とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
「……」
「またてめぇか」
「こっちこそ、超うんざりなんですけど」
あの事件解決移行、絹旗と少年が顔を合わせる機会が増えた。
彼女の所属する組織アイテムと、少年が所属する組織の『メンバー』が一時的に共闘関係を結んだからである。
これは当人達の意思によるものではなく、彼女達の暗部組織を直接指揮する『電話の相手』達の意思決定によるものだ。
それによれば当分は利害関係が一致しているためやむを得ず手を組もう、とのことであるがその度に先兵として自分が手配されるのは勘弁願いたい。
何故ならば答えは簡単、今自分の目の前に居る男とその度に顔を合わせるハメになるのだから。
「アイテムはてめぇ以外に戦闘要員はいねぇのかよ、それほどまでに衰弱して切ってる終末組織か?」
「一々超煩い奴ですね、私だって好きで貴方と組んでる訳じゃありません」
「だったら他の奴に仕事押しつけろ」
「貴方だって超そうすればいいでしょう?私はしたくたって出来ないんですからね」
残念だがオールレンジの言う通りアイテムには人数における余裕はない。
何故ならば彼女が所属するアイテムは構成員たったの4人、内一人はついこないだ入ったばかりの新米ときた。
リーダー格のレベル5を除けば残されたのは二人、だが絹旗ではないほうの構成員は無能力者であり、能力者を基本嫌う傾向にある。
それ故に能力者、しかもレベル5との共闘など『嫌だ・苦手・無理』以外の何物でもない、他の組織の能力者と連携して敵対勢力を殲滅せよという命令にはかなり不向きなのだ。
そう考えると残されるのはレベル5と絹旗だけだが、当然リーダー格は詰まらない仕事は下っ端に押し付ける、結果絹旗がその仕事を引きうけるということになる。
彼女の能力はレベル4の窒素装甲であり、生身の人間と比べれば絶大な戦闘能力を誇る代物だ。
窒素を扱い自身の体重の何十倍もの重さがある自動車や岩石を投げつけ、銃弾をも受け付けないシールドは想像を絶する防御力を生み出す。
故に彼女は戦闘要員として重宝される訳だが…。
「全く…どうして私がこんな奴と一緒に仕事しないといけないのか、超理解に苦しみます」
こういう厄介事の要員としても重宝されてしまう、困ったものである。
この男の態度ははっきり言って最悪だ、今まで見た中でも群を抜いて悪い、悪すぎる。
不躾な態度に加えて命令口調、おまけに見下したかのような言葉にこちらの苛立ちは爆発寸前。
「はッ…無駄口叩くんじゃねぇ、さっさと終わらせんぞ」
「そっちから話しかけてきたんじゃないですか……もう超いい加減にしてくれません?」
今回の任務は外部から不法侵入してきた他国スパイの排除、まぁ簡単に言えばそいつらを見つけ次第全員殺せという訳だ。
今まで全距離操作と何度か仕事を一緒にこなしてきた絹旗も認めるものはある、それはこのオールレンジと呼ばれる男の戦闘能力だ。
一個師団を丸ごと一人で相手に出来るとされるのがレベル5の定義だが、その名に恥じぬような戦闘能力をこの男は持っている。
アイテムのレベル5とどちらが強いか?と聞かれれば即答出来ない程の強さなのだ。
更に自分も学園都市では強者として位置付けられているレベル4、自分達が本気を出してしまえばスパイの始末など朝飯前。
ならば早く事を終わらせるに限る、スパイを見つけて抹殺する前にこちらの精神が先に参ってしまいそうだ。
この男と一緒にいるのは、絹旗にとってそれ程のストレスとなるのだった。
*
仕事を終え、スパイを一人残らず一網打尽にした二人は何故か一緒の車に乗っている。
それは今回のお仕事がお役所仕事であるためだ、普通ならばその場で殺してハイ解散、となるのだがそうはいかないらしい。
