とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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天草式の客人-ⅱ

 

 

 

 

 

一時帰宅したのは午前10時。

 

室内はこもった空気がムンムンしていた。

 

机の上に乱雑に散らばっている書類はメンバーとカリーグのものだが、もう何の価値もない。

 

それらをくしゃくしゃに纏めて七惟は一人静かになった部屋の片づけを始めた。

 

浜面と絹旗、『滝壺の意識が戻った』との一報で病院へととんぼ返りした。

 

勿論七惟も一緒に向かおうとしたが、滝壺の負担も考えると多人数はよくない、且つ七惟自身も病人ということがあり、蛙顔の医者直々に面会拒否の通達があった。

 

何でも滝壺の性格を考慮すると自分そっちのけで大けがの七惟を心配するに違いない、それは本人の大きな負担になる故受入難いとのことだった。

 

電話中反論の言葉が喉まで上がってきたが彼女のことを考えるとそれが最善と判断し何とか飲み込んだ、もちろん悪態の一つや二つくらいは通常運転である。

 

仕方なしに七惟は自宅にこもることになり、面会には浜面と絹旗が向かうことになったのだが……。

 

すると何故か絹旗も此処に残るなどと言い始めたので、浜面に絹旗を無理やり押し付けた。

 

幾らなんでも浜面一人だけだなんて滝壺が心細くなるに決まっている、それにずっと前からアイテムで一緒に仕事をして、色々な苦難を乗り越えてきた絹旗が一緒のほうが色々都合がいいはずだ。

 

話すことが彼女には山ほどあるのだ、滝壺自身が今置かれている境遇のことはもちろん、消滅したアイテムのこと、失踪したフレンダのこと……そして死んだ麦野のことも浜面一人だけから聴いて納得できるわけがない。

 

 

 

「そういや……インデックスにも連絡入れとくか」

 

 

 

浜面と絹旗が帰ったのだから、隣人にも挨拶しておいたほうがいいだろう。

 

なんだかんだ隣の凸凹コンビは七惟のお見舞いに来てくれたのだから。

 

この時間帯ならば上条は学校で女にフラグを立てている真最中で、インデックスはそれを知りながらも何も出来ずに食欲を家で持て余しているに違いない。

 

携帯をポケットに突っ込み、大雑把惟片づけを終わらせて家を出る。

 

無意識のうちに右手を庇って左手でドアを開けるあたり、まだまだこの義手に慣れるには時間が必要な気がする。

 

そして自分自身が変わっていった様々なことに対して上手く消化するのも、それなりの時間が必要なのかもしれない。

 

ドアノブを回し、外に足を一歩踏み出したその時だった。

 

 

 

「あ、あれ?七惟さん?」

 

「五和……じゃねぇか」

 

 

 

予想外の出会いが待ち構えていたのは。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

五和は、見た目何の変哲もない普通の可愛い少女である。

 

だがその正体は天草式十字凄教の一員で、魔術側の組織に属する人間だ。

 

自分と彼女が出会ったのは2か月近く前、大覇星祭の開会式の日に神奈川県のとある教会で敵同士としてだった。

 

あの日、七惟は五和を含む天草式の三人を完膚なきまでに叩きのめし、彼らの目的を知るために精神拷問にかけた。

 

次に出会ったのはイタリアのキオッジアだった。

 

やはりこの時も二人の出会いは喜ばしいモノではなく、七惟を殺そうとした五和が奇襲をかけるも、逆に七惟に殺されかけることになる。

 

だがひょんなことで二人は協力して上条を助けることになり、結果その際に七惟は五和の命を救った。

 

二人で買い物にも出かけた、何故か二人は楽しげに会話をしていたのも今でも七惟は鮮明に覚えている。

 

三度目は再びあの神奈川県の教会だった。

 

聖人との戦いで追い詰められていた自分を助けてくれた。

 

身を挺して自分と神裂の争いを止めた。

 

