とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
場面は戻り、滝壺の入院先で思わぬ再開を果たした七惟と心理定規。
二人は病院入口のに入ってすぐのエントランスの近辺に構える喫茶店に足を運んだ。
これだけ大規模な病院となるとこういった商業施設もセットで建設されていることがあるのだが、この病院はその最たるものでコンビニから喫茶店、レストラン等生活するには事足りないことなど無い。
七惟はコーヒー、心理定規は紅茶を頼み二人して席につく。
こうやって真正面から心理定規を見るのはいったい何年ぶりだろうか、少なくとも高校に入ってからはこんなことは絶対になかったし……中学でもなかったはずだ。
おそらく小学生以来だろう、その頃は二人とも研究所で顔を合わせていた。
ランドセルを背負ったコイツをよく見かけたものだ。
そして年齢が近い人間が誰も居なかった七惟は、彼女に自分から話しかけたこともあった。
ついこないだ心理定規が所属していたスクールのボスに殺されそうになったというのに、その側近である彼女とこうやって喫茶店で話をするなんて当時の自分ならば信じられなかっただろう。
暗部抗争の日に会った時、心理定規は紅のドレスを着ていたと思うが今日の服装は打って変わって年相応の服だ。
白のパンツにシャツ、黒のカーデガンを上から羽織っている。
何時もはド派手なイメージが強い心理定規だがこういう服装もするものなのか。
「それで?俺はすぐにでも本題に入りたいんだが」
「あら、せっかく数年ぶりにこうやってじっくり話せるのに?」
「待たせてる奴らがいんだよ」
「愛しい人でも待たせてるの?」
「馬鹿言え、友人だ」
「友人?貴方の?」
「それ以外に誰がいんだよ」
「貴方の夢の中に居るお友達かと思っただけ」
「お前もの凄く失礼なこと言ってるから自覚しとけよ」
絹旗にはメールで知人に会って話すことがあるから少し遅くなる、とだけ伝えておいた。
どうやら今から滝壺のリハビリが始まるらしくそれに彼女たちは付沿うそうで、話が終わり次第リハビリセンターに来てほしいとのことだった。
滝壺のリハビリが終わるのが先か、コイツから必要な情報を得るのが先か……微妙なところだ。
「貴方に友人なんて本当に変わったわ。それは誰?」
「お前は俺の保護者かよ」
「ふふ、年下の保護者って素敵ね」
「あぁ?気味悪い響きしかないだろ」
「あら、そう?でも昔はよくお互いに面倒を見合ってたじゃない?」
「昔だろ、何年前の話をしてるんだ」
「まだたった数年前のお話」
事実だ、七惟と心理定規は七惟が小学生の間はよくコミュニケーションを取っていたのは間違いない。
それが途中からすれ違いなのか思春期特有のものからくる気恥ずかしさなのかはわからないが、七惟が中学生に上がる頃には私的なやり取りがほとんどなくなっていたと言ってもいい。
互いに能力発展の為に実験ばかりであったし、そもそも七惟は常に研究所に居たが彼女はそういう訳でもなく、研究所に通っていたのだ。
「いい加減さっきから脱線し過ぎたから話を戻すぞ。お前がココにやってきた理由は何だ」
心理定規は絹旗同様所属している組織が消滅してしまったため、現在はフリーでやっていると聞いた。
絹旗は生活費を稼ぐためにやっているらしいが、彼女はどういうスタンスで動いているのか分からない。
此処に来たのは暗部の仕事の一環かもしれない、はたまた昨日のことが関係しているのかもしれない。
「貴方は凄くそのことに拘っているみたいだけど、此処に来たのは私の仕事。もちろん暗部の仕事じゃないわ」
「どんな仕事だよ」
「貴方もこの病院に出入りしているなら知っているでしょ?終末患者のことを」
「……死ぬ一歩手前の奴らのことか」
「そう、そういう人達は大抵家族が居てお見舞いに来たり話をするものだけれど、中には家族に先立たれてそういうことが出来ない人がいる。そういう人達を相手に私はお見舞いをしに来るということ。要するに話相手のお仕事、だいたい1時間以上話をするわ」