戦闘を始める前に二人の携帯に指令の変更が届き、不法入国者故に一度中央管理の役所に届けなければならないとのことだった。
外国人であるため不用心に殺してしまっては国際問題に発展しかねないということであり、今二人はトラクターの後部に捉えたスパイ全員を押し込み、路地裏を黙々と進んでいる。
お役所まではあと車で30分と言ったところか、この30分が絹旗にとってはとんでもない苦痛であり地獄だった。
この車内という窮屈で息苦しい空間で隣の史上最悪レベルで自己中な男と過ごさなければならないのだから。
「……あとどれくらいで着くんですか?」
「煩い黙れ糞餓鬼、放り出すぞ」
「それが出来るならして貰いたいところですけどね」
市役所では既に取引相手も待っている、彼女達が役所に直接スパイを届けるのではなく、別に手配された組織……つまり、公に出てもなんら不自然がない組織がそこで待っており、彼らに引き渡しスパイを役所に放り込むという寸法だ。
当然取引する組織には絹旗と少年二人が行かなければ、おかしいと感づかれてしまう。
よって嫌でもこの少年と一緒に行かざるを得ない、という訳だが…。
「……」
「……」
こんな状態に陥ってしまっている。
絹旗は第一印象からこの男が最悪だったし嫌いだった。
いけすかない奴だとは思っていたが、まさかここまで酷い男だったとは……まぁ、アイテムのリーダーもとんでもない輩であるためあまり人のコトは言えない。
コイツが組織する『メンバー』とやらのリーダーはもっと癖が強いのだろう。
レベル5を先兵として使いっぱしりにするような組織だ、リーダーは同じレベル5かそれとも頭が狂ったマッドあたりか。
信号が赤になり交差点で車が止まる、この信号の次の交差点でようやく大きな幹線道路に出られるはずだ。
一分一秒が苦痛である絹旗が、苛々しながら信号に早く変われ、早く変われと念じていると。
「おい」
運転席のふてぶてしい男が語りかけてきた。
「なんですか?私は今超機嫌が悪いので話しかけないでください」
「あぁ……?さっきはてめぇから口を開いただろ」
「一々つっかからないでください、超うっとおしい」
「その首飛ばすぞ」
「はいはい、出来もしないことを言うと惨めですよ」
「…一片痛い目見ないと自分の立場がわかんねぇみたいだな」
何を、とオウム返しに言葉を口から出すことは叶わなかった。
絹旗の頬に、正体不明の横殴りの衝撃がメキりと音を立てながら突き刺さった。
その衝撃で身体がよろけ、ドアに押し付けられる。
それは一瞬の出来事で、絹旗が危険を察知することも、オールレンジが何時能力を発動したかもわからなかった。
「…何をするンですかねェ」
痛みは窒素装甲のおかげでないものの、一応仕事上では協力関係にあるのにこの仕打ち。
その理不尽な立ち振る舞いに彼女の腸は煮えくり返り、我慢するのも限界だと感じ始める。
「…前見ろ」
「話を…」
「前を見ろクソ餓鬼」
「……」
オールレンジを睨みつけながら絹旗は視線をフロントガラスへと向け、彼女は目を丸くする。
そこにはいつの間にか弾痕があり、先ほどまで自分が座っていたクッションの場所を弾丸が深々と抉っていた。
「これは……」
「そういやてめぇは窒素装甲があるんだったな…ちょっと身体借りるぞ」
「な、何をすッ」
絹旗が言葉を発するよりも早くに七惟が彼女の小さな身体を引っ張り、フロントガラス全面に彼女を押し付けた。
絹旗が前を確認すると、路地裏からサブマンシンガンを手にした黒服が大量にわき出てくるのが分かる。
そして彼女は理解した、何故オールレンジが視界を潰してまで自分をフロントガラスに押し付けたのかを。
「お、オールレンッ!?」
「そのままちょっと盾になってろ」
黒服達のサブマシンガンが火を噴いた。
「あうううぅぅぅ!?」
全ての弾丸が二人の居る車に降り注ぐ。
