ルークの英雄譚(TOA×聖剣伝説LOM) 作:ニコっとテイルズ
たまにハーメルンに来てみたら、エライUAとお気に入りの数にビックリのニコッとテイルズです。UAは毎日3桁、お気に入りは100もいけばいい方かなと思っていたので、尋常ではない数に驚きというより慄きました。土日のUAの値が高いところを見るに、やっぱり休日にご覧になっている方が多いようですね。年齢層もある程度は察せられます。
翌朝、ルークが宿を出ると、この世界で初めて会った道化師のような詩人、ポキールがいた。
「おわ! なんだよ、お前!」
脊髄反射的なルークの問いに、
「君は生きたまま奈落へ行けるとしたら、行くかい?」
ポキールは別の質問で切り返す。
ルークはムッとした。
自分の質問をこの鳥男に無視されたことに、イラっとしたのである。
なので、
「んぐんま ぐまー ま?」
昨日何度も唱和した「ランプどうぞ?」と、アナグマ語で訊ねてみた。
どうだ、これなら返せないだろう! としてやったりの表情をしていると、
「ぐ~ んま ぐま! ま?
ぐまぐまま ぐ ぐげ ぐま!
ぐ~ ぐま!」
ポキールはアナグマ語も流暢であった。
ペラペラ過ぎて、ルークは聞き取れなかった。
ちなみに、「あなたは夜(闇)ですか? 友達が少しなのは嫌です! あなたは、Yes(又はあいさつ)!」
と訳すことができる。
その意表を突いた言い回しに、文字通り面食らったルークが瞬いてしまうと、
「あれ?」
またしても一瞬でポキールは消え去った。
「くっそ~! なんなんだよ、あいつは! 揶揄(からか)いに来たのか?」
揶揄ったのは自分なのを差し置いて、ルークは愚痴る。
まぁ、ポキールからしてみても、強ち間違ってはいないが。
*
なお、町を出ようとするルークに、声をかけたのはポキールだけではなかった。
「すみません。ちょっとよろしいですか?」
青いローブを着た少年が話しかけてきた。
「あん、何だよ?」
微妙に機嫌の悪いルークは、少し睨み付けるようにそちらを向いた。
「ちょっと、学校の課外実習を手伝ってほしいのです。
この辺りで、楽器を作れるようなスペースを知りませんか?」
「楽器を作る、スペース?」
「はい、スペースです」
楽器を作る場所ではなく、スペース、とはまた奇妙な問いかけである。
ルークの頭に思い浮かんだのは、マイホームにある廃墟のような小屋であるが、
「……かなりボロっちぃけど大丈夫か?」
「はい。スペースを作って、実際に楽器を作るのが課題なので」
普通に考えれば、かなり奇天烈である。
しかし、学校を知らないルークからすれば、常識の尺度がないため、特に疑問を挟むことはなかった。
「ふ~ん。なら、ウチ来いよ。
あんなボロ小屋なら、いくらでも使っていいからさ」
「ありがとうございます。恩に着ます」
深々と頭を下げた学生とともに、ルークは一旦マイホームに帰宅する。
*
ルークがマイホームに帰宅して、半日ぐらい眠った後、再び小屋を訪ねてみると、既に魔法楽器作成室ができていた。
「すげぇな……」
廃墟の小屋の一室を開拓し、天井高い円形の部屋に、巨大なパイプオルガンが鎮座する。
しかし、このオルガンは単なるお飾りのようなものらしく、本当のメインは、傍らにあるハープ、マリンバ、フルート、ドラムの方らしい。
これらの楽器に精霊の力を宿せば、魔法が使えるとのことだった。
「は~ん」
要するにこの楽器は譜業だな、とルークは解釈した。バドとコロナも使用していたので特に違和感はなかったのである。
オールドラントの世界での常識で解釈すると、譜術という魔術的奇跡を、譜業という楽器で具現しているというかなり画期的なことであるのだが、ルークは無自覚であった。
「すみません、もう少しだけ付き合っていただけませんか?
