ルークの英雄譚(TOA×聖剣伝説LOM)   作:ニコっとテイルズ

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ぐま!

 なんだか段々一つ一つの物語が難産になっているニコっとテイルズです。
 ジャングルの場景描写と心情描写のマッチングに一日使う馬鹿は、私ぐらいなものでしょう。
 私のお気に入りをご覧になってくださればわかりますが、基本的にコメディ系の小説が大好きです。今回わりとシリアスな物語ですが、それさえもくら~い路線ではなく、コメディ路線を大い混ぜてしまっています。悪い癖です。
 まだ序盤なのでよいのですが、シリアスが深まっていったときは、どうなってしまうのやら。それが少し心配でもあります。


9.「うごめく森」

 

 ルークは、2人をマイホームに連れてきて、しめたものだと思っていた。

 特に料理ができなかった彼にとっては、コロナが来たことは僥倖と言って良い。

 今まで食べていたのは、マイホームに備蓄されているパンや、調味料を振ってよく焦がした肉(ただしルークとしてはイケテナイ部類に入る)、保存されている果実である。

 それがコロナのおかげで、カレーやピザ、おでんと言ったものまで食べられようになった。

 屋敷にいたころでは、満足できなかった家庭的料理も、ぐつぐつと煮え立つ鍋からの匂いに吸い寄せられたルークがこっそり味見をして、コロナからお りを受けるまでに満足していたのである。

 レパートリーの少ない貧相な料理と比べれば、今では喜んで食べられるようになったルーク。

 しかし、

 

「もう! そんなんじゃ、バドよりもひどいですよ!」

「いいじゃねぇか。俺、もう十分デカいんだし」

「ダメです。師匠には、ちゃんと元気でいてもらわないと」

「やだったら、やーだ! ニンジンもキノコも食べたくない!」 

 

 ニンジンやキノコを残して窘められる辺り、好き嫌い克服とまではいかなかったようであった。

 まるで、もっと幼いころのバドを躾けるみたいだというコロナの感想は的を射ている。

 実際に、食事に関しては、ルークは苦労しておらず、好き嫌いをしても許される環境だったのだ。

 なので、幼いころに両親を亡くして苦労した双子とは、そもそも育った環境が違う。

 だから、好き嫌いに関して言えば、苦労の度合いが、バドよりもルークの方が、克服させるのが大変なのである。

 コロナからすれば、居場所はできたのであるが、問題児は倍加した。

 

 

 一方のバド。

 彼は、ルークにとっては意外なことに勉強家であり、マイホームの書斎にずっと篭っていたり、時に朽ち果てた小屋の前で魔法の鍛錬を重ねているのが日課であった。

 それ以外にも、チャボの世話や、果樹園の果実の収穫を手伝ったりと、内でも外でも活動が盛んである。

 しかし、ルークが、勤勉かつ外の雑事をよくやってくれるなぁ、と感心していると、

 

「うおっ!……なんか頭から来た!?」

「あ、ルーク。引っかかったね」

「おい、バド! 何だよ、これは!」

「タコムシだよ。うねうねしている奴さ。大丈夫害はないよ」

「つっても……おわ! 服の中に入っちまった! おい、何にすんだよ!

 てめぇ、バド! 後で覚えてろよ」

 

 バドなりにイタズラを仕掛けて師匠を弄んでいた。

 付け加えて言うと、彼なりの嗅覚でルークが自分と同じぐらいの精神年齢であると見破ったか、タメ口かつ呼び捨てがデフォルトになっていた。 

 ルークがその度に、「師匠(せんせい)と敬語は!?」と注意を飛ばすのであるが、「はい、師匠(せんせい)。ごめんなさい」と誠心誠意謝罪しているフリをして誤魔化している。

 師匠(せんせい)という言葉の響きにルークは弱い。弟子からそう言われると、許してやらねば、とヴァン師匠の懐の深さを思い出して「次からはするんじゃねーよ」で、済ませてしまうのであった。