「そんな慈善事業をお前がやってるなんて想像するのは不可能だな。そんなことが有りえるなら明日にでも学園都市内にレベル6が生まれる」
「貴方も相当失礼なこと言ってるわよ?」
「それは昔から変わってねーだろ」
「そういえばそうね……そこらへんは変わって欲しいものだけど」
「それで?実際本当にそんなことしてんのか?垣根の庇護の元やりたい放題やってきたお前がか?」
「そうね。とても言葉に棘がある言い方だけど、今はそうよ?垣根帝督が居た時からこの仕事は続けているわ」
「方や命を奪う仕事で、方や命の行方を見守る仕事とか、どんだけ皮肉効いてんだよ。顔が引き攣るわ」
「今日は何時になく饒舌ね、言葉の節々に私を信用していない、っていう思いが溢れてる」
「お前と俺の関係はそういうもんだろ。偶々能力開発の一環で一緒にいて、お前から精神距離操作のコツを教えて貰った。それだけだ」
「それだけじゃないわ。貴方が一方通行を打ちそこなったせいで垣根帝督は死にスクールは壊滅。私も身寄りが無くなってしまった。違う?」
「責任転嫁し過ぎだろ。メンバーの奴らも一方通行にぶっ殺されてんだぞ、あの野郎を許してねぇのは俺だって同じだ」
「……あら、意外に冷静に立場を考えて物を言えるようになったのね。てっきりアイテムを壊滅させた原因を作った私を今すぐにでも亡き者にしたいとか言い出すと思ったわ。そもそも貴女がメンバーの構成員に対して思い入れがあったなんて思えないけれど」
「……いい加減にしろ。あと俺はいいけどな、そんなことを絹旗達の前で絶対に言うなよ」
「……ホント、変わったのね」
やはりコイツとの会話は七惟が思うように前に進まない。
同じところを右往左往して要領を掴めないままぼんやりとしてしまう。
話の進展具合を表すかのように二人の飲み物も全く減らない。
「まぁいい。本当にお前が言うように仕事のために来たってことだな」
「だからそう言っているでしょう?疑り深い。そんなんじゃ絹旗さんに嫌われるわよ?」
「絹旗関係ねぇだろこの話に」
「そう……いいえ、何でもないわ。他にも貴方は聴きたいことがあるんでしょう?」
「そうだ。本題に入るぞ」
「少しは私の話を聞こうと言う姿勢は出来ないのかしら」
「お前の四方山話は見舞いに行った奴らに言ってろ」
「そう」
少しでも気を抜くと会話は絶対に心理定規のペースになる。
戦闘に関しては七惟と心理定規では全く相手にはならないが、このような心理戦や舌戦は七惟がまともに心理定規と戦ってはとても太刀打ちできないのだ。
故に強引にでも話をこちら側に持っていく必要がある、幸いにも此奴は今日七惟と話したがっていたので少しは情報を開示するはずだ。
さてここからが本番……何処まで垣根のことを聞き出せるか。
コイツの気持ちが変わらない内に情報を得る。
周りの雑踏の音は聞こえなくなる。
全神経を正面に居る心理定規へと向ける、彼女が注文したアイスティーの氷がからん、と崩れる音が嫌に響く。
「昨日……妹達を襲撃した連中が居た」
「襲撃……物騒ね、暗部組織みたい」
コイツ……。
いや、此処でまた余計なことを言うと先ほどみたいに腹の中を探られ兼ねない。
我慢だ。
「似たような奴らだ。結局襲撃は未遂に終わった……だけどな、そいつらが襲撃してきたのは俺と同居してる奴だ」
「あぁ、美咲香ちゃん……。襲撃は未遂ならよかったじゃない」
「よくねぇだろ。そん時は偶々超電磁砲の奴も居てな、そいつと一緒に襲撃してきた一人を引っ掴まえてどういうつもりなのか洗いざらい話させた」
「精神距離操作でも使ったの?」
「使える訳ねぇだろ。俺とそいつは初対面だぞ、そいつが親しい奴なんざ知るか」
「それじゃあ原始的な方法で?」
「そうだ、やったのは俺じゃなくて超電磁砲だけどな」
「攻撃的」
「あいつは容赦ねーぞ……それで、だ」
七惟は一応話を切り出す前に周囲の様子を伺う。
もしこの件にコイツが深く関連しているのだとしたら、事件を起こした連中が当事者である全距離操作がどう動くか分からないため周囲に待機し、心理定規に手を出そうものならばすぐにでも応戦出来るように潜んでいるはずだ。
