とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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摂理-ⅴ

 

 

 

 

五和の眼前で繰り広げられる圧倒的な暴力、その暴力に立ち向かった七惟理無は彼女の視界には映らない。

 

自分は七惟理無のたった一人の仲間だった、彼は上条勢力に位置しながらも誰とも背中を任せて戦うことなど出来ずにいた。

 

その仲間である自分ですら、こうやって彼を一人で戦わせているじゃないか。

 

自分の身を案じてくれた彼に対して、これは何だ。

 

 

 

「無駄な足掻きを」

 

「ぐッ……七惟を、なんで!」

 

「あの男はまだ死んではおらぬだろうよ、寸前で攻撃をかわしたからな。しかし衝撃は真正面から受けている、貴様らが無意味な抵抗を続ければ続ける程全距離操作の生存確率も落ちるのである」

 

「…………!」

 

 

 

七惟はまだ死んでない、でまかせなのかは分からないがほんの少しでも希望はある。

 

嘘かもしれない、しかし敵側の言葉を信じる以外に今の五和には道は無かった。

 

再び彼女が顔を上げるも、上条がまたもや蹴散らされた。

 

神の右席である前方のヴェント、同じく右席の左方のテッラを倒した上条当麻すらまるで相手にならない。

 

 

 

「貴様が右腕を渡せば、残った片腕でその瓦礫の中から好きなだけ全距離操作を探すがいい」

 

「ふざ……けんじゃねぇ!」

 

 

 

この人も、上条当麻も身を投げ出して自分と七惟を助けようとしている。

 

二人に対して、余りに自分は小さすぎた。

 

天草式の仲間だって、その身を投げ出してまで上条を守ろうとしたはずだ。

 

ならば自分の取る行動だって同じだ、身を投げ出して上条を……仲間である七惟理無を助け出す意外に選択肢は存在しない。

 

まだ、まだ彼が死んだとは決まっていない、この世界から消えてしまったわけではない。

 

 

 

「私にも……意地があります!」

 

 

 

折れかけていた心を何とか繋ぎとめる、脳からの指令を身体が受け入れた。

 

だが心と脳が動いても、肉体が限界へと近づいてしまっている。

 

構うものかと五和は身を乗り出し槍を握りしめる、標的へとその切っ先を定め走り出す。

 

血を吐きながら、力の入らない身体を無理やり奮い立たせてアックアへと襲いかかり、槍を振りかざした。

 

 

 

「悪あがきを。現実を知ってもらうのである」

 

 

 

己の槍の射程圏内へと入った五和だったが、アックアの獲物であるメイスのリーチは五和のゆうに数倍はある。

 

瞬間的にアックアの筋肉が肥大化し、目に見えぬスピードで放たれた一撃が五和を襲う。

 

 

 

「五和!」

 

 

 

後方から迫っていた上条が身を乗り出し五和を庇おうとするが遅い、五和も上条も纏めてメイスの直撃を横っ腹に食らい、痛みを知覚するより先に地面の上を転がりようやく障害物に引っかかって止まる。

 

数メートル吹き飛ばされた五和の身体からは力だけでなく精神力も揺らぎ始める。

 

横を見れば気を失ったのか上条はぴくりとも動かない。

 

回復……魔術を。

 

いや、彼の右手は全ての魔法を無効化してしまう、やったところで何になる。

 

 

 

「退け」

 

 

 

挫けかけていた心と体に追い打ちをかけるようにメイスが身体に直撃し薙ぎ払われる。

 

今アックアと上条の距離を遮るものは何も無い、このままでは。

 

何かしなければ。

 

だが、いったい何をすればいい。

 

そんなことは簡単だ、やるべきことは決まっている。

 

彼と同じだ、最後まで足掻く。

 

 

 

「うあああぁぁぁ!」

 

 

 

五和は身体を震わせながら全身に残っている全てのエネルギーを推進力へと変換させてアックアへと飛びかかる。

 

このまま目を閉じて現実を受け入れることなど出来るものか、此処に居る自分が成すべきことは最後までやり遂げて見せる。

 

自分の意思が、ある限り。

 

 

 

「くどいのである」

 

 

 

が、そんな五和の決死の特攻もアックアにとっては脅威どころか攻撃にすら成りえなかった。

 

煩い羽虫を払うかのように武器を振りまわして、今度こそ完全に五和の心をへし折りにかかる。

 

彼方へと吹き飛ばされ、アックアによって生み出されたクレーターの上を無様に転がっていくその身体には、もう受け身を取る力すら残されていなかった。

 