 だから、ことあるごとにバドのイタズラに引っ掛かり、毎回「ごめんなさい、師匠(せんせい)」と言われてルークは満足し、また引っ掛かるという端から見れば馬鹿な日常を繰り返しているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、2人が家に馴染んでそろそろ冒険を再開しようかと思ったルークに、バドが同行を申し出た。

 

 

「俺、魔法学園で魔法のことを学んでたんです。

 この世界には大昔に活躍した、マナの七賢人って言う賢人達がいるのです。

 今は一人死んでしまって、六人しかいないようですが。

 それで、会ってみたいのです……、六人の賢人全員に。

 ですので、師匠。俺といっしょに賢人を探しに行きませんか!!」 

 

 可愛い。

 自分のことを師匠と呼んでくれる弟子が、目をキラキラさせながら、こうして一緒に行こうと、強い意志の籠った声をかけてくれる。

 賢人と言うのはガイアみたいなヤツだろう。俺も会ってみたいし。

 こうも素直で、興味の惹かれる頼み事をわざわざ拒絶する理由はない。

 そう思ったルークは、大きく頷いて快諾する。

 

「いいぜ。んじゃ、明日のために準備しとけよ」

「わかったよ、ルーク」

 

 たったとバドは別室に向かう。

 バドは、敬語と「師匠」という甘美な言葉を織り合わせて、ルークの脳髄を麻痺させた。

 そして、成功を確信するや否や、「師匠」という敬称と丁寧な言葉遣いを解除する。

 バドの交渉の巧みな手綱捌きと悪辣さが、如実に現れた一例であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、お荷物さんに気を付けて行ってらっしゃい、と言うコロナ一人を残し、ルークとバドは、チャボを連れてマイホームを発った。

 

 ルークは、『獣王のメダル』を選んだ。

 今度もまたドミナの町の隣にそのアーティファクトは降り立つ。

 これで、ドミナの町の四方は完全に囲まれることになった。

 

 獣王のメダルは、地面に着くか着かないかと言ったところで、妖しく紅い光を放つ。

 そして、回る、回る、回る、回る、回る。

 模された獣の雄々しい姿が見えなくなるほどの速さになった時、メダルは高々と飛び立った。

 

 そして、浮かび上がった獣の口から、メダルの着地地点に大量の葉が放出される。

 あまりに凄まじい量であったので、周辺のドミナの町や、メキブの洞窟が覆いつくされんばかりであった。

 大丈夫か、これ? と思わずルークが心配になるほどであったが、木の葉の群れが晴れた時、緑が堆積していたのは、メダルの着陸地点のみである。

 

 遠目で見ても色彩豊かで、種々様々な植生の生い茂る『ジャングル』が出現した。

 

 

 

「あそこには、ロシオッティがいると思う。早く行こうよ」

「慌てんなって。急いだっていいことねぇぞ」

 

 

 服の裾を引っ張るバドに、泰然自若の姿勢をルークは崩さない。

 ヴァン師匠の像が、ルークの言動を固定していたのである。

 ……もっともそんなことをしてもしなくてもバドの師匠に対する姿勢は変わらないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 柔らかい。

 

 しかしながら、柔和とかふわふわなどと言った、脳をしっとりと満足させるような、心地の良さを与えるものではない。

 その逆。湿気を吸収した土壌が足元を掬うような、足を取られるような地面がジャングルの特徴であった。

 そこに、木々の覆う葉が日当たりを疎(まば)らにし、下草の茂りまでもが不規則になり、歩行困難を促進する。

 見渡す限りの植物は、体長、色彩、生育具合に統一感がなく、植物学者は喜べど、ルークには、あらゆるドリンク類を試しに混ぜ合わせてしまった時のような無秩序な混合物への不快感しか湧き上がってこない。

 屋敷の至る所で飾られていた絵画の精緻な芸術性に、そう言ったものに興味のないルークでさえ思いを馳せられる景色である。

 熱帯雨林内部の、べとっとした湿気がルークに纏わりつき、カラッとした太陽を遮る上空の木々の葉が恨めしい。

 

 しかし、ルークの気分は高揚していた。

 

