とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
「あぅ!」
「五和!」
アックアの全てを薙ぎ倒す一撃が五和を襲う。
目を見張るような動きをしていた五和だったが、徐々に彼女を支える術式の力が弱くなってしまったせいか、捌ききれない。
彼女の身体を捉えたメイスは、勢いを殺すことなく全力で振りぬかれる。
五和の身体は幾重もの防御網を貫き、地面に叩きつけられる。
「か……は……、ま、だっ」
それでも彼女は歩み止めない、瓦礫を押しのけ槍を強引に掴み取り尚立ち上がろうとするが、膝がふら付き上手く動けない。
彼女が態勢を整えられず戦線に復帰出来ない内に、アックアは残る天草式のメンバーに容赦ない攻撃を加えていく。
神裂が加勢に回るも、やはり一対一ではアックアに分があるのかどうしても支援が後手に回ってしまう。
破壊されていく風景、消えていく仲間たちを見つめながら五和は思う。
また、これか。
七惟、上条と共にアックアに立ち向かった時もそうだった。
彼女は動くことは出来ず、彼女を守るために七惟と上条は単身アックアに挑みボロボロになりながら散って行った。
今の天草式と彼ら二人の姿が重なり、自身に無力さを思い知らされるようで悔しさと苦しさで胸の奥がジンジン痛む。
どうして、どうして自分の力はこうもちっぽけなのだろう?
一人でダメなのはまだ分かる、所詮一人の魔術師で出来ることなんて常識の範囲を出ないことくらい彼女にだって分かる。
だが、今回は違うのだ。
彼女は対アックア戦のために天草式が幾重もの術式を彼女の身体に集中させ身体能力の強化を図っている。
その術式のおかげで今の五和は動体視力や脳の回転、運動力などが一時的に上昇しており、神裂やアックアまでとはいかないものの、常識の範囲から一歩踏み出した動きが可能となっている。
だがその動きをするためには多大な負荷が天草式のメンバーに掛かるのは言うまでもない。
五和の身体能力を上昇させるための術式プラスアルファであの怪物アックアとの戦闘をしなければならないのだから。
もちろん多大なリスクを孕んだものではあるものの、それでもなお天草式一向は『聖人崩し』の中心となる五和に全てを賭けた。
既に周囲を見渡せば少なからず息絶えてしまった仲間もいる、そんな仲間たちの屍で築きあげたこの術式。
皆の決死の思いで築き上げたというのに、それでもアックアには届かない。
ようやく神裂と同じ舞台に立ち、戦うことは出来たというのに目の前の脅威は今も尚圧倒的な力を持って絶対的な壁となり五和の前に立ちはだかる。
青で染め上げられた地下都市で一つの火花が光るたびに天草式は一人、また一人と吹き飛ばされていく。
皆、五和ならばきっとやってくれると、彼女のならば成し遂げてくれるだろうと期待して自分に力を与えてくれたというのに……こんな展開は、あんまりじゃないか。
期待に応えることなんてまるで出来てない上に、仲間は次々に倒れていく。
たった一人じゃない、色々な人の力を貰って戦っているというのにまるで歯が立たない。
……自分じゃないほうが、良かったんじゃないか?
もう、手遅れなんじゃないか?
そんなことを考える自分に、彼女はまた自問する。
どうして今この状況でそんなことを考えているのか?
そんなことを考えいること自体が、甘えなんじゃないのか?
やっぱり、そんなものなのか?自分っていう人間は。
彼女の視界にまた一つ火花が散る、彼女の仲間である天草式は今も尚命の炎を燃やして必死の思いでアックアと戦っている。
きっと彼らは信じているのだ、自分たちならきっと勝てると。
そしてこうも思っているだろう、五和はすぐに戻ってきてまたアックアに立ち向かってくれるだろうと。
自分の無力さを責める心、皆の期待に応えたい心、自分では無理だと泣く心。
全部が全部ごっちゃになる、それでも戦わないといけないという解を彼女の頭の電卓は弾き出す。
這ってでも動こうとする彼女は悔しさで大地を握る力が強くなり、爪に砂利が入り出血した。
だがその痛みで自信を奮い立たせることが出来た、まだ心も体も折れていない。
痛みで先ほどまで弱気に走っていた思考回路が組み変わり、涙が出そうな両眼を無理やり見開き敵を見定める。
此処で自分が暢気に気を失っていては上条の右腕は奪われてしまうだろう、七惟だって今は回復魔術のおかげで一命を取り留めているがアックアが止めを刺しに来るかもしれない。
そして何より、自分にこの作戦の要を任せてくれた天草式の思いに応えるためにも、まだ立ち止まれない。
さっきみたいに後悔したり思い悩むにはまだ早い!
