とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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一人ぼっちの君へ-ⅰ

 

 

 

 

七惟理無が病院に緊急搬送された。

 

いつもの大病院で定期検査を受けていた美咲香に掛かってきた上条当麻の所の居候からの一本の電話、その電話から七惟が倒れた事実を告げられた後の美咲香は携帯から流れる雑音等一切耳に入ってこない。

 

居候している少女の言葉が途切れるとすぐさま彼女は通話を切る。

 

 

 

「どうしたんだ美咲香ちゃん、そんな何時もにも増して無表情で」

 

「浜面さん」

 

「ん?」

 

 

 

彼女の隣に立っているのは浜面仕上、七惟と同じ暗部組織に身を寄せていた人物であり現在は彼の友人であると認識している。

 

美咲香も彼とは何度か会っており、彼と七惟理無が親しげに会話をしているのを目撃している。

 

今回彼は確か滝壺とかいう少女のお見舞いでこの病院にやってきたところ偶然会い、七惟理無について他愛ない雑談をしていたのだが……。

 

この時間は既に地下都市の病院へと向かう電車の終電は過ぎている、目の前の七惟の友人の力を借りるしかない。

 

 

 

「お願いしたいことがあります、と神妙な面持ちでお伝えします」

 

「ごめん、何時もと表情変わってないように見えんだけど……?」

 

「私の兄となる人物、七惟理無が病院に緊急搬送されました。すぐに向かいたいのです」

 

「……!七惟が?」

 

「はい、お見舞いの最中悪いのですが身内の危機です。浜面さんのお持ちの車で……送って頂きたいのです」

 

「遠慮なんてすんなよ美咲香ちゃん、分かった。アイツが緊急搬送なんて只事じゃねぇ……持病か何かで倒れたのか飯を喉に詰まらせて倒れたのか……暗部抗争の時みたいにまた争いに巻き込まれてんのかわかんねぇけど、すぐに向かおう!」

 

「お言葉に甘えますッ」

 

「任せとけ、ダチの危機だからな!」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

アックアの襲撃から数時間が経った。

 

神の右席、尚且つ聖人である男の力は人知をもはや超えていたのかもしれない。

 

アックアの目的は上条当麻の右腕のみ、それ以外には何の興味もない。

 

上条の右腕さえ差し出せば何もせずに去る、と言った。

 

だが、その犠牲と自身の命を天秤にかけて、イエスと答えられない者しかあの場にはいなかった。

 

戦場となった地下都市第23学区には。

 

そして、今その23学区で戦った戦士達の目の前にもまた一人。

 

上条当麻の、友人の右腕を差し出すことに頷かなかった男が彼らの目の前の治療室のベットに横たわっている。

 

 

 

「第8位……」

 

 

 

クワガタ頭の男、建宮は唇をかみしめる。

 

今回、上条の身辺警護を行うためにイギリスから派遣されたのは彼が率いる天草式だった。

 

だが、天草式は早々にアックアに蹴散らされてしまい、うめき声を上げて去っていく敵の背中を見つめることしか出来なかった。

 

そんな中で、自分が瀕死の重傷を負ってでも上条当麻を守るため闘ったのが七惟理無。

 

当初七惟が上条の護衛に協力するとの申し出を五和から聞いた時は、戦力にはなるが当てには出来ないと建宮は判断した。

 

何故ならば彼と天草式の関係は最悪であり、当の本人も天草式も互いに忌み嫌いあっていたのだから連携など不可能だろうと思っていたし、七惟が協力してくれることも天草式には伝えたが、『共に行動する』とは一言も言わなかった。

 

建宮自身も、七惟が自分の身を犠牲にしてまで彼が上条を助けるために闘うなど信じられなかった。

 

それがどうしたことか、本来上条を最後まで守り続けるべき存在であるはずの天草式は障害にすら成りえず、圧倒された。

 

そして天草氏の最後の砦として戦った五和もまるで虫けらのように跳ねのけられ、最終的には天草式が一切信用していなかった七惟だけがその任務を全うし、上条を守ったのだ。

 

結局は学園都市第8位で、神裂と対等に戦えた七惟に最後の最後まで頼ってしまう始末。

 

彼の奮戦のおかげか、上条当麻の怪我は思っていたよりも軽く済んでいる。

 

それどころか七惟は上条だけでなく五和までも守って見せた、守る側が守られてしまうなど言い笑い話だ。

 

建宮は七惟のことを、学園都市の暗部で働くような男で裏切りなんて当たり前だし、息を吐くように嘘をつく男だろうと思っていた。

 

天草式のメンバーも七惟のことを見下していたし、ハナで笑っていたと言うのにこの始末。

 

今の建宮達は、酷くちっぽけで惨めな存在だと彼は自嘲するしかない。

 

護衛対象である上条当麻はアックアを探すと言わんばかりにベットから抜け出そうとしたところを取り押さえられている、彼も重体ではないだけで、重傷なのだ。

 

数人の天草式を寄越しているからそちらに特に問題はないだろう、病室から出られなければアックアに単騎で挑むなど馬鹿なことは出来ないはずだ。

 

問題なのは、死んだように沈黙している天草式のメンバーと、上条の一番近くで彼を守り、七惟の一番近くでその闘った姿を見た五和だ。

 

五和は、天草式の中で唯一七惟と友好的だった。

 

七惟と神裂が神奈川の教会で死闘を繰り広げていた時も、五和の声だけに彼は反応して止まったのだ。

 

何故彼らがそこまでの仲になったのかの過程は一切分からないし、理由も想像がつかない。

 

