ルークの英雄譚(TOA×聖剣伝説LOM)   作:ニコっとテイルズ

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ぐま!

 『理屈と膏薬はどこにでもくっつく』というのは執筆をしていて実感します。
 皆様も言い訳をするときは諦めずに理屈を探しましょう。きっとどこかに皆様を救う理由があるはずです。この小説だって、9割方後付け設定でできているんですから。
 どうか諦めないで!
 ……良いんですかね、こんなこと言って。
 


10.「精霊の光」

ロシオッティからのお礼にと、ルークは、しるきーから『蛍袋のランプ』を貰った。

 

 蛍袋とは、鐘状の花であり、まるで自信のない人間のようにしょんぼりと俯いているのが特徴である。

 色彩も淡い紫色と、華美ではなく、自己主張が激しいとは言えない謙虚な外見であった。

 しかしながら、陰日向にひっそり咲く手弱女(たおやめ)をあらわしたかのような花のランプは、2人の恋人の時間を邪魔せず、幻想的な灯りを以て妖しく包み込むちょっぴり心憎い給仕と化す。

 薄紫の淡い彩に包まれた両情人は、甘美だけではなく酸味をも口の中に広がっていく。

 そこで、やや無遠慮な仕え人によって、恋の熱から僅かに醒めた2人は、盲目によって紡げなかった互いの真の像を思い知らされる。

 その偽りなき為人(ひととなり)を目に焼き付けてしまい、中には甘美すら忘却してしまう悲恋もあるかもしれない。

 しかして、想い人の陰の部分を受け入れられた両人の行く末は、虚偽の衣を羽織り続ける心痛な結婚生活よりも、実り豊かなものになるであろう。

 また、真を受け入れられなかった2人は、次なる恋へと、本当に自分と調和する人を求めて歩み出す。

 そんな真実の影を映し出し、恋人の幸福になるための試練を与え、不幸を予防する不思議なランプが、この蛍袋のランプなのである。

 

 ……もっとも、ルークには、アーティファクト以上の関係のないことであるが。

 

 『蛍袋のランプ』がルークの手から離れる。

 そして、メキブの洞窟の北側に着地した。

 

 ポツリと置かれたランプは点灯し、四方に光を放つ。

 離散した淡い光は、再びランプへと収束し、ランプは光を抱えられなくなり、儚く消え去る。

 すると、ランプの跡地から、円筒状の町が出てきた。

 そして、蛍袋と同じしめやかな色彩の建物が螺旋階段を駆けまわるように、下から上へと伸長する。

 全ての高地にある建物から順々に煌めくランプが燈れば、今ここに『月夜の町ロア』が出現したと言えよう。

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、俺は先に帰るよ」

 

 ロアの登場を見届けた後、バドは、蛍袋のランプの演出に感動しているルークを現実へと引き戻した。

 

「あん? 一人でいいのか?」

 

 唐突な帰宅宣言に意外そうな顔のルーク。

 

「うん。ロシオッティの言ったことを噛みしめたいし、それにコロナを長い間一人にするわけにもいかないし」

 

 ことも何気に答えるバド。

 双子の姉への思い遣りを、気負いも何もない当然のことと言わんばかりの響きに、ルークも師として気前のよい所を見せてやらねば、と思い立つ。

 

「なら、チャボも連れて行けよ。そっちのほうが早く帰れるだろ。

 ついでに、エサも頼むわ」

 

 従順に傍に立っているチャボを指差したルークに、バドは意外そうな顔を向けた。

 

「いいの? 俺はドミナの町経由でマイホームに帰るだけだから、大したことないよ。

 師匠の方が大変じゃん」

「いいんだよ。師匠は、体力あるからな。大したことねぇって。

 お前、まだ体小さいんだから甘えとけよ」

 

 人の上に立つ者の自覚がルークを成長させるのだとしても、この寛大さは称賛されるべきであろう。

 思いもよらないルークの厚意に、バドも自然と頬を緩ませる。

 

