とある科学の距離操作(オールレンジ):改訂版   作:スズメバチ(2代目)

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復讐鬼-ⅱ

 

 

 

 

 

 

「あンまり調子に乗ってンじゃねェぞ、雑魚が!」

 

 

 

あの目に見えない『壁』の正体は未だに分からないが、あれはあらゆる物質を通さない、まるで自分の反射装甲と同じだ。

 

逆算によって解析を行ったが、目に見えないその『壁』のようなものは何時何処に現れるのかのタイミングが分からない上、攻撃を弾かれた瞬間解析を行おうにも痕跡が瞬く間に消え去ってしまうためこの方法は無駄だった。

 

それならば戦闘の中であの防御法を看破する必要がある。

 

この世の物理法則全てを遮断するという性質までは分かった、後はその壁がどのように作られたり消えたりしているかの法則が分かれば糸口が見えてくるはずだ。

 

まずはあれが多面的に展開されているのかしていないのか、確かめる。

 

七惟の行動を見るに正面にはまず壁が展開されていると考えて間違いないが、全方位にそれが張り巡らされているのかというとそうでもなさそうなのだ。

 

奴が物体を可視距離移動で射出する際、物体が七惟の真横や後ろから飛んできている。

 

一方通行は足のベクトルを操り、先ほど自身に飛んできたガードレールを思い切り七惟に向かって蹴りあげる。

 

間髪いれずに七惟の後方へと高速で移動し、別のガードレールを、そして次は七惟の横に移動し、また別のガードレールを次々と飛ばしていく。

 

3手目で七惟が初めてその場から身体を動かし回避行動を取った、だが同時にこちらの意図を読まれたようで、七惟は足のベクトル変換にまで干渉を及ぼしてきた。

 

 

 

「ガグッ……生意気な真似しやがるッ!」

 

 

 

制御を失った足のベクトルが暴走して、彼の意図しない方向へと身体を運び、ガードレールへと身体が突っ込む。

 

自然界では決して生み出すことが出来ないような不協和音を生み出しながら、ガードレールがまるで粘土のように曲がっていく。

 

反射装甲を展開していたおかげで一方通行は無傷だったが、はぎ取られたガードレールは蛇のように練り曲がっている。

 

一方通行はそれを素手でつかみ取り先ほどの七惟の行動の解析を始めた。

 

やはり彼の読み通り謎の『壁』で全ての攻撃を防ぎ切るのは無理のようだ、それに質量の違いや全長は関係なさそうだが……連続した攻撃、そしてそれは多面的な攻撃に弱い。

 

烈風の連続した攻撃では一歩も動かなかったあの男が回避行動を取ったのを見れば、別の角度からの連続した攻撃、死角からには弱いと思われる。

 

ならは話は簡単だ、電池のバッテリーも気になってくるし早急にあの男を始末しなければ……。

 

一方通行が首元の電極に手をやる。

 

もうだいぶ電力を消費してしまったはずだ、この後どんなことが起こるか分からないだけに無駄な消費はなるべく抑えたいところだが。

 

そんな彼の心理を見抜いたのか、七惟が下らなそうに言う。

 

 

 

「何を気にしてんのか知らねぇがな、てめぇは此処で死ぬんだから何考えても同じだろ」

 

 

 

何処までも挑発的な七惟の姿勢だが、今回はただ相手を挑発するのではなくその中には明確な怒りが含まれている。

 

そう、あの少女を殺した一方通行への強い怒りが。

 

 

 

「その言葉、てめェに返してやる。今のが遺言で問題ねェか」

 

「はッ……雑魚が、言ってろ」

 

 

 

『雑魚』

 

七惟が一方通行に言い放った言葉、その意味を噛みしめて一方通行は毒を吐いた。

 

 

 

「雑魚に雑魚って言われる日が来るとはなァ?思ってもみなかったぜェ」

 

 

 

今目の前で炎のような怒れる瞳を持つ男は、間違いなく自分を殺すことが出来る。

 

その事実を持って奴は一方通行のことを『雑魚』と言ったのだろうが……殺すことが出来るのはこちらも同じだ。

 