確かなことは、七惟にとって五和という人間は自分たち天草式とは違う、特別な存在なのだ。

 

かつて命のやり取りを何度も行い、拷問にまでかけた女を何故そこまでして守ろうとしたのかは謎のままだ。

 

五和も五和で、そこまでされておいて何故七惟と一緒に居ることが出来るのか、笑っていられるのか分からない。

 

そんな五和は、今回七惟が協力するとの申し出を受けた時、きっと快く思わなかったはずだ。

 

あくまで守る任務として盾となるのは自分達天草式であり、それに七惟を巻き込みたくないと思ったのだと思われる。

 

そして、案の定それは杞憂に終わらず現実となり、圧倒的な無力感、虚脱感、絶望を持ち五和の小さな身体にのしかかっている。

 

しかし今は彼女や他の天草式のように死んだ魚の目で現実を見つめている場合ではない。

 

建宮から見ても七惟は生きていること自体が不思議なくらいで、とてもじゃないが次の闘いに参加してもらうことは出来ないと見える。

 

五和の話では神裂戦同様にあの摩訶不思議な力を使ったようだが、それが原因か戦場での七惟は全ての回復魔術を反射してしまっていた。

 

時間が経過すると共に回復魔術を受け付けるようになったみたいで天草式総出で回復魔術の大合唱を行ったからか今はかなり回復してきているものの、初動の遅さと過度の疲労からか目を覚まさない。

 

またアックアの衝撃波を正面から受け切ったせいで脳に影響が出るかもしれないとの話を医者から聞いた、意識が戻るかも分からないとのことだ。

 

回復魔術では外傷は治せても脳の異常や疲労までは治癒出来ない、天草式に残された手段は十字教徒らしく彼の無事を祈ることのみだ。

 

そして、上条当麻を守る。

 

守らなければ、身を張って上条や五和を守った七惟が浮かばれない。

 

 

 

「五和」

 

 

 

此処で止まっていても始まらない。

 

自分達が止まっている間にも刻一刻と時間は過ぎて行き、アックアは上条当麻の右腕を狙い再び進撃してくる。

 

建宮は表情を殺し一番ダメージを負っている少女に話しかけた。

 

 

 

「お前さんはそんなところで何をやっているのよな」

 

 

 

建宮の視線の先には、他の天草式の誰よりも小さく見え、まるで暗い通路と一体化してしまったかのように存在を感じられなくなった五和がいる。

 

彼女はソファーから立ちあがることも、身体をこちらに向けることもなく、酷く掠れた声で建宮の問いに応えた。

 

 

 

「わ、たしは……」

 

 

 

そこから先の言葉が出てこなかったようだ。

 

見ただけですぐに分かる、天草式の中で最もメンタルにダメージを受けているのは五和であり、その心中は計り知れない。

 

 

 

「何も、出来なくて……!槍なんて、簡単に、へし折られて!回復魔術だって、使えなくて!あの中で、一番闘うべき存在の私が!一番守られてて!」

 

 

 

五和の慟哭。

 

自分の無力さを責めているのは分かっている、だが此処でいくら喚き散らかしたところで何も変わらない。

 

そんなものは、僅かばかりの可能性を摘んでしまう不幸の種にしかならないのだ。

 

 

 

「……わた、私が、足を引っ張って……」

 

 

 

五和の言っていることに間違いはない。

 

おそらく、あの場に天草式の誰がいたとしても人間を超えた七惟とアックアの戦闘についていける訳がない。

 

 

 

「『仲間』だって、言ったのに……私『だけ』が……仲間だって、言ってくれた人を……」

 

 

 

それも知っている。

 

七惟は五和『だけ』を仲間だと認知していた。

 

あの男が上条当麻のことをどのように認識していたかは分からない、キオッジアで一緒に旅行をするところは見かけてはいるもののとても全うな友人関係のようには今でも思えない。

 

そんな七惟はきっと上条を守ると宣言した五和に危害が及ばないよう立ち上がり、アックアの前に立ちふさがったはずだ。

 

七惟理無は常に一人で闘い続けた、そして一人である七惟と共に闘うべきはずの仲間である五和は、一緒に闘うことは叶わなかった。

 

それどころか、彼の隣に立つことすら許されなかったのだ。

 

 

 

「最後だって、そう、です。あの時、私を庇わなかったら……庇わなかったら、こん、な、ことにはなりませんでした」

 

 

 

泣きじゃくる五和の表情を見ていられない天草式も居る、目をそむけたくなる現実が確かに此処にある。

 

 

 

「私のこと、ばっかり……どうして、自分の身を、守ろうとしないんですか」

 

 

 

五和がソファから勢いよく立ち上がり、建宮の胸倉を女とは思えない力で掴み上げる。

 

その表情はくしゃくしゃに歪められ、瞼には大量の涙をためて、焦点の合っていない瞳が激しく揺れていた。

 

 

 

「こん、な、ぜん、ぜん、役に立たない私を……どうして七惟さんは助けたんですか!?」

 

 

 

五和は完全に自暴自棄になっていた。

 

彼女の叫びは全て自分を責めているのに、向かうべき怒りと悲しみと絶望が何故か自分を助け、守った七惟にまで向かい始めている。

 

 

 

「私なんか無視して、闘って居れば!七惟さんは無事だったのに!あそこで横になっているのは私のはずだったんです!」

 

 

 

五和の視線の先にはベットで横たわり、今もまだ意識が戻るかどうか分からない七惟が居た。

 

 

 

 

 

 


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