「ありがとうございます、師匠。では、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 拝み倒すとき以外に敬語と「師匠」という言葉を交えられたのは、最初に会った時以来である。

 これからは、少しイタズラを減らすか。

 その場で、バドがそう思うのに十分であった。

 それが有限実行と相成るかは、未来での気分次第であるが。

 

「いいって。んじゃ、チャボ。バドと一緒に戻ってやれよ。

 ……心配すんな。次は、町みてぇだからな」

 

 別離に不満で、自分に頭を擦りつけるチャボにも、ルークは寛容な姿勢を崩さない。

 別れの挨拶も兼ねながら、くりくりとした瞳をなるべく大きくさせるようにルークはわしゃわしゃと撫で続けた。

 

「それじゃ、師匠。気を付けて戻ってきてくださいね」

 

 チャボに乗ったバドは、名残惜し気にルークを見やる。

 

「ああ。そっちも、家とコロナのことよろしくな」

 

 ルークは、笑顔で手を振った。

 こうして、主と従者は、異なる道を歩む。

 そして、ルークは、できたばかりの月夜の町ロアに赴くのであるが……一人でない方が良かったと若干後悔することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 まずルークは、町の入り口近くの武器屋に行って、武具を新調した。

 全てミスリル銀で鋳造された武具であり、その銀色の曇ることない光沢に、ルークは新品を購入した時の高らかな胸の湧き上がりとともに、顔がくしゃくしゃになるほどであった。

 大剣、兜、鎧、小手、具足を装着したが、ルークの身は以前の装備よりもずいぶんと軽くなった。

 それは、ミスリル銀が粗悪であることや、お金が大量にかかったからではないのは、ルークにも分かっている。

 

 

 

 ルークは、少し背徳感を覚えながら月夜の町ロアを歩く。

 

 葡萄色に染め上げられている街の全景が、ほんのりと輝く白色や淡い黄色や水色のランプによって、雅に照らし出されていた。

 そこに、満天の星を家来にした満月が、翠色のシャワーを町全体に浴びせている。

 言うまでもなく夜の町を出歩いたことのないルークは、そんなほのかな光と建物の色彩の醸す雰囲気に酔っていた。

 何となく、自分一人で来て良かったような妖しい高揚感とともに、ここに来ても良いのかと気後れしてしまうような、そんな妙な気分になりながら町を歩いていた。

 

 しかしながら、町の上段に差しかかろうとした時、そんなどこか切ないながらも心地好く、しかし落ち着かない雰囲気は、一気にブチ壊されることになる。

 

「おお、リュミヌーよ! 君のひとみは星のかがやき!」

 

 音程の外れた喧しい歌声とともに、不協和音を撒き散らすギターの音色が、二重の不快なハーモニーを奏で、ルークの耳を劈いた。

 

(超うぜぇ……)

 

 月夜の町に快く吞まれていたルークは、顔を顰めながら、騒音の出所を見やる。

 馬がいた。しかし、四足歩行で人間を運んでくれる従順な馬ではない。

 四足歩行ではあるが、さらに余計な二本の腕がついて、ギターを弾いているケンタウロスとかいう奴だ。

 洒落た緑色の帽子を被り、そこそこ端正な顔立ちではあるが、もはやルークの心証が良い方向に傾くことはない。

 

 「ヘタウマ」という言葉がしっくりきた。技術的な稚拙さが、却って個性や味となっている様を指す言葉だ。本来は。

 しかし、残念ながらこの場合、「下手上手」という漢字ではなく、「下手馬」という漢字を宛てなければならない。

 ルークの頭に、屋敷で読んだ児童漫画のいじめっ子の「ホゲー!!!」という音痴な歌声を思い起こさせるのに十分過ぎるほどであった。

 歌詞の内容は、愛歌であろうが譜歌であろうが関係ないということを、ルークは耳を塞ぎながら思い知らされた。

 

 ケンタウロスは、大声で喚き散らして、ルークの疎まし気な視線を引いた後は、無駄に暗くなりつつ詩を朗読する。

  