 むしろ、こういう進むのが難しいところこそが探索の醍醐味があるではないか、とさえ思っていた。

 困難の果てに、面白い出会いが待っていることを経験したルークにとって、不愉快な環境は問題ではない。

 逆に、丁寧にカーペットを敷かれ、順路を大人しく進めと言われる方が、興が削がれる。

 ガイアに出会い、自分の意思で、冒険を続けるという答えに行きついたルークは、身体に一本、芯が貫かれていた。

 それは、絶え間なくルークの体内に高精度なエネルギーを供給する。

 自分で決めるということが、自分にここまで強い力を与えるということをルークは身を以て実感していた。

 

 なので、足が拘泥をものともしなくなり、

 

「師匠~、ちょっと速いよ~」

「キュピッ!」

 

 泥濘(ぬかるみ)に、足を取られている通常の精神状態の一人と一匹から抗議されるのであった。

 

「おお、つい、調子に乗っちまった」

 

 同行者の声にも耳を傾けるほどには、ルークの機嫌は良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、ルークがねっとりと気味の悪い花粉を噴出する食人花モルボルモールを新たに覚えた烈破掌で粉砕し、バドが宙を舞う巨大な蛾のグールムモスを岩の大群で地に伏せさせ、チャボが愚鈍に舞うゾンビを飛び込み蹴りで再び土に還しながら、ジャングルを奥へ奥へと進んで行ったときのことであった。

 

「なんか、遺跡みたいなところだな」

 

 疎らな石畳が苔に侵食され、倒壊している石柱が草木と同化しているが、人工の建物の残存が確かにそこにはあった。

 

「そろそろロシオッティのいるところに近いのかもね」

 

 バドは頷きながらも、しかし一行の前には、

 

「どっちが正しい道なんだ?」

 

 左右の分岐があった。

 

「わかんないよ、そんなの。けど、右が正しいんじゃない? 

 どこかの国の言葉だと、『右』と『正しい』が同じ意味みたいだし」

 

 博学なバドは、確からしさの確定ができない場合は、他国の言語の語彙に委ねるが、

 

「何だよ。それだと、左利きの俺が正しくねーみてぇじゃねぇか。

 俺は、左を選ぶぜ」

 

 そう言われると、自分を否定された気になるルークは、怒った肩が上げた左腕で左の道を指した。

 はぁ~、と軽く溜息を吐きながらもバドは、

 

「ま、別にいいけどね」

 

 拘泥しても仕方のないことだからと、師に従うことにした。

 

 すると、左の道の奥には黄色い妖精たちの群れがいた。

 そして、ルークとバドとチャボに気付くと、

 

「人間は帰れ! 

 イナシ ニテイア ハンゲンニナ ホア カバリ キルマ………………」

 

 一斉にキッと鋭い目を射し込みながら、呪文を唱えた。

 

「な、なんだよ、いきなり」

「……外れみたいだね」

「キュピィ~~~~~」

 

 

 まごついたルークと、諦観の念に目を瞑るバドと、気落ちをしているチョコボは、

 

 

 

「あれ?」

「ふ~ん。やっぱり」

 

 一瞬の瞬きの間に目の前の光景が、入り口の景色へと戻っていた。

 

 

 

「……俺のせいか?」

 

 特に目印はなかったわけであるから、殊更ルークを責め立てる意味もなかったが、

 

「そうだね。師匠が悪いよ。師匠が右利きなら良かった」

 

 八つ当たり気味にバドは、思い切り肯定してやった。

 

「俺たち、結構進んだよな? んで、ロシオッティとか言う奴のところに行くには……」

「また一からやり直しだね」

 

 呆然と固まっているルークを差し置いて、バドは再びスタスタと歩き出すが、

 

「……メンドクセー」

 

 すっかりルークは、むくれてしまった。

 そして、もう一度戻るのが、言葉の通り億劫になる。

 足場の強い湿気を含む土が、急に粘ついているように感じられてきた。

 

「何言ってんだよ。ロシオッティに会うまで帰らないよ」

「うるせーな。また今度でいいだろ。師匠はもう疲れたぜ」

 

 うんざりした顔で額や首に纏わりつく汗を手で拭いながら、ルークは、ジャングルの入り口の方を向いた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。師匠!」

