とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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白黒の舞台から、世界の夢を見る-ⅲ

 

 

 

 

絹旗の周りにはまだ活動可能な駆動鎧が数体、対してこちらは満身創痍に近い。

 

仕事はほとんどやり終えた、最後のミッションは此処から無事逃げ切ること、地下から地上への扉へと帰ること。

 

しかしそれがかなりの難易度を誇る問題だ。

 

もちろん増援なんて望めない、此処は自分と七惟が作った戦場故に他の誰も今絹旗が戦っていることなんて知らないのだから。

 

 

 

「周囲に利用出来そうなものは……物陰くらいですか」

 

 

 

絹旗と駆動鎧の戦闘によって生まれた戦闘痕、人が居ないもぬけの殻の地下都市は再利用するには相当な時間を費やすだろう。

 

此処まで大暴れして未だにアンチスキルが駆けつける動きなんてないし、アラームが鳴り響く気配すらない。

 

間違いなく此奴らは学園都市の中枢が一枚噛んでいる連中だ。

 

夜中は人が居ない無人施設だからこそ出来る芸当だ、暗部抗争の日は速攻で駆けつけたあのうっとうしい組織もいざと言う時頼りにならない。

 

破壊されたテナントやオブジェを利用しつつ逃げる、それは難しい。

 

絹旗の窒素装甲は無防備の背中を向けて、複数相手に逃げ切るには特化した能力ではない。

 

ある程度までは勿論耐えうる、しかし相手は人外規格の駆動鎧だ、油圧システムのおかげで何トンもの圧力がかかった打撃戦を逃げの姿勢で最後まで防ぎ切れるとは到底思えない。

 

ならば物陰を使いながら戦うのか?確かに正面からやるよりも善戦出来る、さっきまでそうしていた。

 

しかしその場合物陰がプラスに働くのは自分だけではない、相手側もだ。

 

現に今彼女が負った傷は死角からの攻撃がほとんどだ、七惟のように全方向に対して感覚が鋭敏であれば奇襲攻撃にも対応出来たが生憎彼女は防御装甲の能力を持つ故にそういった攻撃には滅法弱い。

 

相手が駆動鎧でなく唯の人間だったらこれが全く問題にならないのだが、今回はこれが大きな……想像を遥かに超えた巨大な壁として彼女の前に立ちふさがるのである。

 

八方塞り……、息を呑み冷たい汗が頬を伝ったその時である。

 

 

 

「なんだこりゃ!?学園都市のオートマタか何かか!?」

 

「浜面さん、前を見てくださいと警告を発します」

 

「うおッ」

 

 

 

耳触りが余りよくない野太い声と、想い人の身内らしき人の声が響いたのは。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

五和の前で駆ける二人の聖人、互いに傷を負っているがより大きいのはアックアだ。

しかし……。

 

 

 

「極東の聖人よ、仲間を信じるのであれば心配など無用だ。奴らは生きていると信じていれば良いのだからな!」

 

 

 

傍から見れば不利なのはアックアである、それなのに彼が発する言葉からは目には見えない底知れぬ強さを感じる。

 

言葉の一つ一つがこちらを威圧するような圧迫感を与えてくる、まるであの男が喋れば喋るほどこちらが追い詰められているような錯覚に陥りそうだ。

 

 

 

「癪に障りますが貴方の言う通りですね、私は彼らを信じて戦う!」

 

「ふ、お前が言うまでもなかろう。貴様の迷いのない動きを見れば一目瞭然である!」

 

 

 

神裂とアックアの目を見張るような打ち合いを繰り広げる、まるでこれまでの長期戦闘の疲れなど全く見せつけない動き。

 

五和や天草式たちも加わり何とかアックアのスキを作り、聖人崩しを撃ちこみたい。

 

一瞬でもいい、七惟が与えた大ダメージじゃなくて片膝をついたりでも、この際なんでもいいのだ。

 