「天空高くにボクを誘い……

 求めれば近く、胸にみちるとも、

 抱きしめれば、はかなく、この腕をすりぬける……」

 

 この辺りで、ルークは近くの店へと避難した。

 

 

 

 

 

 ルークは、この町を取り戻した気分になっていた。

 

 避難先は、幸いにして、月夜の町ロアと地続きだったのである。

 もっと言うならば、防音効果の優れた素晴らしい材質のドアであった。

 だから、ルークは、町の中よりも赤、黄、青、緑と緻密に計算されて陳列されているであろうランプ屋にしばらく留まることにする。

 

「いらっしゃい。ランプ屋へようこそ」

(すげぇ、美人……)

 

 煌びやかなランプ屋では、店主もまた繊細な優美さを誇る。

 白い花々をあしらった派手過ぎに、美しさを引き出す桃色の帽子。

 腰まで届く茶髪の髪。控え目ながらも、華美を際立たせる見事な化粧。

 肩を丸出しにし、胸元を見せつけるかのような煽情的な薄いピンクの服。

 カウンターに立っている彼女の下半身を覆うズボンも白色で、上半身の桃色と見事なコントラストを為し得ている。

 

 しかしながら、ルークにはわかる。

 綺麗な店主の最も特徴的な、背中から出ている三叉六つの羽根が、彼女もまた純然たる人間ではないということが。

 しかし、羽根の先端ごとに、紫陽花のような花が優雅に咲き誇り、むしろ流麗さをさらに引き上げている。

 確か物語に出て来るセイレーンがこのような感じだったなと、ルークは思い出す。

 

 そして端的に言って妖艶な店主に、ルークは見とれていた。

 

「ランプを買いに来たのですか? 一つ1000ルクになりますけど?」

 

 セイレーンの外見にそぐわぬ透き通るような、そして僅かに期待に弾んだ響きは、ルークに思考を取り戻させていた。

 

「へ? ああ……買いてぇには買いてぇけど……さっき剣とか鎧とか買っちまって今金がねぇんだよな……」

 

 武具を購入したことに後悔はないが、この町に来た記念に一つぐらいランプを買いたかったな、と残念がるルーク。 

 すると、そのセイレーンも少しガッカリした顔になった。

 

「はぁ~、そうですか。

 あと6個くらい売れて欲しいモンなんだけど。

 ……あたしもう、こんな店閉めて、どこか他の町へでも、行こうかしら」

「い、いや、いきなり何言ってんだよ?」

 

 随分と思い詰めた溜息を吐かれたセイレーンの言葉に、ルークも慌てた。

 彼女が溜息を吐くと、煌々としている店全体のランプもどこか弱々しい光のように感じられてしまう。

 しかし、そのセイレーンの嘆きを聞いたのは、ルークだけではなかったようで、

 

「おお~リュミヌー。なんてバカなことを言うんだ~

 キミはボクのことも忘れようと言うのかい~

 愛の詩人ギルバートのことを~」

「げっ! お前は……」

 

 先ほどのケンタウロスが入り口から入って来て、ルークは苦い顔になる。

 このセイレーンの名前がリュミヌーとわかったことで、初めてコイツの存在意義ができた、と密やかにルークは思う。

 そして、ケンタウロスは、ルークを押しのけて、リュミヌーに囁きかける。

 

「ボクはこの町の星空の下で、君と語らう甘い時間がなければ生きていけないよ、ハニ~」

「でもギルバート。ランプ売れなきゃ、オマンマの食い上げちゃん」

 

 ケンタウロスはギルバートと言うらしい。

 こちらは大変どうでもいい情報であるが。

 

「わかったよ、ハ二~。ランプ6個でいいんだね~。ボクが売ってきてあげるよ~」

「あら、ありがとう。それじゃ、お言葉に甘えさせていただくわ」

「ハ二~、待ってておくれ~。ランプが売れたら、二人は甘い時間に沈んで行くのさ~」

 

 ランプを6個受け取ったギルバートは、とっとと店の外へと出て行く。

 ギルバートの、ルークにとっては気色の悪い猫撫で声に、リュミヌーは満更でもない顔を浮かべていた。

 

「ギルバートって優しい。でも、ちょっとヘン」

 

 そして、こう呟かれたのであった。 

 

(別に、この女に惚れたってわけじゃねぇけど……なんか納得いかねー!)

