とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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復讐鬼-ⅲ

 

 

 

 

体中の感覚が失われている、意識を保つ力が徐々に弱まっていく。

 

七惟理無は、自身の力の全てを使い果たすつもりで、相打ち覚悟で学園都市最強の男に、自身を好きだと言ってくれた少女の気持ちを踏みにじった男に闘いを挑んだ。

 

だが結果は見ての通りだった、生きているのが不思議なくらいで、今自分が何処にいるのか、あれからどれくらいの時間が経ったのかも自分では認識出来ない。

 

完全なる敗北だ、あの憎たらしい男によって受けた右肩の傷がどれ程のものか詳細は分からないが、自分の命を奪うには十分な威力があるということだけはぼんやりとした頭でも明確に理解していた。

 

 

 

「糞……が」

 

 

 

口も碌に回らなくなってしまった、今の状態では一方通行に再度挑むのは不可能だろう。

 

結局自分は少女を助けることも、謝ることも、償いをすることも出来なかったというわけだ。

 

それなのに、そんな何も出来なかった奴が今こうやってのうのうと生きている。

 

その事に腹が立つ、だが立ったところでいったいどうすればいいのかもう七惟には分からない。

 

体中の感覚が失われているせいで立つこともままならないしこのままだと自分の身体が川に流されてしまうというのに、這い上がることも出来ない。

 

だがもし感覚が生きているのならば、右肩の激痛によってまともな精神状態を保っていられなかった可能性を考えてみれば、不幸中の幸い。

 

動かない身体を七惟は投げ出して、考える。

 

いったい、今から自分はどうすればいいのかを。

 

欲しかったのはいったい何だったのかも思いだせない、ただ今でもあの男が、一方通行が憎くて憎くて、殺したくて殺したくて仕方が無い感情は残っていた。

 

しかし、その闘いの果てにいったい自分は何を求めていたのか、闘いが終わり冷静になった今考えてみると、浮かんでこなかった。

 

殺したい衝動だけが自分を動かしていたのだ、そして何らかの形で少女に償いをしたかった、結果七惟の脳は一方通行を殺すことに辿りつき、終着点はこんなにも悲惨で、無残で、惨めで、何も残っていない。

 

殺し合いをして一方通行の死が欲しかったわけではないのに、いつの間にか目的と手段が入れ換わってしまっていたような気がする。

 

復讐鬼と化した自分は、結局勝っても負けてもこのような空虚な感情に支配されてしまっていただろう。

 

思考の迷宮に迷い込んでいた七惟だったが、やがて右腕の痛みがジワリと体中に広がっているのを感じた。

 

あぁ、そろそろ本当に不味いのかもしれないと自覚する。

 

服を着ているから目で確認は取れないが、おそらく右肩からは有り得ない程の出血と、めちゃくちゃに潰された皮膚や肉の惨状が広がっているのだろう、むしろあれだけの攻撃を受けて腕が千切れていないことに奇跡を感じる。

 

そちらに視線を向けてみると、着込んでいた衣服は自分の血で赤黒く変色しており着たままでも自分の酷い有様が確認できたのだが。

 

七惟はそこから先を見ていたのだ。

 

骨を粉砕されめちゃくちゃに潰された今でも、空虚感に襲われ立ち上がれない今でも、何もかも失ってしまったと思う今でも、生きる希望が見いだせない今でも、離していなかった大事な、大事なモノを。

 

それは、自分を初めて『仲間』と呼んでくれた少女が自分に与えてくれた、一本の槍。

その槍は、一般人から見れば何の変哲もない武器で、血しぶきを浴びるただの槍、人を殺すためにある殺戮の道具。

 

七惟にとっては、何よりも大切で、片手間も離すことはなくて、どんな時も一緒に居た。

 

イタリアでシスター達と戦った時も、台座のルムと殺し合って死の一歩手前まで行った時も、神裂という聖人と人間を超えた死闘を繰り広げた時も。

 

バイクに乗っている時も、学校に行く時も、上条や土御門と馬鹿をやる時も、絶対に離さなかった。

 

今思えばこの槍とは何よりも一緒に居たと思う、何時もは布で覆ったり折り畳んだり……自分の持ち物のどれよりも、一緒に居た。

 

現に今も一方通行の攻撃でバラバラになってしまっているが、右腕から握っているより上の部分は綺麗に残っている。

 

全く手に力なんて入らないのに、無意識の内に自分がしっかりと握っているように見えた。

 

槍を見ている内に、五和との思い出が脳裏を過る。

 

初めて出会ったのは神奈川にある教会だったが、そこでは殺し合い拷問にかけ、再び出会った時も殺し合って、次に会った時は何故か一緒に『友達』を助けるために戦っていたか。

 

そしてイタリアで一緒に買い物をして、訳の分からない恋の悩みのような話も聴いて、聴きたくも無かったのに上条の素晴らしさについてうんちくのように語られて。

 

でも、彼女は『仲間』として、自分を助けてくれた。

 

暴走した自身の前に立ちはだかり、身を犠牲にしてでも彼女は自分のために走り続けてくれていた。

 

慰めの言葉なんてかけなかった、自分を奮い立たせるための言葉を彼女は自分に送ってくれた。

 

彼女のような『仲間』や、上条や土御門のような『友達』、ミサカや滝壺のような『特別な存在』が居てくれて、自分は此処まで生きてこれたような気がする。

 

夏休みの時点では自分は空っぽの人間で、ただ何も見出せないつまらない人間だった。

 