精霊を確保したいのです」
「え? 精霊って会えるのか?」
幸か不幸か、ルークは己の世界でも音素(フォニム)が一定量集まれば、意識集合体ができることを知らない。
もっとも、未だに別世界にいることさえも気づいておらず、屋敷を探すという目的さえも投擲しているので、徹底的なまでに違和感に鈍感であるのだが。
「ええ。人里離れたところに行けば」
「へ~。それなら、会ってみたいもんだな。案内してくれよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
好奇心の塊であるルークは、もはや何らの躊躇もない。
珍しい存在=会うべきという図式がすでに脳内で確立しているのである。
早速、二人は、マイホームを発った。
*
「んで、何でここなんだよ? 人里に近いじゃねぇか」
「ここは、結構穴場スポットなのですよ」
ルークの呆れた問いかけを学生はものともしない。
ここは、ドミナの町の町はずれ。ルークとしては、チャボとバドとコロナに会えた思い出深い場所である。
ヒナを追い回したことも、くっきりと残る地割れの跡も記憶に新しい。
まだ日は浅いが、軽く懐かしさを覚えていると、
「あ、いました。ウィル・オ・ウィスプです。2体もいるなんて珍しい」
「へ~。あれが精霊って奴か」
水色の炎に、人の顔を宿したような光の精霊がそこにはいた。
話しかけてみっかーと、徐(おもむろ)に近づこうとするルークの服を学生は引っ張って止める。
「……なんだよ?」
「そのまま近づいたって、精霊は消えちゃうだけだよ。
こっちまで誘き寄せないと」
「どうやって?」
「楽器さ。このマリンバを使ってみて。そして、精霊たちが気に入る曲を弾いてみるんだ」
学生は、小さな木琴を取り出してルークに手渡した。
そんなもんかー、とルークが取り敢えず適当な調子で木琴を叩いてみることにした。
しかし。
というより、案の定―――
「……離れていくね」
「なんだよ! せっかく楽しいリズムにしてみたのに!」
楽器を弾いたことのないルークでは、精霊を魅了することはできなかった。
かなりのスピードで、精霊たちは離れて行く。
「リズムを変えてみて。今度はもっとゆっくりと。穏やかな感じでさ」
「……わぁったよ」
ルークは木琴を叩くスピードを落とした。
そして、なるべく穏やかな旋律になるように素人なりに工夫を施してみたが―――
「あ゛ーーー!!!」
「……おかしいな。少しくらい興味を持つはずなのに」
ウィスプたちはより離れて行った。もう人が10人分から15人分くらいとった距離である。
学生は、曲の調子を変えれば精霊たちは興味を示す、と講義で習った通りに行かないことに首を傾げた。
「今度は、悲しい感じで……」
「こうか?」
「そうそう……あれ、これでもダメ?」
「くそっ! じゃあ、これならどうだ!」
「あ……不思議な感じ……ええ!? これでもダメ!?
あなたどれだけ下手くそなんですか?」
学生は仰天して、ルークに思わずダメだしをする。
机上の勉強と実習は違うと言うが、ここまで顕著な差が出るとは思わなかったのだ。
もう精霊たちは、20人分くらいの距離が離れている。
しかし、そのダメ出しで、ルークはむくれてしまう。
「なんだよ! じゃあ、お前がやれよ!