 

 ルークは、上品なリュミヌーが下品なギルバートに惚れるよりは、ガイが女性に抱きつけるようになるようになった方がよっぽど自然な気がした。

 リュミヌーこそ、キレイ。でも、ちょっとヘン、とルークは確信する。

 

 そして、ランプを買う用事もないし、何より騒音公害も消えたわけだから、とルークも不条理に明るさを取り戻したランプ屋を後にする。

 

 

 

 

 

「やぁ、キミ、これを受け取ってくれたまえ~」

 

 条理を掻き乱されたルークは、店を出た後、その原因たるケンタウロスに背後から話しかけられた。

 

 

「あ?」

 

 後ろからの甘声の主を睨み付けるルーク。

 しかし後になってから考えれば、この時振り向いた時点でルークの負けだったのかもしれない。

 

「キミもリュミヌ~の話を聞いたからには、放っておけないハズさ~。

 6個のランプ、キミとボクとで半分ずつ売って来ようじゃないか~

 ボクはハ二~のため、ジバラを切ってランプを買い取るけど、キミは売って来てくれたまえ」

 

 ギルバートのさも当たり前のことを言っているかのように、こちらに3個のランプを押し付けた。

 その様に、

 

「知るかんなこと! テメェが頼まれたんなら、テメェでやりやがれ!」

 

 ルークはキレた。

 しかし、その怒声は、

 

「オー マーイ ガッ!

 キミは不幸な人を捨て去るような人間じゃない!!

 もっと自分の心に素直になって!!」

 

 ギルバートに常識を取り戻させるには至らなかった。

 そして、よくわからない理想像を押し付けられるとともに、改めてランプ3つが突き出される。

 しかし、その程度でルークが折れるはずもない。

 

「はっ! 生憎と俺はそんな親切な輩じゃねぇんだ!

 テメェで売るか、別の奴に頼むんだな」

 

 そう吐き捨てて、とっとと歩き去ろうとする。

 

「むぅ……残念だ。3つ売ってきてくれたら、プレゼントがあったのにな~。 

 まったくもって、不幸なことだ」

 

 プレゼントというフレーズには、ルークも弱い。

 ピタリと止まった足が、再びギルバートの方に向くべきか迷うほどには。

 しかしながら、理性は告げる。

 こんな奴からのプレゼントは、どうせ大したもんじゃねーだろ、と。

 

「……なんだよ、プレゼントって?」

 

 ルークは、期待を持つほどには純粋であり、しかし猜疑を忘れないほどには警戒していた。

 だが、瑠璃からの苦いまんまるドロップの思い出が、疑心の方をやや優勢にしていたが、

 

「これを見てごらん」

 

 ギルバートが懐から何やら金属の物体を取り出して、ルークの心中の趨勢が逆転する。

 

「こ、これは……」

「気づいたかい? もしも、キミが売って来てくれるなら、これを上げてもいいんだけどな~。

 でも、キミがダメって言うなら仕方な~い。リュミヌーのプレゼントにでもしようかな~?」

 

 『震える銀さじ』。紛れもなくアーティファクト。別の場所に行けるアイテム。

 ルークにとって、喉から手が出るほど欲しい。

 

 ガリッっと砂を本当に口の中で噛んだ気分であった。

 

 ムカつくムカつくムカつくムカつく!!!

 けど、欲しい!!!

