ロクでなし魔術講師と記憶喪失の少女 作:たこやき
翌日、グレンさんは授業開始時間前に教室に来ると、システィさんに謝った。
「え?」
システィさんはグレンさんが急に謝ってきて驚いていた。
「まぁ、その、なんだ………大事な物は人それぞれって言うか、俺は魔術は大嫌いだが、その………お前のことをどうこう言うのは筋が違うって言うか………やり過ぎたっつーか、大人げねえっつーか………結局、えっと、なんだ、あれだ………とにかく悪かった」
「えっと……ステラ。これって……」
「本人なりにいろいろと考えたらしいです」
「そう……」
システィさんはまだ戸惑っているようなそんな表情をしていた。
グレンさんは謝り終えたつもりなのか、教卓へと向かい、授業を始める合図をする。
そこからのグレンさんは今までのやる気のなさが嘘のような講義を始めた。
ショック・ボルトの説明から始まり、態度や口調は今までどおりなのだが、明らかに何かが違った。
「おい。ステラ」
「は、はい!」
「悪いが、ショック・ボルトを4節で唱えてくれないか?」
普通なら、ショック・ボルトは3節で唱えることで発動する魔術。
「ふ。自分じゃ自信がないから、信頼する生徒に任せるということですか」
「俺より、こいつにやってもらったほうがいいと思ってな。それにこいつは4節でどうなるかを理解している」
「ステラさん。その魔術は何かしらの形で失敗しますわ!唱えないほうがよろしくてよ!」
後方のツインテールの子。確か名前は……ウェンディさんが私に忠告する。
「大丈夫ですよ。少なくとも怪我をするようなことは起きません」
「本当に大丈夫なの?」
「ま。見ててください」
周囲の心配をよそに私は4節での詠唱を唱え始める。
《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》
4節で詠唱されたショック・ボルトは黒板のほうにまっすぐ飛んでいき、あたる寸前で右に進路を変えた。
「答えは右に曲がる。ですよね?」
「正解だ。じゃあ、5節で唱えるとどうなる?」
《雷・精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》
5節での詠唱は普段のショック・ボルトとは射程が小さいものだった。
「射程が落ちます」
「あたりだ。なら最後にこれもやってもらおう」
グレンさんは黒板に書かれている《雷精よ・紫電 以て・撃ち倒せ》の詠唱の一部を消した。
《雷精よ・紫電 以て・撃ち倒せ》
これも通常のショック・ボルトとは違い、出力が落ちていた。
「出力が落ちます」
「お見事。さすがステラ」
クラスメイトたちは目の前の光景に目を白黒させていた。
「まっ。極めたっていうならこれくらいはできないとな」
「もしかして……ステラさんを指名したのも、彼女ならできると踏んだ上でのことですか?」
「ああ。こいつにはずいぶん前に教えたし、教えたことはちゃんと覚えているやつだからな。だから失敗することはありえないと思った」
グレンさんはチョークを指で回しながら、私のほうを見て笑っている。
「魔術ってのは超高度な自己暗示だ。呪文を唱えるときに使うルーン語ってのは自己暗示を最も効率よく行える言語。人の深層意識を変革させ、世界の法則に結果として介入する。お前らは、魔術は世界の真理を求める物なんていうけどな、そりゃ間違いだ」
言葉を言い切ると、グレンさんは自分の胸を叩く。
「魔術ってのは人の心を突き詰めるもんなんだよ」
その言葉にクラスメイトたちは驚愕をあらわにする。
「信じられないって顔だな。じゃあ、証拠を見せてやる。…………おい、白猫」
「し、白猫って私のこと!?私にはシスティーナって名前が……」
「愛している。一目あったときからお前にほれていた」
「は?……な、……ななななな、貴方、何を言って――ッ!?」
グレンさんからの告白に、システィさんは顔を真っ赤にする。
「はい、ご覧の通り、白猫は顔を真っ赤にしました。見事、言葉が意識に何らかの影響を与えた。制御できる表層意識でもこの様だ。理性のきかない深層意識なんて……おい!教科書を投げるな!ステラも呆然としていないで、この馬鹿をとめてくれ!」
「馬鹿はアンタよ!この馬鹿馬鹿馬鹿!」
システィさんはグレンさんの嘘の告白により恥ずかしくなって、持っていた教科書を投げた。
私はこの光景を見て、呆然としていた。
「まぁ、とにかくだ。魔術にも文法や公式があるわけだ。深層意識を望む形に変革させるためのな。要は連想ゲームだ。白猫と聞けば、猫を思い浮かべるだろ」
「ちなみにステラだと何を連想する?」
何で対象が私なんですかね……
「小さくて、可愛いから、リスね」
「ウサギだな」
「子犬……かな」
クラスメイトから動物と見られているのがわかった瞬間だった……しかも、システィさんの言ったリスは絶対に違うと思うんだけど、私が変に深読みしているせいなのかな……
「こんな感じにステラと聞いたら、真っ先に小動物みたいだと誰もが連想するように呪文と術式の関係も同じだ」
その例えに私を使う意味はあったんですかね……
「つまり、呪文と術式に関する魔術則……文法と公式の算出方法こそが魔術師にとっては最重要なわけだ。なのに、お前らと来たら、この部分をすっ飛ばし、書き取りだの翻訳だの、覚えることばっか優先しやがって。教科書も「とにかく覚えろ」と言わんばかりの論調だしな。呪文や術式を分かりやすく翻訳して覚えやすくすること、これがお前らの受けてきた分かりやすい授業であり、お勉強だったってわけだ。……もうね、アホかと」
グレンさんは私たちを馬鹿にするように鼻で笑う。
「その問題の魔術文法と魔術公式だが、全部理解しようとしたところで、寿命が足らん。だから、お前らには基礎中の基礎、ド基礎を教える。これを知らなきゃより上位の文法の公式は理解不能だからな。これから俺が説明することが出来れば……そうだな。こんなこともできる」
手のひらを横に向け、そして、グレンは言う。
「《まぁ・とにかく・痺れろ》」
三節の適当な呪文を唱えた瞬間〝ショック・ボルト”が放たれた。生徒たちは適当な呪文で魔術が発動したことに対し、目を白黒させている。
「あれ?思ったより威力が弱いな……まぁ、いい。こんな風に即興でこの程度の呪文なら改変することはできるようになるからな。大抵精度は落ちるからおすすめはしないがな」
「今のお前たちは単に魔術が使えるだけの魔術使いだ。魔術師を名乗りたければ、自分に何が足らんのか考えろ。じゃ、そのド基礎を今から教えてやるよ。興味ない奴は寝てな」
明らかにグレンさんが変わり始めている。ここにいる全員がそれを感じ始めていた。