もう~、俺はやだ!」
「……そうですね。では、ボクが引き付けるので、近づいたら精霊に話しかけてください」
「……はいはい。とっとと惹き付けろ!」
なんだかんだで精霊に触ってみたいが、楽器を弾くのはもう嫌だと思ったルークは匙を投げる。
ちなみに、ルークは、ダメだしされたこと自体で大きく心が傷ついたのではない。
楽器を弾くのが下手というのが、昨日の不愉快極まりない馬と共通項ができるみたいで嫌だからこそむくれてしまったのであった。
結局、『楽しい曲』を主旋律で奏でた時に、ウィスプたちは最も良く惹きつけられた。
それでも、まるでリズムをじっくり楽しむかのようにゆっくりゆっくりと精霊たちはにじり寄って行く。
学生が、『穏やかな曲』『悲しい曲』『不思議な曲』と、3種類を試した後の一番最後の調べであったため、ルークの苛々も最高潮に達していた。
そして、ほとんど、楽器と接触するほどの距離になった時に、
「今です! 消える前に急いで!」
学生の合図を受けたルークは、鳥ヒナを捕まえた時のような般若の形相で、一体の精霊に接触する。
一瞬ウィスプは、ビクッとしたが、しかしルークにコインを3枚手渡す。
掌に突如として降ってきた銀貨3枚を、ルークは見つめる。
その間にウィスプは、用が済んだとばかりに虚空へと消えて行った。
「これでおしまい。お疲れ様。本当に」
「……ああ。疲れたぜ、まったく」
町はずれはなんだかんだでストレスのたまる場所であると、双子とチョコボをついでに思い出しながら、ルークは溜息を吐く。
しかし、苦労した後には、それなりのご褒美が待っていることは忘れていた。
*
マイホームの小屋に戻った2人は、仕上げとして魔法楽器を作ることにした。
金属や木材など、原材料に、先ほどもらった精霊のコインを混ぜれば、楽器が完成するらしい。
「じゃあ、俺でも魔法が使えるってことか?」
ルークは譜術の勉強が嫌いであった。
ヴァンも特に譜術について学習するように勧めたことはない。
なので、勉強嫌いの延長線上として、高度な理論を覚え込む必要のある譜術を学習しないのはルークにとって当然のことであった。
「はい。楽器を奏でるだけで、精霊たちは味方をしてくれますよ。ただ……」
言いにくそうに言葉を区切る学生。
その表情から、ルークが察するに十分であった。
「……俺が楽器を弾くのが下手くそだってか?」
「……はっきり言ってしまうとその通りです」
そう断言されて、ルークの顔は歪む。
楽器に纏(まつ)わることだと、昨日から不愉快続きであると思った。
「おそらく楽器を弾けば魔法自体は発動するとは思います。
ただ、その威力は減退するというか、かなり弱まってしまうでしょう」
実際に魔法学園にも楽器下手はいる。
彼らの魔法は見かけこそ普通の魔術であるが、高度に修練された学生や教師のそれと比べると、威力は段違いに弱いのである。
そう言う学生は、楽器の猛特訓をするか、諦めて別の道に進むかを選ばざるを得ないのだ。
ちなみに、バドとコロナの魔法の技術は大人顔負けであり、学園としても技術的な面だと、退学は惜しむべきことであったりもする。
魔法が使えても、弱いならば話にならない。
普通ならばそう考えそうであるが、こと戦闘に関していえば、ルークの頭脳はかなり回る。
なので、別の側面から使えないかと、ある質問をした。
「……なぁ。魔術って、譜陣を発動させることってできるんだよな?」
「ふじん? ……魔術が発動された後に残滓として残る魔法陣のことですか?」
「まぁ、名前はどうでもいいけど、とにかく魔法さえ発動できればその魔法陣をつくれるんだよな?」
「う~ん、魔法の種類によりますけどね。あれはあまり使えないので、研究されてこなかったんですよ」