フロントガラスが粉々に砕き割れ弾丸を正面からもろに受ける絹旗、一般人なら当然ハチの巣にされて死あるのみだが彼女は一般人ではない。
その能力のおかげでサブマシンガン程度の威力ならば無いも同然、痛みはない。
だが、衝撃があるためその身体は車の後部へと反動で吹っ飛ばされて行く。
二人の車はそれでも尚直進を続け、黒服達を轢き殺すぎりぎりの距離まで来たところでオールレンジが声を上げた。
「あばよ、ゴミども」
オールレンジが言い終わると同時に、凄まじい轟音が周囲一帯に響くと、車が壁にぶつかり停止した。
後ろに吹っ飛ばされてしまった絹旗は当然何が起こったのか確認する術はないが、そんなことはもうどうでもいい。
身体に着いた埃を叩きながら、レディを盾にした男の風上にもおけないような男に満面のドス黒い笑みを浮かべる。
「…オールレンジ?」
「あぁ?なんだ、ゴミ共なら片付けた。車が大破しちまったから役所で待ってる連中に電話しろ」
「…言いたいことはそれだけですか?」
「煩いぞクソ餓鬼、さっさとやれ」
「もう、私もそろそろ限界なんですけどねェ……!」
「んだ?そんなに最初壁に叩きつけられたのが痛かったのか?」
「痛くないですよ!痛い訳ないじゃないですか!私はそんなことよりオールレンジが私を超盾にしたことを超問い詰めてるんです!」
「…痛くなかったのか?」
「超当たり前です!私の窒素装甲はオフにしようと思わない限り常時展開してるんです!オールレンジみたいな超訳わかんない人と一緒に行動する時に、自分の防御をオフにする超馬鹿が居ると思いますか!?」
「…はン、そうかよ」
先ほどのマシンガンよろしくな絹旗の口撃だが、オールレンジはそれきり何も返してこない。
彼女からすれば『クソ餓鬼黙れ』くらいは返ってくるかと思っていたのだが、思いのほか反撃が小さいため不信に思ってしまう。
「…って、まさか」
はっとした。
自分もオールレンジもコンビを組む相手の能力の名称くらいは知っている。
だが絹旗はオールレンジが距離操作能力者であることは当然知っているものの、射程がどれ程なのか、持続時間はどれ程なのかは全く知らない。
要するに詳細については無知である、それは自分だけではなく相手も同じ。
もしかしたら、万が一、有り得ないことだけれども…最初距離操作で自分を吹っ飛ばしたのは、黒服達の弾丸から自分を助けるため?
オールレンジは絹旗の能力の詳細を知らない、窒素装甲ということだけは知っているようだが、持続時間、発生、窒素操作の射程までは知らないはず。
そして先ほどの無気力な返事……。
もしかして、本当に……?
「へぇー、ふぅーん、超そういうことだったんですか」
「あぁ?」
「いえ、何でもないです」
「だったら…」
「ただ」
「…んだよ?」
「オールレンジって、思ったよりも超面白い人だなぁと思っただけです」
「…はン」
オールレンジはそれ以上絹旗に絡んでくることはなく、携帯を取り出し自分から取引相手に電話を始めた。
なるほど、これ以上突っ込まれると自爆しちゃいそうだから話題を逸らすために電話をしようという訳か。
厨二病真っ盛りのクソ野郎かと思っていたが、案外そうでもないらしい。
むしろ厨二病ではなく、ツンデレという奴なのだろうか。
敵は容赦なくその能力で潰していく癖に、一応身内に対してはそれなりの仲間意識でも持っているのかもしれない。
どちらにしろ、今後この男と組む時に弄るネタが出来て嬉しいものだ。
一緒に居て何ら話題もない地獄の時間も、ひょっとしたら自分の悪戯心を満たす時間になってくれるかも…。
「あと15分でこっちに着くらしい。もう少し待ってろ」
前面が完全に潰れてしまった車から絹旗が飛び降りると、反対側から時を同じくしてオールレンジが出てきた。
その顔は先ほどと同じく無表情だが……。
「オールレンジ」
「あぁ?」
「超暇ですし、何か話しませんか?」
先程とは、違って見えるのだった。