 でも……

 こんな奴の、恋路のために協力せねばならないと思うと、プライドが……

 

 ルークは悩んだ。

 ギルバートからそっぽを向いて、百面相のように表情だけを変えた。

 目尻、鼻、頬、口角……どれだけ皺が生まれて消えたかわからない。

 

 地団駄を踏みたかった。壁を殴りつけたかった。

 けれども、交渉相手の機嫌を損ねてはならないのは、ルークは本能的に把握している。

 そんな姿を見せてへそを曲げられてしまうのは、損である。そんなのは言うまでもない。

 

 唯一ギルバートの目に見える行動として頭を抱えて、紅の長髪の髪を思い切り搔きむしった。

 そして、一通り頭に指を通した後、勢い良く振り返って、勢い良く伝える。

 

「わぁったよ!!! 俺が売って来てやるよ! 

 その代わり、絶対そのスプーン、誰にも渡すんじゃねぇよ!」

「やったね! キミってセクシーでイカしてる~」

 

 ギルバートは嬉々として、ランプをルークに手渡した。

 渡されるランプのずっしりとした重みは、ルークの心にも圧し掛かった。

 

(ああ~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!)

 

 ついでに、手さえも、悶々を発露できる器官として失われてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、誰に売りつけようか?

 当然ながら、商売のノウハウも伝手もないルークとしては、道行く人に売ればいいんじゃね? ぐらいしか考えつかなかった。

 

 しかし、随分と夜も更けた月夜の町。

 出歩いているのは、クマのぬいぐるみがそのまま歩いているような、いわゆるアナグマとかいう奴らしか見当たらない。

 

(ま、適当に売りつけっか)

 

 種も仕掛けもない体当たり作戦で、ルークは声をかける。

 

「おい、お前。ランプいらね?」

 

 アナグマは、振り返る。

 乱雑な言葉で、ダルそうに、ランプを押し付けるようなルークに、

 

「ぐげ」

 

 いつもは初対面の人間には「ぐま!」と挨拶するアナグマでさえ、躊躇なく嫌悪の意を示す。

 まるで馬鹿にしたかのように、口を大きく開けて、赤い舌を見せつける。

 舌こそ出していないが、間違いなくあっかんべ~、と同義であった。

 いきなりの拒絶を想定していなかったルークが硬直している間に、アナグマはその場から去って行く。

 

「な、なんだよ。何がいきなり『ぐげ』だよ!

 もういい! 次だ、次!」

 

 怒りを溜め込まずに、拒絶にもめげないルーク。

 それはそれで切り替えが早いと称賛されても良いのであるが、

 

「ぐげ」

「ぐげ」

「ぐげ」

 

 原因を検討せずに失敗を重ねるというのは、愚策であった。

 そう謗られても仕方ない。

 

「くっそ~!!! 言葉も通じない奴にどうやって売れっつーんだよ!」

 

 会うアナグマごとに、ぐげ、ぐげ連呼され、苛立ちを隠せないルーク。

 そして、その耳元には、

 

「リュミヌ~、キミをハグしたい~」

 

 依頼主のケンタウロスの下手な歌声が遠くから響き、より一層火山が刺激される。

 

(あ゛あ゛~~~~!!!! ムカつくムカつくムカつく!!!)

 

 ボキャブラリーが死んだ。

 落ち着いた雰囲気の紫の町で、場違いなほど真っ赤なルークが確かにそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルバートの醜声から逃げるように、ルークは、路上のバーの『悪魔のぼったくり亭』に行きついた。

 そこで飲食していたアナグマに声をかけるも、やはり、ぐげ、の返答ばかりである。

 そして、腹を立てて、ゲシゲシと思い切り石畳の地面を踏みつけているとき、

 

「ははは、そんな怖い顔をしていたら、お客さんだって逃げてしまいますよ」

 

 全身がパズルのピースで作られた……バーの主人がルークに声をかけてきた。

 

「な……なんだよ、お前は?」

 

 咎められたというよりは、その風貌の異様さに慄いて、ルークは反射的に訊き返す。

 これまで様々な生物の人と接触してきたが、魔法生物は初めてなのであった。

 しかし、『悪魔のぼったくり亭』のマスターは、ルークの問いを別の意味に捉える。

 

「商売をする者、お客様には、笑顔で丁寧に。単純ですが、これが鉄則です。

 あとアナグマたち相手に商売をするならば、彼らの言葉を知っておいた方がいいでしょう」

 

