とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版 作:スズメバチ(2代目)
とある病院、そこには『冥土返し』と呼ばれる世界最高峰の医者がいる。
そこに先日一人の少年が搬送されてきた、しかし運んできたのは救急車ではなくゴーグルをした常盤台中学の少女。
病院関係者がどういうことか、と訳を聞いてみるも口は開かずそのまま無言で立ち去って行ったという。
そしてその少年、七惟理無は背中あたりから焼けるような痛みに目を覚ました。
はっとして身体を起こすと、七惟は見知らぬ病室で寝かされていた。
様々な情報が脳を駆け巡り、処理をするのに数分かかった。
「……ミサカの奴」
今自分が此処にいるということは、おそらくミサカが実験の続行を一方通行に訴えて自分を逃がしてくれたはずだ。
つまりこの答えが示すものとは。
「…………」
言葉には出せなかったが、『死』であった。
「おや?気がついたようだね?」
「……誰だおっさん」
「何だか酷い言われようだけど、一応僕は此処の医者でね?搬送されたキミを治療に当たっていたんだ」
「搬送……俺を運んでくれた奴は?」
「名前は言わなかったが、常盤台の制服を着て大きなゴーグルを着けていたみたいだね?キミの知り合いかい?」
わからなかった。
それが自分と一緒にバイクに乗ったミサカならば知り合いと言えるが、残りの1万近いクローン達ならば七惟の知り合いでも何でもなかった。
確率的には知らないと言ったほうが明らかに良いのだろう。
「知らねえよ……」
「そうかい?キミの容体なんだが、特に目立った外傷もなくてね、電機ショックによる一時的な失神みたいだ。もう身体に異変を感じないなら退院してくれて問題ないよ?」
此処に居ても何もやることがない、それに監視対象であった上条が消えただけで七惟の組織は蜂の巣をつついたような騒ぎになったのだ。
自分まで姿を暗ましては余計な混乱を招いてしまう。
「ああ、長居する意味もねえしな。ありがとなおっさん」
七惟はミサカの事を整理出来ぬまま、処理しきれない気持ちを残し病院を去っていった。
太陽がまだ登り切る前だというのにこの暑さ、東京の夏も中々凄まじい。
やはりヒートアイランドが進んでいるせいか、日中の最高気温は九州圏と同じような温度だ。
こんな日はさっさと外出して気を紛らせるしかないと思い、七惟は家を出ようとするとチャイムが鳴った。
七惟の家を訪ねてくる人間は限られている、一人はクラスメートの上条当麻、新聞・勧誘で心が折れているであろうセールスマン、あとはまあ……組織の人間くらいか。
おそらくまた上条が課題を手伝ってくれと喚きにきたのだろうとため息ばかりに肩を落としドアを開ける。
「おい上条、てめえは少しは考えねえと……」
そこまで言って、これ以上言葉が出なかった。
「ミサカは上条ではありません、と今の言葉の訂正を求めます」
訪ね人は七惟の予想の遥か上を行く人物だった。
*
「俺が首を縦に振るとでも思ってんのか?」
「それは私が決めることではありません、貴方がどうなのですか?とミサカは質問を質問で返します」
「……」
七惟とミサカは、この蒸し暑い七惟の部屋で話をしていた。
話の内容は絶対能力進化計画の2万通りの計画のうち、現在1万と少しが既に進んでいるという。
しかし今回とある研究員が全距離操作を実験に組み込み、『時間距離操作』などで妹達のブースト的な役割……サポートを行えば、2万通りの実験をこなすよりも早く、一方通行のレベル6へのシフトが完了すると発表したらしい。
早いところが実験の手伝いをしてくれというわけだ。
「お前、俺のコトどれくらい知ってんだよ?」
「ミサカが貴方の事を知ったのは二日目です」
二日前……?このミサカの番号は『10031』、確か違う別のミサカと一緒に行動していたはずだ。
「あの日ミサカ達のネットワークに貴方の情報が提供されました、提供者は10010号です」
「提供……どういうことだ?」
「ミサカ達の脳はネットワークで繋がれており、それぞれの情報をミサカネットワ―クに提供することで情報を共有することが出来ます」
「それで俺を知ってたわけか」
「はい、そして書類上で貴方を知ったのが前日ですとミサカは事細かに此処までの経緯を説明します」
「……」
「貴方は学園都市第8位のレベル5、『オールレンジ』七惟理無。能力は『距離操作』。同能力の頂点に立つ者で全ての『距離』を操ることが出来る、とミサカは自分の知識を惜しめなく披露します」
「そんな情報誰から教えてもらったんだよ」
「この実験の計画者からです」
「チッ……」
一昨日一方通行とあわや学園都市の一大事となる戦闘を引き起こそうとした奴に実験の協力を仰ぐとは。
奴らが何を考えているのか想像もつかない。
「それで貴方は実験に協力してくれますか?とミサカは期待を込めて尋ねます」
「んなの決まってんだろ、答えは『ノ―』だ」
「何故ですか?これだけの報酬が用意されているというのに」
報酬というのは、この実験に協力することで得られる金や、学園都市で特別な情報を得られることの出来るカードなど、七惟がこれまでこなしてきた仕事の報酬を遥かに上回るものだった。
しかしこれに協力して何のメリットがある?