ただ親の顔を死ぬまでに絶対に拝んでやる、という半ば無理やりな目的意識を作りだし行動していて、それ以外のことなんてほとんど考えず、社会や人間との関係を気付けばどんどん断っていって……やがてそれは自分にとって大事なモノを忘れさせていった。

 

それを取り戻してくれたのが御坂美琴で、コミュニケーションを取ることの楽しさを覚えた。

 

どっぷりと無気力の闇に浸かっていた自分を這いあがらせてくれた、たくさんの人々との記憶。

 

美咲香のように特別だと思えるような人間が自分にも出来て、上条のような友達と大覇星祭では戯れて、滝壺のように『パートナー』であると思える人間にも出会えた。

 

全ての記憶が、何よりも、バイクよりも、一方通行を殺すことよりも……。

 

 

 

「……大切、だな」

 

 

 

もしかして、自分は少女が死を迎えたあの瞬間、美琴や上条、ミサカに滝壺、そして五和達のように一緒に居たいと思っていたのかもしれない。

 

一緒に居たいという願望が、死という形で潰されてしまった自分には、もはや殺したあの男に『死』を与えることしか考えられなかった。

 

少女を何故助けられなかったのかと、あの川下で死ぬほど考えて苦悩して、でも結局その答えは出なかった。

 

少女が自分と一緒に居た時間はあの一方通行が作りだした偽りの時間、記憶。

 

でも生み出された感情は本物だと少女は訴えていた、からっぽの自分にたくさんのモノを与えてくれた、最後に微笑んだ。

 

最期の微笑みが自分の中にある何かを食い潰したと感じたが、あの時潰されてしまったのは一緒に居たいという『願望』だ。

 

大きなモノを確かに失ってしまったと思う、自身がもう少しコミュニケーション能力があれば、裏の人間に偏見を持ちださなければ変わっていたであろう未来。

 

だが、もうそんな『たら』『れば』なんて話をすることよりも、大事なモノがあると分かる。

 

全てを失ってしまった?生きる目的が見いだせない?そんなことはないではないか。

 

失うものが無い人間は底なしの強さを手に入れることが出来ると皆は言う。

 

それは言う通りだ、何も失うものがない人間は、ただ生きるために進むことしか出来ないのだ、だから何も恐れないのだろう。

 

ただ、そんな生き方では結局は何か大切なモノを忘れて行き、何か大切なモノを失う代わりにその力を手に入れる。

 

最後には自分のような無気力な人間が、生きる目的が見いだせず惰性で生きていたあの夏の自分が、生み出されてしまう。

 

逆に失うモノがある人間は、その手から大事なモノが零れ落ちて虚脱感・空虚感に襲われる時、今の自分のように立ち上がることが出来なくなってしまう。

 

しかし、それだけではないのだ。

 

全てを失ってしまったわけがあるはずがない、生きる目的が、希望が見いだせないなんて馬鹿なことは有り得ないじゃないか。

 

こんなにも、こんなにも、『皆』と一緒に居たいと望んでいる自分がいるのだから。

 

七惟理無には、その両手にまだ溢れる程の素晴らしい人間が一緒に居てくれるのだから。

 

例え死の直前まで追い込まれ大切なものを失ってしまったとしても、まだ七惟にはもったいない程の仲間たち、友達がたくさんいてくれる。

 

それさえ失くさなければ……まだ、立ち上がれるだろう?

 

今ならばあの少女が最期に見せてくれた、泡沫のような笑みの意味も理解出来るような気がする。

 

少女が裏切る行為を、仲間を売る行為をしたとしても手に入れたかったモノ、最後には手に入れたモノ。

 

それは七惟が今その手に握っているものだ、届かなかったモノもある、手を伸ばして必死に掴み取ろうとした少女の命はその手から零れ落ちた。

 

それでも、先の見えない自分に、からっぽの自分に形のある命を吹き込んだ、乾いた心に形のない感情を注ぎこんだ、少女が手に入れたものであり、また今も尚自分が手にしているもの。

 

そしてその全てがこう叫んでいるのだ、まだ絶望するには、死ぬには、早すぎる、死にたくはないと。

 

だから、その自分を形造っている全てが叫ぶのを止めないまで、自分も叫ぶのを止めない、進むことを止めない。

 

何時だって、こうやって心の底から叫んでやる。

 

『あいつらと一緒に居たい』と、枯れるまで叫んでやろう、自分勝手だとしても、それこそが自分が『今』を生きる理由なのだ。

 

自分を形作っているモノの声は誰にも聞こえない、それは自分にしか聞こえない。

 

それならば、心の声は誰にも聞こえないというのならば、その声を音にするために自分が言葉を発すればいい。

 

この声が、誰かに聞こえるのならば、聴いてくれる人が一人でも居るのならば、一緒に居たいと願う皆の誰か一人でもいるのならば、届くまで伝え続けたいのだ。

 

誰が何と言おうと、叫んでやると、今そう決めた。

 

絶望によって食い潰された願望は、七惟に大きなモノを与えてくれた。

 

『生きる衝動』を、与えてくれたのだった。

 

 

 

 

 

 






何時も御清覧ありがとうございます!

今回は七惟君の独白パートということでした。

気が付けばこの暗部抗争の章を書き始めて今月でまるっと二年です。

に、二年……二年です!長すぎます!

距離操作シリーズ自体をめちゃくちゃ長く書き続けてるのもあるんですが、

この章も残すところ半分はありません。

そして距離操作シリーズ自体半分を過ぎて折り返しなのです。

これだけ長く続けられているのは、不定期更新にも関わらず感想をたくさんつけてくださる読者の皆様のおかげです。

これからもどうぞ距離操作シリーズをよろしくお願いします。

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