一方通行は再度足のベクトル変換を行い、七惟に飛びかかろうとする。

 

その両手には小さな旋風のようなものが発現させ、動き回りながら先ほど繰り出した烈風の攻撃を再度行う。

 

だが此処でまたもや七惟は一方通行の予想の上を行った。

 

今度は一方通行が操る『風』にまで干渉攻撃をし始める。

 

AIM拡散力場はその『場』を支配する属性のようなもので、一方通行がどれだけ早く移動しようとも、その場全体に広がっているのだから距離操作能力者である七惟が弄くり回すのは容易に行われる。

 

これでは距離操作能力者の弱点である『高速で動く物体をロックオンしずらい』と言った特性を突けない、先ほど足のベクトルを弄くり回されたところで分かっていたが、やはり七惟にこの正攻法は通用しない。

 

烈風による多面的な攻撃は数発がかき消され、七惟までは届かない……。

 

しかし七惟とて干渉攻撃は完璧ではないようで、こちらのAIM拡散力場に干渉する演算を行ったそれプラスで可視距離移動や転移の演算を行うのはかなりの負担を伴うようだ。

徐々に顔色は悪くなっているし、持久戦に持ち込めたらこちらの勝ちだが、持久戦を良しとしないのは一方通行も同じであり、それは禁じ手だ。

 

 

 

「持久戦に持ち込む前に、てめェなんざ木っ端微塵にしてやんぜェ!」

 

「チッ!」

 

 

 

多角的な攻撃を行い一方通行が七惟の壁をすり抜けて、七惟本体へと迫る。

 

烈風等の遠距離攻撃は正直なところノーリスクだがリターンもほとんどない、奴にそれだけ演算をさせる時間を与えてしまうのだから。

 

それならばとる行動は決まっている、直接手を下しその体を吹き飛ばすのみ。

 

一方通行は当然死の右手を突きだして、七惟の身体に触れようと手を伸ばすが、それに気付いた七惟が今度は左足を踏みだし、思い切り右足を一方通行の顔面へと叩きむ。

 

反射装甲はまたもやぶち抜かれ、つま先部分が思い切り頬に入り、口内が深く傷つけられるが、それでも一方通行はその場に踏みとどまった。

 

鉄の味が滲み、その臭いが鼻を突き、口に溜めこんでいた液体を吐き出す衝動に駆られながら、目の前の障害を排除するため彼は再度砲弾のようなスピードで七惟の身体に突っ込む。

 

この距離ならば、壁を作り出す時間も、回避行動に移る時間もない!

 

そう踏んだ一方通行だったが、やはり何か得体の知れない物体に衝突し、弾かれる。

 

 

 

「ハァーッ……そうやって隙を晒す暇はあんのかぁ!?」

 

 

 

七惟のほうも息も絶え絶えと言ったところだ、こちらも肉体の疲労・ダメージはかなり蓄積されてきているが、七惟も同様に脳内にかなりの負担をかけている。

 

汗をだらだら流し、焦点が合ってないような目をしている七惟だったが、それでもその黒い瞳から発せられる怒りと殺意は自分に正確に向かっている。

 

七惟は可視距離移動で折れまがったガードレールを一方通行に向けて発射する。

 

反射では防ぐには心もとない、そう判断して足のベクトルを操作しその場から離れるとガードレールは地響きを上げてコンクリートに突き刺さり、七惟は衝撃によって粉砕されたコンクリートの断片を一方通行へと能力を使って発射する。

 

反射が適用されている彼ならばこんな攻撃は何ともないが、どのタイミングで反射装甲が失われるか分からないこの状態では、礫の一つ一つが必殺の一撃になり得るのだ。

 

最後のつぶてを身体を捻って避けるも、まだ安堵は出来なかった。

 

七惟が眼前へと迫り、破壊された標識の一部を手に持ち思い切りこちらに振りおろそうとしている。

 

反射は危険だ、だがこのタイミングでは逃げきれない、ポールのベクトルを操っても干渉されている今では反射同様に操れる自信もない。

 