 

 ルークの本気の色を見たバドが、慌ててエサを二つを持ってくるが、

 

「やだったら、やーだ! こんな気味わりぃジャングルを2回も歩きたくねーっての。

 おら、チャボ。背中乗せろ」

 

 拗ねた声をあげて、植物群にもはや完全に背を向けてしまっているルーク。

 そして、チャボの方に歩を進める。

 

 やばい。どうしよう。

 バドの脳細胞が必死で説得の材料を探しに駆け巡っていると、

 

「こんにちは、みなさん」

 

 ジャングルにいた男の花人が笑顔で声をかけてきた。

 

「なんだよ、おっさん?」

 

 疲れた表情を隠そうともしないルークが、横目だけで訊いた。

 バドは心の中で、これなら! と花人と出会った僥倖に快哉する。

 

「私は念力テレポートサービスです。お代はラブでけっこう」

「なんだそれ?」

「師匠! この人は、特定の場所まで無料で、ただ感謝の思いさえあれば運んでくれる人です。

 もしかしたら、ロシオッティの場所まで運んでくれるかもしれません」

 

 間髪入れずにはしゃいだ声で答えたバドは、胡散臭げなルークの表情を一変させる。

 

「てことは、さっきの場所までもう一回歩かなくて済むってことか?」

「おじさん。ロシオッティのところまで行けるよね?」

 

 ルークの声色に再び生気が通ったのを好機と捉えたバドは、せがむように花人に詰め寄った。

 

「森海の遺跡ですね。もちろん、行き先に入ってますよ」

 

 もじゃもじゃひげを揺らしながら首を縦に振った花人に、バドは思わずよっしゃっ! と歓声を上げた。

 そして、これならまた歩かなくて済みますよ、と念押しを忘れないバドは、そのままの笑顔をルークに向ける。

 

「う~ん。……でも、ここまで来て収穫なしってのもあれだし。さっきのとこまでひとっ飛びできるってならいいか。

 よし! おっさん、頼んだぜ!」

 

 もともとロシオッティに関心のあったルークは、花人を正面から見つめ直す。

 また沸き上がってくる探求心が、ジャングル特有の不快さを吹き飛ばして来た。

 

「ありがとうございます。では、目を閉じてください」

 

 2人と1匹が、素直に従うと―――

 

 

「ん? あ、マジでさっきの場所だ」

「そうですよ。言った通りでしたでしょ!」

 

 再び緑に朽ちている崩壊した遺跡が目の前に広がっていた。

 

「ここまで来たら、あの妖精たちをぶっ潰してやりたくなるな。

 くそっ! あいつらめ!」

「やめてください! 失敗したら、また入り口ですよ。

 せめて、ロシオッティに会ってからにしましょう!」

 

 いきり立つルークを、どうどうとバドは敬語のまま諫める。

 あの妖精の集団の数を考えると、全滅させる前に再び送り返される可能性が高い。

 ならば、一旦ロシオッティに会うのが先決だ。

 

「チッ!」

 

 ルークは舌打ちしながらも、バドに理ありと認めた。

 そして、先ほどは選ばなかった右の道へと進んで行く。

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、赤い獣が座っていた。

 四本足の全てに鋭利な爪が備わっており、腕と足の筋肉の丸太のような太さに、ヘラジカのような高く聳(そび)える角は、獣王たることを端的に象徴していた。

 そして緑の毛で全身を覆い、雄々しさを際立たせている。

 座っているのはライオンを象った玉座。ただし、肘掛けのライオンの勇猛な爪は遺されているが、倚子(いし)の頂点の鬣(たてがみ)を纏った獣王の象徴は喪失している。

 その空虚を身を以て代理するように、赤い獣ロシオッティは、座していた。

 そして、近づいて来るルークたちを、平穏さを湛えた瞳で言葉なく歓待する。

 穏やかな目線だけで、こちらに危害を加える意思がないことを伝える賢人特有の無言の挨拶に、ルークは格の違いを瞬時に思い知らされた。

 

「やぁ、諸君。私はロシオッティだ。この森へようこそ」

 