「そうなのか? 俺みたいな剣士だと譜陣の上で技を使えば変化させることができるけどな」
「へ~。そんなことができるんですか」
学生も近接戦闘については詳しくないので素直に感心した。
もっとも、ルークの言っているFOF変化技を戦闘に取り入れるという発想はこの世界にはない。
実際は譜術士も譜陣を使ってFOF変化技を使えるが、ファ・ディールでは全くもって未知のことであった。
ルークは話を続ける。
「確かに、バドの岩の魔術だと譜陣はできねぇ。
けど、最初にコロナと戦った時、火の譜陣が山ほどできたんだよな。
なら、『地面と接触している魔法』ほど、譜陣が発動しやすいんじゃねぇか?」
バドの魔法だと、大量の岩が敵を吞み込むように発動するので、一か所に魔力が堆積することはない。
それに対して、コロナの火の魔法は、一か所を中心点に火炎を撒き散らすように発動する。
その時に、大きな火の譜陣ができたのであった。
「はい……言われてみればそうだった気もします。けど、それが何か?」
「ならさ、でかい魔法陣を発動させる魔法なら、俺でも戦闘で使えるんじゃねぇかって話だ」
FOF変化技はかなり強力である。
魔術を行使して任意に譜陣を発動できるならば、強力な技が使いたい放題ということになる。
なので、ルークとしては是非とも取り入れたいのであった。
「はぁ……そうですね。そう言われてみればそんな気もします」
聞いたことのない戦術をイメージできず、イマイチピンと来ない学生。
そこにルークは質問の核心部分に切り込んで行く。
「ならさ、光と闇の魔術で、『地面との接触の多い魔術』について教えてくれよ」
「……それは構いませんが、なぜ光と闇なんですか?」
「ヴァン師匠が言ってたんだ。光の譜陣は火と風の譜陣を兼ねて、闇の譜陣は風と水の譜陣を兼ねるって。
たった二つの魔法で全部のFOF変化技を使えるなら、かなり好都合じゃねぇか」
ヴァンからすれば、雑学程度に解説しただけで、まさか本当に使うとは思っていなかったであろうが、物覚えの良いルークの頭はここで最大限生かされることになった。
「……剣士さんのお話はよくわかりませんが、取り敢えずお聞きしたことについて今調べてみます」
「ああ。頼んだ」
学生は首を傾げながらも、鞄から魔法の図鑑を取り出す。
ついでに、原材料とコインの組み合わせでどの魔法が出来るのかも調べた。
そして、数刻後、ルークに結論を伝える。
「分かりました。
一つ目は、グランス鋼鉄でつくったフルートにウィスプの銀貨を組み合わせれば『ホーリースパーク』が発動できます。
これは、魔法使用者の任意の場所で、地面から光の爆風を起こす魔術です」
「へ~いいじゃん」
ルークはニヤリとする。
学生は続けた。
「もう一つは、メノス銅でつくったハープにシェイドの銀貨を組み合わせれば『ダークインパルス』を使うことができます。
横一直線上に闇の球体を発動させる魔術です。
……ただ、正直なところ、両方ともかなり弱いですが」
メノス銅とグランス鋼鉄は、一般でも普通に出回っている金属であり、その質自体、そんなに高いとは言えない。
加えて、精霊のコインは、金貨と銀貨に分かれるが、銀貨でつくった楽器の魔術の威力は金貨のそれよりも遥かに劣る。
魔術の見世物をしたいならばともかく、粗悪な金属と銀貨の組み合わせで作られた楽器を戦闘で使う人間はまずいない。
しかし、ルークはそもそも魔術の威力にこだわるわけではないので、魔術の内容だけで満足であった。
「それで十分だ。お前、シェイドの銀貨、持ってねーか?」
「一応ありますけど……ウィスプの銀貨を2枚いただけますか?