 パズルのピースの窪みで常に笑顔を湛えさせられているマスターの言葉だと、イマイチ説得力は湧かない。

 とはいえ、ランプを売って、アーティファクトを貰えるチャンスと言うならば、ルークもマスターの言葉を無下にはできなかった。

 

「……あいつらの言葉に意味なんてあるのかよ?」

「もちろんありますよ。アナグマたちは、独自の言語を持ち、彼らなりに意思疎通をしているのです。

 そして、彼らの言葉で接してくる人には、必ず興味を持ちます。

 ……どうでしょう。アナグマたちの言葉、お教えしましょうか?」

 

 断る理由はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ルークは、いつも日記をとっている手帳でメモを取った。

 

『ぐま!』→あいさつ、YES

『まっ!』→NO、ダメ、さようなら。

『ぐ~』→あなた

『ま~』→私

『ぐまぐまま』→友達

『ぐまぐま』→アナグマ

『まぐまぐ』→アナグマ以外の生物

『んぐ』→光や星

『んま』→闇や夜

『んぐんま』→ランプ

『ぐままままー』→たくさん

『ぐ』→少し

『ぐーまー』→音楽

『ぐまー』→どうぞ

『ぐげ』→嫌な気持の表現(この時、ルークは顔を歪めた)

『ま?』→疑問

『んぐんま ぐまー ま?』→ランプを売る時。

 

 

 

 つくづく日記を常備していて良かったとルークは思う。

 こんなにたくさんの言葉を一気には覚えられない。

 

「ははは。では、言葉がわかれば、後は笑顔です。

 これであなたも商売上手になれますよ」

「へ~。んじゃ、面白かったぜ。早速売りに行ってみるわ」

「いってらっしゃい。商売繁盛をお祈りします」

 

 

 

 

 

 

「ぐま!」

 

 ルークは威勢良く近くにいたアナグマたちに挨拶をした。

 口元はかなり引き攣っていて、随分とぎこちない笑みであったが、それでも頑張って笑顔を作っていることに変わりはない。

 すると、これまで見向きもせずにぐげとばかり返していたアナグマも、

 

「ぐま!」

 

 まるで相手を尊重するかのような真摯な目つきでルークの挨拶に応える。

 そして、その挨拶を不思議がったのか、

 

「ぐ~ ぐまぐま?」

 

 あなたはアナグマ? と訊いてきた。

 

「まっ」

 

 呑み込みの早いルークは、メモを読み返すことなく瞬時に否定する。

 

(お~、こうして言葉が返ってくるだけで、楽しいじゃねぇか)

 

 心の中でルークは、いつにないほど素直にアナグマとのコミュニケーションを面白がる余裕ができていた。

 

「ま~ んま ぐま! 

 ぐ~ んま ぐま! ま?」

(へっ、こっちは夜や闇が好きだけど、俺はどうかってことか?)

 

 確かにあのケンタウロスさえいなければ、この町の雰囲気は嫌いではない。

 なのでルークは素直に、

 

「ぐま!」

 

 と答えた。

 アナグマは、意気投合できる相手を見つけたとばかりに興奮して話し続ける、

 

「んま んぐ ぐまままま ぐ~ ぐま! ま?」

(夜は星がいっぱいだけど、あなたは好きかってか? 

 ま、頷いた方がいいだろ)

「ぐま!」

 

 だんだん商売のコツがわかってきたルーク。

 そして、ついに、

 

「ぐ~ ま~ ぐまぐまま ぐま!!」

(あなたと私は友達……よっしゃ! これでうまくいけるぞ!)