特別な何かを、自分にもたらしてくれた。

 

彼女に会ってからきっと自分の人生は大きく変わったと思う。

 

そんな彼女と七惟の関係は、『仲間』

 

絹旗や浜面も『仲間であり友人』なのだが、彼女との関係は『仲間』一言で言い表せると思う。

 

彼女がくれた槍は肌身離さず持っておりお守りのようになっているが、そんな彼女とも僅かこの短期間で四度目の邂逅である。

 

彼女が全国、いや全世界をまたにかける宗教組織の一員と考えるとえらくエンカウント率が高いと思うのだが。

 

 

 

「ど、どうしたんですかその右手!?」

 

「あぁ……?」

 

 

 

五和は七惟を見るや否や、すぐさまその右手に視線を移し声を上げた。

 

七惟の右手は肩から下、指先にかけてまで全て真っ白な包帯で覆われている。

 

今日は10月にしては熱かったため七分袖の服装で外出したこともあり、袖の先から長く巻かれている包帯が違和感丸出しである。

 

浜面や絹旗はそれ以上に違和感があったごつい機械を見ていたために何も言わなかったのだろうが、これはこれでかなり一般人から見たら普通ではない。

 

 

 

「ちょっとな。まぁもう一週間くらい前のことだし、気にすんじゃねぇ」

 

「そんな訳にはいきません!何処か痛むんですか!?」

 

 

 

心配しているのか怒っているのか分からない五和に七惟は気押されてしまう。

 

上条や天草式の前ではかなり五和は猫かぶっているので、七惟の前にくるとその反動か彼女の素がいかんなく発揮されるのだ。

 

 

 

「痛むって言っても……これ、丸ごと義手だからな。痛むも何もねぇんだ」

 

「ぎ、義手?」

 

「あぁ、包帯の下は機械まるごと機械だからな。見ないほうがいいぞ」

 

「う……それを聴くと、何だか凄くイメージし難い映像が。と、とにかく痛まないんですね?」

 

「あぁ」

 

「それなら……いいんです」

 

 

 

五和はそう言って身を引く、改めて彼女を見てみると彼女の服装は神奈川出会ったと時とだいぶ変わっている。

 

秋物になった服装は長袖の白いシャツを着ており、多少大人びたような印象も受けた。

 

 

 

「えっと……その、改めて。お久しぶりですね七惟さん」

 

「そうだな。こうやってまともな場所で話すのは初めてな気がするな」

 

「い、言われてみれば……」

 

 

 

自分と五和の出会いは一に戦場、二に暗殺現場、三に戦場とどれも普通ではない。

だからこそ、こうやって日常会話のように何の変哲もないところで話すのは新鮮だった。

 

 

 

「今日はどうして学園都市に来たんだ?お前らが来るってことは、ろくでもねぇことがありそうだが」

 

「う……痛いところを突いてきますね。でも今回は七惟さんに害はないはずですから、安心してください」

 

「本当か?またあの聖人に命を狙われるとかいうトンデモ展開はごめんだぞ」

 

「大丈夫ですよ。とりあえず、これまでの流れを説明しますね」

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「へぇ、また知らないところで凄いことやってんだなあの男は」

 

 

 

七惟は五和を家へと迎い入れ、今は二人でお茶をすすっていた。

 

学園都市が祝日の前日あたりに、上条はアビニョンへと土御門と共に飛び立ったらしい。

 

何でも『C文書』という戦略兵器を破壊するために学園都市及びイギリス清教が共同戦線を張ったらしく、魔術に関して特異な能力を発揮する上条と、両サイドに詳しい土御門、トカゲの尻尾として利用された天草式の五和3人で、新たな神の右席を撃ち倒したそうだ。

 

こっちはその翌日に右腕丸ごと一本失う紛争に巻き込まれたと言うのに、コイツは上条の隣でうっとりとしていたわけか。

 