そしたら、シェイドとサラマンダーの銀貨をあげますから」
「わかった。交渉成立だな」
ついでにルークは、学生からメノス銅とグランス鋼鉄を購入した。
たまたま持っていましたけど売れる日が来るなんて思いませんでしたよ、とは学生の弁。
そして―――
まず、ウィスプのフルートをグランス鋼鉄で作製した。
名前は技名そのまま『ホーリースパーク』。
芸がないと言えばそうであるが、実用性を好むルークからすればどうでもいいことである。
次に、シェイドのハープをメノス銅で作製した。
もちろん名前は『ダークインパルス』。
目論見通りにいけば、これでルークは遥かに強くなるはずであった。
「僕も、自分の分は作れました。これで実習は終了です。
この部屋はご自由にお使いください。
では、僕はこれで……」
「ああ、じゃあな」
学生は、未知のことに山ほど触れられた実習であったが、それをレポートにまとめることはなかった。
*
ルークは『炎』を選ぶ。
メキブの洞窟で真珠姫から貰い受けて以来、随分とご無沙汰であったアーティファクトだ。
難関や厳格さを伴う場所に思えたので、長らく敬遠していたのであった。
とは言え、手元に残っているのは『震える銀さじ』のみ。
このアーティファクトの不気味さと比較すれば、峻厳な地の方がまだマシと、ルークは考えたのであった。
『炎』は、ジャングルの隣地に着陸する。
接地した途端、凍れる炎は始動し、四方(よも)に分かたれた。
分散した炎は、酸素を吸収してさらにその火力を強化する。
そして、再び凍れる炎の元に帰還し、白色の閃光が炸裂し、一瞬視界を奪われる。
ルークが目を瞑った後、その荘厳にして険しい標高の断崖の町が聳え立っていた。
そして、街全体に、炎の雨が降り注ぎ、大地を錬磨する。
『断崖の町ガト』が出現した。
「さて、行くか」
傍らにはチャボのみ。
今回は一人と一匹で旅である。
バドとコロナはお留守番だ。
*
断崖の町ガトに入ってすぐ、門前町に差し掛かった時のことである。
「もし、どうされました?」
身体全体を、それこそ目元と両手以外は真っ白な修道服で覆われた、この町でよく見かける修道女の一人が、
「お、おなかが、痛いの……」
赤茶けた大地に突っ伏している草人に屈んで声をかけていた。
「どうしたんだよ?」
ルークも自然と声をかける。
鳥ヒナを育てた経験、双子の面倒を見ている(と自負している)ルークは、小さい者の尋常ではない様子に咄嗟に声をかけるようになったのである。
「ああ、ちょうどよかった。この方が具合が悪いみたいなのです。手を貸してください」
ルークに振り返った修道女の安堵は、修道服で口元を覆われていても伝わって来た。
「うん、いたいよ~」
お腹を押さえながら草人は、苦悶を伝える。
「とりあえずそこの店で休みましょう。ほら、頑張って」
「そうだな。俺も手貸してやっから」
修道女が草人の背中をさすりながら励まし、ルークも手を差し伸べようとするが、
「うっう、も~だめ」
バタバタとせわしなく動く草人は、
「誰か何とかしれ~」
その勢いを険しい坂を上るのに使ってしまった。
「お、おい!」
「だいじょうぶかしら?」
二人は、結局草人の姿を見失ってしまった。
「きっとあの草人も、この険しい山道に疲れたのでしょうね」
「………………」
ルークは改めて辺りを見回す。
断崖の町ガトの大地は、まるで炎をそのまま固めたような色彩であった。
道という道は全て急激な勾配の坂であり、出歩くだけでも強制的な鍛錬をさせられている気分である。
『断崖』という枕詞が体現しているように、至る所に切り立つ崖があり、しかも転落防止用の柵などは張り巡らされていない。
出っ張った岩が辛うじてその役割を果たしているだけである。
出歩いている人間は、ほとんどが修道服を着ており、否応がなしに宗教都市であることを思い知らされる。
大地は炎色であるものの、しかしながら吹き荒びながら叩きつける空気は肌に響く。
どこまでもどこまでも厳しい大地であった。
こんな厳格さを体現したような場所だと、弱者はあっという間に蹴落とされてしまいそうだ。
確かに子供のような体格の草人が、心身疲れて体を崩してしまうのも仕方がないことかもしれないと、ルークは山道を見ながら思う。
屋敷のように、ガトの紅い大地が、下から暖まるような暖房の施されているカーペットであれば、草人の腹痛も幾分和らいだかもしれない。
生憎とそんなことはなく、高地特有の風が身体に染み込んでしまうだけであるが。
そんなことも思っていた。
ついでにヴァン師匠のことも思い出す。
あの厳しさの源は、ダアトという宗教都市が由来ではないか、と。
行ったことはないが、宗教都市は、修験を体現するためにこのような厳しい立地であることを実感したルークは、軽くそう予想した。
(そういや、ヴァン師匠はいまごろどうしてっかな? 俺を探してんのかな?)