一方通行は賭けに出る、このタイミングでは逃げることも防ぐことも出来ないのならな……攻撃は最大の防御と考え、奴の懐に突っ込む。

 

一方通行の脳は彼の決意に忠実に答え、身体を七惟の腹へと打ち出し直撃させる。

 

 

 

「がぁッ!?」

 

「ガハッ!?」

 

 

 

だがその演算式も衝突する直前で干渉され軋みが生じ、正確な処理は出来なかった。

 

ぶつかった衝撃は相当なもので、それは七惟だけではなく一方通行の身体にもダメージを与えて意識を奪っていく。

 

七惟を数メートルほど突進で突き飛ばした一方通行だったが、自身もダメージからかその場に蹲った。

 

そして此処で一方通行は再度自覚した。

 

この男は、学園都市第1位の自分と、学園都市最強の怪物と渡り合えるだけの力と、能力と、覚悟と、そして『思い』があるのだと。

 

その思いの強さを表すように、七惟は一方通行よりも早く立ち上がる。

 

顔面蒼白、肉体のダメージは差ほどないようだが意識を保っているのもやっとの状態だろう。

 

だがこの男が、そう簡単に倒れるような気は全くしない、むしろ電極のバッテリーをフルに使ってもこの男の信念を捻り潰すのは不可能のように思えた。

 

 

 

「学園都市最強の公害野郎が体当たりとはなぁ……、笑わせやがる」

 

「はン、此処に来て強がりかァ……レンチン野郎がァ」

 

 

 

その言葉に呼応するかのように一方通行もゆらりと立ち上がる、肉体のダメージは深刻だがまだ倒れるようなダメージは負っていない。

 

少なくとも、木原の時のように死ぬほどのピンチではない。

 

バッテリーの残量も心配だが、こうなっては奴を倒すために死力を尽くして拳を交えなければならないと彼の本能が告げていた。

 

こちらもそれ程の覚悟がなければあの男は倒せないだろう。

 

一方通行は背中に竜巻を連結させると、目にもとまらぬスピードで七惟へと襲いかかった。

 

メンタルが削り取られている七惟も応戦するかのように、分断されたポールの切れ端を拾い上げる。

 

 

 

「てめェ、そんなに俺があの女をぶち殺したことが気に食わねェのか!」

 

 

 

七惟を突き動かす覚悟と『思い』、一方通行にはその『思い』の正体が分からない。

 

いったい何か彼をそこまで突き動かすのか、学園都市最強に立ち向かう覚悟を生み出しているのか、源はいったい何だというのだ。

 

ガードレールによって粉砕されたコンクリートの礫を、連続で蹴りつける。

 

蹴る精度事態は皆無に等しいが、それすらも彼のベクトル制御能力は『向き』を正確に読みとりどうすれば七惟に直撃するかを的確に弾きだす。

 

第一波の礫を七惟は見えない壁で防ぐ、第二派目は七惟の持っていたポールを可視距離移動で発射し一蹴した。

 

 

 

「ゴミクズに何も言うつもりはねぇ!てめぇは人の気持ちを踏みにじった下種だ、そんだけ業が深ぇんだよ!」

 

 

 

『人の気持ちを踏みにじる下種』、七惟は一方通行のことをこう言った。

 

あの女の気持ちを踏みにじった……?

 

踏みにじるも何も、あの女は七惟を裏切り、そしてこちらにメンバーの情報を流していた裏切り者だろう。

 

そんな奴の気持ちなど、七惟にとってはどうでもいいはずであり、むしろ憎む対象でしかないはずだ。

 

 

 

「裏切り者の気持ちを考えるたァ、大した善人だよてめェは!いやただの馬鹿かァ!?」

 

 

 

三発目の礫、七惟は目が慣れたのか、はたまたAIM拡散力場からパターンを読みとったのか、距離操作でそれらの礫を全てロックオンし、逆に一方通行へと散弾のように打ち出す。

 

反射は干渉攻撃を考慮すると危険だ、だが一方通行がそれらを回避することはない。

一方通行のベクトル操作により通常ではありえない程の握力怪力が生み出されコンクリートの道路に手が侵入した。

 