人ごみの中に紛れて敵意を向けている連中を探す……が。
誰も居ない、こちらに視線を向ける者など居なかった。
「どうしたのかしら」
「何でもねえよ。……その捕まえた奴はな、垣根帝督が生きていると言った」
「……」
「垣根は今も何処かに身を潜めて一方通行に復讐するチャンスを伺っている。だけど正面から戦ったら分が悪い、そのために一方通行の糞ったれの演算を一緒にやってくれている妹達を電波が届かない場所に拉致して、奴の弱体化を狙う。そしてアイツが一人で立つことすらままならなくなったら……一気に仕掛ける。そして垣根が居なくなったことによって虐げられてきたこのうっぷんを晴らして、昔のように学園都市の覇権を狙う。そのために行動している、そして奴らはこう言った」
先ほどとは打って変わって心理定規は何も言わない。
その表情は変わっていないが……無表情にも思える。
だが七惟とて伊達に精神距離操作を使える能力者ではない、一応このような駆け引きは一般人より得意で相手が焦っていたり戸惑っていたりすることを感知するのは得意だ。
それ以外の感情を察知するのはまるで駄目だが。
これまで暗部組織で尋問を行ってきたスキルをフル活用し心理定規を見つめる。
さあ……次の言葉だ、どう出る心理定規。
「『心理定規が垣根帝督は生きていると言った』ってな」
「…………………………そう」
彼女は長い沈黙の後に、表情を変えず一言だけ言葉を漏らした。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そして再び永い静寂が訪れるが。
彼女がトン、とテーブルを指で叩き口を開いた。
「聴きたいことは?」
そんな風に尋ねるということは、回答を用意しているということなのか……?
分からない、しかし沈黙が続くだけではこの場をセッティングした意味がないので彼女に応える。
手を口の前で組み、意を決して七惟は言葉を口にした。
「お前は確かに奴らにそう言ったか?」
問いかけは至ってシンプルだ。
この問いかけの回答次第で、今後の動きが決まる。
流石にすぐに解答は出来ないかと暫しの沈黙や言い訳を覚悟した七惟だったが。
「ええ、未現物質が生きているとしたら、それは素敵なことじゃない?って言ったわ。彼らに」
彼女は七惟に臆することなど一切なく、即答した。
「な……」
「生きているとしたら、って。生きているかどうかなんて私も知らない、唯地べたを這いつくばって命辛々逃げ延びてきた彼らに何かしらの希望は必要でしょう?私はそれを彼らに与えただけ。言葉の意味も確認せずに彼らが勝手に動いているだけ」
「……」
要するに、心理定規は絹旗に対して言った事と同じ事を連中に伝えた。
言い方に含みがあり普段の心理定規の言動を鑑みればこのような曖昧な表現を使えばそれを大抵の奴ははき違えて捉える。
希望に少しでも縋りたい連中が必要以上にプラスに捉えて勘違いして暴走している、そう言いたいのだこの女は。
だがそんなことを言われてもこれまでの経験からして彼女の言い分を『わかりました』の一言で片づけて納得なんて出来るわけがない。
しかしここで押し問答をして確実な答えが出てくるだろうか?そもそも垣根に関する100%正しい情報なんて確認のしようがないのだ。
こちらを見つめる心理定規の金色の瞳は変わらない、七惟の困惑を楽しむかのような柔和な笑みを浮かべるのみ。
そもそもこの交渉、相手の立場を考えたら圧倒的に心理定規が有利なのだ。
垣根のことも、残党のことも七惟側よりも遥かに情報を保有している。
それでも、ここで嘘をつくことによって七惟はじめアイテムの生き残りに敵意を持たれるのは相手にとっても不合理が過ぎる。
雲のような女だが話の落としどころは必要だと判断した七惟は、再度心理定規と向き合う。
お久しぶりです!
まだ待っていてくださる方がいるなんてほんとに嬉しい限り・・!
なんとか終わらせるよう頑張っていきます!