「ぐま!」

 

 アナグマと友達になれた。

 

「ぐま!!」

 

 アナグマはルークの抱えているランプを物欲しそうに見つめている。

 良い頃合いだと思ったルークは、

 

「んぐんま ぐまー ま?」

 

 ランプを売りつける。

 アナグマは、ぐま! と返した後、懐からお金を取り出して1000ルクをルークに渡す。

 

「ぐま!」

 

 ルークは、自然と朗らかな笑みを浮かべて、商売の成功を確信した。

 

 

 

 

 

 

 それからルークは残った二つのランプをすぐに売り捌いた。

 星空や音楽が好きなアナグマには、自分もそうだと言い、肯定的な回答を続けてすぐに友達になれた。

 人間が少しキライなアナグマには、そんなことはない、と彼らの言葉に目線を合わせて真摯に対応。

 どちらの場合も、アナグマの言葉で話しかけているのが功を奏したのか、呆気ないほどにうまくランプを売りつけることができた。

 ランプを買ってもらうために、友達になったり、少しばかり嘘をつくのは申し訳ない気もしたが、喜んでランプを買ってくれるアナグマを見て、ま、いいか、と思えるようになったルーク。

 ともあれ、ランプを売り切って、3000ルクというずっしりとしたお金を受け取ったルークはほくほく顔で、より煌びやかに感じられるようになった月夜の町を戻って行く。

 燦燦と朗らかな光を照射する緑の月が、清々しくて気持ち良い。

 

 

 もっとも。

 

 

「売って来たんだね~

 キミはボクが信じた通りの人間だったよ!」

 

 この馬のために売って来たことを思い出せば、清々しさも吹き飛ぶが。

 

 苦虫を噛み潰したような顔をするのは、何度目であろうか?

 嫌悪を撒き散らしながら、ルークは3000ルクを手渡す。

 しかし、ギルバートはルークの表情などどこ吹く風だ。

 

「さぁ、リュミヌー! 心の扉を開くときが来た!

 キミもいっしょにおいでよ!」

「いや、行かねぇから。さっさと、そのアーティファクトよこせっての!」

 

 コイツの恋路の行方など知ったことか。

 というより、あの音痴な歌声を延々聞かされるとは、何の拷問だ。

 ルークの怒りの籠った声に、ギルバートは、

 

「つれないな~。でも、二人だけの甘~い時間って言うのも一興か。

 わかったよ~。これが『震える銀さじ』さ」

 

 適当に良い方向に解釈しながら、報酬となるさじをルークに投げ渡す。

 

 『震える銀さじ』

 柄の部分が猛牛の角を持った巨獣の頭部を模している以外は、普通のさじと変わりはない。

 しかし、巨獣の無機質で剣呑な目つきからは、禍々しさを感じらえる。

 さじの用途としては、食物を掬うためなどではなく、死者に奈落の洗礼を与えるために使われる銀さじである。

 そして、死者を拒んだ者の魂が宿ってしまうと、震えて使えなくなってしまう。

 それ故『震える銀さじ』と呼ばれてるのであった。

 

 さじをキャッチしてから、今までにない不吉な予感が胸の中を渦巻き、ルークは落ち着かない気分になった。

 これを使うのは、少し後回しにするか。

 そう思うほどには十分であった。

 

 

 

 ギルバートは、もうルークなど知らん顔で、いそいそとリュミヌーいるランプ屋に入っていく。

 ルークはルークで、清々したという気持ちになって、宿を探しに町を下ることにした。

 

 

 

 

 

 

 いつもとは違う、けれど幻想的な緑色の月の光。

 その光の下で、二人はいつものように歌い合い、互いの調べを奏で合う。

 

 一曲歌い終えた後、二人は互いの夢を語り合う。

 

 

「ねぇ、リュミヌー、ボクの夢を聞いてくれるかい?」

「ええ、ギルバート、二人の夢を語り合いましょう」

 

 ギルバートは、他人を使えば、アナグマや、デザイナーを雇ってランプを大量に作らせれば、大金持ちになれると語る。

 

 リュミヌーは、自分で手間暇をかけてランプ作りに没入し、自分のランプを買ってきてくれるお客さんのためにユニークなランプを作りたいと語った。

 毎日遊んでる気分。お金はないけど、これが私。

 

 それを聞いたギルバートは、寂しげな表情をリュミヌーに向ける。

 

