とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
GWから1度も更新してない!
地下都市全体を揺るがす大爆発、それは五和の槍から放たれた一撃によって引き起こされた。
その爆発によって、最大の敵は排除された。
そう、後方のアックアを五和達は仕留めたのである。
今思い返しても正直な所奇跡だと思う、あれだけ追い詰められて聖人も超能力者も成す術がないところまで追いやられたというのに、現状こうして生きている自分達に。
唯、もちろんハッピーエンドという訳にはいかない。
天草式のメンバーの内数人が息絶えた、一人は四肢が断裂した状態、一人は肉体が存在していた断片しか残っていない者もあった。
だが、それが戦場なのだ。
この戦いに身を投じた最初は誰かが死ぬなんて考えもしなかった、きっと最後はなんとかなって皆無事にイギリスに戻れると信じていた。
だが、戦いが激化するにつれてそんな甘い考えは徐々に失っていき、七惟が一度敗れた時に初めて『死』が自分のすぐ後ろまで来ていることに気が付く。
それは実際間違っていなくて、自分は運よく死を免れることが出来ただけ。
下手をすれば自分があそこに転がっている武器の持ち主のように……物言わぬ屍になっていただろう。
さっきまで動いて喋っていた人間が居なくなるというのは恐ろしく、不気味だ。
すっぽりと抜け落ちてしまった感覚、嘘だと願う心、自分は死ななくてよかったと言う安心感全てがごっちゃに混ざって自分の中がぐちゃぐちゃになっていくのを感じる。
目の前では神裂や教皇代理が無事だったメンバーと一緒にアックア撃破に歓声を上げている、だが五和はその輪に入っていくことが出来ない。
もっと自分が……聖人崩しを扱う大役を任された自分が早くアックアに止めを刺していればこうはならなかったのに。
今にも感情に押し潰されそうな心に責任という名の二文字が突き刺さり心を砕きそうになる。
「よぅ……今宵のヒーローさん」
そんな呆然と立っていることしか出来ない五和に声を掛ける少年が一人。
「ひー……ろー……?」
「あぁ」
その少年は、自分を最後の最後で奮い立たせてくれた、諦めない心を見せてくれた、皆を助けてくれた、自分を……救ってくれた少年だ。
「七惟さん」
少年も体中ずたぼろだ、最後にアックアに弾き飛ばされた余波のせいか左腕が変な方向へ曲がっており、義手の右手は覆っていた包帯がめくれ機械が丸見えだ。
一度だけでなく二度までも死にかけ、最後に此処まで痛めつけれたというのに少年の表情は今迄見たことがないくらい爽やかで明るかった。
「すげぇ奴だよお前は」
「凄い……?」
「現状こうやって俺達が生きてんのはお前のおかげだ。まさにヒーローって奴だろ」
「そんな……違います」
「違うか?」
「だって、だって私は……逃げた人間なんですから」
「あぁ……?」
「逃げた人間です、死ぬのが恐くて、皆から責められるのが恐くて、自分が可愛くて。逃げ回って、運よくこうやって生き残っているだけなんです」
そうだ、もし自分があの時諦めずより早く立ち上がっていれば……もっと被害者は少なかったかもしれない。
「もしかしたら他の人がやっていた方が上手くいったかもしれないじゃないですか……私じゃないほうが、良かったのかもしれません」
破壊し尽くされた地下空間に転がる死体、痛めつけられた天草式、七惟、上条……。
「それにヒーローって言うんなら、私なんかじゃなくて七惟さんやプリエステス様が相応しいんです。一度も引かず、逃げず、諦めず、刃を終わず最後まで戦い続けた二人が」
七惟と神裂、はっきり言って最後はこの二人頼みだった。
幾ら自分たちが限界以上の力を引き出しても二人は意図もたやすくその限界を軽々と越えていってしまう。
最後もそうだ、二人がアックアの動きを止めなかったなら自分があの一撃を放つことなんて出来なかった。
「ったく此処まできてそんなこと言うか?……おい、手を出せ」
「手……ですか?」
「あぁ」
どういうつもり……?