力むこと無くそれをいとも容易く、その場の道路、面積にしたら10㎡はあるであろう大きさを持ちあげ、コンクリに反射の方程式を組み込み反射鏡のように使い礫を防ぐ。

 

 

 

「何とでも言いやがれクズが!好意のかけらもわからねぇ野郎にとやかく言われるつもりはねぇってんだよ!」

 

 

 

好意。

 

黄泉川に言われた言葉が一方通行の脳内で再生される。

 

『打ち止めの好意を受け取っていても、自分から彼女に好意を向けることはない』

 

それは跳ねのけられるのが怖いから?それとも自分にはそんな資格はないと思っているから?それともそんなものはすぐに失われてしまうものだと思っているから?

 

浮かんでは消えの繰り返しだ、学園都市最高の頭脳でもそれの答えは出せそうもない。

 

 

 

「わかりたくもねェなァ!俺は一流の悪党だ、ンなモン考えるだけ無意味だ!」

 

 

 

自分に溜まっていた鬱憤を晴らすべく吠え、右腕に突き刺さっていたコンクリートの壁を文字通り七惟に投げつけた。

 

七惟の目の前でそのコンクリートは行く手を遮られ粉々に四散するが、それはダミー。

 

一方通行は七惟の死角に回り込み、一気に超加速する。

 

だが直前で七惟は一方通行の気配に気付く、距離操作能力者は自身の周囲に対して常に警戒を張っているが、それはレベル5の七惟ともなれば常識では考えられない程冴えわたっており、まず背後でも感知する。

 

すかさず場のAIM拡散力場から一方通行のベクトル変換に干渉し、方程式を根っこから破壊していく。

 

バランスを崩した一方通行はまたもやあらぬ方向へと身体が吹き飛び、暴走した足のベクトルの勢いそのまま道路からはじき出されて大木へと激突した。

 

その衝撃で大木は薙ぎ倒される、一方通行は間髪いれずにその場から起き上がり、ダン、とその場を思い切り強く踏みつけた。

 

 

 

「好意なンざ、甘えだ!俺達は忌み嫌われる存在だろォが!好かれようとしてどうするってンだ!あァ!?」

 

 

 

大地に亀裂が四方八方へと走る、砕かれたアスファルト全てを味方に一方通行は再び七惟に突撃する。

 

彼はアスファルトの礫を身にまとう、竜巻を背中に接続する方法と同じやり方だが、これは何か障害物があった場合すぐに礫が弾かれるため、見えない七惟の『壁』を感じ取ることが出来るのだ。

 

 

 

「てめぇの懺悔はそれで終わりか!?それならてめぇが犯した罪の味を死ぬほど味わわせてやる!暗部から抜け出したくて抜け出せなかった奴の無念の……気持、絶望って奴をてめぇの身体になぁ!」

 

 

 

礫の先端が吹き飛ばされる、その瞬間一方通行は自身の弾道する軌道を変えた、やはりそこには遮るものなど何も無く、七惟まで一直線に飛んでいく。

 

一方通行は七惟が干渉するベクトル変換をある程度理解していた。

 

まず一つ、反射装甲。

 

これに関しては研究所に大量のデータも残されており、木原が法則の穴をついて破ったのを見て分かる通り、反射装甲の方程式はまず七惟にばれていると言っても過言ではない。

 

そして自身の身体に関するベクトル変換。

 

何度も足のベクトル変換を暴発させられたことが物語っているし、右腕を突きだすスピード、威力も弱まってしまっている。

 

だが逆に七惟がほとんど干渉してこないのは、今回の礫や烈風、一方通行が吹き飛ばしたアスファルトなど、一方通行自身から離れて行われるベクトル変換。

 

これらに関しては七惟はまず干渉してこない、初手の連発した烈風攻撃ならともかく他の攻撃においては守りや回避行動に出る。

 

自分の推察は間違っていないはずだ、現にこのアスファルトの礫を纏って突っ込んできた一方通行を苦虫を噛み殺したかのような表情を浮かべている。

 

 

 