何だか命を張って戦って何度も死にかけて挙句身を寄せていた組織が丸ごと消滅したという出来事があったせいか五和から聞いた騒動が大したことがないように思える、申し訳ないが。

 

今はそのC文書を撃破したことにより、上条当麻一人が正式にローマ正教の敵と見なされ、排除される危険性が高まった。

 

実際に高まっただけではなく、更なる刺客として、4人目の神の右席が学園都市に派遣されあのサボテンの命を狙っているとの情報を掴んだとのこと。

 

トカゲの尻尾である天草式一同は、前々から緻密に調べ上げていた学園都市に全員でやってきて、上条当麻が4人目の右席に襲われないよう警備しているそうだ。

 

 

 

「神の右席、か……また凄いのが出てきたな」

 

「はい、七惟さんも知っている通りの魔術師ですよ」

 

 

 

脳内で再生されるのは0930事件で災厄を撒き散らしていたあの女。

 

酷く日本を、学園都市を、科学を憎んでいたあの女。

 

名前は台座のルム、彼女の形相、言葉、強さは一生忘れそうにも無い。

 

 

 

『戦えない能力者は必要ない!って叫んじゃったりしちゃってさぁ!?』

 

 

 

耳から直接脳を振動させるようなあの声を思い出す。

 

またあの核弾頭レベルの敵が来ると考えると、せっかく暗部抗争で生き残ったと言うのに生きた心地がしなかった。

 

確かに暗部抗争で一方通行、垣根、麦野と殺し合った時もかなり危なかったが、台座のルムの危険度はまるでこの三人とは違う。

 

学園都市において七惟の最大の敵は第2位の垣根帝督だが、奴は心理定規の入れ知恵のせいか本気で自分を殺しにはかかってこなかった。

 

一方通行は七惟が今一番この世界から消し去りたい人物だが、真正面からぶつかっても勝機はある。

 

全快の状態ならば麦野とも互角の勝負を出来るとの自負もあった。

 

だが。

 

あの台座のルムだけは。

 

普通に闘って、勝てるとは思えなかった。

 

 

 

「お前ら、あんな奴らから上条を守れんのか?」

 

「む、それはどういう意味ですか?」

 

 

 

五和は七惟の言い分が気に障ったようでむっとする。

 

彼女との関係は『仲間』なので、七惟は何の遠慮もなしに彼女にストレートに疑問をぶつけた。

 

 

 

「俺は直に台座の女と戦ったから分かるがな、奴らの戦闘能力は異次元だぞ。もう生きてる世界が違うってくらいな」

 

「確かに彼らの戦闘能力は半端ではないですけど、上条さんは既に二人の右席を倒しているんです。私達天草式も全力を持って彼をサポートしますから、それにこの都市にいる限り地の利もこちらにあります」

 

 

 

上条が倒した右席は前方のヴェント、コイツは神裂が勘違いしていた右席だ。

 

もう一人は左方のテッラ、アビニョンで五和と上条が協力して倒したらしい。

 

ついさっき死ぬほどその自慢話をされたので、もう絶対に左方の話は出さないと誓った。

 

 

 

「しかし天草式のサポートは頼りになんのか?」

 

「大丈夫です、仲間が交代して数週間この学園都市に住み着いていましたし、からくりも仕組みも地図も常識も機械のことまでばっちり理解しています。絶対に足手まといになることはありません!」

 

 

 

と五和は学園都市ガイドマップをポーチから取り出し自慢げな表情を浮かべる。

 

いや自分が聴きたいのは学園都市について詳しいとかじゃなくて、戦力的なことなのだが。

 

 

 

「学園都市のガイド役でもすんのかお前らは。俺が聴きたいのは、戦力のことだ。学園都市第8位にボコにされる奴らが天草式だろ、んな弱っちい奴らを信用出来るのか」

 

「よ、よわっちいとは失礼です!もう少しオブラートに包んでください!私は七惟さんのそういうところが――――」

 

「わぁったから近寄ってくんな、うっとおしい」

 