 鷹揚とした調子から滲み出される理知的な声が、ルークたちを重厚に、しかし柔和に包み込む。

 

「俺、バド。大魔法使いになるために賢人の話を聞きに来たよ!」

 

 バドは、溢れ出る興奮を、そのままの勢いのまま、鎮座するロシオッティにぶつける。

 

「こんにちは、バド。大気はマナで充ちている。心を無にすれば、その力は無限に流れ込んでくる」

 

 ロシオッティは、深い理知に支えられた意味深長な短言をバドへと贈った。

 

「ありがとう、ロシオッティ-!!」

 

 それだけ充分に満足したバドは、ロシオッティの眼前から離れる。

 その赤い獣は、紅の髪の青年の方を向いた。

 

「ルークだ。ルーク・フォン・ファブレ」

「こんにちは、ルーク。

 ……この森は私の森だ。全てを自由に与える。お前の血肉とするが良い」

「……なんか、よくわかんねぇけど、好きにふるまっていいってことか?」

「そういう意味で構わない。……ときに、君たち」

 

 ロシオッティは、僅かながら陰の響きを含ませる。

 

「なんだよ」

「この森にいる妖精たちからの邪な呪いを纏っている。

 私が解呪できるが……少しばかり願いを聞いてはくれないだろうか?」

「何ですか?」

 

 ルークが逡巡するよりも速く、風のような勢いでバドは訊き返した。

 

「ここは、妖精の国に最も近い妖精の森がある。

 ここから出た先の、君たちが踏み入ってしまった妖精たちのいるところだ。

 近頃、彼らの様子が奇妙であるから、是非とも調べてきて欲しいのだ」

「妖精……アイツらか!」

 

 先ほどの強制退却をさせられたことをルークは思い出され、怒りを露わにする。

 

「どうやら師匠様は、乗り気みたいですから、大丈夫だと思います」

 

 慇懃と慇懃無礼を両方含みつつバドは、瞬時に快諾の方へと舵を切った。

 

「おい、バド。師匠はまだ何も決めてねぇって」

「その呪いを被ったままだと、生命力を弱め、命を縮める結果となる。

 脅すつもりもないし、例え断っても解呪はするが……少しばかり協力をしてはもらえないであろうか?」

 

 ルークとて、悪人ではない。恩を忘れる人間でもない。

 脅迫の色のない賢人の落ち着いた声は、自然とルークに興味を惹かせた。

 だから、ロシオッティに詳細を尋ねることにする。

 

「……妖精たちの調査っつったっけ? どうすりゃいいんだよ?」

「容易いことだ。彼らか、彼らの仲間の話を聞いてくれば良い。

 何をやっているかわかったならば、それで十分だ」

 

「はーん。まぁ、それくらいなら、やっても問題はねぇが……俺たちを見たら、またあいつら入り口に戻してくるんじゃねぇか」

「大丈夫だ。解呪の呪文に、妖精の呪いを予防する呪文を織り合わせる。

 妖精たちは、未来永劫君たちに害を為し得ないであろう」

 

 この言葉が決定打であった。

 取り敢えず抗議の声の一つをぶつけたいと思っていたルークは、引き受けることにした。

 スパイのように隠れて、盗み聞きをして、文句を浴びせてよいのであれば、依頼と恩讐を両方達せられる。

 ロシオッティをも、自分をも満足のいく結果を齎せられるならば、この程度の些事やってやろうではないか。

 ルークは、改めて獣王を見つめる。

 

「わかった。調べに行けばいいんだな。なら、やってやるよ」

「かたじけないな。……では、約束の証だ」

 

 ロシオッティが、巨躯の腕をゆっくりと振るう。

 すると、緑色の光が、ルークたち各々の体から噴出した。

 特に身体が快復した感じはしないが、それは妖精の呪いが遅効性であるかららしい。

 

 呪いの効能の実感は湧かないが、賢人が虚偽を述べることもなかろうという無条件の信頼から、ルークたちは妖精の森へと赴くことにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先頃遭った忌々しき妖精たちは、

 

「ちがう、コイツは精霊力を持っていない……こんなクズはいらん!」

 