少なくともここで祀られている神は、ローレライではない。
なので、この場所でヴァンのことを尋ねても仕方ないだろう。
少し寂しさが胸を衝いたが、そう思ったルークは、ひとまず先ほどの草人を追いかけることにした。
そして、歩き出した矢先、
「キュピッ!」
「ん? どうした、チャボ?」
後ろにいたチャボがふさふさの頭をルークの背中に擦りつける。
ルークが振り返ると、今度は嘴でルークのお腹を撫でるようにつついてきた。
「……ああ、俺も腹壊すなってか。
心配すんな。オレはそんな軟(やわ)じゃねぇよ」
ルークは、チャボの頭を撫で返しながら、そう言えば自分がへそ剝き出しの洋装であることを改めて自覚した。
(ま、コイツが気遣いしてくれたことだし、気を付けるとすっか)
冷たい風から守るようにお腹をさすり、ルークはガトの厳々とした大地を登って行く。
*
万が一の足の踏み外しに気を付けながら、ルークは紅い大地を登って行く。
すると、岩場の陰に佇んでいる男を発見した。
その修道服は、ガトの大地からそのまま生えてきたかのような火色。
頭を覆う帽子からも、燃え盛る炎を象ったような旋毛(つむじ)が棚引いている。
そして、胸を守るかのように腕組みをしながら、苛立たし気にコツコツと地面を踏み鳴らしていた。
どことなく瑠璃と雰囲気が似ているような気がして、やや敬遠気味の表情を浮かべたルークを、その男は認知する。
そして、静かな足取りで近づき、ルークに声をかける。
「俺はルーベンス。この町で炎の技師をしている。
ちょっとたずねるが……」
「……なんだよ」
ルーベンスと名乗った男は、厳格ながらも芯の通った声の持ち主であった。
しかし、
「癒しの寺院の炎が、狙われているらしいんだ。
君、外から来たんだろう? ここに来る前に、怪しい人物を見なかったか?」
「さっき腹痛そうにしてた草人がいたけど……それ以外は誰も見なかったぜ」
「草人? ああ、さっき走って来た? あれは、関係ないだろう……」
「だろうな」
「炎が狙われてるってのは、やっぱり、デマかな? 警部も大げさだからな……」
こちらを見ているようで見ていないような、そんな拒絶した雰囲気が伝わってくる。
話しかけてきたのも、形式的に仕方なく、という感じ。
ルーベンスは、質問を終えると、先ほどの岩場の陰へと戻って行く。
(瑠璃よりは丁寧……だけど、それ以上に……)
ルークはここまで来るまでの間、数多くの人と接してきた。
その多くは、真珠姫や双子のような純真な心の持ち主である。
なので、ルークは、純粋な人間がどういう表情をとるか、感覚的に知覚していた。
だから、純ならざる心の持ち主がいかなる人かをも、逆説的に認識できるようになっていたのである。
それを確かめるように、ルークは自らルーベンスに声をかけることにした。
「なにか用か?」
ほら、今度はこちらを見ようともしない。
近づいて来たルークにうんざりした調子のルーベンス。
そんな彼に、ルークは、つっけんどんに訊ねる。
「あんた何者だよ?」
「俺は炎の管理をしている技師だ。
寺院に行けばわかるが、火を絶やさないのが俺の役目だ。
寺院に行くなら、左手の道だ」
「ほ~ん。警部ってさっき言ってたよな。誰のことだ?」
「いつもパイプをくわえている、声の大きなネズミ男さ。
なんだかおせっかいな人でね。変な事件が続いているから、気を付けろってうるさいんだ」
「わかった。話はそれだけだ」
「そうか」
話を打ち切ったルークはルーベンスの脇をすり抜けて寺院の方に向かう。
(やっぱりな)
硬い大地を踏みしめながら、ルークは自分の感覚が間違っていなかったことを思う。