七惟は一昨日のミサカと一方通行のやり取りで分かったことがある、それは殺す側の一方通行だけでなく殺される側のミサカ自体も殺されて当然だと感じていることだ。
自らを実験動物であるモルモットだと言ったミサカの瞳には、何ら疑いも無かった。
もし疑いがあり、少しでも生きたいと思うのならばあの時自分と一緒に逃げていたはずなのだ。
つまり七惟が全力でミサカを守るために能力を使ったとしても、ミサカは決められた戦闘パターンをこなすため捨て身覚悟で攻撃に出る。
どれだけ七惟の能力が防御面に優れていようと、自ら死にに行く者まで助けられるわけがない、努力は水泡へ帰す。
人が死ぬところを見るのが大嫌いな七惟は、わざわざ近場でミサカの死を見に行く必要性などないのだ。
「報酬とか関係ねえんだよ。俺はな、人が死ぬのが世界で2番目に嫌いなんだ」
「そうなのですか?とレベル5らしからぬ発言にミサカは疑問を抱きます」
「はン……どんだけでも疑え。とにかく俺はてめえと一緒にあの糞野郎と戦うつもりはねえ」
「なら次回期を改めてお邪魔すればよろしいですかとミサカは覗います」
「お前が何百回来ても俺は協力するつもりはない」
「ではこれよりも大きい報酬を用意する必要があるということですか?」
「だから関係ねえんだよそんなのはなぁ!」
何処までも平行線を辿る会話に痺れを切らした七惟は声を荒らげる。
「お前、自分の命とその報酬とやらを交換出来んのか?出来ねえだろ!」
「それが実験に必要なことならば、ミサカは躊躇なく首を縦に振りますと貴方に反論します」
「……!」
ミサカの言葉に七惟は絶句する、コイツらは実験のためならばやはり死んで上等と考えているのか。
「お前……死ぬのが怖くねえのか?」
「怖い?ミサカはテスタメントをインストールしたことにより生みだされたのでそう言った余分な感情は持ち合わせていません」
身体だけではなく、脳みそまで完全に人工製というわけか。
「貴方がこれ以上拒むというのならば、こちらにも考えがありますとミサカは切り返します」
「んだと」
「絶対能力進化計画に必要な欠陥電機は『2万』体ですが、これは貴方の協力があった場合には約数千体の欠陥電気が不要となり、貴方が恐れる『死』を免れることが出来ます。しかし貴方の協力が無くなれば予定通り2万体の欠陥電気が実験に投入されることになるでしょう。この言葉が意味することがわかりますかとミサカは尋ねます」
要するに七惟が協力しなければもっとたくさんのミサカ達が犠牲になるというわけか、極端な話をすれば七惟が間接的に数千人殺すということだ。
死を嫌う七惟にとって、これほど効果的な提案はない。
「それでもだ……!」
七惟は吹っ切れる、コイツらにもうこれ以上何を言っても無駄である。
一方通行が言ったように自分で思考することを忘れてしまった操り人形、それが御坂美琴のクローンである欠陥電機。
そんな人形のために……どうして自分がこんなことをしなければならない。
七惟のバイクを好きだと言ってくれたあのミサカは、もうこの世界には居ないのだ。
ならば、もうこのミサカは自分と何ら接点もない赤の他人だし、感情がないならば人間であることすら疑わしい。
そんな奴のために自分の精神と、命を危険に晒してまでやる必要なんざない。
「そうですか……とミサカは残念そうにつぶやきます」
「勝手にしろ……」
「では、お願いを訊いてくれますか?」
『願い』
その言葉に七惟は身体をピクリと震わせる。
「ミサカネットワークに提供されたバイクの情報、アレが本当かどうか知りたいのですとミサカは自らの探究心に驚きます」
ミサカの瞳が、口が、表情が僅かばかりだが先ほどまでの無表情な顔を作っていたものから変わっていく。
「……ッ!ダメだ……!じゃあな!」
七惟は咄嗟に能力を使いミサカを寮の外へと転移させた。
不覚にも、ミサカが表情を変えたあの瞬間七惟は彼女のことをバイクに一緒に乗った『ミサカ』と照らし合わせていた。
やっぱり、人間じゃないか――――この思考に辿りつく前にミサカを追いだしたかったのだが、遅かった。
「……どうすりゃ、いいんだよ」
七惟はぽつりと一人になった部屋で零した。
夏の日差しを遮る窓のカーテンが風で靡く。
そのざあっとした音だけが七惟の脳に響く、それ以外の音も思考も今の彼には知覚することは出来なかった。