「……キミには夢がないのかい? キミと話していると、ボクは寂しくなってしまう……」

「……私は毎日、楽しい夢を見ているわ。あなたと話していると、今の自分が否定されているみたい」

「夢を持とうよ、リュミヌー。今のまま閉じこもっているのは良くないよ……」

「私の夢、夜の夢、楽しい夢、それは全部あなたには見えない嘘の夢なの?」

 

 ギルバートは、絶望的な壁を感じた。

 自分の持っている大望と、リュミヌーの描くささやかな夢とでは、あまりにもかけ離れている。

 マナの木の映し出す鋭利先鋭な真実の光は、ギルバートの心で受け止められるものではなかった。

 

 これではだめだ。

 ボクとリュミヌーとでは世界が違い過ぎる。

 見えているものが違い過ぎる。

 感じているものが違い過ぎる・

 

 月夜の町ロアという蛍袋のランプは、確かにお互いの実態を曝け出してしまった。

 

 そして、ギルバートは一瞬俯き、強い決意を込めて切り出す。

 

「……ねぇ、リュミヌー! 二人のハーモニー、うまくかなでることができないね。

 ボクはこの町を出るよ! 新しい愛をさがしに行くよ! ボクには愛が必要なんだ!」

 

 ずっとリュミヌーとともにこの町で育ってきた。 

 その美しい姿、その美しい歌声に魅せられてともに歩んできた。

 しかし、だからこそ。

 目指す方向が違うとわかった時には、袂を分かつ必要がある。

 それがお互いのため、それがすれ違った愛に対するけじめである。

 ギルバートは、そう考える。

 

「まぁ、ギルバート、あなたって少しケイハクかも。

 あなたがいなくなったら、私も少し沈むかもしれないけど、それぞれの愛を探しましょう」

 

 リュミヌーは、驚いた。

 けれど、彼の決意の声はもはや揺るがないものだと瞬時に悟る。

 子供のころからの長年の付き合いだ。すぐにわかる。

 だから、セイレーンの羽根を少ししおれさせながらも、説得することなく別れを受け入れるのだ。

 

「さよなら、リュミヌー! 君のことは忘れない!」

「さよなら、ギルバート。さよなら」

 

 リュミヌーは手を振って、ギルバートを見送る。

 そして、せめてもの別れの唄を贈ることにした。

 

 ギルバートは脇目も振らずに疾走していく。

 この町に未練を残さないように。

 この町から出る躊躇いが生じないように。

 そして、響いて来るリュミヌーの歌声に意識を傾けないように。

 ケンタウロス特有の俊足をいかんなく発揮する。

 

 ……そのスピードが速すぎて、途中で紅の髪の少年を跳ね飛ばしてしまったが、悲恋に暮れるギルバートが気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ててててて……なんだよ、あいつ!」

 

 

 パカラパカラっと馬特有の疾走音が響いてきたと思ったら、背中に強烈な衝撃が走るとともに、視界は紫色になった。

 痛みに呻きながら、抗議の声をあげようとした時には、既に件の馬は見えなくなっていた。

 

 ルークはこの町での出来事を振り返る。

 ランプを売らされた挙句に、なんか奇妙な形のアーティファクトを渡された。

 そして、ギルバートの醜声をリュミヌーの美声が打ち消し合うという意味不明な鍔迫り合いを聞かされた後、さて宿屋はどこかと思ってキョロキョロしていたら、恩人たる自分がいきなり吹き飛ばされたのである。

 

(あのくそ馬……)

 

 ルークがそう悪態をついたところで誰が責められようか。

 しかし、もう、文句を垂れることができる相手は存在しない。

 バドも、チャボもマイホームに帰ってしまった。

 だからせめてこちらの耳を優しく愛撫するリュミヌーの歌に意識を傾けよう。

 ルークはそう思った。

 

 そして、セイレーンの、精錬された、清廉な歌声だけが、ルークの荒んだ心を慰めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 




何で思いつくんでしょうね? ダジャレが。日常生活でそんなに使ってないんですけど……不思議です。


まっ!

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