「ンな甘い考えだと、何もかも無くなっちまゥぞオールレンジィ!」

 

 

 

彼は一度、打ち止めを無傷で助け出そうと考えたため、逆に彼女を追いこみ自らも窮地に立たされてしまった。

 

その時あの蛙顔の医者が言ったのは、『彼女に嫌われてでも、半殺しにしてでも彼女を生きて助け出せ』との言葉。

 

この時から一方通行の頭は完全な悪党に染まっている、一つを守るためならば、その一つに嫌われても、殺されそうになってでも守り切る。

 

だから自分から好意を向けることなど必要ない、そしてその好意を受け取るにしても、その裏に込められている気持ちを考えては悪党の道の障害になるだけだ、そう自分に言い聞かせる。

 

一方通行が七惟に激突するまであと数瞬、いくら一方通行自身を制御しているベクトルを操ってもこのコンクリートの礫は消せまい。

 

風速100Mで動き続けるこの礫を食らったならば、身体は蜂の巣のようになる。

 

勝負アリだと確信を持って、相手の覚悟と『思い』を潰したことに至高の喜びを感じながら一方通行は引き裂ける笑みを浮かべた。

 

全てを終わらせるには十分過ぎる一撃が、今七惟理無の身体を貫かんとするその時にまたもや一方通行の予想と反する現象が起きる。

 

距離操作能力者は高速で動く物体、不規則に乱れる動きをする物体を転移・可視移動させられないという法則がある。

 

だが同時に、『高速で動く物体・不規則に乱れる動きをする物体』以外ならば、数百トン、数千トン単位で物体を瞬時に動かすことが出来るのだ。

 

 

 

「この……ゴミクズがぁ!」

 

 

 

七惟は能力をフル稼働させ、地面一体を覆っていたアスファルトの道路を捲りあげ、一方通行と自身の間に転移させたのだ。

 

アスファルトの壁は一方通行が纏っていた礫全てを払いのける、そして一方通行の身体はアスファルトの壁に勢いよく衝突し、そのまま突き抜ける。

 

だがその先に七惟はいない、立ち止まり周囲を見渡すと、数メートル離れた位置でこちらに槍を構えているのが分かった。

 

分かったと同時に、今度は一方通行の意思とは反して凄まじいスピードで彼の身体が七惟の元へと飛んでいく。

 

 

 

「て……ンめェ!」

 

 

 

可視距離移動だ、今この状態の一方通行に反射は適用されていない、下手をすればこのまま槍で身体を貫かれてチェックメイトだ。

 

嫌でも自分が先ほど殺した少女の最後が脳裏に浮かんくる。

 

自身の右腕が少女の腸を抉り、内臓を潰して突き抜け止めなく溢れる大量の血液。

 

見るも無残な姿だったが、その姿と同じようにしようというのか七惟は。

 

これは報いだと言いたいのか、今まで殺してきた人間共と同じ最期を送らせ、後悔しながら、自身の行為を悔やみながら死んでいけと?

 

そんな後悔はもう既に死ぬほどやった、過去に一万人の人間を殺した時にも、打ち止めが木原に攫われ悲劇が起こってしまった時にも。

 

だから後悔はしないし、悔やみもしない、さらなる悲劇の終末を作り上げないように彼は進むだけだ。

 

今この瞬間はただ七惟理無を殲滅することだけを考えるだけでいい、それだけのことに頭を回せば絶対に勝機はあるし、この危機も乗り越えられる!

 

そして可視距離移動で弾道ミサイルのように引き寄せられた一方通行の身体が、槍に貫かれようとした時に全てが変わった。

 

今まで一方通行のAIM拡散力場に干渉してきていた七惟理無の脳が遂に悲鳴を上げたのだ、それは一方通行にとってはまさに僥倖、奇跡の出来ごとだった。

 

自身を槍へと引き寄せる力が一気になくなる、反射にはまだ若干違和感が残っていたようで、引き寄せる力が無くなり思い切り地面に叩きつけられた時肋骨の数本が嫌な音を立てて内臓を圧迫するのが分かった。

 