それでも、心だけは……気持ちだけはへし折らせない。

 

ズタボロになった身体は全治何週間か、もう体中に傷を負い一生モノの跡だってあるし、骨が原型を保っているのか、内臓はちゃんと定位置にあるのかすら怪しい。

 

だが、心は全治何週間の傷も負っていない、原型だって保ってるし、ちゃんとやるべきことは見定められているはずだ。

 

 

 

「う……あぁ!」

 

 

 

はずなのに……どうして身体は動かないのだろう。

 

自分の身体に呪いのような言葉を吐き、奮い立たせようとするもうんともすんとも言わない。

 

こうしている間にもアックアは上条に手をかけようとしている。

 

いったい自分達は何のためにと怨嗟の思いばかりが渦巻くだけで力は戻らない。

 

そして、自身の無力さを思い知らされ、身体だけでなく心まで砕かれそうな五和の目の前で異変が起こった。

 

 

 

「アックアアアァァァ!」

 

 

 

聴きなれた誰かの声が地下世界に響き渡ったかと思うと、アックアの全てを無に帰す一撃によって生み出されクレーターから天へと向かって白い雷光のような光が伸びた。

 

その光の勢いのまま、瓦礫は周囲に撒き散らされ、消し飛ばされていく。

 

 

 

「まだ立ち上がるか、井の中の蛙よ」

 

 

 

アックアは振り返るが、その表情に驚きの色はない。

 

 

 

「七惟さん!?」

 

 

 

そして、瓦礫を撒き散らしてクレーターの中心部から姿を現したのは七惟理無。

 

右肩から翼を生やし、その羽が揺れる度にオレンジ色の火花を生み出す。

 

右の掌は淡く光り、幻想的な姿をしているが、あれは間違いなく七惟理無だ。

 

あの時と同じだ、神裂火織を圧倒した時と同じ姿と現象。

 

 

 

「七惟……さん?」

 

 

 

が、あの時と決定的に違う点があった。

 

それは、七惟が瀕死の重傷を負っていて、今にも消えてしまいそうな命の火を燃やしているように見えること。

 

翼は弱弱しく、教会で見た時のように持続的な輝きを保っていられない。

 

明滅する雷光の翼と右手は、あまりに頼りなくすぐにでもその力を失いそうだった。

 

 

 

「てめぇ……!そいつらに手を出すなッ」

 

「死にかけの貴様がいくら吠えたところで脅しにもならないのである」

 

「……!」

 

「これ以上貴様と戯れるつもりはない、行くぞ」

 

 

 

アックアは変化した七惟の姿にまるで動じない。

 

そして息をつく暇もなくアックアが超加速し、アックアの動きに応じて七惟も消えた。

 

視界から二人の姿が消えたと同時に轟音が木霊した、地下都市全体を震わせるような衝撃に自分が寄りかかっていた鉄橋は崩れ落ちる。

 

必死の思いでそこから逃れようと動いた五和の元に、目にも止まらぬスピードでコンクリートの破片のようなモノが突き刺さった。

 

 

 

「な、七惟さん!」

 

 

 

その突き刺さった破片はコンクリートではなく、七惟だった。

 

だだっ広い道路のど真ん中に押しつぶされるような形で七惟は蹲っており、数瞬してから立ち上がるも膝がガクリと落ちる。

 

 

 

「大丈夫ですか!?今、回復魔術を……」

 

「五和!?さっさと逃げろってあれだけ言っただろ!?あの上条の馬鹿野郎はどうしたん……」

 

 

 

七惟が全てを言い終わる前に、再びアックアの攻撃が襲いかかった。

 

それは、七惟に放たれたモノではなく五和に放れた一撃。

 

闘いにおいて回復手段を持つモノを先ず狙うのがセオリー、ある意味で一番厄介な能力なのだから。

 

当然闘いのプロであるアックアがそれを知らない訳が無い、今までアックアにとってそのセオリーすら馬鹿らしくなるほどに実力差が開いていたのだ。

 

だが痺れを切らしたアックアが遂にそのターゲットを五和に変えた。

 

当然、アックアの正確無比な一撃は五和を黙らせるには必要以上の威力を誇る一撃。

 

そんな攻撃を、隣に居る仲間が咄嗟に身体を五和の前へと押し出した。

 

アックアの叫び声すら生み出させない攻撃が七惟の身体へと打ち込まれる、その衝撃を七惟は殺しきれずに、後ろにいた五和ごと吹き飛ばされた。

 