唯アックアの動きを5秒、たったそれだけ止めるだけでいいのに。

 

神裂以外の天草式のメンバーはやはりこの考え故か焦りが生じる、徐々に減っていくメンバーに加え五和の身体強化のために神経を割きながら戦わなければならないのだから。

 

そしてその術式の中心にいる五和は先ほど何とかかなぐり捨てた不安が頭をよぎり、脳裏に失敗したビジョンが浮かびあがりこびりついて離れなくなる。

 

戦局で有利なのはこちらだ、どう考えてもアックアのほうが分が悪い。

 

いや、これ以上身体強化の呪文を扱う人数が減ってしまえば自分の動きは鈍くなり、実質神裂とアックアの1対1に近くなる。

 

二人の決闘だけはさせてはいけない、此処は何とか皆に期待されている自分がきっかけを作らなければ……!

 

状況を打破すべく、そして自身のネガティブ思考を振り捨てるかのように五和は一歩前に出る。

 

 

 

「アックアァ!」

 

 

 

神裂の七天七刀が突き出されるその瞬間、五和はアックアの背後へ回り死角からの攻撃を狙う。

 

 

 

「見え透いた攻撃よ、そんなものは!」

 

 

 

歴戦の兵であるアックアに五和のような白兵戦の素人が取る行動など筒抜けである、アックアは大げさに回避行動などとることもなく彼女の攻撃を身体能力だけで跳ね除ける。

 

しかしこちらには神裂がいる、アックアが五和の攻撃をいなした直後に煉獄を載せたワイヤーを射出し、アックアに攻撃する暇を与えない。

 

アックアは防御で手一杯、今なら……!

 

矢継ぎ早の攻撃、食い下がっていた五和も追いつき、追撃の一発を打ち込もうとするが。

 

 

 

「くどいのである!」

 

 

 

巨大なメイスでワイヤーを防いでいたアックアは、背後から迫る五和を察知するとすぐさま水流の魔術で対応する。

 

まるで龍の顎を彷彿とさせるような、この世界の物理法則を無視した濁流に、身体が前のめりになっていた五和は防ぐことなど出来ずに直撃してしまう。

 

身体が壁に押し潰される感覚、首がもげそうな程の勢い、身体の感覚が消え去るかのような水圧。

 

仲間に強化された状態でこれだけのダメージ、彼女は成す術もなくそのまま大地へと放り出される。

 

濁流に押し潰され、大地に叩きつけられた身体のダメージはやはり深刻だ、更に天草式の身体強化術式が弱まってきていることも相まって彼女は立ち上がることが出来ない。

 

内臓がシェイクされたような、蛙が自動車に押し潰された時はこんな感覚なのだろうと分かる。

 

口から血反吐を吐きながら、立ち上がろうとするも左手に激痛が走り視界が揺らぐ。

 

激痛の元を見てみると、腕がおかしな方向に向いている……これはおそらく骨が折れてしまっている、力を入れても全く言う事を聞いてくれない。

 

五和は回復の魔術を試みるも、それは適わない。

 

五和が致命傷を負ったことに気付いたアックアが彼女に向かって猛烈なスピードで向かってきたのだ。

 

 

 

「アックア!お前の相手は私だ!」

 

「ぬるい、戦場に於いては足を失った者から消すが鉄則!」

 

 

 

追いすがる神裂だが既に彼女も満身創痍に近いため速度が上がらず追いつけない、むしろアックアがまだこれだけのスピードで動けることに驚愕する。

 

アックアの血も涙もないその戦闘スタイル、それは五和や神裂、天草式達とは全く持って違う。

 

何かを守るためではない、生きる為の術、生きる為に勝つ業の数。

 

全身全力でその動きを体現するアックアの前では情けや容赦などもちろんない。

 

まだ五和は立てない、しかし脅威は目の前まで迫っている。

 