だがそれでも一方通行は止まらない、ふらつきながら槍で身体を支えている七惟に彼は突進する。

 

七惟との距離はもう5メートルもない、彼は思い切り拳を握りしめた。

 

 

 

「ガアアアァァァ!」

 

「ン……の野郎があああぁぁぁ!」

 

 

 

直前で七惟が一方通行の拳に気付き迎撃態勢を取るが今更遅い、一方通行のベクトル変換によって生み出された恐るべき力の一撃は、七惟が身を守るために構えた槍を半ばからへし折り、勢いが衰えることなく七惟の右肩に直撃した。

 

若干干渉により威力は落とされてしまっていたが、それでも人間のソレが生み出す力とは比べられない程のエネルギーが爆発し、七惟の身体は道幅40メートルはあるであろう幹線道路から弾きだされる。

 

ブロックのキャンピングカーが吹き飛ばされた方向とは逆に七惟の身体は吹き飛ぶ、その方向には原発が浄化した水が流れ出ている川がある。

 

奇しくもその川は、七惟が川下であの少女を流したモノと同じだった。

 

坂道まで飛ばされたところでようやく七惟の身体は地面についたが、コンクリートの堤防を転がっていくのが見える。

 

七惟はそのまま川の浅瀬の部分まで転がり落ちる、少しの抵抗も足掻きも見せずにやがて完全に動きが止まった。

 

ぴくりとも動かない七惟の身体から、死んでいるのか生きているのかも分からない。

 

終わった、勝った、という現実を理解するだけで、一方通行は動かない七惟を見ながら肩で息をするのが精いっぱいだった。

 

一つだけ言えるのは、学園都市最強の距離操作能力者である第8位が、死に物狂いで想像も出来ないような覚悟、意思を持ってしても学園都市の怪物には勝てないことだ。

 

しかし、一方通行はそれ以外は何も分からなかった。

 

勝ったというのに、頭は妙に冴えないしすっきりしない、心の空洞は広がるばかりで何も考えられない。

 

転がっていた杖を広い、首元の電極スイッチを通常モードに切り替える。

 

バッテリーの残量を見ると、七惟との戦闘で15分のバッテリー、要するに半分程使ってしまった。

 

だがそんなことすら今の一方通行にとってはどうでもよかった、彼の身体を襲う虚脱感があまりにも大きすぎて、すぐに少年院に行って結標達の加勢に行く気も起きない。

 

勝ったことによって得られたものは何も無かった、むしろ失ったもののほうが大きいかもしれない。

 

自分を形成するものに七惟はダイレクトに攻撃してきただけではない、精神的主柱となっている一方通行の悪党の美学にすら奴は致命傷を与えたのかもしれなかった。

 

相手の『好意』。

 

それを受け止めたのは自分も七惟も一緒だったが、七惟はその先にあるモノを手にしていた。

 

好意を受け止め、その気持ちを汲み好意を相手にも与えていた。

 

そんなものは甘えだと思っていたし決めつけていた、絶対にそれは最後には自分を不利にさせると思って。

 

なのに、あの男はその甘えを力に変えて、今までに無かった程に激昂し、一方通行を此処まで追い込んだ。

 

いったい、どうすればいいのだ?

 

好意なんて、悪の道を進む自分にとっては阻害する要因でしかないというのに。

 

しかし心の何処かでそれを望んでいる自分がいると自覚した時、一方通行はやり場の無い憤りを地面に思い切りぶつけるしかなかった。

 

異常なまでの善への渇望……あのヒーローのようになりたいと思っていることに、光の照らす世界を手に入れたいと思っていることに、彼は気付いていない。

 

ただ七惟理無が、オールレンジが自分が理想とするあのヒーローと同じような感情で立ち回り、闘いを挑んできたという事実が気に食わないということだけは分かっていた。

まるで抜け殻になったかのような無気力感を漂わせながら、彼は結標達が待つ少年院へと足を向ける。

 

七惟が生きているのか死んでいるのかなんてどうでもよい、一刻も早くこのナーバスになっている自分と決別したい気持ちが、彼を動かすのだった。

 

 

 

 

 

 


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