるいはルーベンスを悼んでいるであろう瑠璃を、素直に感情をむき出しにできて羨ましいとさえ思えた。

 今回の事件をどう受け止めるべきか。そういった思想的立場が、ルークの中ではまだ固まっていないのである。

 

「ひとまずのご協力を感謝する……これを受け取ってくれ」

「あ、ああ」

 

 だから、いつの間にか近寄って来たボイド警部が、アーティファクト『瓶詰の精霊』という青黒い瓶を渡しにきても、なんとも思わなかった。

 

「サンドラ……。お前は、ワシが必ず、必ず捕まえてやるからな!」

 

 怨嗟の声をあげるボイド警部から目を逸らし、俯く瑠璃からも目を背け、草人はそもそも視界に入って来ず。

  

「………………」

 

 ルークは、炎色の大地を見つめるだけの勇気が出ずに、遠く離れたガトの町の方を、ただ吹き荒ぶ冷たい風を受けながら見つめる他なかった。

 




まっ!

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