胸元を常に隠すような腕組み。心の臓というよりは、心そのものを隠している。これ以上ないほど直接的な、心を開きませんのポーズだ。
必要最低限しか話すつもりはない口ぶり。そして、人と話すことすら心底疲れることのような声の調子。
分け隔て無く人と接するとよく言うが、ルーベンスの場合は全てに分け隔て有りで人と接しているに違いない。
ルークは、そう確信した。
(面倒なヤツだな)
ああいう手合いが面倒だということは、瑠璃との経験から分かる。
ルークとて、会う人会う人と深く関わり合うつもりはない。
けれど、露骨に壁をつくっている人間は、非常に心から剥がれにくいのがどうにも厄介であった。
*
「でけ~」
「キュピッ!」
この町の最上部に辿り着き、癒しの寺院の威容に圧倒されるルークとチャボ。
遠目からでもその抜きんでた大きさはわかったが、近くで見ると人が豆粒程度であると、とくと感じさせられる。
そんな寺院ではあったが、
「でも見た目は微妙かも」
ルークは、そこまでお気に召さなかった。
自然の岩山をくり抜いてできたのか、至る所で岩特有の孔が散見される。
その数と大きさも、何だか建物としての不安を感じさせるほどであった。
綺麗に整形されているのは、四角い入り口くらいなものか。
しかし、周囲の岩の孔が恐ろしい目のように見えるのも合わさり、寺院に入ることは、おぞましい悪魔に食べられるかのようにも思われた。
岩山を加工してできたドリルのような8本の尖頭も、歪過ぎて寺院の威厳よりもむしろ不気味さを醸してしまっている。
おまけに、寺院の建物の下部を見ると、ここまで登って来た証としての雲の群れが見える。
空中都市と言えばメルヘンチックで聞こえはいいが、その場にいる人間からすれば恐怖しか感じられない。少なくともルークにとってはそうである。
「……なんか入りたくねぇけど……まぁ行くっきゃねぇよな、ここまで来たら」
少なくとも、修道女の様子からしても、ルーベンスの様子からしても寺院が危険だという様子は窺えない。
『癒しの寺院』という名称も安心材料である。純粋なルークはその有難い名前が詐欺だという可能性を疑うことはない。
何よりも、ここまで登って来たからには、ちょっと休みたかった。
「よし! 行くぜ、チャボ!」
「キュピッ!」
奮い立たせるようにチャボをポンと叩き、ルークは悪魔に自ら食べられる覚悟を決める。
……この時のルークは、この寺院が様々な意味で心に残る場所になろうとは、思ってもみなかった。
*
「ふぃ~~~。やっと一息つけたぜ」
入ってすぐの礼拝堂。
そこでステンドグラスからのプリズムの太陽光を浴びたベンチに腰掛け、緊張をほぐしたルークが静謐な雰囲気を乱すと、
「お静かに。礼拝中です」
祭壇で敬虔に祈りを捧げている修道女から注意を受けた。
「あいよ」
白河よりも濁った河の方が恋しいとは、誰と誰の政治の比較であったか。
歪な外観とは異なり、よ~く掃き清められた内部の清廉な空気を吸い込みながら、ルークは適当に返す。
(この様子じゃ、草人についても教えてくれなさそうだし、そもそもいなさそうだぜ)
採光されている自然の灯りと、必要最低限のたいまつの炎しかない暗がりで生きている人間とは、あまり肌が合いそうにもない。
脚を折って羽根を休めているチャボが元気になったら、とっととここを出よう。
そう思ったルークであった。
「楽器作成」はとってもラク。説明だけでしたから。それに比して「岩壁~」は……。お菓子1500円分くらい消費するくらいだったと申し上げておきます。
まっ!