 倒れている一人の修道女を取り囲み、足蹴にして暴力を振るっていた。

 

「あいつら!」

 

 かなり遠目からそれを目撃し、いきり立つルーク。

 そして、そのまま修道女の方へと向かおうと駆け出そうとする。

 しかし、傍らのバドは、ルークを引っ張って制止した。

 

「何しやがる!」

「大丈夫だよ。武器も何もない妖精たちに人を殺すことはできない。

 彼らは、何か依って立つものがないと、人間よりも弱い存在でしかないんだ」

 

 落ち着き払ったバドの声は、しかしてルークの滾(たぎ)る頭を冷やすには至らない。

 

「だからって、アイツを放っておくのかよ!?」

「落ち着けって。興味を失えば、アイツらは去って行く。

 その時にロシオッティに解呪を頼んでからでも、遅くはない。

 ……ここは、妖精たちの話に耳を傾けよう」

 

 義憤に燃える頭を冷やすのは容易なことではなかったが、歯を精一杯食いしばりながら、ルークは一気に膝を曲げてしかし音を立てずに座り込んだ。

 書斎で本の虫になっていたバドを見ていなかったならば、あるいはその声色に僅かな倨慢があろうものなら、ルークを押しとどめるのは不可能であっただろう。

 この怜悧な声は、研鑽と賢人とわずかな例外を除けば醒めたものであるのだろうか?

 傍らに座っているバドを見やるルークは、その行く末に自然と思いを馳せられた。

 しかし、今耳を欹(そばだ)てる方角は、憎たらしき妖精たちに対して、である。

 

「我らの女王となる者は、もっと強い力を持つはずだ。司祭を連れて来い!」

 

 修道女への狼藉を止め、妖精たちは情報交換を開始する。 

 

「司祭は、10000歳も過ぎたような年寄りだ。ソイツでいいのか?」

「いや、黒竜王アーウィン様の話では、その女は26歳のハズ……」

「黒竜王様の間違いではないか? 来る日の女王となる方だ。

 26歳のハズがない。前の女王は28732歳だったではないか」

「新しい女王は妖精ではない。人間はせいぜい500年くらいしか生きん」

「そんなに短いのか?」

「もっと短いとも聞く」

「しかし黒竜王は……なぜ、人間などを我らの女王に……?」

 

 どうやら、人間と妖精の間では甚だしき寿命差があるらしい。

 そして、黒竜王アーウィンと言う奴が、人間を女王に据えようとしているということも伝わってくる。

 しかし、ルークには、未だ話を飲み込めない。

 そのまま苛立ちを噛み殺しながら、聞き耳を続けようとすると、

 

「おまえ達! 何をしている!」

 

 白色の髪の男が、怒声を伴って傍の道筋から出現した。

 そして、鞘から大剣を引き抜き、額を覆うバンダナをはためかせながら、妖精たちに切りにかかる。

 

 慌てふためき逃げ惑う妖精たち。

 しかし、バサッと袈裟懸けで一匹、切り上げてまた一匹、並んでいた三匹を払いで両断し、残ったのは羽根だけとなった。

 

「だいじょうぶか!!」

 

 そして、修道女へと駆け寄っていく。

 

 ルークがバドを見ると、彼は肩を竦めた。

 道理としては、剣士の行動は義しいのであるはずである。

 また、彼が、自分たちが密偵であることなど知る由もない。

 そうではあるが―――やはり、調査を妨害されたという印象が、ルークの心を巣食ってしまう。

 

 とはいえ、もはやここに隠れている意味はない。

 

 意識を喪失している修道女を背負い、此方に歩を進める剣士と鉢合う形で、ルークたちは男の視界に入った。

 

「オマエたち……何をしている?」

 

 剣呑な雰囲気でこちらをも包まんとしているのは、妖精たちに殺気立っていたからであろうか。

 ルークは、尋常ならざる雰囲気に気圧されつつも、

 

「俺はルーク。こっちはバドとチャボだ。たまたまここを通りかかった」

「………………」

 