二人して纏めて沈められ、五和と七惟は崩れた鉄橋の柱に何とか引っかかり、水路へと放り出されることだけは不幸中の幸いか免れる。

 

だが、そんなことはあまりに大きな不幸の中では何の意味も成さない。

 

 

 

「な、ない……」

 

 

 

朦朧とする意識の中で五和は何とか声を上げる。

 

自分を庇ったが故に、七惟は大きなダメージを受けてしまった。

 

五和に寄りかかる七惟の身体、密着した部分から生温かいモノが肌に触れる。

 

今すぐ、回復魔術を使わなければ……七惟の身体がもたない。

 

 

 

「七惟さん、回復魔術を、これ以上は身体が……」

 

 

 

しかし七惟はそんな五和の身体を押しのけて、立ち上がる。

 

どうして、と言う言葉すら喉から上がって来る前に彼は口を開いた。

 

 

 

「その、回復魔術……。今の俺にはきかねぇ、んだよ」

 

「な、何を……」

 

 

 

喉まで上がっていたことが飲み込まれ、真っ暗闇の底に引きずり込まれていった。

 

 

 

「今の、俺は……おそらく、全ての魔術的要素、を、反射しちまう」

 

 

 

あらゆ……・魔術要素の反射……?

 

その言葉だけを残して、再び彼は背中をこちらに向けアックアと対峙する。

 

最後の力を振り絞り楯となる、七惟自身は語らないが五和は彼の背中からそう受け取った。

 

いけない、既に七惟の身体は限界を通り過ぎて感覚が麻痺してしまっている。

 

 

 

「なら一度3人で撤退を!七惟さんのスピードがあればまだ何とかなります!」

 

「可笑しなことを言うな。今回の一番の目的を忘れるんじゃ、ねぇ……。上条を逃がすこと、取り敢えず、この場では……それが最優先だ」

 

「それは」

 

「上条は知能指数が足りてねぇのか……あの様子だと自分から特攻したんだろ。何の為に俺達が身体を張ってんのか分かってるのか、馬鹿な真似しやがって」

 

「でも、そうしないと七惟さんも危なかったんです!」

 

「んなことはどうでもいい!そんなことは百も承知して此処に来てんだ。アイツのやったことは俺とお前のことを愚弄して……ガフッ」

 

 

 

七惟は足元も覚束ない、ふらついて今にも膝をつきそうだ。

 

明らかに戦えるような状況ではない、いったいどうすればいいんだ、どうした事態が好転するんだ、誰か教えて……!

 

 

 

「とにかく、あそこで蹲ってる上条を連れて早く逃げろ。この場にこれ以上居たら……に取り返しのつかねぇことが……もっと事態が悪くなる」

 

 

 

アックアが近くまで迫ってきたのか轟音が鳴り響き彼の声はよく聞き取れないが、間違いなく自分が決して望まないことをしようとしていることだけは分かった。

 

 

 

「……あと少しだけなら、抑えられる」

 

「で、でも……!」

 

 

 

そんなこと、できっこない。

 

なんて声を掛ければいいんだろう?

 

彼の言葉が響いて頭から離れない、動けない。

 

このまま彼をアックアの元へと行かせてしまったら、取り返しのつかないことになるかもしれない。

 

 

 

「だ、ダメ……!」

 

 

 

反射的に五和は七惟を引きとめようと手を伸ばすが、その手は届かない。

 

 

 

「行け、五和!」

 

「七惟さん!」

 

 

 

それ以上何も言わずに、七惟は最後の力を振り絞りアックアの元へと向かって行く。

 

引きとめようとした五和の手は届かずに空を切り、握りしめたのは自分の声だった。

 

クレーターの中央にアックアと七惟は降り立つ。

 

ほとんど無傷の後方のアックア。それに対して身体から血を流し至る所に致命傷を負っている七惟。

 

勝敗はおそらく自分の想像通りになる、縋る思いで逃げてと叫ぶがこの声は届かない。

 

表情を一切変えないアックアは容赦しないだろう、巨大なメイスを振りまわして七惟に向ける。

 

 

 

「一つ問おう。貴様は何故こうも私に刃を向ける?」

 

「知りてぇのさ」

 

「何を、と返すのは野暮であるか」

 

「…………」

 

 

 

七惟は一瞬目を閉じて、息と同時に言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

「自分を」

 

 

 

 

 

 






上条にイラっと来た七惟君でした。


 

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