力なく五和は七惟に向かって手を差し出す。
こうやって自分の手を再度見るとズタボロだ、キズだらけだし、出血してるし、深いものを見ると一生ものの生傷がたくさんある。
五体満足でいられることが不思議だったくらい、激しい戦いだったのに。
「素直に喜べよ、お前はすげえ奴だ」
そう言って傷だらけの彼女の手を七惟が力強く握った。
握られた時、体を貫くような痛みと共にようやく『生きている』実感がこみあげてくる。
こみ上げてくる痛みと感情に、自然と目の前が霞んでいく。
ダムにせき止めていた水のように留めていた心の中の声が決壊しそうだ。
「皆がお前の一撃を信じて動いた、俺も神裂も、天草式の連中も。お前を中心に全員が動いた、そんなこと出来る奴はいねぇよ」
「で、でも」
「お前は人が死んだり、殺されたりするのを見たことが無かったから現状が分けわかんねぇってところか」
「それは……そうですけどッ」
「別に喜べとかは言わねぇ、嬉しがれ、ともな。でもな、もっといい顔をしてくれよ。死んだ奴らだってそいつらの意思で自分のため、生き残った連中の為に戦ったんだ。生き残った連中がまるで葬式みてぇな面してたら報われねぇだろ?」
「七惟、さん」
「お間が中心にならなけりゃ、きっと俺と天草式が手を組むなんざ夢もまた夢のことだった。お前が居たから……だろ、この結果が得られたのはな」
「……」
「お前じゃなけりゃ、なんて誰も思ってねぇ。五和が居たから、成し遂げられた。お前が居なかったらダメだった」
「でも……」
「でも、でも、だって、でもねぇ。泣いてんじゃねぇよ馬鹿」
「だ、だって!」
言われて気付いた、自分は泣いていたということに。
必死になって目を擦って涙を止めようとするものの、それでも次から次へと得体の知れないものがこみあげて来て遂には零れ落ちてしまう。
嫌だ、こんな顔を彼には見せたくない。
引き裂けそうな心臓が、たくさんの感情が、涙となって溢れ出る。
「あっちへ行け、神裂達が待ってんぞ」
「みんなが……」
「ったく、そんな顔じゃとても上条なんかに会えねぇぞ」
「こんなところで上条さんのことを言うのもやっぱり七惟さんらしいですね」
「うっせぇ」
こんな涙でくしゃくしゃになったままの顔なんて彼には覚えておいて欲しくない。
何時ものように、笑顔を向けたい。
この少年とはお互いの強いところも、弱い所も、泣いた顔も、笑った顔も、喜んだ顔も見てきたし、楽しかった時間も、悲しかった時間も最近はずっと共有してきた。
そして、何よりも自分を信じてくれた、前に一歩踏み出す勇気をくれた。
あの絶望の世界の先を、私の知らない世界を教えてくれた。
だから、笑顔でこう言いたい、破裂しそうなおもいっきりの感情と一緒に。
「ありがとう、七惟さん」
*
「……いてぇ」
「そりゃあ痛いに決まってるよ!りむは無理し過ぎ!とうまと一緒に反省しなさい!」
「アイツは?」
「別室で休んでるんだよ。あれから1週間近く経って分かったことは二人は別々の部屋で休まなきゃいけないっていうこと!ていうかりむもとんでもない大怪我をしたはずなのにとうまよりだーいぶ元気なのはどうしてなのかな……」
「あぁ、そりゃあ回復魔術?とかいう」
「そうだったんだね。安心したんだよ、こないだ深夜に運び込まれた時は天草式が回復魔術の大合唱を唱えてもダメだったって聞いたから」
「そんな元気な奴のところに居ていいのか?上条のほうは」
「いいの、さっきまではずっと、とうまのところにいたから。だから今度はりむや天草式皆のところにいるんだよ」
「……ありがとなインデックス、お前の御蔭だこうやって俺達が生きてるのは」
「気にすることないんだよ!りむは何時も私においしいものくれるし、そのお返しだよ!」
「そんなモノでよけりゃあ何度だってやるよ。でもお前一週間もこうやって俺らのところに居て飽きないのか……?」
五和が居る病室の端のほうから七惟とインデックスの声がきこえてくる。
アックアとの死闘を終えた天草式と七惟は上条が入院している病院に再び担ぎこまれた。
大半の仲間が大怪我をおっており、普段なら回復魔術を使ってごまかしていくのだがあまりの戦闘の激しさに皆力尽き、簡単な魔術すら碌に扱えない状態。
回復魔術なんて到底不可能なため皆こうして科学の街の医学に頼ることとなったのだ。
当初は全員同じ大きな部屋に押し込まれて、それぞれ診察や治療を受けていたもののあの激闘から既に1週間近くが経過している。
軽傷の者はこの病院を去り、重傷の者は未だに世話になっている。
「五和、上条のほうに行かなくていいのか?禁書目録もこっちにいるしな」