 ギロリと一人一人を吟味するように見まわしている男は、ここ最近の中で会った人の中で、最も「人間」らしいと言えた。

 バドとコロナは、確かに純然たる人間に近かったが、尖った両耳が純粋な人間でないことを厳然たる事実として如実に伝えている。

 対して、眼前の男は、そう言った特徴はどこにもなく、紛うことなき人間に思われた。

 しかしながら、ルークは、同胞(はらから)に会えて胸がこみ上げてくる、などということは不思議と湧き立つことはない。

 この男は、隔絶のカーテンで、「他」を排撃するようなそんな歓迎できない雰囲気を察せられた。

 いけ好かないと言えば瑠璃も同様であるが、そのような「好く」「好かない」という次元を超えたところで分かち合えないような、そんな容赦のなさが滲み出ている。

 

 今までにない感触に、ルークは戸惑っていた。

 

「……ふん。どうやら本当のようだな」

 

 害意は降ろされる。

 しかし、それだけであった。

 

「……そいつ、大丈夫なのか?」

 

 得も言われぬ嫌悪の纏(まとい)を度外視したくて、ルークは修道女の具合を尋ねる。

 

「ああ。意識がないだけだ。オレがロシオッティのところへ連れて行く。

 オマエはもう帰れ。ここでは戦うな。

 下手に争えば、また人間と妖精の間で戦争が起こる」

 

 矢継ぎ早な命令は、ルークが言葉を発するのを完全に圧した。

 そして、白髪の男は、ルークたちの傍を通り抜けて、小さくなっていく。

 

「……………妖精たちめ……いつの間にアーウィンの下僕になり下がったんだ」

 

 すれ違いざまに呟かれた男の苛立ちは、男とアーウィンとの並々ならぬ因縁を感じさせた。

 

 

 

 

 

「どうする? まだ妖精の森は続くけど」

 

 バドが、男に聞こえない距離をとったことを確認してからルークに問いかける。

 

「どうするって……まぁ、もう少し事情を探っていいんじゃねぇか?

 あいつに邪魔されて、アーウィンとかいう奴のことを聞けなかったし」

 

 ルークは、森の奥を見やる。

 彼にとっては妖精に一言を文句を言えれば胸がすいたため、巨大な剣に撒き散らされた残骸にはさすがに憐れみを覚えた。

 

「そっか。僕もロシオッティの依頼を完遂できたとは思えないから、先に進むことには賛成するよ」

「んじゃ、さっさと行って、さっさと帰ろうぜ。そろそろこの森ともおさらばしてぇし」

 

 2人は森の奥を分け入っていくことにする。

 

 

 

 

 

 

「人間がこんなところまで何をしに来たんだ? 無用のものは立ち去れ」

 

 

 さほど広くもない妖精の森の最深部で、ルークたちは緑の浮遊する悪魔に開口一番そう忠言された。

 

「いや、俺も早く帰りてぇけど……アーウィンって奴についてなんか知らねぇか?」

 

 ここまで露骨なモンスター然とした姿が、人の言葉を発したことへの驚愕を、ルークは隠しながら訊ねた。

 

「アーウィン様は我らの王だ。10年ほど前より、妖精界で傷を癒されていた。

 彼は悪魔の血を引き、妖精でもなく、人間でもなく、そして、絶対の力を持っておられる。

 彼こそは、両界を統べる真の王となるだろう。言えることはそれだけだ。

 立ち去れ、さもなくば、裁く」

「……………わかったよ」

 

 アーウィンは妖精の王。

 そして、つよーい力を持っている。

 その内、真の王になる……って、結構やばいじゃん!

 キムラスカとか、マルクトとか、そんなのを差し置いてか!?