五和は槍を力強く握りしめると、戦線を見据えて再度アックアに立ち向かう。
彼女の動きに気付いたのか、復帰してきた五和に神裂が声をかける。
「五和、大丈夫なのですか!?」
「大丈夫じゃないと言えるくらい弱くなったつもりはまだありませんっ」
本当は五和だって辛いとか、苦しいとか、疲れたって言いたいに決まっている。
でもそんな弱音を吐く権利は今の自分にはないはずだ、皆はもっと自分よりも辛くて苦しい思いで術式を今も組んで戦ってくれているのだから。
「あれだけ力の違いを見せつけてもまだ這いつくばり食い下がるとは見上げた根性である」
「貴方みたいな人に、力がない人間は気持ちで勝るしかありませんから!」
神裂と連携しながらアックアの懐に潜り込み雷光のようなスピードで槍を突き出す。
「だが気持ちだけで通用する程戦場は甘くはない!」
アックアも既に満身創痍に近いだろうに、それでもなお戦士として戦い続ける。
身体を捻って槍を交わすと、魔術で生み出した水をまるで濁流の如き勢いで五和に叩きつける。
通常では考えられない程凝縮された水流の質量が彼女の身体を襲う、だが五和の動きに気を取られているアックアに食い下がっていた神裂が追いつき、追撃の一撃を見舞う。
ワイヤーがアックアの右腕を捉え、動きが止まったところに彼女は体をまるで錐揉み飛行のように回転させながらアックアの右腕を七天七刀で切りつけた。
「……ふッ」
「これでも断つことが出来ない……ッ」
アックアは顔を苦痛の表情に歪めることすらしない、ぱっくりと避けた腕からは血が溢れ出し暗い地下都市のアスファルトを黒く染め上げる。
その様子がまるで血に飢えた狂戦士のようにも見えるが、アックアの目は死んでいない。
濁流の一撃を防ぎ切った五和は手負いのアックアに間髪入れずに攻撃を繰り出す。
矢継ぎ早に繰り出される五和と神裂の攻撃、だがアックアは五和の槍を左手で掴み暴力的な力で彼女の身体ごと壁に叩きつける。
五和の背後から隠れるような形で出てきた神裂の一撃はメイスで受け止め、あれだけの傷を負った右腕を酷使しながら全力で体を前に押し出し、単純な力技で神裂を跳ね除けた。
そしてメイスは五和に向けられる、彼女は突進してくるアックアに気付くとすぐに回避行動に移る。
間一髪でよけきったメイスが大地に突き刺さり地響きを立てながら崩れ落ちた、だがアックアは足場が悪くなったフィールドを更に利用する。
一瞬で戦局を把握し、環境に適応するアックアの戦闘能力の高さには舌を巻く、そして何よりその応用力にはまるで底が見えない。
アックアは水流に乗って移動し崩壊から逃げ遅れた天草式を一人一人確実に無力化していく。
彼らももちろん応戦はするが、五和のように身体強化をしてようやくついていけるレベルの戦闘に対応出来る訳もなく無残にも散っていった。
「アックアァ……!」
歯をぎりぎりと食いしばりながら神裂はアックアに向かっていく。
五和もすかさず次の行動に移る。
しかし、アックアの爆発的な力はいったい何処から生み出されているのか分からない。
能力的な爆発のことではない、あの芯が通った一貫性のある彼の言動や行動だ。
少なくとも今のアックアは最初自分や七惟、上条を襲ってきた時のように万全な状態ではない。
左顔は七惟の右腕に潰され目は見えないだろうし、右腕は切りつけられているし、全身には五和達天草式の攻撃を至る所に受けているはず。
それでも奴はまだ戦い続けている、これだけ傷を負っているのに、何故?
この時五和は物理的なアックアの実力だけではなく、強者として絶対的な精神力を誇るアックアの前に恐怖を感じた。
そしてそれと同時に、これだけの強者に対して単身で挑んでいった七惟や上条達のメンタルの強さも信じられない。
とてもじゃないがアックアに対して一人で立ち向かっていくことなんて自分には出来ない、そしてその強さをまざまざと見せつけられた後再度一人で再戦を挑んだ七惟なんていったいどんな気持で立ち向かうことが出来たのだろう。
恐怖の前で足が竦まなかったのだろうか、もうやめようと弱い心は働かなかったのだろうか……?
*
「いっつぅ……こんの、学園都市の犬が調子に乗ってくれちゃって」
「貴様は見たところレベル4程度の能力者か?能力は身体強化かそれとも何かの装甲系か……いずれにせよ、ここまでよくもまぁやってくれたな」
七惟に先に進めと伝え、学園都市からの刺客との戦場に一人残った絹旗であったがやはり分が悪い。
正直なところ一体一体の駆動鎧は対距離操作能力者や転移能力者に特化した性能だけあって一般的な他の能力者に対する防備や性能がほとんどなく、大したことがない。
しかしそれが数が纏まってこちらを攻撃してくるとなれば話は別だ、特殊兵装が大したことが無かったとしても単純な力やスピードで人間の限界など軽く超える動きをしてくるのだ、それが何対も襲い掛かってきたら流石の絹旗もさばききれない。
「数だけは多いのが本当に超無能感を曝け出してますよ?」
「口数だけが多いのは大能力者の特徴だな、大した力も無い癖に自分に酔い死んでいく餓鬼共をどれだけ見た事か」
「うぐ……」
数は相当数減らした、10機近くいたものから既にもうその半分以下にはなっている。
もうあとは逃げるだけなのだが此処から先がダメだ、ほとんどの体力を使ってしまったため全力疾走したところで外界と繋がる扉の前にたどり着く前に追いつかれ後ろから撃たれる。
もう自分の命を自身で守れるかどうか自信が無い。
七惟にあんなことを言ったのにこの体たらくである。
時間稼ぎという役割は果たした、七惟はおそらく目的地に到着しているだろうし自分の役目も終わった。
あとは此処から逃げるだけなのだが、目の前で駆動鎧のターミナルとなっている男は任務失敗を相当根に持っており絹旗をそう易々と逃してくれるような雰囲気は一切ない。
「流石にこれは……ピンチですね」
今月はいっぱい更新したい!
願望です!