「……もう、ホント七惟さんの相手は疲れます。少しはコミュニケーションを取る相手の気持にもなってください」

 

「で、どうなんだ?」

 

「それは……まぁ、確かにプリエステス様も今の天草式には居ませんし……戦力面ではいささか不安な点もあります。でも、そこに異能の力を撃ち消すあの人が居れば、戦局は大きく変化します」

 

 

 

五和が言っているのは上条の持つ『幻想殺し』のことだ。

 

奴の右手は異能の力を完全に打ち消す力を持っており、美琴の高圧電流はもちろん、一方通行のベクトル変換能力もいとも容易く打ち消し、神の奇跡すら破壊する代物。

 

確かにこれだけ建前を並べれば最強に思えるが、七惟はそうは思っていない。

 

あの右手の力が反則的な力を持つことは七惟だって認めてはいるが、万能ではないし弱点は五万とあるのもよく理解している。

 

 

 

「それに護衛を始める前から不安がっていても仕方ありません」

 

「まぁそうだがな」

 

 

 

前々から思っていたのだが、五和に限ったことではないが天草式一同及び上条の仲間達の一部は、あの幻想殺しの力を過信し過ぎている。

 

上条自身はその力を特別視してはいないのだが、本人ではない周りが特別に思い込むのは本人が思い込むより余計に性質が悪い。

 

何だかんだで最終的にその力を持っている人がいるから大丈夫だ、彼ならばきっと何とかしてくれる、と心のどこかで思っているのだろう。

 

何と言っても上条は第3位のレールガンを無効化し、学園都市の危機を一人で救い、イタリアの艦隊を撃破、挙句イタリア正教の秘密組織である神の右席二人を倒すと言う、もはや普通の学生とは思えない所業をこなしてきている。

 

これだけの経歴があれば、誰もが最後はきっと上条に期待するはずだ。

 

だが。

 

その上条を、いとも容易く粉砕した人間を七惟は知っている。

 

それは七惟が戦った唯一の右席、台座のルム。

 

彼女の術式も確かに強力であったが、それ同等に凄まじかったのは彼女の近接戦での圧倒的なセンス。

 

取り乱していたとは言え、路地裏喧嘩をやり慣れている上条を一方的に蹴り飛ばした彼女の格闘能力はプロも顔負けだ。

 

上条を破ったのはルムだが、上条を倒せる可能性があるのは他にもいる。

 

七惟もその部類に当てはまる。

 

距離操作能力では、上条を移動させることは出来ないし、可視距離移動砲の弾丸を放っても無効化される、時間距離操作も効かない。

 

だが、彼の体内に何かを転移させれば忽ち七惟の勝利に終わる。

 

このように弱点はいくらでもあるし、倒せることが出来る人間も間近にいるのに、彼らはそれを忘れてしまっているのではないか。

 

 

 

「あと科学側の大きな介入が右席の攻撃を失敗させているのは事実なんです、弱音を言っていても現状は変わりませんし、やるからには上条さんを守って見せます」

 

「だといいんだがな。張り切り過ぎてあのサボテンの目の前で恥かくなよ?」

 

「ひ、一言余計なんですよ七惟さんは!」

 

「わりぃな、コレが俺の素なんだ」

 

 

 

一際大きなため息をつき、五和はお茶をすする。

 

そんな五和を見ながらも、やはり七惟は彼女の存在の大きさを実感していた。

自分は何度も死にそうになったが、その度にこの少女に直接・間接問わず助けてもらった。

 

譲ってもらった槍はもう完全に破壊されてしまったが、その破片はしっかりと持ち歩いているし、今でも大切なモノだと認識している。

 

そんな色々なものを七惟にもたらしてくれた五和とこんな所で会って会話が出来るとはとても思っていなかったため、それだけで何だか落ち着かなくなる。

 

要するに、楽しいのだ。

 

五和との会話は。

 

 

 

 

 

 


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