 

 ルークが心の中で改めて言われたことを要約し、咀嚼すると、かなり危機的な状況であるということに気付く。

 とはいえ、このモンスターはこれ以上話してくれそうにない。

 翼を広げ、槍の穂のような尾をこちらに向けて威嚇している相手が、これ以上友好的になってくれるとは思えない。

 

 話を聞けばよいとロシオッティが言った以上、これで十分だろう。

 それに……言葉を話すヤツを殺したくねぇし……

 そう思ったルークは、忠言を素直に聞き入れてその場を立ち去ることにした。

 

 緑色の悪魔も、追いかけてくる気配はない。

 言葉を違うことがないのは真実なようである。

 ところが、問題は前方からやって来た。

 

「……オマエたち、ロシオッティから依頼を受けたんだな」

 

 白髪の男と二たびすれ違うことになった。

 

「まぁな。急いでいたから、さっきは言わなかったけど……」

「……そうか。なら、報告を済ませて、とっとと帰れ」

「言われなくてもそうするっつーの」

 

 剣士は、こちらに目は向けている。

 が、全然こちらを向いていない。

 そんな不思議な感想をルークは持った。

 

 

 去りゆく男に、そう言えばあいつ自己紹介すらしてねーなと思ったルーク。

 ま、どうでもいいか、と思ってバドとチャボと一緒にロシオッティの座へと戻って行くと、

 

 

 

 ギャーーーーーーーーーーーー!!!

 

 

 

 先ほどの緑の悪魔の断末摩の悲鳴が轟いてきた。

 耳を劈くその嘆きの声は、ルークたちを振り返らせる。

 しかし―――

 

 

 

 ……もう一度あの悪魔の安否を確認しようなどとは思えなかった。

 

 行ったところで、もうどうしようもない。

 危険な主に仕えているというのは、あの悪魔自身が先ほど述べたばかりだ。

 だから、言葉を話すのみで同情の念を持つ必要は……ないはずだ。

 

 そうは思っても、ルークの胸の蟠(わだかま)りは、投擲できない。

 べちゃっと、ジャングルの土壌のように蔓延ったままだ。

 それでもルークは、内心の複雑さを棚に上げ、殺生をした男に思考を集中させる。

 

 あの男に対して抱いた印象は、あの魔物の悲鳴を以てして確固たるものになった。

 そんな嫌な証左が、ルークの胸中に去来する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは、ぼくのなまえはえもにゅーです」

「あははははは。私はしるきー。こんにちは」

 

 

 

 ルークたちがロシオッティの座に帰還すると、当の獣本人は転寝(うたたね)をしているため、ジャングルでの情報収集を担当していた森ペンギンのえもにゅーとしるきーが代理で報告を承るとのことであった。

 

 早速、ルークは、妖精たちのこと、アーウィンのことと見聞してきたことを端的に伝える。

 

 報告を終えた後、2匹の森ペンギンは、気難しそうに顔を歪めた。

 

「妖精たちの中には、人間に反感を持つものが、たくさんいます」

「妖精戦争が、900年前から始まって、200年前に収束したからですよね?」

「はい。妖精にとって700年というのは、短い時代でしかありませんから」

 

 バドとしるきーが相槌を打ち続ける。

 そう言えば、万を優に超える途方もない年齢の妖精の女王の話をしていたことをルークは思い返していた。

 

「んで、どうすんだ?」

 

 ルークは、あまり歴史に興味はないが、現在の趨勢だけは気にかけ、行く末を問いかける。

 しるきーは、ロシオッティが規則的に唸るような鼾を上げてるのを耳だけで聞いて、就寝中であることを確認した。

 そして、しばし黙考した後、

 

「……………まぁ、なるようになるでしょう」

 

 楽観視とも投げやりともつかぬ回答を繰り出した。

 

「そんなんでいいの?」

 

 ルークたちが呆れた視線を送っている中、えもにゅーは訊ねるが、

 

「あははははははははははははは」

 

 しるきーのわらい声がすべてを洗い流した。

 しかし、ジャングルの区間に存在する微分化されていた不快と不安の因数は、あの剣呑な男の登場によって積分化されている。

 その巨数は、ルークの心にずっしり質量を伴って圧し掛かり、しるきーの快活な声では、正の方向へほんの僅かうごめく程度に過ぎなかった。




*「拘泥」とは、必要以上に物事にこだわることであり、ぬかるみという意味は本来ありません。
 しかし、本作では、語呂と漢字の連なりの良さから、敢えて誤用表現で用いている箇所があります。ご容赦ください。 

まっ!

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