五和は突き出されたメイスの切っ先を直前で転がりながらなんとか回避するも、突き刺さった点をを中心に大地に亀裂が入る。

 

もちろんアックアは追撃の手を緩めない、後方から迫ってきた神裂にメイスで応戦しつつ五和に対し水の魔術で攻撃。

 

今度は水がまるで小さな槍のような形に変化したかと思うと、アックアの手からそれが何百発も五和の身体に命中し、凄まじい衝撃で身体が貫かれる。

 

左腕に突き刺さった一本が五和の身体を貫いた、止めどなく血が流れ出た。

 

 

 

ダメ……なのかもしれない。

 

 

 

意識が遠のく、もはや激痛がするはずの左腕からの痛覚は遮断されてその痛みすら感じなくなってきてしまった。

 

視界に霞がかかったかのように薄い、白い世界が目の前を埋め尽くし始める。

 

もう五和は身体だけではない、心も限界にきてしまっていた。

 

小さな少女の身体に詰め込まれた皆のありったけの魔術、力、期待は彼女の身体だけではなく心にも勿論負担は掛ける、その分彼女の身体は強くなっていった。

 

しかし、身体はいくら魔術で限界を上げ強くなろうともその器となるメンタル部分は元のまま。

 

大きな力を振うことに伴う心への負荷……この場合は皆の期待だ。

 

その期待を力に変えるには彼女は余りにも幼すぎた、まだ十代半ばの少女にそんな大役など本来は務まるはずもない。

 

それでも彼女が今まで動いてこれたのは、責任感からだった。

 

皆が期待を寄せてくれた、大事な命のかかった作戦の役割を与えてくれた、その期待に応えなければならない……こういった責任感から動いていた。

 

しかし、一度は駄目だと甘えた心を持ち直させてくれたその感情も、今となっては役割を果たせない自責の念に拍車をかけるだけだ。

 

どうして……勝てないのだろう、自分たちが考えた作戦はほぼ完ぺきだった、負ける要素が無いといったらウソになるけれどそれでも勝率は確かにあった。

 

それなのにどうして?自分が弱いから?力不足だから?もともとそんな大役をこなせる人間ではないからか……?

 

悔しさ、悲しさ、情けなさで一杯になった彼女の瞳からは涙が溢れる、もう……どうしたらいいのか彼女には分からない。

 

小さくなっていく自分の意識、このまま気を失ってしまうのか?いや、失ってしまったほうが……楽なんじゃないか?

 

淀みがかかった視界のなかで一人、また一人と次々に天草式の仲間たちが打倒されていき、同時に自分の身体からもどんどん力が抜けていく。

 

自分をこれ以上追い詰めるくらいなら、死にゆく仲間を見るくらいなら……。

 

もう、目を閉じてしまおう……そう思ってしまったのに。

 

 

 

「おい」

 

 

 

聴きなれた、不躾で態度が悪そうな誰かの声が聞こえてしまった。

 

 

 

「五和」

 

 

 

誰だろうか。

 

 

 

「こんなところで寝てさぼってる場合じゃねぇぞ」

 

 

 

こんなところで、こんなことを言う馬鹿な人は。

 

 

 

「お前が大好きなサボテン野郎が何処かで見てるかもしれねぇのにな」

 

 

 

サボテン……?

 

あぁ、そういえば七惟さん……上条さんのことをサボテンって言っていたっけ。

 

でも、もうそんなことはどうでもいいかもしれない。

 

心が、気持ちがそのことに向き合いたくない。

 

それなのに霞む思考はその声の主を導き出した。

 

 

 

……なない?

 

 

 

「あの人のこと……こんなところで、こんなタイミングでそう言う人なんて七惟さんくらいですね」

 

 

 

 

 

  






本作と全く関係無いのですが2012年はVOCALOID凄い勢いがあったなぁって

昔の曲を聴いて思いました。

5年前やん……!(((( ;゚Д゚)))


 

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