「それは……」
そう語りかけてきたのは天草式の仲間の一人だ。
彼もまた重傷であり、1週間近く経った今でも未だに杖が無ければあることもままならない程の傷を負っている。
対して自分は左手の骨が折れた程度で済んでいる、今は包帯とギブスをつけているが明日には魔術を使える状態まで体力が回復するため、この不便さは一日程度の辛抱だ。
もちろん細かな裂傷は数えきれない程あるが。
「あぁ、そっか……。ごめんな、その傷じゃあ会いにくいのか?」
そう、裂傷は五体に万遍なく刻まれておりもちろん顔も例外ではない。
五和の左の頬には大きな深い傷があり、現在はガーゼを当てて隠れているが一生残ると言われている。
「いえ、そんなことじゃありません。先ほど上条さんの病室にも伺いましたし、今はこちらの病室の皆と話したいので」
「そうなのか?ならいいが……らしくないなあ」
「どういうことですか?」
「前のお前なら、こんなチャンスを逃すとは思えないからさ」
「……?」
「恋敵もいない、オマケに相手は弱ってて付け込むチャンスだぞ?」
要するに彼はインデックスが居ない今のうちにアプローチをかけたほうがいいぞ、と言ってくれているのである。
前の自分なら確かに言われた通りそうしていたに違いない、何時も周りに人がいる彼が一人きりなんてことはそうそうないのだから。
「上条さんには……そういう感情は抱いていないので、大丈夫ですよ」
「は?」
「それだけです、それじゃあ安静にしといてくださいね香焼さん。歩き回らないように!」
「お、おい五和!?」
呼び止める声を聞き流し、次の人の許へ向かう。
眩い朝日の光が窓から差し込み風が吹いている。
外で吹き荒れる風は底冷えするような北風だというのに、なんだかそうは思えないくらい今の自分は心が穏やかだ。
「五和、腕のほうは大丈夫なのよな?」
「あ、建宮さん。はい、しっかり固定して貰っているので無理に動かさなければ痛みはありません」
「五和、頬の傷はどうなのですか……?」
「やっぱり跡は残るって言われました」
「あれだけの出血、やはり相当深い傷だったんですか」
比較的軽症のプリエステスと教皇代理と言葉を交わす。
「外出していると聞いていましたが戻られていたんですね。その……やはり、地下のほうに?」
「ああ。遺体は全て回収した、全壊した地下空間はどうしようもないが我らが居た痕跡はほとんど残っていないはず……まぁアンチスキルって連中がうろついてるから完璧って訳にはいかないが……」
「私はご遺体にかける言葉など、当事者になるまで考えたことも無かった。今こうして仲間の死を見届けることも出来ず別れの言葉も言えないとなると……苦しいものがあります」
「プリエステス様……」
そう、神裂と建宮は比較的軽症だったことから、破壊し尽くされた地下空間で天草式とアックアが戦った痕跡を出来るだけ排除しようとあの手この手を戦闘終了直後から使っていた。
要するに隠蔽工作である。
亡くなった仲間の遺体は即座に回収、魔術によって不自然にえぐられた地形や建物は根こそぎ爆薬で破壊し、如何にも大爆発が起きたかのような現場に作り替えた。
幸運にもあの日地下空間は何故か無酸素警報というものが出ていたらしく、爆発によってそのような事態に陥ったようカモフラージュするのは難しくは無かった。
余りに出来過ぎた話に神裂は違和感を覚えずにはいられなかったが、無酸素警報の混乱に乗じる以外に魔術の傷跡を消し去る方法は思いつかなかったためその違和感は無視した。
「そんな顔をするな、これは俺とプリエステスの責任よ。お前が悔やむことはあっても責任を感じる必要はない。全距離操作にも言われたのよな?」
「……そうですね」
「あれから1週間経った、ほとんどの連中はもう動けるのよな?そろそろロンドンに戻る、ここの医者はおそろしい程優秀でほとんどの奴らがもう完治してるが、まだ治ってない奴らはロンドンで回復魔術だ。これ以上此処に長居しても天草式にとっちゃいいことなんてありゃしねえ。プリエステス、それでよろしいか?」
そう、患者として自分たちはこの病院の世話になっているがあくまで此処は科学の街。
自分たちは魔術側の人間、この街にあまり長い事居ついていては間違いなくこの都市の非合法な組織達から目を付けられてしまう。
「……はい、最後にお礼とお別れはしっかりと伝えましょう。あの少年に」
「わかりました」
何時も御清覧頂きありがとうございます。
おそらく次でこの章は終わりなのです。
この先は自分の更新も含めてどうなってしまうのか想像もつきません……!